超常の煌光

天鬼 創月

第0話

ある日の夜のこと。

電気を消した自室、いつものように少年は就寝しようとしていた。

だが、その時に気づいたのだ。

ほんの些細な変化であり、「だからどうしたというのか」と誰もが思うような些細な、ある身体の変化。


人差し指、第一関節より先が、ライトを手で塞いだ時のように光っていた。

ライトも何もないのに、ひとりでに光っていた。


何も見えない程の暗闇とは無縁になったその日から、少年は超能力者と扱われるようになる。


これは、小説で語るにはあまり動的で、漫画で語るにはあまりに内情的な、不安定で不確かな人の魂と、確かだが緩慢な現実を語る物語。


【世界観】

100年前、人類未曾有の大津波と共に、太平洋上にムー大陸が出現した。

津波の被害は異常な事に皆無。

その異常を可能にしたのが超能力者と魔法使いだった。


最初は、周囲を照らすものではなく、LEDなんて比べるにも足りない、蝋燭よりも光らない人差し指のかすかな光だった。

だが、ものの一週間もいらず、その光は日光の元でも光るようになり、それからはずっと一定の光量を放ち続けるようになる。


中学3年生である少年にとって、それを家族に隠し通すには無理があることだった。

特別隠し通したい内容でもなかったので、少年は義理の両親と妹にその指を見せた。


「光ってるね……」


誤解の無いように伝えておくのだが、蛍光塗料を塗ったとか、ライトを埋め込んだとかそういったものではない。

本当に地味な変化だが、この世界において、彼らには思い当たる事があった。


「超能力……かな?

おにいちゃん、超能力者になった?」


年の差3歳の妹は興味深そうに光を覗き込んだ。

かなりの興味があるようだったので、右手を差し出し、その手を好き勝手に触らせた。


初めてのおもちゃのように、もにもに揉んだり、曲げたり、握ったりされるが、その光は変わらずそこにあった。


「おおー」


興味があるんだか、ないんだかわからない感嘆の声を聞こえてくる。


この世界では、読者のあなたの居る世界とは違い、特別な力が判明し、常用されるようになっていた。


魔物とかいう化け物が地球のあちこちを荒らし回り、根絶しきれず、未だに侵入不可能な場所があったり。

人類史上、類を見ない津波が太平洋で起きたり、それらの事件の解決に大きくかかわった、魔法と超能力という2つの力を持った、ムー大陸の先住民がでてきたり。

新しく地球上に生まれ、手つかずの資源を求め、ムー大陸の土地の権利を奪い合ったり。


少年たちの時代では、そんな激動の時代はすでになりを潜め、読者作者僕私達と同じ現代レベルの文明を維持したまま、何故か穏やかな今日を過ごしている。


そのあたりの話は語るに長すぎるので、今はぼんやりとそういうことがあったのだと知っておいて欲しい。


「超能力……って何ができるのさ、父さん、母さん?」


「それは……昊菟こうとが知ってるんじゃないか?」


「いやわかんないよ」


少年、上郷かみさと昊菟こうとは、その人差し指の光の持ち主だ。

一般的に、どういう理屈なのかもさっぱり分からないが、超能力者は超能力を手に入れた瞬間から、その使い方を知っているものとされている。

のだが、昊菟こうとにはその光の使い方はさっぱりわからなかった。


幸い、両親は身をもって前述した災害の痕跡と昔話を聞いた世代だ。

こういった程度の非現実なら、取り乱す事なく対処ができる方だった。


その両親からしても、一般的に言われている説に乗っ取らないその現象は対処に困るものだった。

わからんと、昊菟こうとから言われたその時、両親も昊菟こうとを見てあんぐりとして固まっていた。


それを見て昊菟こうとはナイーブな表情のまま固まった。


しかし! 起きた事は受け入れざるを得ない!


かといって、まだできて間もなく、歴史の浅い超能力の研究施設に義理とはいえ子供を「はいそうですか」と追いやる気にもなれず。


一旦、おちおち落ち着いて、淡い希望を持ち病院に診せるも、

「……魔法か超能力、でしょうな」

と、分かっていた玉砕にあった。


まあ、これはこれで、超常的な現象であるとお墨付きを頂いたことにもなったのだが。


渋々と超能力研究施設へとアポイントメントを取り、昊菟こうとの能力について調べてもらうことにした。


【超能力研究所 - ①】

自然発生する超能力者達の詳細を管理・記録・研究するための国連とその国家の機関。

各国に必ず存在し、自己申告された超能力者の人権とムー大陸での生活を保証する。


研究施設へ人を運ぶ方法は、その当時ではとても有名なものだった。

なにせ、目立つ上に、世に出てきた特別な力において、魔法よりも群を抜いた神秘を持っていたのが超能力だったからだ。

超能力研究施設は、個人の意思で向かうことはできない。

施設へ行くには、アポイントメントを取った家から、高級感を失ったリムジンのような車で送られるのだ。


この車は、後部と運転席のある前部とは、窓一つなく仕切られ、内から外が見えないマジックミラーで護送される。

内から外は見えないが、外からは内側が丸見えなわけでもある。


昔、噂で聞いた犯罪者のような扱いでもあるが、世間が否定したその方法を取っても非難されず、正式なルールとなり、受け入れられた。

それほど超能力というものは恐れられていたのだ。


まあ、少年は指先が光るだけ。

リスを戦車で護送するような過剰なものである。

少年は怖さを通り越し、むしろそこまで頑張って送ってもらうことに、得も言われぬ罪悪感すら感じてしまっていた。


そんな車が、小さな庭付き一戸建て、駐車場付きで、住宅街の中にドンと構えているのだ。

周囲のお家からも目立つったらありゃしない。

もしもそれがただのリムジンだとしても、見てくれはとても奇天烈なものだ。

日々そんなものはやってこないので、これが噂のものだと、誰が何を言わなくても推察できるものだった。


これが両親も気後れした理由である。

よっぽどの確信でもなければ、こんな措置に子供を追いやろうとは思わないのだ。

周辺住民も、あそこの家から超能力者が出たとわかるという、プライバシーもなにもあったものではないからだ。


中からは、フルフェイスで顔が見えず、防火服のようなスーツに身を包んだ人物が出てきた。

代表者であろうその一人は、軽快な足取りで上郷かみさと両親へと駆け寄ると、すこし離れた位置で敬礼をした。


「超能力者申請、感謝します。

今回の護送を担当させていただきます、自衛隊の者です」


名乗る事もせず名刺らしきものを渡され、おずおずと受け取る両親。

その声は、20代くらいの女性の声で、どことなく駆け足調子で忙しなさのある口調が特徴的だった。

いかにも、さっさと済まして寝たいと暗にいわれてるかのような雰囲気があった。


「何か不明な事や、現状の確認を行いたい場合、そちらの連絡先へお願いします。

今後のことにつきましては……」


「こちらへ」


昊菟こうとはその説明を最後まで聞くことなく、他の職員の案内で安っぽいリムジンへと背中を押され案内される。

防火服のようなものを着た昊菟こうとを見張る人は、三人居た。

二人はひときわ緊張した様子だったが、一人はやけに落ち着いて、背中を丸めて本を読んでいた。


車の中は、特別汚いわけでもない。

だが昊菟こうとは乗った時、ある事に気づいた。


血の匂いがするな……。


ほんの微か、でも嗅ぎ慣れた、間違いようのない血の匂い。

錆びた鉄のような匂いが微かに漂ってくる。


そのまま、一番後部で、いわゆるお誕生日席のような席に座らされた。

正面には左右の窓に背を向ける形の席、皆から状態を監視しやすい状態とも言える。


席の状態だけ見れば、真ん中にテーブルを置き、ハッピーバースデーでも歌ってくれそうな配置だが、残念ながらテーブルもケーキも、陽気でめでたい雰囲気すらここにはない。

超能力者になった日おめでとう!なんて催し物もあるわけがない。


重たい雰囲気の中、特に理由もない気まずい沈黙が昊菟こうとを襲う。


「これってー……会話とか、駄目な雰囲気ー……ですかね?」


昊菟こうとは、なんとも気まずい待ち時間にそう声をかけてみた。


「少し待ってれば、口うるさいさっきのネーチャンが俺たちの分も話してくれるだろうよ。

ちょっと待ってやんな」


本を読んでたその一人の声は、しわがれていて、一声聞いただけで老人だということがわかるほどだ。

80代……またはそれ以上のタンが絡んだ声。

だが、それに似つかわしくないほどフランクな態度と、活力にみなぎる声だった。


残りの二人が無言のまま、それはやめとけ、と言わんばかりに老人に対して手をついたり視界にはいって肩を小突いたり身振り手振りをしている。


「ああうるさいうるさい、声も無いのにやかましいぞあんたら!

いくら国民を守る自衛隊とは言え、超能力者にしこたま仲間を殺されてるとはいえ、それでも相手は中学三年だぞ。

ちったあ落ち着いとけ! 訓練もしこたましてんだろぉ!?」


そう言われて、二人は互いに首を傾げ、肩をすくめて「なんだこいつ頭おかしいのか?」とボディランゲージしていた。

呆れた様子でため息だけつくと、うなだれて無反応になった。


「ったく、これだから最近のやつぁ……ッチ、ページはどこだったか……」


など言いながら、本のページを防火手袋でめくりにくそうにしながらバシバシと音を立ててめくっていく。


なんだこれ超雰囲気悪ぃ。


「あー……えっと、俺の能力……俺でも使い方わからないですし、指先が光るだけなんで……。

なんか、その、気楽にしていて欲しいなって思うんですが……」


「あ?

あー…なるほどね、それで俺が呼ばれたってわけか……。

レアケースで不明な超能力。

とんでもねえ未知の爆弾ってわけだ」


光るだけなのに?と、昊菟こうとはドン引きした、なにかしたくてもできないのは自分が嫌というほど知っていたからだ。


だが、実際のところ昊菟こうとはイレギュラーであり、普通ではない。

普段のロジックに当てはまらない、何をしでかすかわからない。

謎の神秘がここにある。

それだけで、彼らにとっては警戒などいくらしても十分と思えるはずもないのだ。


昊菟こうとは場を和ませることは、ひとまず諦める事にした。

自分がなにかしたわけでもないが、このヒリついた環境を作っている元凶であるというのは、それなりに、いや、相当に居心地が悪いものであるが、伏して耐える事にした。


それを見かねた老人は、あぁ~全く全く、とかぼやきながら、昊菟こうとの隣にドンと腰掛けた。


「いやなんだ、ホントすまねえな坊主。

気を使わせまくってるのは重々承知なんだけども、超能力ってんのはぁ、まだしっかりと認知されてから百年も経ってねんだ。

世間もメディアもその扱いにはわりと困惑してんだよ。

昔はなぁ、ムー大陸初代大統領サマ、アリサ・リクシリスの働きもあんまり無い頃、そりゃもう超能力者ってんのは化け物扱いされてたんだ。

超能力は凶器なんかも必要ねえし、魔法みたいに杖とか魔法陣とか必要ねえんだ。


何一つとして痕跡を出さない凶器を持ち歩ける。

犯罪を許された違法で奇跡の凶器。

人によっちゃあ、それが超能力の真実であり。

超能力者から人々を守ってきた自衛隊からしちゃあ、その印象はなお根深い。

それがこの肉食獣と一緒のかごに入れられたかのような力の入り用の二人の哀れな草食獣お二人ってわけさ」


哀れ……というには、ピッチリと背を伸ばして、微動だにしてない姿勢がまさに軍人なんすけど……。

と、感じたのが顔に出ていたのか、老人は続けざまに話す。


「強がりだよ、こんなもん強がりさ。

坊主ゥ……、自衛隊ってんのは命の危機になるほど訓練通りになるってもんだ。

ましてやここは日本本土、ムー大陸にある領地じゃないんだ。

魔法による鎮圧行動は選ばれた人間にしかできない。

あいつらは例えばお前がかまいたちみてえな斬撃飛ばしたら全身複雑骨折からの死亡まで、ものの三秒だぜ。


――だけどな」


そう言うと、老人は手から短い杖を生み出した。

取り出すところは全く見えなかった。

袖から出たのか、瞬間で手元に杖が生み出たようにも見えた。

小さく振ると、昊菟こうとの手から石を生やした。


「う、おっ?」


そのまま、手が動かせず、重みに任せてドンと座席のクッションに落ち、動かせなくなった。


「俺はその限りじゃない、政府公認の魔法使いだ。

公認されてなきゃ、あの二人は俺にも草食獣みたいにビクついてたろう。

手の光もそれで出てこねえし、ちったあ安心だろ」


確かに、人差し指は石に包まれ、光が溢れ出なくなっている。

ふと顔を上げると、二人の自衛隊員は、一度魔法にびっくりして立ち上がったあと、元の場所に腰掛けて、先程よりより背中を丸め、肘を太ももに置き、背中を丸めてうなだれた。


「光ってるのが見えなくなって、ちったあ安心したようだな。

わりいな坊主、乱暴して。

至らねえ大人を許してくれ」


「あ……いえ、まあ、それは仕方ないかな、と。


え……重っ」


老人は昊菟こうとに顔を向け、小さくため息をつく。

その顔は黒いガラス越しにまったく見えなかった。

だが、後に続く言葉には、静かに、だが微かな怒りが汲み取れた。


「ホントは俺ぁ、後の世代が、安心して暮らせる世の中を作りたかったんだ。

坊主みてえな子供が、こんな犯罪者みてえな扱いを受け、粛々と耐えるような世界は、どうかと思ってんだ。


秩序がなく、落ち着きがない世界。

だが、それは今まで、カネとか、核兵器とか、権威とか、そういったモンが、曲がりなりにもある程度、秩序を守っていたんだ。

それなりに悪どい事もしていたが、目立った悪行はなかった。


けどな、超能力者が生まれちまった。

こいつにぁ、カネも、核兵器も、権威も効かねえ。

今となっちゃ、超能力者はルールであり、世界の平和を守るのは、強力な超能力者だけだ。

法で縛れない個人が持つ特級の兵器。

それが超能力の真髄であり、究極なんだ。

秩序だって、どこにも行けない平和な世界を、混沌な状態へと引き戻しやがった。


だから、ムー大陸外の前時代の政治に、超能力と魔法は関与しないよう、取り決めがされている。

だがその取り決めを守るのも、恵まれた力を持った超能力者と、果てのない研鑽を積んだ魔法使いだ。


坊主、オメェも超能力者なら、誰に何を言われても曲がらねえ、"矜持"ってヤツを持ってるんだろうよ。

お前が何考えてるかなんて、こんな訳わかんねえ大人に話さないのは、百も承知だ。


だがなぁ坊主。おめぇがこんな不当な扱いを受けても静かに異を唱え、他者のために自分の苦悩を飲み込む男だと思って話してんだ。

お前も、これから超能力者として認められりゃあ、どんだけ小さくても、世界のルールを作る一つの歯車になる。

自分の望みを、自分の意思で叶える事ができる。

逆に言やぁ、お前はそういう世界に、超能力者と一括りにされて放り込まれる。

たとえ、その能力が、指先が光るだけだとしてもだ。


現代社会の前政治体制に、超能力者の居場所はまだねえ。

だが、秩序が揺るがされるのは時間の問題だ、核兵器でも超能力者は止められん。

今はまだ短い時間しか経ってないから、前世界に影響がないだけで、いずれムー大陸に送られている超能力者たちは、世界を自由自在に色づけていくはずだ。

それぞれの"矜持"に則って、自分が望む世界を広げていく。


俺ぁ、お前に投資することにしたんだ。

ま、こんなみじけえ時間、仕事の片手間に激励してやることしかできねえけどよ。

それに、お前が超能力者かどうか、まだわかんねえしな」


そう言うと、がはは、と笑ってみせた。


そうは言われても、昊菟こうとの能力は指先が光るだけである。

なにを期待してるのか、と昊菟こうとは思った。


老人のスピーチが終わると、そこには先程上郷かみさと両親と話していた女の人が老人を間近でガン見していた。


「随分と和やかじゃん、今回の旅は気楽そうでいいねぇ。

この爺ちゃんが気を許すなんて珍しい。

あんまり超能力者と口を聞くのは危険だってーのになぁ」


老人は口笛を吹きながら本を読み始めた。

わかりやすく、話しかけるなと全身でアピールしている。

どうにもあの本が人との会話を阻害するバリアのようなものらしい。


女性は無線で「出して」と言い、昊菟こうとの隣に足を組んで座った。

車は発進する。


「あれ? ……うーん、キミ、だいぶ肝座ってるね?」


上半身を礼をするように倒し、顔を覗き込んでくる。

他三人とは違い、体がよく動く快活な印象の女性だった。


「……そう、ですかね?」


「超能力者は色々居るけど、たいてい車に乗ると敵対的なんだよ。

その方が普通なんだけどさ、圧倒的説明不足だから……。

ま、いいや、いまいち現状分かってないだけかもしんないし。

とにかく、仕事の話を始めよ」


そう言うと「ハイコレ」と淡々とまとめられた紙を渡され、その人も同じ紙を防火スーツの手袋で、またもめくりにくそうにしながらバシャバシャとめくっていく。


そして、足早にその内容の説明を始めた。


【超能力研究所 - ②】

研究所関係以外での超能力の発覚は即犯罪者として扱われ、あらゆる意思決定を却下される。

だが、人類に超能力の持ち主を推察する事はできても、証拠を掴むすべはない。

このあたりの冤罪の審議は常に不確かで、社会問題となっている。


「今はバタバタした場だからね、簡単に説明をさせてもらうよ。

まず、上郷かみさと昊菟こうと君、あなたはこれから超能力者であるかどうかを検査することになる。

まず、キミが超能力者であると断定された場合の話をする。

その超能力の危険度に関わらず、キミにはムー大陸に移住してもらう事とする。


ムー大陸日本領、キミは観光したことはあるかな? ある?

よろしいならばあのへんはハショれるね。

列島のほうでは、超能力者に対する法律的な居場所が用意されてない。だから、ムー大陸の方で管理することとなる。


大枠は日本の法律と日本国民である事も変化はない。

けどね、超能力者や魔法の使用が、列島よりも緩い規制とされ、場合によっては使用が推奨される。

そうじゃないと自衛できないしね。


高校受験はムー大陸にある私・公立高を受験するという制限が課せられる。

ただし、キミの能力が未知なものであったり、危険度が高い場合は、実質的に一つの国立高校に進学することが決定されるんだ」


「その辺、坊主はすでに未知であることは確定してんだ、自分で使い方わかんねえんだからな。

将棋で言うなら飛車角落ち王手、一般論で言えば時間の問題で大陸送りってぇこった」


老人は本に目線を落としたまま口を挟むが、まるで一方的に口は出すけど異論や雑談をする気はなさそうだった。


「まあ、概ねそうなるかな。


日本において最大規模の国立高校、天央高校。

超能力者を抱き込む学校である以上、様々な生徒が偏差値に縛られず集まってくる。

多学科を選ぶ事ができるが、もちろん、カバーしきれないところもあるから、そのあたりは短い基礎学習と、長い自由時間の間、寮または自宅での自主学習となる。


住むところは基本的に契約してもらうがあちらは急ピッチでの開発により、今のところ好景気、安値で借りれるマンションもごまんとある。

家族が付いてこなければ一人暮らしとなるが、列島よりは良い生活になりやすいだろうね。


基本的な住民票を列島に移す事はできなくなるから要注意だ。

列島で暮らすにあたり、いくぶんか補助金、及び助成金も降りる。

違い? 降りたらググりな~。

コスパでも列島で暮らすより良いものになるだろう」


「死傷のリスクを除いての話だからな、坊主」


本によるコミュニケーションバリアを発動しながらおそらく言うべきでない説明をしてくれる老人。

女性はその雰囲気を全く加味せず昊菟こうとを避けるように身を乗り出し、老人にじっと顔と目線を送った。


「わあ爺ちゃん、ぶちこむねー。

そんで少年も動じないねー」


死傷のコストを除く。

この世界に住まうものにとって、ムー大陸がそのような土地であることは周知の事実だ。

今でもそれとなくある銃火器はあるが、超能力も魔法も、より痕跡を残さず、より統制し辛く、より手軽で、より強力である。


過去には、こういった超能力者の扱いに対し、「こんなの島流しの刑と何が違うんだ!」と人権運動を行った超能力者がいた。

抗議は日に日に苛烈になっていき、治安部隊を超能力で殺傷してしまってから、このルールに異を唱える者は危険人物であると法律として決まっていた。


昊菟こうととしては、そのルールはあって然るべきものだと考えているので、特別文句もなかったが、超能力者という存在が、人権をある種取り上げられそうな立場の存在であることも認知していた。


「そもそも、その坊主、まだ超能力者か判明してないのに、そんなに話すのか?

いつもの手続きじゃねえだろそれ」


「んー、まあ、何らかの自動魔法の餌食である可能性も否めないんだけども。24時間休まず、遠隔でただ指先を光らせるだけの魔法ってのも意味わからんじゃん。

何らかの"銀河級ギャラクシア(ギャラクシア)"とかの核爆弾級威力の魔法でも対処できないからね。

よしんば超能力者じゃないってなっても、キミにはムー大陸に居てて貰わないと政治家連中は気が気でないんだねぇ」


「まあ、たしかに、こういった魔法の存在は確認できておらん。

日本国未公認の魔法であったとしても、違法行為を行った魔法使いに負担をかけるためにも、ムー大陸送りが丸いか」


「……ちょっとまってください。

俺なんか爆弾扱いされてます!?」


「そだよ。

まあ、"銀河級ギャラクシア(ギャラクシア)"とかの魔法のターゲットにされてるにせよ、この車は一応魔法を妨害する結界を張ってあるんだ。

その上いま道路の上を走行中。

なのに、指先の光を定期的に見てみても健在。

となれば、魔法の対象にされているとは考えにくいんだ、少年」


「可能性はゼロではないがな、妨害結界を突破し、常に座標ターゲットを更新しつつ、寝ずに行える高度な自動プログラムを動かす……。

基本的に考えりゃあ人間業じゃねえが、"銀河級ギャラクシア(ギャラクシア)"であれば、できないことがなにか分からないからな」


「あの、なんかたびたびでてくる、ぎゃらくしあ、ってのはなんなんですか?」


「あぁ、普段仕事でそのへん説明しないから、忘れてたよ。

"銀河級ギャラクシア"は魔法使いの強さランク外の化け物たちだよ。

学を極めれば使える魔法の未知なる最先端を切り開く天才達だよ――」


気楽というか、もはや考えてもしょうがないといった雰囲気でとんでもない存在が語られているが、昊菟こうとにとっても"銀河級ギャラクシア"という称号には聞き馴染みがなかった。

この世界の人物達にとっても、魔法というものは、それなり縁遠い存在なのだ。


魔法というものは、科学の最先端にある、超常現象の真髄のような存在。

あまりに進んだ科学は、魔法と見分けがつかない、とも言う上に、魔法を知った前世界の人々は、それが科学と多くの類似点を持っていたため、科学と同じものとして捉えているのだ。

これは一般人でも努力と才能次第で身につけられるものではある。


だが、ムー大陸外には魔法を学ぶための魔導書を持ち出す事が禁止されている。

それも国連の決定によって取り決めがなされていた。


話は少し飛ぶが、ムー大陸出現の衝撃で、太平洋で津波が発生した時、この被害をほぼゼロまで抑えたのが、大陸出身の超能力者と魔法使い達だった。

そのため、世界はこの2つの超常現象に忌避感を覚えていた。

高さの計測が不可能な程の津波を無害化出来るほどの力であれば、逆説的に同等以上の災害を発生させる事もできるという証明にもなったからだ。


国家転覆を証拠も残さず行うのには余りある力。

そのため、自然発生する超能力者はともかく、意図的に発動しうる魔法は抑え込みたいよね。という事になっているのだ。

これに離反した場合は、軍事先進国がこぞって攻撃する条約が制定されている。


そして、そんな遠い科学技術の粋である魔法、さらにその魔法を使える者の中でもトップクラスの存在である、"銀河級ギャラクシア"。

どれだけ途方もない存在か、やっとこさジワッと伝わるのではないでしょうか。


昊菟こうとにとっても、そのジワッとした認識程度しかできない、遠い存在だ。

もっとも、これからムー大陸に送られる彼が居るのだから、この話はいずれそのとんでもない存在にも触れることにはなるのである。


「ま、十中八九、"銀河級ギャラクシア"は今回の件とは無関係だと思いたいね。

施設での検査も含め、その辺はっきりするでしょ」


「超能力の検査って、なにをどうするんです?」


「まあ、色々やるね。

超能力によって千差万別だから。

超能力は一人につき、できることが一つだけ。

その人物のアイデンティティで内容も変化する。

でも、いくつかの共通点があるから、その共通項目だけは、全員検査する。


一つ。

超能力者は魂を消費するから、超能力の使用で平均21gの体重変化がおきる。

能力の使用を最大化し、頑張ってもらって、体の重さに変化があるかどうかをチェックするんだ。

一部の能力は体の重みに関与してるから、これで確実にわかるわけじゃないけどね。


二つ。

超能力者は異常で強力なアイデンティティを持つ。

心理テストとヒアリングを行い、超能力を持つに値する精神・思考かを評価する。

特別な経験をしてたり、安定して継続した精神病だったり、変な考え方を持ってると、より可能性は高い。


私の見立てでは、キミはおそらく超能力者だと思う。

車での振る舞いが中学3年生にしては可愛げがあんまりにもない。

少年ならもっと子鹿のように振る舞っていてほしいもんだ」


昊菟こうとは呆れ顔で女性を見上げ、思い至る。


……この説明を聞くに、この人多分超能力者だな。

自衛隊二人組とはテンションが違いすぎるし、自分の考えを全く恥ずかしげもなく考えている。

まさにアイデンティティの塊である。

おそらく、俺が危険な超能力者であった場合、魔法使いのおっさんと、この超能力者の人が俺をメインで止める役なのだ。


「三つ。

矛盾反応の有無。

超能力者は世界のルールすら書き換える力を持っているけど、ルール同士が反発し、処理がままならないときがある。

例えば、必ず貫く能力と、必ず守る能力をぶつけてみる。

この相反するルール同士が世界を変えようとお互いに発現すると、超能力の性質を失い、オーロラのような光を衝突地点に生み出し、魂を急速に消耗させる。

この反応が起きたら、間違いなく超能力者だ。

まあ、矛盾する能力者が居なかったら、調べる事も出来ないんだけど。


四つ。

五感を断ち、超能力の発動が途切れるかどうかを見る。

今のところ例外なく、超能力は感覚で捉えたものに対してのみ有効だ。

目隠ししたり、耳栓をしたり、最終的には麻酔を使うこともある。

ちゃんとした医師が行うから安心してくれ。

だが、これでも分からない場合がある」


「……例外無いのに?わからない?」


「例えばだ、襲名済みの能力に『山彦』というものがある。

特定の人物のマネをする能力だ。

程度や内容に差が多少あれど、自我を失ってしまうものすら存在するんだよ。

自我を失った山彦は曰く、第六感で繋がっているとも言われている。

その域まで行った感覚能力、ある種、魔力感知のような感覚は、睡眠程度では途切れやしない。

麻酔でも途切れちゃくれない。

今の人類に、第六感を遮断するすべがないんだわ。


これらの実験を経ても判明しない現象の場合は、長期のコースに入る。

魔法解読を行ったり、各種工夫を凝らしたゲームや運動をしてもらう事もある。

相当変哲な計測器を呼び出して使用したりもあるだろう、少年の場合は、光量を図る器具や、鏡でも出てくるかもね」


「超能力者が生み出した物質等は、既存のものと違う働きをすることがあるんだ、坊主。

例えば、上に登る水とか、下に燃え上がる……燃え下がる?炎とか。

そういった異常物質の生成が行われているのかチェックする」


「俺の場合は、この光が屈折・反射するかどうかってことですか」


「ピンポン、そういうことさ

あとは真っ黒な塗料を塗ってみるとか、素人目で考えつくのはそんなところかな。

時間がかかる実験もあるが、最長1周間。

その期間で分からなければ、天央高校に入学後、1ヶ月毎定期的に実験に参加してもらう。


時間経過とともに能力に変化があったり、新しい実験の用意ができたりするのもあるからだ。

能力が判明していれば、半年に一回で良いんだけれど。


だけれど、能力が面白いのはその変化が起こる可能性があるからだ。

能力が強くなる事もあれば失う者だっている。

俗に言う、"矜持"に変化があれば、強くなったり弱くなったり、あわよくばなくなったりするね」


「聞いたことあります、超能力は思考に大きく影響される。

人を傷つける事を良しとすれば、そういう能力を身につける。

その人の精神性を表す超常現象だと」


「そうだ、だからこそ、悪人の超能力は極めて強力で殺傷力が高い、そして軍隊行動に不向きである。

私も超能力者だ、だけれど、それなりに秩序を重んじたいと思っている方でね、それを買われて、自衛隊に属しているのさ。

まあ、決まりだなんだ言われるし、今もあの二人がなんでそんな事を言ってしまうんだって目で見てくるけど……。


それでも、彼らは私の力がほしいから、逆らわないし逆らえない。

上層部も、お小言程度に済ましてくれる。

私の能力は、事故死とまったく判別がつかないからね……」


昊菟こうとは、自分よりこの女の人の方が危険じゃないかなと、肘をついてリラックスしていた自衛隊員に目をやると、手が岩に包まれたときより、背筋が伸びているような気がした。


そう、皆が感じているように、この力はまだ人類には早かったと思われているものだ。

いずれ現代文明にぶつかる事が確約されている、手がつけられない暴走列車。

世界各国に居る行方不明者や、怪死事件に対し、魔法や超能力が関与していることがわかっている。


初代ムー大陸頭首、アリサ・リクシリスが語るに曰く。

ムー大陸が出現する前から、外の世界にも超能力者と魔法使いは居た。

だが彼らは裏社会に隠れ、目立つことは避けていたし、超能力は微弱なものしかなかった。

ムー大陸が出現し、それらの枷はやがて外れていくのは時間の問題となってしまった。


そのため、ムー大陸に居る超能力、魔法使いの治安部隊が秩序を守らせるために活動している。

今日までその組織は拡大していき、前世界出身の魔法使い達も続々と参加していった。


結局のところ、この暴力的な力を抑えるために、暴力的な力を使う事となってしまっていた。

大陸出現により、犯罪はある理由から増えもして、ある理由から減りもして、結果的に現代と変わりない水準と保てていた。


この世の人々は知っていた。

ムー大陸は、世界の混沌の最前線だ。

何かが起きるなら、ムー大陸からだ。

何かを起こすなら、ムー大陸が都合がよい。

何かを夢見るなら、ムー大陸に可能性を見る。

世界の行く末を決めるのは、あの大陸だ――と。


今の人々が核による人類史崩壊を恐れているように、この世界に生きる人類は、超常現象による人類秩序の崩壊を恐れている。

今はまだ隔絶しているだけのムー大陸の暴走が、世界平和のための一助となるか、世界を崩壊させる災厄となるか。

その戦争の最前線が、ムー大陸である。


昊菟こうとも、それはわかっていた。

だが、彼は物怖じしなかった。

だって――、彼にとっては、今までやって来たことと、なんら代わりはないのだから。

命の保証がないと言われても、心はびくとも、うごかないまま。


【超常人種】

魔法使いと超能力者を、人々は超常人種と呼ぶ。

誰でも魔法使いと超能力者にはなれるので血筋によるものとは違うが、それらを扱う人物であることを区分けしたものだ。

世界には、自身が能力者であることを隠したり、覚醒しても使用しないことで、自分は一般人だと偽る者もいる。

残念なことに、昊菟こうとは目に見えた現象があるため、隠す事は非現実的手段だ。

そうでなくとも、彼は研究所を訪れただろうけど。


施設に着くと、いくつかの検査をスピーディーに終えていった。

結論から言えば、上郷かみさと昊菟こうとが超能力者かどうかは判別しきれなかった。


光を強める事が自らの意思でできず、体重の変化は無い。

心理テストでは超能力者として十分な素質ありと判断された。

矛盾反応とやらは、様々な物体に光を当てたり、他の能力に晒されても起きなかった。

五感も麻酔まで使ったにも関わらず、光は決して弱まらなかった。


麻酔開けのだるい体のまま、その説明と、1周間の延長検査が決まった事を聞いた。


それからは、施設内で過ごすこととなった。

何人か、別の超能力者候補ともすれ違う事もあるが、極稀に大人が少なく、基本的に若者が多かった。


研究者曰く、年齢によって、発現確率が大きく変化するらしい。


ひとまず、落ち着いて一人の時間を過ごす事もできるし、備え付けの電話を使って通話することもできる。

移動時からは想像できないほど、案外穏やかな時を過ごせる空間だった。

両親家族と連絡したり、引っ越しの準備の話をしたり、その辺の超能力者からの自慢話を聞いたりしてすごした。


そこかしこからときより臭う、血の匂い以外は、落ち着ける環境だ。


超能力発現から二週間近く。

困惑も、光る指を見て、いくつかの夜を過ごすうちになくなっていき、こういう検査を受ける事もネットでそれとなく知っていた。


ただ、どうにも実感が湧かない。

施設にいる元気そうな人物に何人か聞いてみたら、皆それなりに自分の能力の詳細を知っている者が多かった。

なんなら自慢話のように、現実で漫画のような説明をたんまり聞かされた。


昊菟こうとだけはその限りではなかった。

能力が発現した瞬間から、彼らは手を握るように、指を動かすように、それがどういうものか、どう使うのか理解するらしい。

唐突な理解と情報に戸惑う事はあるそうだが、時間をかければ自分の思いを叶える頼れる力となる。


だが、昊菟こうとにとっては、指先が光るだけである!

何ができるというのか!


昊菟こうとの能力を聞き返された時に、

「説明しよう! 右手人差し指、第一関節より先が光るのである!」

と、コッテコテに説明したところで、気まずさといったらない!


中学三年とは言え、人生で幾度となく味わった疎外感は、ここでも例外ではなかった。

ただ、中二病かもしれないが、この疎外感を象徴するかのような指の光は、彼にとって愛着の湧くものに少しずつ変わっていった。


【魔法と超能力の違い - ①】

魔法は運動などで使う体力などを含む、生命力を消耗し、理屈と科学の粋で発動するもので、使いすぎれは酷くて栄養失調、または過労になり、放置すれば死亡する。

超能力は心の持ちよう、意思の強さ、その全ての源である魂を消費するもので、使いすぎれば体は健康なまま動かなくなって即死する。


それからいくつも、訳の分からない実験を繰り返していった。

だが、殆どの実験は特にわかることもなく、まるで拇印でも押して回ってるかのように、様々なものに指を突っ込み、当てて、ウンウン唸る研究者たちを眺める日々を送った。


そんな中で一つだけ、研究で進展を感じられる事があった。


この光には、質量がある。

小数点から先、桁が分からなくなるくらいのゼロがついた、天文学的数字の微かな重さがあるのだそうだ。

光子の初回の衝突時にその光は重さを失うが、この性質は普通ではなかった。


また、これは中途半端な成果だが、光量を図る実験のとき、実験の後半では光量測量機の、少し不調な部分が解消されたそうだ。

そして、暫定的に、上郷かみさと昊菟こうとの超能力の詳細が明らかになってきた。


重さのある光を生み出し、照らされたものをお気持ち程度改善する光!


だからなんだってんだ!?


そして類似する能力もないので襲名も受けた。

ホーリー」と書いて、ホーリーと読む。

名付けは担当した研究者のセンスによるものらしい。

うーん……なんでそんな重くしたんだろうね?

昊菟こうとに期待してるおじさんのせいかな?


蝋燭程度の光量と、お気持ち程度にものを良くする光……。

上郷かみさと昊菟こうとは、それはもう、なんどもこう思った。

ハズレ能力だなあ、と。


ため息が春の涼しい風に溶けていく。


実験が終われば極めて退屈な日々、いずれ入学が確定している天央高校の生徒手帳をなんともなしに読むのが、昊菟こうとにとっての暇つぶしとなっていた。

施設内に行けば能力をウキウキで披露したり、話したがる能力者達に会うことになる。

そんなところに弱小能力で、化け物勢ぞろいビックリ人間ショーのムー大陸に行かねばならない事に凹んでる昊菟こうとが行くわけもなかった。


「お、居た居た。 おい坊主、元気にしてっか?」


「あ、魔法使いのおっさん」


声でわかったそのおっさんは、今度は防火服を着ていなかった。

快活そうで80代以上を想像していたおっさんの顔のシワとシミは、その性格からは想像できない100歳以上の長寿の雰囲気があった。

だが、肌はそうでも、立ち姿、動きの滑らかさ共に、全くその肌年齢とは似つかわしくないものになっていた。


肌100歳、骨格40代、声色80代、性格30代……みたいな。

統一感の無い存在だ。

なんとも、気味が悪い人とも言える。


「クハハ!おっさんねえ。

まあいいや、今日はお前さんに追加の投資と手助けに来たんだ」


「……え、俺の能力知ってます?」


「んにゃ、聞いてねえけど。

でも坊主、5日もここに残ってんだ、おめさん少なくとも長期研究対象者なんだろ?」


「そうですけど……まあ暫定、電子機器の些末な劣化を改善したくらいっす」


「クソ雑魚能力じゃねえか!はははは!

その雑魚能力で化け物どもの居る大陸に行くのか!たまんねえな!」


決めた、こいつに敬語なんて要らないだろう、と昊菟こうとは決意した。


「はぁ……。

それで、投資する気も失せたか?」


「お? それとこれとは話は別だ。

俺にとって、お前が良い投資対象なのは変わらねえ」


「俺の何がそんなに良いんだか、全くピンと来ないんだけど……」


「……そうさな、そういう事をキッチリと言葉にしたことはねえんだが……。

坊主、おまえさんにはなんとなくってのは良い返事になんなそうだな。

いいだろ、話下手なりに説明してやる。

そっち座れ、あとこれをやる」


放って渡されたのは缶ビールだ。


「おい……未成年だけど」


「飲まなきゃいいだろ気になるなら、俺はシラフで話するのは気が引けるんだ、個人の内情を話すのなんて、「酔っ払って覚えてませんでした」って言えるくらいの逃げ道があった方がいいだろ。

お前がこの話を面倒だと思うなら、飲んでぶっ倒れるフリでもしてな、俺が怒られるだけで済むんだから」


そう言って、自分の分の缶ビールを開け始めた。

特別なにかクーラーボックスを持っているわけでもなかったが、その缶ビールは結露するくらいには冷えていた。


喉越しの音が三回。

その後、「アァ……」とお決まりの声を上げ、少し気恥ずかしいのか、俯き気味に話しを始めた。


「俺ァ元自衛隊の一人でな、あの大津波の後、魔物退治をしてたんだ。

あん時ぁ、分かりやすい敵が居た。

魔物は絶対の脅威であり、同情の余地もない悪者で、殲滅を繰り返し行って、人々の生活圏を確保することに躍起になった。

その時は、命を張ったさ、この戦いを終えたら、平和になるって信じてた。


多くの仲間が無意味に死に、語るべく物語も持たずにその生涯を終えていった。

もちろん、その戦いはもう終わった。

今残っている魔物は、海の中に居るのと、宇宙空間と地球を行ったり来たりしている規格外連中くらいなもんだ。

まあ、移動は多少しにくくなったが、避けて航空機が移動できるし、海もそれなりな護衛を雇えば移動はできる。


諸外国とも、国とも連絡が取れない時代に比べりゃ、それはもう比べ物にならないくらい平和になったさ。

だが、俺は満足しちゃいねんだ。

俺の仲間が死んで、守った世界では、今度は魔法とか超能力を使って、悪さをする奴らが出てきやがった。

それをみてやさぐれたり、誰かを貶めるヤツも出てきやがった。


俺たち自衛隊は日本を守るために尽力したってのに、日本はもとに戻るだけで良かったってぇのに治安は悪くなったし、いろんな信じられねえ事件も起きた。

俺と同じ、生き残りの同期達は、魔物戦争経験者として事実を語るに徹し、今の時代がどうあろうと昔の苦労と悲劇に関係ねえやつらに文句をつけやしなかったが、俺はそうは思わねえ。


許せねえんだ。

いくら老いても、時代遅れでも、俺は俺の仲間達が愛した国が、街が、世界が、ツバ吐きかけられ、クソ見てえな出来事で汚されていくのが。

こんなグツグツした気持ちは、今の坊主共には関係ないだろうし、そんな悪い出来事を今の世の中が容認せず抗ってる事もわかってる。

だが、俺の気持ちが、俺自身が! この結果で満足しきれねえって煮えたぎってやがる!

俺の最も温けえ記憶が常に俺を痛めつけて来やがる!


気づけばよ、世界の色んなことに蓋をして、耐えてきた。

この世はクソだ、いつかの世代が犠牲を払って平和を得た所で、人間は目先の繋がりの方を大事にして、犠牲のために今を大事に生きようとなんて考えちゃいねえ。

今を適当に、なあなあに過ごして生きていやがる。

亡き人に、近くに居ない人に、感謝も恩義もあるわけがない」


それは、昊菟こうとも思う所がある訴えだった。

見知らぬ人、身近ではない人、そういう人が自分を支えてくれていても、昊菟こうとは正しく恩を測る事が出来ない。

だが……。


「でも坊主は、あん時に怒らなかったよな、苛つきもしなかった。

超能力者は覚醒するまで、その辺の一般人と変わらず、法律で保護され、社会のルールに守られてきた存在だ。

裏を返せば、保護を打ち切られ、社会のルールに守られなくなるってことだ。


怖えよ、普通そうなると我が身を鑑みるもんだ。

自身の矜持を持つ超能力者なら、なおのこと。

強力な超能力者が、護衛全員を吹っ飛ばせるからっつって、焦りもしないことはあるが、坊主はわけが違う。

実質無能力者と変わらないおめえは、しかし絶望してうずくまってなかった。


そしてなにより、あの場で雰囲気ってのを重視した。

しょーーーもねえ、なんの足しにもなんねえが、雰囲気ってのは、大事なもんだ。

雰囲気がよけりゃ、生きてて良かったって、テメエも周りも思ってくれら。

ほんと、些細なことでも、てめえはそれを気にしやがった、その歳のガキの癖にな。


超能力者ってのはその殆どが、雰囲気に囚われない。

人々が楽しそうにしているお祭り会場で煮えたぎり、自分を祝ってくれる席ですら、その矜持にしたがって攻撃したりする。

だがお前は、雰囲気を良くしようとした。

怖気づいてやるのとはわけが違う、怯えていたわけじゃねえ、坊主は、苦笑して、へりくだり、抵抗せず、周りを立てる試みを行った。

俺が手を拘束しても、抵抗も嫌な顔もせず納得し、受け入れた。

微かでも、良くあれと思い、動ける男だ。


お前は、周りを幸福にしようとする超能力者だ。

ちっぽけでしょうもない思いやりしか出来ない雑魚だが、その想いは自分の危機感で鈍ることはない。

平和のための鉄砲玉、貧乏くじを好んで引きに行く変態だ。

俺たちの犠牲を慮る事が出来なくても、あらゆる人に報いろうとする姿勢がある。

それを気に入った。


坊主が、泥投げられ続けて、掘った名前すら見えない俺の仲間たちの墓石を磨いてくれた気分だ。

死体もない慰霊碑があいつらの居場所とは思えないし、本人達が言ったんだ。

この体と魂は、国に帰るんだってな。

だから、死体も墓もねえあいつらの墓と呼べるもんは、この国であり、この世界である。


アイツらは世界平和のために戦ったわけでもねえとは思うが、最後の最後に、命を投げ出してまで戦ってくれたそこには、間違いなく愛があった。

自分の身を思ってのものではなく、自分の得を勘定してなかった、何かがそこにあった。

自分の幸せが望めない、消去法であれ、大義を想った行動で無いにしても、何にもなれなかったアイツらが臨んだ、最後のモンは、自らの死に対する意味づけだったんだ。

カッコつけだよ、他人のために戦ってみるってのも、わるかねえってな。


アイツらのそのカッコつけが、俺を活かし、ここまで連れてきた。

だから俺も、アイツらに顔を合わせれるくれえには、カッコつけたかった。

だが、政治家には向いてねえ、世界に、日本に、いろんな火種が燻ったままだ。

そして、その中心は大陸から来ている。


坊主、おめえは超能力者として極めて稀だ。

おめえの矜持には、おめえ自身じゃなくて、他人の事が含まれていやがる。

だがな、他人をどうこうしてやりたいなんて矜持をマジで持てる人間なんて、空想上の生き物だって思われてるんだぜ?」


昊菟こうともそれを理解していた。

それは、上郷かみさと昊菟こうとが日々の生活の中で常に感じてきた他者との差であり、昊菟こうとのアイデンティティと呼べるものだった。


昊菟こうとの矜持は、「幸福とは他者との繋がりの中にある」

というものだ。

故に昊菟こうとには、勝敗や競争の概念がない。

勝ち負けや競争は、ネガティブとポジティブを決定づけるものだ。

だが、昊菟こうとはそれで悲しんだ事も、嬉しくなった事もない。

ただ、共にチームになった仲間を繋ぐため、死にものぐるいで練習できた、それがうれしかった。

相手となるチームにも、楽しんでもらうために努力を怠る事はしなかった。

負けても楽しめるし、勝っても楽しめる。

飢えはない、食らいつくという気概もない、勝ちたいとも思ってない。

ただ、楽しいゲームにするために他人に真摯であろうとする、そのためにゲームを楽しむためだけに争える。

敵を想い、味方を想い勝ちに行くエゴイズムを持っていた。


また、昊菟こうとには、死や痛みを恐れる考えもない。

自らに降りかかる苦痛や、自らの終わりが訪れても、そこに幸福で居られる他者が存在する限り、昊菟こうとにとっては望ましい事だった。

例えば昊菟こうとが死に、何かを達成することで、あるコミュニティがより豊かで、幸福になるのであれば、昊菟こうとはそうした選択を厭うことはなかった。


そう、この主人公は狂っている。

彼は常人のフリをしたメンタルモンスターであり、その精神性はまさに超能力者として一流なのであった。

しかも、その矜持は個人の夢や欲望ではなく、集団としての欲望の具現であった。


だから、あの護送の時、心は動かないままだった。

一般人にとって、あれは死刑台への輸送だが、昊菟こうとにとってはただの移動に過ぎなかった。

この老人は、その片鱗を感じ取っていたのだ。


「他人のことを慮り、超能力者になった。

なんて、お前以外に俺は知らねえんだ。


だから、俺はお前に投資する」


「買いかぶりすぎだよ。

俺は、俺のためにやっているんだ」


嘘ではない。

昊菟こうとは、他者が楽しくしている輪そのものに自分が居る事が自身への報酬であった。

身近な人が笑っていれば、自分も笑える。

それが幸福だと思える。

それが我欲だ。


自分のために、他人をどうにかしようとする。

目標設定として赤点である。

他人なんて、コントロールの出来ることではない。

昊菟こうとの預かり知らぬところで、勝手に苦しみ、勝手に喜ぶ。

だが、それが悪癖と知りつつも、昊菟こうとは諦められなかった。

叶わなくても、出来ることがあるならなんでもやる。

結果が振るわなくても、行動せずにはいられないのだから仕方がない。

どれだけ学の高い人に、科学的根拠や納得できる理屈で否定されても、変えられない。

効果があってもなくても、それを求めるための行動をやめる事ができない。

昊菟こうとの個性の性、すなわち矜持というものだった。


「坊主自身がやりたいと思ってるなら、余計に良いことじゃねえか、利用させてもらうぜ。

すまねえな、悪い大人が目をつけちまって。

どれ、そしたら、投資の話をしよう。


研究所で超常殺人事件、その捜査協力の話だ。

残念ながら、研究所内は日本の司法ではなくムー大陸の日本、日本大陸の司法が適用される。

細けえ事は省くが、殺人犯が確定している場合、私刑が良しとされたり、犯罪者の殺害を罪に問わない、防衛としての殺人も場合によって無罪とする法律もある。

そして、捜査には認可された魔法使いが派遣される。


捜査協力に一般人を巻き込む事は許可されているが、拒否権もある。拒否された場合、強制的な協力は望めない。

また、捜査協力者が自身の過失で死傷しても、自己責任とする。

というわけで、捜査に駆り出されたおじさんなのでした。

どうだやるか坊主、ムー大陸での戦闘方法を多少は教えれると思うぜ」


「ありがたい、やろう」


即答だった。

これから先の事を思うなら、魔法使いの戦闘方法、身の守り方、戦い方は昊菟こうとにとって重要なものだ。

超能力に戦闘能力を期待できない以上、おっさんの魔法を少しでも見ておくのは糧になる。

ムー大陸移住後、日本大陸で超能力にも魔法にも慣れた相手を相手取るより、日本列島で新米超能力者を相手取れるなら、それは良い経験になるだろう。

難易度的にも、より入門に良い。


「よしきた、見込んだ通りだぜ坊主!

俄然やる気出るなァ。


とはいっても、坊主の能力は戦闘にはちっとも向かねえな」


「武器があれば、多少は役に立てるかもしれないけど……」


「じゃあこいつをやろう」


投げ渡されたのは拳銃だった。

これまた、どこから出てきたのかわからない。

手からいろんなものが突然出てくる老人だった。

まるでどらえ……いやなんでもない。


「あっさりだな!?

てか俺的には鈍器とか想像してたけど!」


「鈍器は禁止だ、超能力者は触覚、霊覚を含んだ全六感で捉えた相手を能力の対象にできる。

近寄る気配を感じ取れる相手ならそれだけで超能力は当てられるし、鈍器で殴った場合、鈍器を能力の対象にすることもできる。


その辺は、そういう手段が超能力によって妨害されないことがわかっている状態でとる作戦だ。

戦ったこと無いやつなら、痛くて心負けして反撃しないこともあるが、今回はちとわかんねえな。

それに、日本刀やらを熟練できていれば、不意打ち一撃必殺で勝利可能だろうが、実際は複数回殴打するのが普通だろう。

よって、ひょろっちい坊主にはあってねえ、マスターした長物でもあるなら構わねえが」


「……じゃあ、使えないな」


「そうだろ。

だから銃だ。

だがちゃんと隠す事だな、そいつを見て恐怖心に駆られた超能力者が居たら、誤解されて殺されかねない。


それにー……そうだな。

もちっと協力者が欲しいところだ。

ちっと探しておくとするわ。

1時間後、屋上で会おう」


「協力者って、そんなに早く呼べるのか?

あんた、殺人事件が起きたから呼ばれたんなら、職員や管理している人材はこれ以上来ないんだろ?」


「ああ、こういった超常殺人事件調査に呼ばれたのは俺だけだ、むしろこっちは本業でね。

つうか、坊主にこの投資を持ってくるために、一人で来てんだ。

だから今回はマズいね、悪さするために人手を減らしちった」


そう言うと、ウィンクして舌を出してみせた。

なんだこいつ。


「んだもんで、今日この研究施設にいる人物の中で、使える能力者が居るかどうか、管理側に聞いて、アプローチしてみるぜ。

楽しみに待ってろ。

もし見つかんなかったら、俺ら二人で失敗出来ない暗殺を開始するしか無くなっちまうな。

あ、これ事前調査書、読んどけ、じゃあな」


そう言うと、颯爽と去っていった。


「……」


こんなガバガバ司法の土地に行くんだなあ……これから。


ホーリー(ホーリー)】

上郷かみさと昊菟こうとが持つ超常現象。

右手人差し指から絶え間なく発光する光。

照らされたものを昊菟こうとにとって良いと考える状態へ変化させていく。

また、この光には現実の光子とは違い、質量を持つ。

質量とエネルギーは極微量なもので、ティッシュや宙に浮かんだたんぽぽですら反応しない。

要研究対象の現象。


「おお、遅かったな」


45分後に屋上に行ったらすでにそのおっさんは居たのだった。

傍らには、同年代くらいの女の子が居る。


「よろしくお願いします」


その子は、この場には不釣り合いで異様な出で立ちだった。

金髪の癖の無いロングヘアに緑の瞳。

しかし肌は色白な日本人のような風体だった。

小綺麗な衣装にロングスカート。

いかにも運動する気のない服装だった。


「外国……人?」


「えっと、日本人、です。

髪と瞳は、最近変色しました」


「超能力が強力になると極々々稀にこういう症状が出るんだそうだぞ。

まじまじと見れば多少は違いがわかるぜ。

この髪はヨーロッパ系の金髪碧眼のものとは違う、ブロンドヘアじゃねえ。

強力な超能力者に起きる、髪、瞳、場合によっちゃ爪の変色反応。

つっても、今のところ日本でそういうタイプの能力者は片手で数えるくらいしかでてねえ」


たしかに、その髪は月の光のような、淡く白っぽい金色の髪。

黒っぽい感じも赤みも無い、どこか現実味の無い金髪だった。

キューティクル……では説明付かないほど、キラキラと輝いているように見える、月光のような髪だった。

染めたら、近しい色は出るかもしれないが、たしかに外国人のブロンドヘアとは話が違うようだ。


見られると少し恥ずかしいのか、ばつが悪いのか、目と顔が泳いで困っているようだったので、昊菟こうともあまり見ないようにした。


「ま、日本大陸に行けばそう目立つものじゃなくなるだろうぜ。

向こうじゃ染髪は当たり前だからな。

ま、気まずそうだ、この話は切り上げてやろう。


じゃあ、坊主、今回の事件概要を教えてくれ」


「俺が?」


「ああ、対超能力者、対魔法使いでは、情報戦はとにかく大事だ。

戦闘は計画通りであればあるだけいい。

いいか、超常的な戦闘をするにあたって、敵の出来ることを知らないまま戦うのは避ける事だ。

RPGみたいに戦いながら探るなんてのは最終手段だ。


てめえの超能力や魔法の火力と、相手の能力の相性が最悪だった場合、逃げる事も出来ずに死ぬと思え。

基本は暗殺!血潮湧く戦闘なんて期待するなよ。

全六感で感知された時点で能力はほぼ必中だと思って良い」


「生かして捕まえるというのは出来なさそうな相手なんですか?」


「えっと、能力は分からないけど、被害者は寝室で寝ている所を圧殺されているそうだよ。

全身くまなくおしつぶ……」


結構悲惨な話になるけど、同世代の女の子にする話じゃないよな……と、はたと女の子と目が合う。

整った顔立ちに大きな目が、昊菟こうととぱっちり合った。


「……何か?」


キョトンと目を丸くし、逆に顔を覗かれる。


「気分悪くなったら、言ってください……。

全身、くまなく何かの力で押しつぶされている。

直接の死因は呼吸困難、死に切るまでの間時間があって、その間に全身の骨の数カ所を骨折、あとは多くの箇所をバラバラに脱臼させられている。

時間をかけて殺したことから、相当な怨みを持った犯行だと思われている。


肉体に球状のものが押し付けられた圧迫痣が数か所。

おそらく犯行中、痛みによる意識の覚醒はあったと思われるが、被害者の能力は使用された痕跡はなかった。


被害者の能力は水流操作、水を何もない場所から生み出し、動かす能力。

被害者の出せる威力は当たりどころが良ければ致命傷になりうる程度。

圧迫は仰向けに寝ているところを上から押さえつけられる形で、肋骨は多くを骨折、その他、頚椎も含め、多くの箇所が脱臼させられていて、ベッドは圧力によって底板を破壊している」


ちらりと女の子を見てみるが、悲しそうな表情はすれど、泣きそうになっていたり、気分が悪そうな感じはなかった。

とりあえず、大丈夫なようでよかったと昊菟こうとは思った。


というのも、どこか心の線が細そうな子だったからだ、伏し目がち、自信がなさめな細く控えめな声量。

ボディランゲージ、というか身振りも縮こまっている。

聞こえよく言えば、お姫様のような、悪く言えば、自我を出さないように言われている奴隷と相対するような。

なんだか、あまりいい気持ちになりにくい雰囲気だ。


でも、悪い子ではなさそうで、なんとも言えないなあ、と昊菟こうとが思っていると、オッサンはそんなの構わんと言わんばかりに話を進めていく。


「このことからわかるのは、この被害者が冷静な状態でなかったか、五感を対策され、犯人に攻撃を行えなかったかだな。

超能力の使用には、強い精神状態が必要だ。

何らかの薬で意識ダメージを負った場合や、拷問や致命的なダメージを受けた場合、訓練してない場合などは、よほど強靭な精神が保てなければ能力の使用ができない」


「私達が、そうした状況に陥る可能性を考慮せねばならないのですね」


「幸い、能力者は候補は複数人居るものの、ほぼ一人、犯人が推定できている」


「研究所で大暴れしちまったのが悪手だったな。

事件に関与できる能力者は少数、しかも内容が判明しちまってる。

バレないように人殺しするには、かなり悪い環境だ」


「容疑者は元反社会勢力の構成員。

体から鉄の獣を伸ばして動かす能力……。

研究所に来る前は、捕食させ死体を消してしまったり、惨殺死体が多かったみたいだ。

近くの部屋から、犯行日に男の笑い声を深夜に聞いたそうで、ときより聞こえる怒号と同じ人物だと思われる……。


こ、これ、犯罪者ってことか」


「ああ、こういう超常殺人事件が列島で起きた場合、研究所はそいつが犯行可能なのか、どのような手段の能力なのかも調べる必要があるんだ。

それまでは容疑がかけられた状態で、一応遠ざけられた配置を取られ、それなりに監視されるわけだがな……。


犯罪者の殆どは、身に危険が迫るまでは能力を見せない事が多い。

研究所内で戦闘行動、脅し、何でもやって、相手の能力を引き出す恫喝みたいなもんをするんだが。

まあ、それなりに危険なわけだ。

能力判明段階で、この研究所を管理してたでしゃばり超能力者がやられやがった。


その後、後任の能力者に監視を任せていたわけだが、ばっくれた。

これだから超能力者に組織行動はやめさせた方がいいんだが……。

まあ、魔法使いもそう強力な人材は多くない、超能力者の方が手頃で強力だから、人件の不都合が祟ってる状態だ」


「それって……。

その、能力を引き出させた方は、お亡くなりに?」


「いや、一応は生きちゃあいるが、今は車椅子と点滴と一緒に仲良く過ごしてるな。

これで多少は口数も減ってくれりゃ助かるんだが。

ま、お陰で能力の大まかな部分は判明している。


……無駄にしねえようにするぞ」


おっさんが誰に言うでも無く呟いた怨みのこもった声に、二人の少年少女は小さく頷いてみせた。


「ま、大枠は把握できたな。

現状これ以上の情報はない、次は俺たちの出来ることを徹底的にすり合わせるぞ」


「……」


昊菟こうとがナイーブな顔をしていると、おっさんがはたと目をやって、それを少女が何事だろうときょとんとする。


「あ、嬢ちゃん、この坊主はほぼ無能力者だからそのあたりは頼んだぜ」


「人に言われるとこんなに悔しいとは知らなかったなぁ……ッ」


もうね、笑顔になるしかない。


「でも、これから共同作戦を取るんだ、名前くらいは共有しておこうじゃねえか。

でー……坊主、なんてんだ?」


「まじすかあんた。

上郷かみさと昊菟こうと(かみさとこうと)もうすぐ高校一年になる。

超能力はちょこっとだけ重さがあって、ちょこっとだけ良いことが起こるかもしれない光が指先から出ますよろしく」


せめてもの抵抗で説明するが、よけい惨めになっただけだった。


「よろしくお願いします。

月守つきもり未都みと(つきもりみと)。

もうすぐ高校二年になります」


昊菟こうとの気まずい声に朗らかに返事をくれて和んだが、年上であるという事実になんとも不可思議な気持ちになった昊菟こうとだった。

女の子だから、背丈で年齢を測る事もできなかった上、その敬語や縮こまった態度、きわめつけには目が大きく童顔とまあ、年齢が結構幼いかと思わされていた。

間違いない、この雰囲気、この不思議な立ち振舞い、へんな癖。

矜持を感じれる部分は随所に感じられる。

生粋の超能力者で間違いないだろう。


「能力は、無空間を固定する能力、です。

えっと……百聞は一見にしかず、ですかね」


彼女は手を柔らかく上に向け、そこに金色に輝くガラスのようなものを作り出した。

光沢はないが、光が屈折し、そこに一切の曇りもない氷があるかのようだった。

手で掴んでくるくるさせたり、その場で触らずに回転させたり変形させてみせた。


「一番強力なドリルでも穴は空きません。

穴が開く……というか、ホントのところ、何もない空間がむりやりあるだけなので、実際それは物質ではありません。

穴を開ける対象はなく、衝突するものもない、でも通り抜けられない無空間です。

お二人が触っても、てこでも動くことはありません。


私の感覚の外にあるものは消滅してしまいますが、半径1mくらいの空間であれば、死角にも展開可能です。

今のところ、同時に複数個別々に出すことは出来ませんが……変形させて様々な形にできます」


そう言いながら、輪っかにしてみせたり、三人を覆う球状にしてみせたりした。

覆われたとき、外の音が遮断されたのか、心細い無音が一瞬訪れる。


「これ……人を貫けたり?」


「それは……出来ないみたいです。

変形とは言っても、実際に伸ばしているわけではなく、発生させたり消したりしているもの。

人体には元から結界というものが無意識に展開されていて、人体内部で他者が能力を生み出す事は出来ないのだそうで」


「ああ、魔法もそうだぞ。

人体内部に魔法を発生させる事はできん。

直接触れれば体に使えるが、あ、あと性行為でもしてれば話は別だ」


空気が凍った。


「は、発生させたところに、人を動かす分には衝突しますので!

網状にして人を捕えるとかできます!

この空間を生み出せる積量は限りがあるので、無限に伸ばしたりはできませんが、ぱっと消して望みの形を作り直す事は可能です。

発生させるのに、私が触れている必要はありません、ほぼ一瞬で望む形のものを見えている範囲なら作れます」


「それなら……その能力で閉じ込めれば、捕縛が可能?」


「はい、私から1メートル以内であれば、無条件に。

そうでなければ、私がその人を見た時、背後が見えないので閉じ込める事が出来ません。

よく反射する、窓や鏡、監視カメラ等のリアルタイムの動画などで死角の情報があれば、閉じ込める事は可能です。

さすがに、距離感を肌身で把握出来る範囲に限りますので、監視カメラだけの情報で能力を出す事はできません」


強力な能力だ、正面戦闘ではまず負けない能力である。

防御面においては無類の効果を発揮する。

勝てるかどうかは難しい上、人を死傷させる事は難しそうだが、窒息死させるハードルはそれなりに低めだ。


「この嬢ちゃんは、研究所内でトップクラスの評価を受けてた能力者なんだぜ。

どうせ協力してもらうなら、強いに越したことはねえからな。

跳ね返りもしない、何もない空間ってことだからよ、他者に利用されるようなもんでもない」


「はい、この空間を足場にしようとしても、動かないまま、踏ん張ることもできません。

蹴れば蹴った感触も反発もないまま浮きます。

なので、この上を動く事ができません。

足場に敷き詰め、そこに足が乗せられれば、相手を行動不能にできます。

私から離れたところに、フックショットみたいなものを撃って飛び退くとか、エンジンみたいなものを吹かせば、その勢いで動けますが、もしそうされたなら、私の能力を知っているということになるのかなって。


あ、あと、私自身がこの上で高速移動する事も出来るそうですよ!

でも……はい、専用のガジェットがないと無理みたいですが。

こう、ジェット噴射みたいなもので、摩擦ゼロなので、びゅーっと!」


あ……なんか思ってたより愉快な人だ、この人。


「そのあたりは俺が魔法で動かしてやっても良い。

じゃあ次は俺だな、荒木創樹そうじゅ(アラキソウジュ)年齢はいいだろ、見たまんま、おめえらみてえに歳の差1,2歳なんて些細な事にしか思えねえくらいのオッサンだ。

魔法使い、ランクは"星雲級ネブラ"(ネブラ)、等級は赤だ」


「ランク……?」

「等級……?」


「あー……、簡単にいこう

俺は魔法を理解していて、弟子を取れるくらい学がある。

んで魔力量が雑魚だ、老いだぜ、許せよ。


魔法はエレメント魔法を一通り、つっても、殺傷力があって使いもんになるのは火、岩、雷くらいなもんだろ。

雷は空からドカンとかねえからな、触れてるヤツを電気ショックさせる程度だ。

まあ、俺にとって、本命の魔法はそのへんじゃねえ、よく使うのはこれだ」


そう言うと、何もない空間からアサルトライフルを生み出した。

車内で見た杖を取り出した魔法と同じだ。


「タグ付けテレポート。

俺がタグを打ち込んだ品を、俺の持ってる倉庫と手元を行き来させる魔法だ。

タグを打ち込むにはちっと手間はかかる、投げつける程度じゃタグはつかねえ、しっかり両手で触れて、魔法陣を当ててタグをつける必要がある」


そう言って、両手袋の手のひらに書かれている魔法陣を見せた。


「こいつで兵器や武器を出したり消したりが得意分野だな。

歳だからよ、大した火力の魔法は打てねんだ。

まあ、一つだけ、出来る火力魔法はあるぜ。

だけどこいつぁ、使えば腕がぶっ壊れて色々できなくなる、最後の方法だ」


腕を捲くって見せたのは、機械仕掛けの腕だった。

鍛え抜かれた腕相当の機械の腕には、前腕の根本から、謎の機構がシュコーと言う音と共に伸びて出てくる。


「超特大の爆発魔法、だったものをこの年寄りでも使えるようにしたシロモンだ。

魔力量が無くなっちまってかつてのような威力はねえが、巨大な威力の空気砲くらいにはなる。

いや、ホントは実弾にしたかったがね、魔法使うと毎度実弾が分解してプラズマになっちまうんだわ。

一度使っちまえばぶっ壊れちまうんだが、まあ無いよりマシだろ」


それ、相当すごいものじゃ……。


「他にも些細な事はできるが、全部は説明しきれねえな。

関係あるのは厳密にゃあ魔法じゃねえが、魔力で体を素早く動かすとかかねえ。

魔法を込めた品を使えば、基本的なレベルの超能力者なら殺害可能だ。

しょうみ、おめえらには見学会をさせてやりたい思いだが。

俺が提案する作戦は、昊菟こうと月守つきもりが守ってやって、特等席で俺の勇姿を見届けることだが、どうかね」


「私は、私を囮とする作戦を提案します。

防御面であれば自信はあります。

昊菟こうと君は、私の隣に居てくれれば、共に生存可能でしょう」


縮こまった主張の少なそうな少女かと思いきや、意見があるときはしっかりと発言していた。

なんというか、アンバランスな人だ。


「……俺は、銃と、あと催涙系のなんかしらをくれればそれを使う。

あんたなら持ってこれるだろ、アラキさん?」


「ああ、良いぜ坊主。

五感を潰すのはいい策だ、いつでも使える定石だ」


「……なんであんたはそれを使わないんだ?」


「リスクもあるからだよ。

訳わかんなくなった超能力者は無作為に能力を放出し、周囲一帯を適当に攻撃したりする。

まあ嬢ちゃんの能力があれば、そのへんは問題ないだろ。

俺がしくったら使ってみたらいい、逃げるためとか、相手の魂魄の消耗にも使えるだろ」


「たしかに、超能力者は持久戦には不向きですよね」


「ああまさに。

超能力者は自信の意思、個人としての核という、魂魄を消費して、世界を捻じ曲げる力を得た存在だ。

無くなれば当然、体の全機能が欠けていく」


……まじで?


昊菟こうとは目を丸めた。

それをまったく実感したことはなかったのだ。

指先の光はいかなる時もとめどなく溢れ出るが、これが昊菟こうとの魂魄を削り取ったと感じるような出来事はなかったのだ。


「魂魄は欠ければ、意識と記憶の混濁、体の動きが鈍重になっていく」


「エネルギーが抜けていく感覚……ですよね?

体重変化の実験で体験しました」


「ああ、まあそう言うヤツも居るんだろうな。

だが、研究者達は違う見解だ。

起きているのは、人間を動かす根本を欠けさせている事だ、説明はいろんな表現があるから、そんなかでしっくり来るのを選べ。

脳の機能が欠けていく、パソコンのCPUが少しずつ壊れていく、自分の体が物言わぬ肉塊と感じるようになっていく。

なんにしても、意志の消失というモンだ。


いつもと変わらん日常生活を送るには、大した量は必要ねえから、そう怖がるもんでもねえが。

人類の特殊な力でありながら、人類の欠点でもある、ある種の自殺行為でもあるこの力が使えるようになるってのは、人類を退化させたと考えるヤツも居るそうだぜ。

まあ、兆候が見られたら使用をやめることだ、いいな嬢ちゃん。

無理すると回復にかなり時間使っちまうからな」


「はい、心得ています」


俺の心配はしないよね、大正解!

昊菟こうとは涙ながらに思った。


「おっさん一人で勝てるくらいって見積もりは立ってるのか?」


「へっへっへ。

自慢だが、俺は日本列島の事件解決で負けた事はねえんだよ。

一応、魔法使いのランク的にゃあ、超能力者と相対するには危険ありとされてんだがね」


「……全勝ではなく、不敗ということですか?」


少しの沈黙。

というのも、人の邪魔にならないように振る舞うような少女からは似つかわしくない、人の揚げ足を取る発言が飛んで来たからだ。

創樹そうじゅも、豆鉄砲どころかそれなりにしっかり刺されたものだから、びっくりして固まったあと、バツが悪そうに頭を掻いてうつむいた。


「っ……~~~~。

痛いとこ突いてくれるじゃねえか、嬢ちゃん」


創樹そうじゅは苦虫を噛み潰したような顔をしている。

その年上の奇妙な老人に、緑の瞳は突き刺すような眼差しで見つめ返していた。


「安心させようとしているのかもですけど……。

命がかかった争いになることは覚悟しています。

私は興味本位で戦いを見たくて来たわけではないですから」


「ったぁく。

そおだよォ、俺は生き汚くてな。

だが付け加えさせてくれ!

負けってんのは、死傷者が出る事だ。

俺は列島で起きた戦闘行為中、作戦が頓挫しても作戦内で犠牲を出した事はねえ」


「あなたの四肢以外は」


「……。

いやまあ、この腕は70年前の戦争の時のだし」


「"腕は"、ですよね」


「え……おっさん、他もか!」


「づあぁ~……、容赦ねえなあ嬢ちゃん!

これだから超能力者は、今そういう空気じゃねえし安心して雰囲気保つとこだろが……」


「私、誰かの犠牲の上で雰囲気が良いのは納得できないタチなので、諦めて頂きたいです」


「はぁ……ったく、強い能力者なわけだ。

そうだよ、四肢で残ってんのは右足だけ。

動脈を数本、魔力素材に入れ替え、内蔵には魔法による万能細胞を10ヶ所埋め込み済み」


「……大事な場面に派遣されるような強力な人なんだと思ってたんだが……」


「違うんです昊菟こうとくん。

大事な場面に、彼くらいの方しか派遣できないんです。

私達超能力者は、組織行動とは相性が悪い。

上の決定に従えないような人が、超能力者になるから。


それでも、超能力者に負けなかったというのは、足を引っ張る超能力者が居ても、彼は他人を五体満足で生かしたということ。

大陸に行けば、彼以上の強力な方は居ると思うんですが、列島に残っている人の中でも、彼は上積みなのは間違いないです。


気がついたのは、歩く時の傾きと、靴の音の違い。

自己紹介を聞いた時の、魔物戦争の時代の不釣り合いさです。

魔物戦争は、100年前から30年間続いた戦争。

その時戦ったということは、100歳近辺であるはずなんです。

あれは軍隊が主軸になった戦闘であり、日本人の子供が戦闘出来るはずはないのです。

おそらく、彼はその当時、若くても二十歳は行っています」


「え……100年前から30年続いた戦争に参加して、少なくとも20歳の頃に参加ってことは……大まかに言って、若くても100歳近辺!?」


「はい、肌がシミだらけだったりするのはそのせい。

でも、体が快活に動いているのは、不釣り合いでした。

それに、左足を踏み出す時、体が傾き、大きめの足音が出ます。

そして、その腕を見せられた時、私は気づいたのです。

あなたの体は、魔法の最新技術で生かされているのだと」


「そこから、不敗と結びつけたってことかい、嬢ちゃん」


「はい、私を子供扱いしなくて良いです。

この場においては、一人の戦友であり、背中を預ける人物と思っていただきたく」


「……いいぜ。

なんにも見た目通りじゃねえが、洞察力の高さとその物怖じの無さを買おう。

実際、この三人の中じゃ、お前が最高戦力だ、月守つきもり

超常的なバトルにおいて、作戦は一番強いヤツを軸にするのが基本だ、作戦を立ててみろ」


昊菟こうとは、胃がしめつけられる思いだった。

自分はここに食い込めない。

彼女のような洞察力もない、雰囲気を読み、楽観視していた。

もしかしたら、自分は超能力者として弱いのは、その自我の弱さにあるのかもしれないと思った。


隣に居る一個上の彼女は、それほどまでに個性的で、確固たる自我をもっていた。


「あ、えと……気が利かなくてすみません。

諦めたり、いい塩梅で事を収める事は苦手で……」


そして、その超能力者らしい矜持は、彼女にとって恥ずべき不得手であるようだ。

この女の子は、調和したいと思いながらも、それを成功させられなかったのだろう。

自分が思う、良いと思う事柄を成すために、納得出来なければ行動を起こしてきたのだろう。

それで沢山後悔し、傷ついた結果の、あの肩身の狭さなのだろう。


超能力者に憧れる人物は多い、その人達は、わざと派手な事をしたり、極端な事をして、それを喜ばしく思うものだ。

だが、彼女は「したくてした」のではなく、「やりたくなくてもやった」という感じだ。

ナチュラルに優れた超能力者マインドと言える。


「良いって、俺だって、都合よく月守つきもりを使おうとしてたんだ。

文句はねえ」


「……ありがとうございます。

では、所感を。


実際のところ、情報不足です。

超能力者は一つの能力しか出せませんが、応用次第で様々な行動を行なえます。

加害者は鉄性のものを生み出し、それを切り離して攻撃できるのか、体と繋がってないといけないのか。

また、防御面で優秀なのかもわかりません。


例えば、体中に鉄を纏わせ、そのまま行動できるのか。

例えば、その生み出した鉄は、通常の物質通りに電気を通すのか。

超能力で生まれた、鉄に類似した未知の物質である可能性も否めません。

私の能力が、今までの科学では証明できない何かを生み出す力であるように、相手もそうである可能性は否定できません。


ただし、ハッキリしていることがあります。

あれは物理攻撃を行える能力ということ。

何もない空間が破裂するとか、そういうものではなく、衝突によるダメージを与えるものであるはずという事です。


そして、その力は鍵のかかった寝室でも作用できること。

ドアのか細い隙間をすり抜けれるものか、何もない離れた空間から出現可能である可能性が高いです。


現状取れる作戦は、私の能力をつかった撤退戦でしょう。

無空間のバリアを作っても、内側から攻撃される可能性があるため、後退しながらバリアを作り続ける事で、戦闘を続ける事ができます」


「……それは、勝ち筋がないんじゃないか?」


「そうです昊菟こうと君。

なので、私はこれ以上の犠牲者が出ないよう、彼を監視、場合によっては防衛戦を開始します。

創樹そうじゅさんと昊菟こうと君は、彼の情報収集をして頂きたいのです。

私が引っかかっているところを中心に。


ひとつ、彼は何故殺したのか。

理由もなく殺すのであれば、すでに大量殺人が起きているはずなのです。

ですが、犯行からいままで、まったくその兆候はありません。

つまり、彼は人を選んで殺害に至った。

それは彼にとって、好都合、または不都合な事があったことを示します。

それを知りたい。超能力戦において、相手の矜持を知る事は有利に働くはずです。

その行動が彼の矜持に絡んでいれば、有利な展開にできるでしょう」


「闘論はたしかに、超能力者との戦いで有効だ。

魔法使いでは、論理の戦闘、無言の戦闘になりがちだが、超能力者は精神の戦闘、矜持が大事だからな。

矜持が折れれば、魂魄の枯渇や、能力の不発を狙える。

支持する」


「ふたつ、彼の過去行った事件の方法(ハウドゥイット)と動機(ホワイドゥイット)を探りたいのです。

能力を使った犯行の詳細と、何故それを行ったかの動機です」


なんか頭よさそうな事言ってるな、と昊菟こうとは感じたのだった。


「方法についてはある程度は知ってるぜ。

列島で起きた超常事件においての監督役をすることは多いからな。


ヤツの能力での犯行は、死体を残さないもの、行方不明事件と思われるものが多い。ただ、時よりツメや歯などが発見される事が多い」


「……拷問、か?」


「その可能性もあるな。

今回の全身脱臼もそういう一環だったのかもしれん。

犯行時は見張りの二人と、犯行にヤツ一人という方法を取られていた。

一旦その暴力団に渡された人間が後から殺されたり、釈放されたヤツを殺したり、とにかく、組織の利益になるように動かされていたっぽいな」


「見張り……ですか。

暴力団に捕まった人が、後から彼に殺されているなら、必要な事を済ませた後に殺害された……?」


「鉄砲玉……殺人を実行する担い手。

罪を大量におっかぶせて、組織をクリーンに保てるとか、尻尾を切れる人材……なのかもしれない。


暴力団の近くに置くことはせず、それでも縁や恩を強く感じさせておいて、実際検挙されれば知らぬ存ぜぬで切り捨てる。

わざわざ組織で動いた用済みを拷問するあたり、直情的なタイプ。

またはそういう僻を持った人物……。

少なくとも、殺しを忌避するような人じゃない。

殺しに対して、無関心か好印象を持っている」


結論の出ない考え事は、そのままふらついた歩調で口から紡ぎ漏れた。

荒木と月守つきもり昊菟こうとのそれが結論のない言葉だと理解するとともに、昊菟こうとの新たな一面を知った。

月守つきもりはおおーと言い出しそうな口のまま、昊菟こうとを見つめているが、荒木はドン引きしていた。


「坊主なんかその方面は聡いなお前……。

ちょっと不気味だぞ」


今までのことでドン引きしたいのはこっちなんだぜ、オッサンさあ……。

昊菟こうとは苦笑いをして思うところを伝える。


「失礼なキテレツ爺さん。

こういう推察は警察絡んでそうなあんたの両分なんじゃ……?」


「あー……俺は警察側の鉄砲玉みてえなもんなんよ。

事件の調査は7割以上列島の警察の仕事だ。

俺の仕事は、ほぼあいつらが捜査した情報を元に、推察し大陸、研究所に引き渡すまでだ。

特殊部隊みてえなもんを想像してくれ、刑事とはちっと違う、戦闘人員であり、調査はおまけの業務だ。

人員不足だからそれっぽいことを兼任しちゃいるが、不得意分野なんだぜ?」


なんてふわっとした業務なんだろうかと昊菟こうとは思った。

仕事の役割分担がキッチリと成されておらず、人手不足なための掘っ立て業務なのが伺い知れるのだった。

列島はそれでも秩序が守られてる方らしいのだが、じゃあ一体大陸はどんな事になってるんだ……。


「直情的……なら、考えなしに行動するのでしょうか?

快感を優先するような?」


「あ……いや、どうだろう。

組織で手綱を握れていたということは、多少は抑えが効く人物なんだと思うんだ。


見張りを二人も用意するあたり、信用が高いとは思えない。

どういうわけかはわかんないけど、今回の殺人も、笑い声しか聞こえなかったから、被害者から声が上がったわけではなさそうだったし。

殺人は、相手が叫びだすのを抑制できる方法を取っていたんだと思う。


つまり、冷静な犯行だったんじゃないか?

直情的な線よりも、僻を持った人物という可能性が高いかな」


「――……。」


月守つきもりは、不安げな顔をして、胸のあたりで手を握り込む。

彼女も列島で超能力ありと、ここ最近言われたばかりの人物だ。

こういった凶悪な思想の人物と相対する経験が豊富なわけではない。

それに対して、一人での防衛戦を考えているのだ、気が軽いはずはない。

何かしらのミスをすれば、誰かの助けもなく狂人の僻で理由のない拷問をされて殺されるというのだから。


「降りるなら良いんだぜ?」


「降りれるような人なら、ここに居ませんよ」


……昊菟こうとはそこに対する恐怖心がない。

何故、彼女が適任なのかと呪う思いがあった。

そのような耐久できる能力を自分が持っていれば。

その役を、喜んで買って出ていたというのに。

それは、創樹そうじゅもそうなのだろう。

こうなるのをわかっていて、情報を伏せたのかもしれない。

彼にとって、月守つきもりを呼んだのは、昊菟こうとのボディガードをさせるためだったのだろう。

だが、自分達を犠牲にしても彼女の能力による防御の方が低リスクなのだ。

その上、望みは死傷者ゼロ、二人が代わってやる事はできない。


「矜持はその人を傷つける僻にあるとするなら……。

戦闘行為に喜びを見出す人かもしれませんね」


「矜持を折るといった方法を取りにくい……か」


「暗殺不可能、また暗殺失敗の場合、出たとこ勝負の正面戦闘になるってぇのは、ちと安心できねえな」


「成功しにくいもんなのか?暗殺」


「そうだな……俺の体感だが、7割成功する。

だが、時間をかける必要がある。

重ねて、残り3割で全滅にリーチがかかる事が殆どだ。

超常犯罪者は皆、強力な能力を持っている事が多いんだ。

成功率は高くても、リスクもそれなりに高いってこった。

いっそのこと、正面戦闘で圧殺出来たほうが気が楽だね」


「残念ですが、私達の持ちうる最強攻撃力は打ち切り一発、創樹そうじゅさんの腕のプラズマ砲ということですよね……」


「しかも大して魔法を連打しなかった場合の大火力だ。

魔力が少なくなりゃあ威力も落ちる」


「わりとギリギリじゃんか」


「我が身を気にしないなら、ゼロ距離プラズマ砲で事は済むんだがね。

どうせ俺なら、政府やらどこやらが生かしてくれるんだから、良いんじゃねえか?」


「……」


緑の瞳がまっすぐ創樹そうじゅを見つめ、適当にヘラヘラしてた態度を貫く。

「へへへ……」と口をついてでた紛らわす笑いが出て、ふらふらと目線と姿勢が月守つきもりから離れていった。

バツが悪そうに頭をポリポリ掻いている


高校一年生の女の子に萎縮する100歳以上のおっさんがそこには居た。


「私の防御で事足りなかった場面においては良いでしょう。

ですがそれは騙し討ちにも使える虎の子として隠しておくべきです」


「そうか、奥の手か、悪くない……!」


急に嬉しそうになったご老人。

なんだこれ、絵とセリフが逆だろ。


「……追加と訂正を。私か昊菟こうとくんの合図が出るまで禁止です。

喜び勇んで使ってしまっては、奥の手になりません……」


今度はしょんぼりした。

なんだろう、見ているだけで楽しくなってきた昊菟こうとだった。


「あ、そう言えば月守つきもり……先輩、」


「先輩!?」


顔を真っ赤にして、手を肩口まで上げ、合わせたり、指を両手で押しやったり、下げたり上げたりと、瞬間で挙動不審になった。


「あ、ほら、俺今年高校一年で、先輩は二年なので」


「えっと……敬われるのは非常に落ち着かないので……気楽な敬称を希望します……」


「じゃ、月守つきもりさんで」


両手をぐっと握ってウンウンと素早く大きく頷かれた。


「死体が残っていた理由が、俺は気になるんだ。

今までの事件だと、死体は消されていたんだろ?」


「……たしかに、てっきり、バレる事を前提に行動したのかと思っていましたが……。

創樹そうじゅさん、残っていた前例はあるんですか?」


「無いことはねえな。

死体が著しい損傷を負って、一部だけ残ってたり、アイツの出す被害者はどいつもこいつもどっかしらが食いちぎられて欠損してやがる。

一応、ヤツの仕業かどうか、判別がハッキリついてるわけじゃないが、高確率でアイツだろと推察される欠損死体は他にも数件あるんだよ」


「……今回は全くの手つかずで、邪魔があった感じでも無いのが気味悪いよな。」


「妙な点だな確かに。

昊菟こうとはなんだと思ってんだ、その辺」


「……模倣犯。

重ねて推理するなら、暴力団側か、警察側の工作」


沈黙。

険しい顔で顎を擦る創樹そうじゅと、口を手で覆う月守つきもり

受け入れるまで、数秒があった後、顎に手をぐっと手を当て直した創樹そうじゅが口を開く。


「確かに、ありえる話だ。

だが笑い声はなんだ?

あれでアイツだって判別出来たんだろ?」


「……いや、そうじゃないかもしれない。

犯人の男のものと思われる笑い声、ここに寝泊まりしてる月守つきもりさんは聞いたか?」


「はい……聞きました」


「じゃあ、あの男の普段の声は?」


「いえ……」


「俺もそうだった。

俺たちはアイツの普段の声を聞いてないけど、年齢層と性別で声の主を自然と推察していたんだ。。

基本的に、中学生から大学生までが殆どのこの施設で、大人の男の笑い声を聞いたからだ。

俺たちは、ちゃんと彼と話したことがないから……。

この事件が彼のものだか、判別がついてない」


「……業務指示は、犯人を確定させたって事になってるが?」


「それが、今回の件が警察絡みかもと俺が思ってる理由なんだ。

杞憂であることも考えられるけど……。

俺たちが聞いたこと無いだけで、確定させた側は何らかの音声データやらで一致させていた可能性があるから。


でも、そこに死体が残っている違和感が、どうにも腑に落ちない。

邪魔をしたという記録もないんだ。

報告通りなら、死体を消す時間もあったろうに。


どうせバレる事にかわりがないから残したとしても、今まで証拠を残さないように努めたやつのやり方としては違和感が残る。

……まあ、想像でしか無いんだけど」


皆が黙して、思考を巡らせる。

だが、これ以上考えつかなかった。


「……わかりました。

現状の作戦を確定させても良いでしょうか?」


二人は、了承する返事をする。


「……では。

私は彼の後をつけ、能力による被害封じ込めができる状態を作り、自発的に戦闘を行わず、危険があると判断したら防衛戦を行います。

お二人は、その間、聞き込みと管理側のデータを確認。

情報を確認でき次第、私に連絡。

私と合流し、最終調整を行い、暗殺……。

失敗した場合は追加の情報を加味した作戦で戦闘を始めます。

不足の事態の場合は……ふう……」


声が震えている。

だが、自分で拾い上げた心労だ。

月守つきもりが責任を持ちたがった事だ。

それは、月守つきもり月守つきもり自身を苦しめる、自滅的な行動とも言える。

自業自得というのが正しいことだろう。


だが、昊菟こうとはそういうものを嫌うタチだった。

他人をどうにかしたいと思う、エゴだ。

月守つきもりの事は、月守つきもり自身で解決出来るようになれなければならない。

昊菟こうとが全てを引き受けては彼女の為にならないだろうし、昊菟こうとを守るという目的でまた譲ってくれないだろう。

でも、この程度の事は、分け合っても大丈夫だろう。


それに、他者を想う彼女が、他者に想われないような絵面は、内心がそうでないとしても、昊菟こうとには耐えれないものだ。

月守つきもりの肩に手を置いて、指で頬をむにっとする。


「はいっ! なうにゅ」


「中庭に集合だ。

人目があるから、警察、暴力団関係者が邪魔をしづらい。

アクセスしやすいから、俺らも駆けつけやすい。

俺も、オッサンも、ふたりとも遠距離での攻撃手段が多いから、窓から援護しやすい」


強がりでにっこりしてみせる。

……上郷かみさとはこの中で最弱戦力で、最も役にたたないが、ここはソウルの問題だろう! と己に言い聞かせていた。


月守つきもりは恐怖が抜けきらないのか、苦笑しながら昊菟こうとの心配に応えるように取り繕ってみせた。


「はい……それでいきましょう

……昊菟こうと君、緊張しないんですか?」


「するよ。


でも、あきらめた。

どうせ、やることは決めてるんだ。

何が起きても、俺たちは止まらないし、止まれない。

月守つきもりさんも、そうなんだろ?」


手をぐっと、強く握り、小さく頷く。

力強くはない頷きだが、まっすぐ昊菟こうとを見据えていた。


「わけが分からなくなったら逃げるんだぞ。

元々ぁ、俺の仕事なんだ。

無理すんな、優しい能力者諸君。


じゃあ、行動開始だ行くぜ!

ちょっぱやで合流してやるかんな!」


皆、小走りで屋上を後にした。


【超能力者申請】

超能力者であることを申告するのは自己申請だ。

人権が認められなかったり、自由な生活を制限されるなど、多くの不利益があるが、住む場所も権利も持てないような人々にとって、超能力があるというだけでムー大陸での生活が保証されるため、多くの者が詐称しようとした。

判明した者は、国連からの援助を打ち切られ、住む場所を追い出され、ムー大陸でより肩身の狭い思いをしている。


月守つきもりは施設内を周り、犯人を探していた。

幸い、年齢層のお陰で目立つからか、周りの人に聞けばすぐに教えてもらえた。


ターゲットを発見すると、一般通行人のフリをして、後ろ10mくらいを、たまたま同じ進路であるかのように振る舞ってついていく。

自身の足の着地点に無空間を作り出し、足音を消す。

それだと着地せず歩けないので、手の振りで無空間を押し出すようにして歩くフリをしていく。


こうして、全く足音を出さない歩行方法を確立させた。

相手の男は、全くこちらを見向きもせず、淡々と歩を進めていく。

時より立ち止まって周りに居る人を見渡しては、何かの品定めをするかのように考え込むことを何度か繰り返している。


ときよりそうやって立ち止まるが、周りを見渡すため、月守つきもりは歩くふりを止めるわけにもいかない。

一旦通り過ぎた後、再度尾行を再開しようと思い、彼の横を通り過ぎる。


横目に、動き出そうとした男が、突然動くのをやめるのが見えた。


――え?

なんだろう。

私が金髪だからかな……。


そう考えたが、ある言葉がよぎった。


 わけが分からなくなったら逃げるんだぞ


分からない、という程ではないが、疑問はある。

彼と顔を合わせるのはこれが初めてではない。

あの金髪の女だ、となっても、ほぼ踏み出していた足を止め、戻す程なのだろうか。


せめて、振り向くくらい、良いのではないか?


月守つきもりに向けられていたのは、頬がはち切れんばかりの笑顔だった――。


その瞬間、事は反射的に遂行された。


体の向き前方に体を大きく倒し、飛び込んだ。

痛む箇所を手で抑えるが、血の筋が宙を飛ぶ。


後ろが見えるように体を翻して飛び込み、能力で摩擦を殺し、奥の方まで滑り込む。

月守つきもりの体の元いた場所には、こぶし大の血溜まりが出来ていた。


それが自分の怪我だと認識はしたが、何をされたか、何も把握出来ずにいた。

滑ってくる道中の無空間に血が落ちると、床にぶつかる事ができないため、丸い水玉のまま床の上に静止し、落ちた時の勢いのままぷるぷると震えている。


――この時、月守つきもりは気が動転していたため、この血が実は能力の考察材料になることに気づけず、能力を解除するよりも状況確認を優先していた。

幸いな事に、相手も超能力者が相手の戦闘は場数が皆無だった故に、注視されずに済んだ。

この戦闘が大陸で起きていたなら、ここからの展開はもっと悪い状態になっていただろう。

当の本人すら今はそんな事を考えられる状態ではないので代わりに言っておこう、ありがとう、荒木のおっさん!


犯人は月守つきもりを見てにっこりと笑っている。

間違いない、攻撃したのは彼だ。

どうして敵意がバレたのか、月守つきもりは分からないまま、バレたという結果だけを受け止める。

首のダメージ、おそらく重要な血管を傷つけられたのだろう。

痛みは大きくない、だがそれに見合わない量の血が流れている。

首筋に無空間をあてがい、止血を済ませる。


だが、これで極端に早い動きができなくなった。

無空間を丁寧に体にあてがう以上、形の変化と動きを同期する訓練などまだしていないからだ。

動くときは、手で不完全ながらの止血を行う必要がある。


だが、何にしても、絶対防御をすると決めておいたそれを実行する。

球体のバリア、外部からの攻撃を跳ね返す、超えられない無の壁。

だが、攻撃は月守つきもりがバリアを展開していない足元からだった。

バリアの内側に鉄の体を持った、ウツボのようなものが飛び出してくる。


「うっ……!!」


突撃してきたウツボと自分の体の間に、無空間を生成、球体バリアの方は完全に解除。

素早く無空間を作るため、元々あった止血用の無空間を消したため、血が少し溢れ出るのを、遅れて手で止血。


ウツボは軌道を変えて再突撃を行うが、月守つきもりは小さく後ろに飛び退き、自身の体から無空間を生成し、ウツボの動きを止め、その勢いのまま床に敷いた無空間の上を滑るように後退。


そこまで退いて、やっと落ち着いて考える猶予が生まれた。

周囲も、殺傷沙汰が起きた事を認識し、叫び声と共に人がせわしなく逃げていく。


何が起きたのか。

ひとまず、小さな空気穴を確保した無空間内で、摩擦が無くてもその場に居られるように、後傾姿勢のイスのような形を作り、腰をはめ込むように体重を預け、状況を観察する。


手で抑えている首が体温を帯びた血でぬとり、とぬめっている。

傷を負ったのは頸動脈だろう。

相手は月守つきもりと違い、能動的に生み出した鉄を動かせるようで、地面から飛び出し、体当たりしてきた。

穴はない、地面を掘ったわけではない。

だが、敵を見ているうちに、違和感を覚えた。

細い針金のような光沢が見える。


無数の、か細い針金が無空間に当たり、覆っていく。


……つまり、この能力者の鉄の獣は、突然空気中に発生ではなく、彼の体から伸ばして行くタイプ。

その上、操作性は月守つきもりの能力より遥かに優れているようだ。

伸ばした先を自由自在に動かし、針金をタコの触手のように動かし、バリアの隙を探っている。

対面して後方に小さな空気穴を作っているが、このままだと囲まれて退路がなくなる。


バリアで押し出したりすることはできないのだ。

血が引ける気持ちはあるが、実際の出血量は気が遠のく程ではない。

これは緊張によるめまいだと言い聞かせ、バリア内で体を捻り、バリアを覆う針金に向かって蹴りを入れた。


「えい!」


蹴りが当たったら、すぐに地面に無空間を展開、針金を蹴った勢いを利用して後方へ滑り出した。


……攻撃の限界距離が全く分からない。

針金から自由に大きな生物型を生み出せるのだとすると、月守つきもりが引いたこの距離に針金があるかどうかは不明だ。

月守つきもりは、周囲一帯の床と壁を、無空間でコーディング、その上で前方に廊下を覆う壁を生成した。

最初の球体バリアの時、地面から生えてきたのを思い出し、この周囲の床、ひいては天井に這わせているのだと考えた。


目線を向けたまま、首を押さえた手に力を込め直してさらに遠ざかる。

見えてない後方一メートルから伸びてきたら危ないからだ。


「はあっ……はあっ……」


距離約15m。

月守つきもりは変形させた球体バリアの中で休みつつ、状態を確認する。

針金がバリアを突いているのは見えない。

吸っても吸っても、息が足りてる感じがしない。

緊張と頸動脈のダメージで、血のめぐりが悪いようだ。


「良い能力だなあ、あんたァ……。

すぐピンときたぜ、針金に反応ねえまま後ろからでてくんだもんなァ……」


バリア越しに小さく、くぐもった声が建物の反響で聞こえてくる。


「直情的……。 情報戦を行う脳は無し……。

針金に触れるものを感知できる能力の応用だったか……。

何もない空間からの発生はなし……」


月守つきもりは誰にも聞こえないくらいの声量で、小さく情報を整理する。

出たとこ勝負が始まってしまった。

不利な対面が始まってしまった。


だが、幸い考えていたように、耐えるだけなら、あの三人の中で一番合理的だったようだ。

創樹そうじゅの魔法では、遮二無二逃げる事は出来ても、高速での離脱で作戦外での死傷者が出ていただろう。

そもそも、反応出来ず怪我を負ったかもしれない。

負けはしないだろうが……ひとまず被害はより大きかっただろう。


「手の内を明かすのは……自己顕示欲……かな。

理解者を求めてるタイプ……かも。

とすると、死体を残したのは、彼……ではないのかな。

――っ、はぁ……」


バリア内で楽な体勢をとる。

緊張が拭えない、こんな規模の超能力戦は初めてだった。

月守つきもりにとって、痕跡の残らないこの能力で揉め事を収めるのは、無能力者にチートで相手に勝ってきたようなものだ。

未知の力を持った相手であれば、そもそも無理に仕掛ける事はそう多くないだろう。


だが、それは法に守られた列島だから安心していたり、警察や大人を使って、権威による解決を測ってきたからだ。

これから先、ムー大陸に移住した後は、そんな手は通用しない。

強力な自分の能力しか、救ってくれない場面は多くなるだろう。

ここは逃げる所ではない。

そう決めたのは、あの奇妙なお爺さんに話しかけられた時だ。


「中庭……」


何か不都合が起きた時のための、取り決め。

中庭へ向かうこと。それがひとまずの達成条件だ。

ただし、問題がある。

相手の全体攻撃は、月守つきもりを常に後退させる。中庭に出て助けを求める事は出来るが、留まる事は難しい。


二人の情報収集が中途半端なのは良くない、これ以上攻撃を受けずに済むのならば、時間をかけて中庭に行った方がいいだろう。

幸い、最初の不意打ちしか月守つきもりは食らってない、その後の攻撃は全て無傷で対処出来ている。


その上、アドバイスのおかげで早めの回避が出来た。

少なくとも気道が無事なのは幸いだった。

打撲程度でも、緊張でこの息の浅さだと致命的だっただろう。


「超能力なんてあっても、体は貧弱なままですね……」


「ねえねえ、俺女の子相手にすんの初めてだよォ……!

どうしても裏社会って殺りにくい奴は男ばっかりだからさ。

女の悲鳴って、聞いたこと無いなァ……!」


「わぁ……あの人気持ち悪い……」


一周回って人となりが分かって冷静になった月守つきもりだった。

常に警戒していたことから、冷静沈着で作戦行動が強いパターンかと身構えていたが、おそらく能力と長い付き合いだったために、身につけた応用技と癖だったのだろう。


「針金を伸ばして感知する……。

そしてそこから攻撃する。

感知範囲は15m以内……だといいな。

声掛けによっては、逆上もありそうだけど、より情報を引き抜ける……?」


「あれー?

この壁、もしかして声届いてないのかなぁ?」


……やけに話し好きなようだが、月守つきもりにとってはありがたかった。

時間を稼ぐ事が容易いからだ。


「とどいていますよ」


「あぁ良かったァ……。

独り言になるかと思ってたよ。

ネエネエネエネエキミキミキミキミ。

警察の人カナ? ウチの組の人カナ?」


……その2つの勢力に狙われてると思っている……?

怨みを買ってるとか、口封じとかかな……。

どちらにしても、答えたらちょっと不自然……かも。

今の脅威が彼だけなのか、あの死体が偽装なのか、ここで探りを入れる方がいいかな……?


「あなたが大人しくしてくれていれば、私が動く必要もなかったんですが……」


「……っ!!

ごめんねェ……!上手く消したんだけどォ……!!」


泣き崩れるように、許しを懇願するかのように嗚咽の声を上げる。


……最悪だ。

多分、あの殺人はこの人じゃない。

それどころか、別の殺人をどこかで完璧にこなしている。


「炎ボーボーな姉さんはやりかけになっちゃったんだけどねぇ……。

見張りの人なら完璧にこなしましたとも! イヨッ!」


ボイコットした超能力者監視の代わりの人……だったか。

でも、ここから二人に伝える手段がない。

今回の出来事は二人、別々の犯人が居る……!


これが、超能力事件の検挙数が少ない理由だ。

立証できない事。

今回は相手が隠す脳の無い人物だったから判明したが、黙っていれば判明することではない。


こんなものを列島に置いておくわけにも行かないし、月守つきもり昊菟こうとのように人を傷つける事に不向きな性格の人々は、このように決定打に欠ける能力である事が多く、魔法使いしか抑えが効かないギリギリの現状だ。


「キミキミ、どんな能力なのもぉ……。

そのバリア、魔法なのかなァ……?

まあどっちにしても、長持ちしなさそうだねェ……」


――沸騰していた思考の荒波が止まった。


月守つきもりは、息を整える。

不意を突かれた事で、あらゆる面に置いて未知である上に格上だとしたら……と敵戦力を多めに見積もっていたが、これならまだ主導権を持つ事ができそうだった。

少なくともこういう時にやってくるのが魔法使いだという認識はあるらしい。


だが、月守つきもりのバリアが長続きしないと思われてるのは、嬉しい誤算だ。

確かに、魔法使いの障壁はコストが高い。

だが月守つきもりのバリアは超能力によるものだ。

その個人の魂魄量によって、持続力が変わってくる。

月守つきもりの魂魄量は、あれだけ消したり出したりしているが、本人の感覚では5%も使ってないペース配分だ。


「俺の能力は強いからサァ……!きっと負けちゃうねキミキミ!!」


……よくある超能力者の全能感。

犯罪者の能力が強力なのは有名だが、実際のところ、能力としての性能ならば、月守つきもりが遥かに勝っている。

問題は、場数の差だった。


月守つきもりが戦闘に慣れていれば、体に密着させるようにバリアを出しながら尾行する事もできただろう。

能力の性質を上手く応用し、高い場所に無空間を用意し、滑るように見守る事も出来たかもしれない。

能力がバレてしまうような情報すら隠せただろう。


だが、それを知るのは先の事だ。

彼女はまだ練習不足であったがゆえに、そういった芸当は難しかった。


相手はそういった応用を知っている。

この差が能力の性能差を埋めていた。


だが、それはここまでの話だ、頭が冴えた月守つきもりは、ここから無傷の勝利を狙う。


「さっき蹴って逃げたのは、後ろの空気穴だと思われてないのかな……魔力消費と思ってる?」


小さい声で思考を整理する。


「アッハッハハハハハ!いぃくよぉ!」


駆け出して寄ってくる。

思考、考察を中断し、戦闘に集中。 防御を行う。

月守つきもりは地面を蹴れるように床面に無空間バリアの穴を開け、真上にジャンプ。


「えいっ」


着地の落下エネルギーを使い、無空間を滑るようにして真横に飛び出す。

摩擦が起きない無空間は、体が持っていた勢いを滑るように変換する、滑り台のように作れば、落下の勢いをそのまま横に飛び出す力に変換できる。

スカートを抑えたままの姿勢で飛び出し、低空で相手の男の方向を見据え、無空間を広げる。


すると、廊下の天井と床から、鉄の獣が突き破って出てきた。


「わわっ馬鹿力ですかっ!?」


崩壊する天井と床。 崩落に人が巻き込まれていたので、無空間でそれを受け止める。

元々立っていた場所が崩されるが、無空間の上を滑っているため、効果はなく、後退に成功した。


重力を利用して飛び出している関係で、この無空間の移動方法は高さと落下速度が重要になってくる。

高さが稼げなくなれば、地面を蹴って、もう一度高度を得る必要があった。

それを学んだ月守つきもりは、遠くまで滑らかに落ちたあと、もう一度蹴り上がり、高所で再びバリアの中に寝そべる。


移動をこの無空間の摩擦ゼロに任せる事で、月守つきもりは常にゆったりと能力を行使する対象を見つめる事ができ、冷静に戦局を判断可能かつ、落下被害者の救助が可能だった。

自らの足で逃げてはこうはいくまい。


巨大な鉄の犬が突っ込んでくる。

ゴガガガガ!と、鉄がぶつかる轟音を鳴らしながら、廊下いっぱいに破壊をもたらしながら飛び出してくる。

その巨大な犬が進んでくると、壁という壁から金属のウツボが放たれた。


「わわっ!」


凄まじい攻撃の圧。

嵐のような攻撃の量を前にするが、犬は空をかいて人を救助するために敷いた無空間に乗り上がり、踏ん張りが効かずに廊下曲がり角まですっ飛んで衝突した。


「……わぁ」


月守つきもりの能力は見た目は控えめで、破壊行動などを起こさない。

だが、その巨体の体勢を崩して飛ばしてしまったのを目の当たりにし、彼女も大きな実感を持った。


この力は、国家を圧倒できる過ぎたる力だと。

だが、今は全能感より、出来ないことと弱点を考えていく事に集中する。


「オオラァァ!!」


犯人は構わず踵を返して突進してくる。

金属が擦れ合う轟音と、各所から発射される金属のウツボビーム。

だが、月守つきもりが無空間を敷き詰めれば、地面を叩く音が止み、足を動かせなくなった犬型の鉄は金属を擦れさせるだけで、攻撃できない。


あまりの破壊行動に、月守つきもりの足場は無くなっていたが、無空間は空中に浮けるため、落下することはなかったどころか、高さを得た。


「せーの……っ」


下階へ落ちる勢いを利用して、廊下の奥へと高速で飛び出す。


「ウラババババァァア!」


暴れまわりながら突進してくるが、月守つきもりは進むにつれ、空間が狭くなるように無空間を展開。

素早い勢いのまま侵入した鉄の犬は、段々と狭くなる空間に押しつぶされていった。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛痛い痛い痛い!」


中に入っていた男に鉄が食い込んだのか、鉄を解除して、転げ出てきた。


「ちちちちち、畜生!何なんだよあんたぁ!!」


「おおおととと……!」


急に立ち止まったものだから、月守つきもりは慌てて無空間で勢いを殺そうと真上に1回跳ね上がったあと、地面にベチっと落下した。


「あうっ」


もちろん、無空間を敷いたから地面の衝撃はないが、元から体にあった勢いが急に止まるので、それなりな痛みがあった。

あと、押さえていた首からの出血が少しあったが、これはすぐ押さえ直した。


無空間を掘り下げるようにして、再び体の座りが良い空間を作る。


「あなたがっ! 派手にやるからじゃないですかっ!」


実際、自分が作った勢いで彼は潰れたのだ。

月守つきもりは潰す力をくわえていない、彼の力を利用して潰したのだ。


月守つきもりは自分に下された評価を今になって実感した。

負ける気がしないのである。

不意打ち、新技、そういった可能性は潰しきれないが。

彼の持つ物理攻撃は尽く防御できるのだ。

ただ、能力の消耗がそれなりだ。

落下する人々の救助にも能力を使っているため、消耗が激しい。

自我が空間に溶けてなくなる感覚が軽いめまいを引き起こす。

それは相手も同じどころかより酷いようで、立ち上がる時にふらついていた。


「全然余裕そうだしよォー! ムカつくぜマジで!!

俺は強いんだ! 強い強い強い強い!

こんな建物、粉微塵に出来るんだぞぉぉぉ!!

なんなんだよあんたは! 魔法使いなんだろぉ! 魔力ありすぎだろーーがぁーーーーッ!!」


「……」


創樹そうじゅから教わったセオリーの差も感じる。

情報戦で最初からこっちには大量の情報があった。

向こうにはそれが無い。

研究対象は皆ここで実験され、能力を解明されるが、それらは個別に行われ、結果は本人が言わなければ共有されない。


月守つきもりは超能力は自分が世界に馴染めなかった汚点だと思っていたため、誰にも能力を自慢することはなかった。


しかし……どうしたものか。

なんだか月守つきもりだけでかなりダメージを与えてしまったようである。

といっても、いよいよ相手もおかしいと思ってきたようだ。


「おかしい……絶対変だ!

あんな量の民間人を救出して、なおその余裕!

てめえ……! 超能力者だなこのアマ!!」


「バレちゃった……」


いや、だからどうという事もない程圧倒的なのだが……。

ある種のアドバンテージは失われた。


「この奇天烈な防御魔法も、障壁じゃねえだろうしよォ!

カーッ! 騙されたぜ! なんて酷いやつなんだ!

純朴な男を騙す悪い女だ!」


……そうもハッキリ言われると逆に面白くなってしまうものである。

月守つきもりは随分余裕が生まれた。

この能力への理解がこの戦闘でより深まったのもある。


どれだけ勢いよくぶつかるような高速移動をしても、無空間にぶつかるようにリカバリーすれば、自身の体を守る事ができるのだ。

今なら一息で列車を止めることすら出来るのである。


……恐ろしい事だ。

そうふと感じる気持ちもあったが、それは向こうも同じだ。

緩まった口と気を引き締め、相手を見据え直す。


これが超能力によるものだと向こうが把握した以上、さっきみたいなダメージを負うような事はしないだろう。

月守つきもりの無空間は光の輪郭があるから、相手にもどのように展開されているのかまるわかりなのだ。

ダメージとして期待出来ない。


ここからは、二人次第、早く中庭に引きつけよう。

助けてもらうヒロインというよりは、頼もしい戦果をあげたヒーロー的な気持ちで。


「そうですね、私は超能力者です……。

そもそも、私は魔法使いだと自称したことは無いですよ?

……勝手に勘違いして、頭が弱いんですね、可哀想に……」


「んだとテメェェェェェ!!!!」


激情するのが分かっていた。

だから、壊れた壁から中庭に飛び出し、最大の大きさの半径1mのバリアを展開。


激情した故に、肥大化した意志の強さが、巨大な獣の顔を作り、月守つきもりをバリアごと噛み潰そうと力を加えた。


中庭に、大きな犬の頭が生えていて、歯を食いしばり続けてる。

月守つきもりはその口の中で、飲み込まれる事も、傷つけられることもなく、猛攻を喰らいつづけていた。

絶え間ない鉄の噛み、あまりの大きさのため、もはやプレス機と相違ない。


だが、寝転んだ体勢で、できる限りの役目を終えたので、完全に締め切ったバリアを展開し、残された空気でゆっくり呼吸することにした。


犬は何度も口を開けては締め、開けては締め。

鉄のぶつかる轟音が当たり一面に轟くが、月守つきもりの無空間の中は驚くほどの無音に包まれていた。


そうしているうちに、創樹そうじゅが降ってきて、バリアの上にあぐらで乗っかった。

左手を突き上げ、閉まる上顎に向かって魔法を放った。


「エイント!」


バン!という大きな音と共に、一瞬の閃光と雷光。


「あ゛うえ゛ぐぇあ゛ばばばッ……――ァ……。」


電気による発火が起き、悲鳴が聞こえる。

創樹そうじゅの機械の左腕は圧迫されひしゃげてしまったが、代わりに犬の頭もボロボロと崩れていった。


「あでっあでっ」


創樹そうじゅの頭に次から次へと金属片が降ってくる、なので、月守つきもりが無空間を伸ばして、屋根をつくってあげ、空気穴を空けて会話できるようにする。


「ありが……うぅえっほえっほ!!

ちょ……砂塵がやべえ! いれ……えっほ!」


「……相部屋はちょっと……」


「そういう問題じゃなくね!?」


「そういえば荒木さん、二人目の犯人が居ます!」


「……なんだって!?

じゃあ、げっほ、はやく……。」


瞬間のことだった。

上からさらに降ってきた何かが創樹そうじゅを蹴飛ばした。


新手かと身構えたが、その姿は昊菟こうとだった。

上着を脱いで、髪は濡れてぐっしょりと肌に張り付いていた。

落下してきたのか、バリアに張り付いてる間に、月守つきもりに声をかける。


月守つきもり! 着地!」


何が起きたか理解できないまま、月守つきもりは下に無空間を再展開。

その間、何か高周波の音を聞いたが、砂塵の中で何も見えない。


上に乗っていた昊菟こうとはバリアがなくなった月守つきもりの手を取った。


「があっ!!」


砂塵で見えない中、昊菟こうとの悲鳴が上がる。


昊菟こうと君!?

あつっ……!」


何か、砂塵の中にとてつもない熱を感じた。

どうにも昊菟こうとはその熱からかばっているようだった。

より強く引き寄せ、覆い隠すようにかばう。


昊菟こうと君!」


無空間を伸ばして防御しているが、昊菟こうとの背中側が燃え上がる。


「な……なんで!?

無空間で防御してるのに!」


「構えろオッサン!俺と反対側の屋上だァーッ!」


昊菟こうとが言い終える頃には無空間に着地する。

その衝撃で昊菟こうとが弾け飛び、月守つきもりに熱波が当たる。


眩い光のあと、体の表面が熱される。


「うわああっ!いやあーっ!」


月守つきもり!」


すぐに昊菟こうとが覆いかぶさる。

熱さと痛みで月守つきもりは能力を解除したようで、地面に体が直接ついていた。


「がアァっ……!

落ち着け! 大丈夫だ、これでもだいぶ軽減してる、死にはしない!」


「うっ……なに……!? 無空間の防御をしたのに……なんで」


「対策だ。

無空間は光は通す。

だから、光熱で攻撃している……!」


「あ……あまりみえない……」


「くっそ、目に光線浴びたか……!」


昊菟こうとが右手を目の周りにあてがった。

それは、目の状態を確認するための行動だったが、昊菟こうとが持つしょうもない能力が効果を発揮した。


砂塵しか見えなかった世界に、ぼんやりと昊菟こうとの肩と背中から上がる火が見える。


「あ、そのまま……いま見えてる」


「ぁ……よし! 無空間で砂塵を避けられるか!?」


「少し、時間があれば……!」


「よし、創樹そうじゅのおっさん! プラズマ砲の準備出来たら教えろ!」


「ああ!? どういう事だ!?

もうすぐにできるが!

どこに撃つんだ! なんにも見えねえぞ!!」


「そうじゃない!すぐわかる!」


土煙の砂塵の中、無空間の月光のような光が包み込む。

砂塵の間のわずかな空気を少しずつ、無空間に変えていく。


「があああっ!」


昊菟こうとの背中が燃え上がる。

月守つきもりは何が起きてるのか、わからないまま、昊菟こうとの服を握って、能力を強めていく。

やれと言った昊菟こうとを頼るように、すがるように。

大丈夫なのだと信じるために、昊菟こうとが自身を犠牲にしていない事を願うように。


「理解した!行けるぞ!」


「……能力解除ォォォォ!」


昊菟こうとの声を聞き、月守つきもりは能力を解除する。

無空間で薄まっていた砂塵が、ドンと縮こまり、急に煙を濃くした。


「姿勢制御機構作動!行くぜぶちかます――!


原初の爆発(ビックバン)!」


音が消え――。


数瞬の間に、砂塵が消え、青空が開けた。

頭が破裂しそうな轟音が響き渡った。

研究所の一角が崩壊している。


昊菟こうと君! 昊菟こうと君!」


自分が出す声が遠くに聞こえる。

瓦礫の崩れる音で、誰かが何かを言っていたような気がするが、それも聞こえない。

聞こえているのかと、数回よびかける。


昊菟こうとは、倒れ込むように月守つきもりの顔の横に頭を打ち付け、突っ伏したまま顔を向け、言葉をかける。


「突き上げて、起こしてくれ……!

まだ、やることがあるんだ……ッ!」


再びぼやけた視界で、昊菟こうとの体を下から押し上げる。


月守つきもりも上体を起こし、手探りで昊菟こうとの体を支えた。

昊菟こうとの『ホーリー』が目から離れ、視界が悪い。


「どこへ、行きたいの?

私、まだ歩けるから……」


「そうか……こっち」


昊菟こうとが倒れそうになりながら月守つきもりに行きたい方向へ一度引っ張る。

それから、月守つきもりは付き添って肩を貸し、その方向へ昊菟こうとの体を押した。


【魔法と超能力の違い - ②】

魔法で超能力を再現しようとすると、コストと習得時間が膨大になることから、超能力はその力の強大さで秀でている。

超能力は一人が一つの現象を起こすことのみに絞られるので、汎用性において、魔法に大きく劣っている。

一長一短はあるが、努力もなく発生し、尋常ではない膨大な力を振るう超能力者が、戦闘においては優位に立つ事が多い。

学の才能がある者ならば、魔法で勝つこともできるかもしれない。


聞き込みを行った昊菟こうとは、ある話を聞いた。

笑い声を上げた人物を知っている。と。


「夜うるさいから、俺見てみたんだよ。

なんか、スーツを着た人でさ。

明らかに職員じゃねんだ、ここ、みんな白衣じゃん?

だから、変なんいるなーって思ったんだ」


夜中に、スーツで来る人物。

昊菟こうとはそれを聞いて、考えた。


普通、ここに居る人間は私服か白衣だ。

馴染むためにはそういう服装が適切だ。


では、何故スーツを着るのか。

それは、スーツを着る必要があったからだ。


残った死体を作る、あの男以外の何者か。

スーツを着なければ、そこに居れなかった人物。

スーツを着れば、そこに居ることが出来るようになる人物。


「警察……」


そう言えば、自衛隊という線もあるか、と昊菟こうとは一考するが、車の中の自衛隊を思いだした。

だが、それは余談だ。

だって、あの男は自衛隊とは無縁だから。


昊菟こうとはさらに思考する。


世に蔓延する、超能力者に対する差別的意識。

敵意……忌避感。


おそらく、容疑者の男はあの密室での殺人を行っていない。

スーツを着る理由はないし、日がな適当な私服を着ているのを、昊菟こうと達は目撃している。


その夜、笑い声を上げた人物は、公的機関の何者かである。

何故、見せかけの殺しを行ったのか。


《つうか、坊主にこの投資を持ってくるために、一人で来てんだ。

だから今回はマズいね、悪さするために人手を減らしちった。》


警察関係者が行う捜査は常に二人一組、またはそれ以上。

いくら大陸のルールだとしても、魔法使いは組織行動が可能だ。

人員を減らす事を許可する意味も理由もない。


あのオッサンにそれほど権限があるのかも謎だ。

あの人はおそらく現場至上主義者だ。

権威を持ってふんぞり返る事を受け入れれるなら、あの年老いた外見で年功序列として管理職に繰り上がらないのは違和感がある。

立場の高くないオッサンが、勝手に人手を減らせるのは……。


本当にたまたま、人手を減らしたかった?


昊菟こうとは、違和感を思ったまま、研究所の事務室を訪れた。


「すみません、警察の方とか、最近訪れませんでした?

用があったんすけど、ちょっとすれ違いで会えなくて」


「ええ、来てますよ、お電話しましょうか?」


「いや……ちなみに、誰が来たかとか、わかりません?」


「えーと……たしかー……。

この方ですね」


そう言い、入館表に記載された名前を確認できた。


「あ、わかりました、じゃあ俺の方から電話かけます。

番号知ってますし、知ってる番号じゃないと出にくい人なんで」


と、言って引き止められるもそそくさと逃げた。


その足で電話をするが、相手は創樹そうじゅのオッサンだ。


「もしもし、伊吹って人知ってるか?」


「あ?警察のお偉いさんだな。

あの男の捜査でよく会ったよ。

そういやこっちにも来てたな?」


「なあ、その人が――」


その時だった、大きな崩壊音がした。


「なんだ? 月守つきもりか!?

おい坊主動けるか!」


「……いや、ちょっとやることがある!

これだけ聞かせてくれ!

その人、超能力者を嫌ってるか?」


「あ!? まあ、そりゃ警察ってみんな超能力者と魔法使いを憎んでるよ。

自分たちで捜査しといて、自分たちの手で検挙できねんだからよ。

俺に丸投げするときと公安にぶんどられるときは仏頂面だぜ!


いいか? もう行くぞ! お前も早く準備しろよ!

ちなみに電気は効くからな!」


「ああ……またな」


電話を下ろす。

切るボタンも押さず、昊菟こうとは思考を巡らせる。


警察は、魔法使いも憎んでいる。

荒木創樹そうじゅは、そんな中長い間警察と連携して働き、今回伊吹が追っていたあの犯人を検挙し、ここに送ってきた……?


だとすると、私刑……をしたがっててもおかしくないよな。


――。


ここの資料は警察関係者のオッサンには素早く公開していた。

あの時、月守つきもりを連れてくるのに45分以内だったはずだ。

つまり、伊吹も協力者である月守つきもりの能力が研究された資料を確認するのは容易なはず。

プライバシーどこいってんだ!?

まあそれはいい、これは……。


月守つきもりと、オッサンが危ない……?」


荒木と組んでいる月守つきもりの能力は把握されているはずだ。

つまり、対策することもできるはず。

創樹そうじゅが魔法的な道具を持っているように、警察が持っていても不思議じゃない。


「どこに行けば……?」


どこに行けば二人を助けられる?

窓の外を見ると、崩壊した一区画が見える。

月守つきもりがきっと、あそこで戦っている。


「……あの区画を見渡せて、月守つきもりの能力を突破する力……。

少なくとも、物理は完封のはず、であれば、魔法的な何か別の手段……?

くそ、魔法って、どうやって他人に当ててんだ……?

聞いておくんだった……。


でも、見えなければ当てられねえよな……」


《可能性はゼロではないがな、妨害結界を突破し、常に座標ターゲットを更新しつつ、寝ずに行える高度な自動プログラムを持つ、"銀河級ギャラクシア(ギャラクシア)"であれば、できないことがなにか分からないからな。》


座標……ターゲット、そういう決め方なら、目視確認が手っ取り早いはず……!

よく見える場所と言えば、屋上か、この棟の窓際!


昊菟こうとは走り出した。

杞憂であるなら構わない。

居ないならそれでいい。


だが、今この脅威を取り除くのに、一番の適任は俺だ!


階段を駆け上がり、窓を見つめるスーツ姿を探す。

発見できないまま、その足は屋上の戸を超えていた。


「……!」


そこには、バッテリーを傍らに置いた、結晶で作られた銃を持っている男が居た。

目を丸くして互いに目が合う。


数瞬、思考が巡る。

相手は銃らしきものを持っている。

この後間違いなく攻撃されるだろう。

素人の昊菟こうとが銃を取り出し、早打ち勝負を仕掛けるのは割に合わない賭けだと感じた。


昊菟こうとは、すぐに催涙手榴弾を投げつけ、走り出していた。


数秒遅れ、走り出す昊菟こうとを見た後、伊吹は銃を構えだした。

だが、催涙手榴弾から吹き出た煙による成分で、目の痛みと喉の痛みが引き起こされ、咳き込む。

間際まで昊菟こうとを狙っていた水晶銃は、熱光線を発射し、昊菟こうとの隣の床を火を上げながら赤く熱した。


「くそったれ!

人権ねえって思い知らされるなぁ!」


全力疾走。

相手が持ち直すより早く。


しかし伊吹は、屋外であることが幸いし、手榴弾を蹴って簡単に遠ざけ、狙いを定める。

だが、その視界は涙でボヤけていた。

とにかく撃つしかなくなった彼は、甘い狙いのまま乱射する。


昊菟こうとは時に立ち止まり、時に高く飛び上がりながら。

射撃を当てにくくするように工夫した。


熱光線は貯水タンクや室外機を熱で焼き切っていた。

属に言う、レーザー、ビームと言った類のもの。


とっさに貯水槽の水を被った。


重くなった体を必死に動かし、速度を落とさないように屋上の角を曲がって、月守つきもりの居る場所に近い屋上まで進む。


その時、砂塵が上がった。

鉄の獣が崩れていく。

丁度コーナリングの不安定な時だった。

揺れで、立ち上がれない。


光線が放たれるが、相手も揺れで狙いが定まらない。

だが、曲がり角、ちょうど減速する狙い目、ここぞとばかりに昊菟こうとの近くを高い精度で焼いていく。


昊菟こうとは濡れた上着を投げとばし、熱線から身を守る。

だが、投げるために振った腕に、部分的に熱線を受けて、肉を焼ききった。


「っがァッ……!!」


想像以上の激痛。

普通に切られるより痛い。

思考が止まる、勝手に手が引きつく。

だが、体は走り出していた。


思考が止まる前から、こうすると決めていたから。

怪我をどこかで負うと覚悟していたから。

昊菟こうとは走り出した。


そして、月守つきもりのバリアにむかって、飛び込んだ――。


【魔法 - 障壁結界】

結界魔法の亜種。順5級魔法。

物理的な衝撃を遮断する魔法。プロテクト。

月守つきもりの能力との違いは、衝撃はちゃんと発生するし、滑ることもないということ。

発動+時間経過×発動範囲×強度=魔力消費量となる。

体を完全に囲うと空気が通らなくなり、酸欠を起こすし、発動中は自身の物理的攻撃も通さない。

強い攻撃で設定した強度を超えると破壊されてしまう。


砂塵など、煙が上がっている場所では、光が通りにくいように、光線も通りにくくなっている。

昊菟こうとはそれを知っていた。


その上、濡れた体の自分なら、誰よりも軽症になると思ったのだ。


光線銃をどれだけ連射出来るかはわからなかったが、昊菟こうとならまず砂塵の中でも光って当てやすい月守つきもりを狙うとふんだ。


だから、創樹そうじゅを光源から蹴落とし、月守つきもりをかばっていたのだった。


研究所の全ての人の目線が、少年少女に釘付けだった。


――月守つきもりに背中を押されて、歩みを進める。

その手に、拳銃を握って。


元凶の元にたどり着いた。

崩れた屋上から落ちてきた伊吹は、折れた腕で銃を探し出し、その壊れた銃で昊菟こうとに何度も引き金を引いた。


「ひっひっ……く、くそ、超能力者が! この!! このおおオォ!」


息も絶え絶え、昊菟こうとは、背中の火傷の痛みで朦朧としていた。

その余裕の無さから、取り繕う事を忘れた冷徹な目で、伊吹を貫く。


「憎いのか、俺たちが。

俺たちは、お前に何もしてないだろう」


「いや……お前たちは秩序を乱す!

平穏を、罪のない人々が作り上げた平和をぶち壊していく!!

何度も何度も何度も何度も何度も何度も逮捕しても!

いつもいつもいつもいつもいつもいつも証拠不十分で大陸送りだ!

ふざけやがって! 証拠なしに悪事を働ける悪魔どもがッ!

そこの女だって、いずれ気に食わない事があれば、その能力で人を貶めて殺して、自分の望みの為に命を奪うんだッ!!」


昊菟こうとの目線が鋭くなる。

何も知らずに、昊菟こうとの身を案じてくれた月守つきもりの事を嘯く。

だが、彼に何を言ったところで、彼の認識は変わらないのだろう。

彼と手を繋ぐ事は出来ない。

他者を救おうと働いた月守つきもりを認めない彼を、昊菟こうとは受け入れられない。


彼を慮ることで、隣の少女が傷つく通りはない。

これから彼と関わる者が無意味に殺される事はありえない。

そう思ったのだ。

まさに、いまここで、自らの望みのために、人を殺す決心をした男がいた。


「大陸なら私刑の法律がゆるいからなあ……!

お前らを……っ殺した事がバレたところでっ……!

俺は軽犯罪で済むんだ……!

はははっ……残念だったなぁ……!

っちい! ポンコツがっ!」


よろよろとバッテリーを確認しては引き金を引くが、なんど引いてもうんともすんとも言わない。

ガツガツと音がするほど強く力んでも、水晶銃は発射出来ないようだった。


「……そうだな。

だが、今裁くのは、俺だ、伊吹。

ノーマークだったか?

俺は……荒木創樹そうじゅの調査協力者だ。

俺も同じく、ムー大陸体制下の法律に置いて、裁かれぬ立場。」


昊菟こうとは拳銃を向けた。


「そうやって屍を作って……お前たちは私欲を肥やすのだろうがこのクソ野郎がぁぁあああああ!!!」


「……不条理を、作ってきたのは。

あんたら国家も、同じだろ……?


お前たちは、俺の友達を誰も助けなかった。

今更、俺たち一般人が不条理を持ち込んだら、そんなに喚き散らすのか?」


昊菟こうとは、引き金に指をかける。

この業を背負うことを想像し、後悔しないかと自らに問いかけている。


月守つきもりは、会話を聞いてか、昊菟こうとの拳銃を持った手に手を伸ばした。


昊菟こうとは、やはり引き止められるのかと、無気力にそれを眺める。

だが、その手は、昊菟こうとの拳銃を持つ手を、優しく包むだけだった。

共に、拳銃を構えていた。


「違う! 違う違う! 違うだろぉが!

お前たちは無秩序に自分の欲望を叶えているだけだ!

平穏だった世界を、混沌とした世界にしているだけだ!

自分たちの都合で!!

ルールを守って、努力すれば、世界はよくなるはずだったろぉがああぁ!

力による現状変化なんて、認めねえぞこの蛮族がぁ!」


「違う、貴方がしていることは……憂さ晴らしだ。

決して、秩序を守ってなんかない」


月守つきもりの静かで、力強い声。

決して、伊吹には届かなかっただろう。

それは、伊吹に言ったのではなく。

銃を構えて苦しんでいる少年に向け、寄り添う言葉だったのかもしれない。



撃鉄の音が響く。


――火薬の匂いが流れてくる。

誰も、声を発する者は居なかった。


語るのは、硝煙の煙のみ。

その銃口から上がる煙は、荒木創樹そうじゅが壊れた両手で構えた銃から出ていた――。


【魔法 - 原初の爆発】

ビックバン。二級魔法。

宇宙誕生の爆発にちなんで名付けられた魔法。

ただただデタラメな衝撃を発生させる魔法で、純粋な威力のみで魔力が消耗される。

使用する魔力量でいくらでも弱くなるが、作成者は自身の魔力の大部分を使っても威力の上限を見なかったので、このような横行な名前になった。

その後、他の魔法使いによって最大火力が判明され、街一つを壊せる程のクレーターが出来るものだと判明した。

今回創樹そうじゅが使ったのは、フルスペックの3%程。


その後。


崩れた研究所はしばらく立ち入り禁止となった。

伊吹刑事はただの経過観察と余罪の追求で訪れていただけとされており、荒木創樹そうじゅは大陸派遣の魔法使いとしての資格を取り上げられ、ムー大陸での生活を指定された。

伊吹の悪行については、正しく処理されていないようで、犯罪者としての措置ではなく、汚職を働いたとして、処理された。


月守つきもりの目は完治。

顔に小さな火傷はあったが、跡は残らなかったそうだ。


昊菟こうとの背中の大火傷は、ギリギリ回復することができたが、気を失っており、目を覚ました時は、ムー大陸に移住する予定の飛行機が飛びだつ3日前だった。


家族に心配され、泣きつかれたが、月守つきもりが来たら、皆静かになってしまった。


「おにいちゃん……やるじゃん!」

「後で父さん達にも紹介するんだぞ!」

「あんた面食いだったのねぇ」


「ねえ、違うんだけど」


その後、二人でつもる話もあるだろうからと二人きりに「一応」してくれた。

それぞれの処遇や、その後の事件の真相を聞いたのは、月守つきもりからだった。


「――以上が私と荒木さんのその後、昊菟こうとくんが意識不明の間にあったことでした。


伊吹刑事は、調査で極悪超能力者に家族を殺されていました。

彼が刑事であることを知った能力者は、超能力による尾行と、犯行に及んだものと見られます。

殆ど黒だったその能力者は、証拠不十分で不起訴。

研究所の研究にも非協力的で、罪の追求が成されないまま、大陸での生活に援助が出され、向こうで暮らしているそうです。


これに絶望した伊吹刑事は仕事を休職していた時期がありました。

その間、同僚からの励ましの中、超常人種に対する怒りを生きる糧に生きていました。

警察関係者は超常人種への大きな憎しみを抱えており、彼のようなケースはよくある一例に過ぎませんでした。


水晶銃、あのアーティファクトは、警察関係者が違法魔法使いから押収したものでした。

それを組織ぐるみで流用。 今回の事件に使用されました。

密室での殺人は、超能力ではなく、魔法によるものだったそうです。


警察関係者のこれらの不祥事はもみ消されれる事になりましたが、荒木さんの所属する組織の方で調べた事だそうですので、荒木さん伝いに伺えました。

あの人、きっと私達に、警察関係者の危うさも教えてくれたんですね。


……。

こんな事を許さないと平和を守れない汚い大人と民衆を許してくれ、だそうです。」


「俺は、許せない。」


昊菟こうとは目線を合わせず呟いた。

こわごわと反応を探るため、顔を上げると、月守つきもりは取り乱すでもなく、昊菟こうとの事を見つめていた。

その答えが分かっていたかのように。


それからは、口をつくように、言葉が出てくる。


「……えっと、俺が助けたかった友達は、警察も国も、見て見ぬふりをされてきた。

その不条理は、意味もなく、意思もなく、愛もなく。

秩序と、社会のルールっていう大義名分と共にやってきたんだ。

……それで死んだやつだって、いる。」


「……うん。」


「俺は、キミを想えた。

だから、勝つべきは俺だと思ったんだ。

あいつらは、誰かを貶めたいと思った。

だから、死ぬべきだと思ったんだ。


勝てて、嬉しいよ。

でも……。

どうしたって、虚しいよな。」


昊菟こうとは思う。

俺は、犯罪者だ。

これまでも、人の命を奪って生きてきたし、他人の生活を壊して生きてきた。

全ては何かを守るためだったとはいえ、それは良しとすべきことではないだろう。


だが、止まる事をしなかった。

常に俺の行動は、それが正しいと告げるように、行動してきた。


その度に友人を失い。

守った人に怖がられ。

呆れられ。

突き放され。

否定されて生きてきた。

常に孤独で居ながら、それでいいと言い聞かせて生きてきた。


「そんなこと言わないで。

私が居ます……あなたが思いやってくれた、私が居ますので。」


手を取られる。

そう、あの時も、この人は手を取ってくれた。

銃を共に握ってくれた。

月守つきもり未都みとは、人を殺して平和を作る昊菟こうとを、認めてくれていた。


「えと……。

退院できたら、一緒にお引越しの買い物をしに行きましょう!

私も初めてのひとり暮らしですし、一緒に準備をしたら忘れ物防止になりますから!」


月守つきもり

怖く、ないのか」


「……」


月守つきもりは、哀愁を感じさせながらも、優しい笑みをした。


「怖いです。

でも、みんなのために動いてくれた、私の為に動いてくれたあなたを一人にしてしまうことは、もっと怖いです。

そんな私、私が許せません。」


「……そっか。


なあ、俺たち、向こうに行ったら、人殺しになるのかな?」


「そうだと、思います。」


その暗く、重たい問いに、月守つきもりは笑顔で答えてみせた。

きっと、その時の選択も、誰かのためのものだと確信しているから。


「……はは。

うん……そうだな。

月守つきもりさんが嫌じゃないなら、準備、一緒に行こうか。」


バツが悪くなった昊菟こうとは話題を変えた。

だって、月守つきもりは常に結論を示している。

それ以上聞くことはない。


月守つきもりは人殺しを非難していない。

どんな理由があろうが殺してはならないとは考えてないようだった。

月守つきもりは人殺しを肯定していない。

虚しい事だと否定はせず、その重荷を共に背負っている。

月守つきもりは人を思いやる気持ちを一番大事にする。

たとえ、その結果が、少年少女の力及ばず、人を殺める事になったとしても。

その思いやる心を否定したくはないと。


「お任せください!

では、お体に触ると悪いですので、そろそろ!


あ、そうだ昊菟こうとくん、お返しです、おりゃ。」


そう言って、頬をむにっと突かれる。

作戦会議中に月守つきもりにやってみせた肩ツンのお返しのようだった。


「……不意打ひひゃなくてひひのかこりぇ。」


「あー、なんか違うなーって思ってました、それだ……。」


その後、昊菟こうとがほくほくと気を落ち着けて喜んでいたところ、湧き出てきた上郷かみさと一家は、昊菟こうとの大怪我に取り乱さなかった月守つきもりの反応を鑑みて、「脈なし!」と妹が判定した事により、罵詈雑言を浴びせられたのだった。


「お兄ちゃんのいくじなし!」

「まったく、そんなもやしっぽいから!もっと鍛えておけば!」

「あんたももうちょっと見た目をよくしないと駄目ね。

顔がいいからって怠けすぎ」


「ねえひどくない?」


【オーダーガード】

この混沌とした世界の軋轢を一心に食い止めている警察組織は、常に不安定な立場にあり、一つの不祥事が多くの超能力者と魔法使いによる反社会運動を助長させる。

こういった前世界とムー大陸の軋轢を統制する組織がオーダーガード。

各国の治安部隊と密に連携をとる魔法使い達で構成され、超常人種から一般人を守っている。

荒木創樹そうじゅがここに所属している。


大型ショッピングモールに、一個上の綺麗な女の子と二人きり。

デート? いやいや、それは無い。

ふたりとも素朴で飾り気無い普段着で大型ショッピングモールに来ていた。


そもそも、あんな一大トラブルがあったというのに、「大陸行けばこんなこといっぱいあるから」と医師や知人に言われれば、どちらかと言えば新生活に果てしない不安がつきまとうのは当然のことだった。


その危機感を正しく共有できる月守つきもりとは、落ち着ける関係と言えるだろう。

だが、月守つきもりは結構ウキウキと楽しそうに買い物していた。

それは、買い物自体を楽しんでるのか?

それとも、俺が居るから……うーん、考えるだけ恥ずかしい気持ちになってきたので考えるのはやめにすることにした。


恋心だったら嬉しい事だったのかもしれないが、昊菟こうとは共に準備出来る友達が居るということだけで、ありがたい安心感があった。


人生でおそらく一度きりの未知の世界での新生活の準備だ。

死因の9割が超常事象だと言われてる大陸への移住の支度である。

家族も友人も居ない中、一人で。

安心出来る材料など、どこにもあるはずがなく。


まあ、多分月守つきもりの能力は強力だから、正しく昊菟こうとの危機感は共有してないだろうけど……。


こんな中、恋だのなんだのと考えたところで、窮地に共に陥った男女が結ばれるかの有名な吊り橋効果というやつである。

破局率も高い悪魔の現象だ、全力で抵抗し、落ち着いてから考えるべきことである。

少なくとも、友達で居られる事には違いないのだから。

それに、昊菟こうとには懸念材料もあるから、今は積極的にそんな気分にもなれなかった。


「ところで、昊菟こうと君の能力って、いまいちピンとこないものでしたよね。

ということは……」


「ああ、多分俺ら、二人共天央高校、だろ?」


「あ、そうですよね!

学年違いの友達が出来ました!

ということは、寮住まいですか?」


「いや、俺は知り合いのマンション行くんだ。

後で住所送っておくよ」


「わかりました!お待ちしておきますね!」



「高校指定の靴下とかってありましたっけ?」


「無かったと思うよ、俺生徒手帳2周したから」


「暇でしたもんねー、研究所。

あの日以外は」



「料理道具は鍋さえあればどうにかなります!」


月守つきもり、寮だったよね?」


「あ……。


キッチン、共用でしたね……」


「なんか困ったら、遠いだろうけど俺んちの器具貸すよ」


「ほんとですか! ではこれも買いましょう!」


「しまった荷物が増えるッ!」



昊菟こうと君、ところで良かったんでしょうか?

なんか……その、こうして二人で買い物しているところを見られると困ること、というか相手、とか、居たりしないかと、今更ながら……」


「あー……いや、大丈夫、列島には居ないから」


「あ、なるほど……!

余り話題に出てきませんでしたが、どんな方なんですか?」


「んー……いや、それもいまいちピンと来ないんだ」


「あれれ?」


「複雑なんだ、どうにも。

そもそも、今でもそういう仲だと認識すべきなのかも定かじゃないんだ」


「あー……。

すみません、あまり話したくない話題でしたか?」


「ああ、いや、決してそういうんじゃないかな。

長い話になるし、こういう場でなければ、ゆっくり聞いてもらいたいくらいだ。

俺一人じゃ、いかんせんどうしていいかわかんないし」


「お優しいんですね」


「……なんでぇ?」


「そういう面倒な方の事を、気にかけてあげれるからです」


「……はは、ん~……そうかもね」



「……昊菟こうと君。

あなたは、伊吹刑事の言い分、どう考えているんですか?」


「ああ、超能力者はルールを守らないとか、平和とかなんとかいう?」


「はい、そういった感じのお話です」


「俺は、俺の大事な人を、社会に助けてもらったと思う事よりも、社会に傷つけられたと思う事の方が多いんだ。

権威を持った人間は、残酷になれる、とか、そういう実験があったって話を聞いたこと無いか?」


「スタンフォード実験ですね。

看守として役割を与えられた人は、囚人役に邪悪な行為を行う事ができた」


「ああ、上からそうしろと言われたとしても、俺は看守の気持ちが理解できなかった。

でも、実際世の中には似たような事があって。

お金を得るためなら、非情になれる場面って、これでもかってくらいあるよな。

詐欺まがいや、客のためにならない商品を売りつけたり。

人は、指示されれば悪人になれる、そうでなければ暮らせないなら、悪人を演じれる。


俺はさ、そういう人の邪悪さと、超能力に大きな差はないと思うんだ。

能力があるから実行可能と思うか、みんながやっていて、自分の利益になって、権利があるから実行可能と思うか。

俺は、伊吹刑事とそんなに変わらない人間だと思う。


ただ、伊吹刑事は他人を貶めるが、俺は貶める気がない。

結果的にそうなったけど、それは目的じゃなかった。

そういう差があっただけなんだ。

ルールに縛られた世界ってのは、ルールのために行われる悪行は目を瞑られるんだが。

それが個人のエゴに縛られるようになっただけ。


俺にとっては、ルールなんて、人の心がないものより、愛ある個人の意見を大事にしたいと思うんだよ」


「素敵な考えです。

私は、能力は呪いのような力だと思っていました。

人の団結を分断する悪魔の力。

私は、もちろん分断する悪い子だと思っていました。

でもきっと、この力が、誰かを助けるものだったらいいなと、思う気持ちもあります」


月守つきもりがやりたいことは、他人を貶める事なのか?」


月守つきもりは首を横に振った。


「なら、いいだろ。

みんなに合わせたって、みんなで間違える事がある。

俺たちはそれを正せる立場を得られたって思おう」


「もし、わたしたちが間違えていたら?」


「間違えだって言ってくれる、いい人を大事にする。

どうしても間違えるなら、間違えてもいいような人を作っておく。

だから、犯人を俺たちはボッコボコにしたし、伊吹も殺した。

俺の思う"良し"が、悪いことだってんなら、その誰かに殺してもらう。

んで、正しい方には力が集まるから、正しいほうが勝つ。

それで負けるなら、俺はそれで良いんだ。

きっと、俺より正しいヤツの仕業だと、思うことにする。」


「正義は勝つ……というやつです?」


「正義だから勝つ、と思ってるんだよ。

この、超能力社会なら。

意志を強く持ち、努力した方が勝つ。

それを後押しする人が多いほど勝つ。

超能力者は纏まらないなんて事はないんだ。

ルールっていうものでまとめようとするからいけないんだ。

いろんな人間が、いろんな人間のまま、譲らない矜持を持ったまま仲良くしていけるはずだ。

俺たちが友達になれるように。


相手を良しと思う気持ちは繋がって、強くなる。

そしたらいずれ、多くの人を助けれる、大きな力になってくれる。

だから、超能力はあるべきなんだ。

誰かにとっての悪になったって構わない。

隣にいる隣人が幸せなら、眼の前にいる人が幸せならそれでいい。それを繋いでいけば良い。


ルールは、それらが繋がった跡に出来上がっていけばいいんだ。

そこに権威は要らない、立場も要らない。

必要なのは、みんながみんなで繋がれる矜持を持つことだ。

みんなが少しずつ、隣人を笑顔に出来る行動を取れば良い。


俺が思う、この超常現象のゴールはそこだ。

ムー大陸が何か起きるなら、ムー大陸から平和を興す」


「ふふふ、若いですね」


「うぇ、その言い方やめろ、恥ずかしくなってくる……」


「どうして、今までの世界はそうはならなかったんでしょうか」


「競争したからだ。


他人より、他国より、他社より勝っていたいと思ったから。

同僚より、身近な人より、勝っていたいと思うから。

権利と富と、立場の為に、人は努力して獲得し、獲得出来なかった人々を虐げた。

俺には分からない気持ちだけど、それが、正常な人間の感覚なんだ」


「超能力でも、人は競争するのではないですか?」


「そうかもしれない。

でも、そうじゃないルールを敷く事だって、超能力なら出来るはずだ。

どのルールが勝つのか、その競争を始める事になるんだと思う」


「世界のルールを決める競争……ですか」


「まあ、でっけー話だけど難易度は高くはないと思うんだ。

俺たちが友達になれた、これを繰り返すだけだ。

友達だから助ける、友達を良い方へ導くために力を貸す。

そうして行ける集まりを作れば、いつかは、世界のルールに手が伸びる。

何かを起こすなら、ムー大陸からだ」


【何かを起こすなら、ムー大陸】

今、世界は大きな変革期を迎えている。

超能力者と魔法使いという、過ぎたる力と、統率が取れなくなりつつある世間。

上郷かみさと昊菟こうとは、この状態は超能力が無かった頃とは変わらない今まで通りだと思っている。

能力を得ても押さえつける権威はある、魔法があっても使うまでには膨大な勉強が必要だ。

能力が無かった頃も、権威はある、魔法がなくても、学歴と能力を身につけるのは楽なことではない。

大枠を見れば変わらないだろう、だが、力は無造作に生まれ、確実に世界はきしみ始めていた。


「ヨオ。坊主、嬢ちゃん」


空港、ムー大陸行き受付前。

そこには、荒木創樹そうじゅと、超能力者の少年少女の姿があった。


「荒木さん!

チャットではやり取りしてましたが、ご無事でなによりです!」


「やめろやめろ、あの戦いん中で、一番軽症の爺を労るな!

いたたまれないにも程があんだろ!」


「義手と経歴的には、オッサンが一番大ダメージだろ?」


「カァーッ、可愛くねえな、ったく。

おめえ、あん時俺が撃たなかったら撃ってたんだろ?


安心したぜ、人を殺す度胸があるなら、ムー大陸でやってけらあ。

嬢ちゃんは、ちと心配だがな」


「あれっ?」


「嬢ちゃんさぁ、あん時、あの鉄の男、殺そうと思えば殺せたんじゃねえか?」


「どうでしょう……相手に能力がバレてしまったので……へへ……。

お二人の力を借りれれば、より周囲への被害が少ないまま戦闘が終わると思ったんです……」


「お二人って!その坊主殆ど無能力者だが!

がはは!!」


「うっせえ! 一番の落とし穴をどうにかしたろがっ!」


「どうにもちぐはぐだよなあ、おめえら、

能力と性格入れ替えたらちょうどいいんじゃねえか?」


「大丈夫です!

入れ替えなくても、私が間違えたら、昊菟こうと君がいい感じにしてくれるそうですから」


「あれ、そうなるんだ!?」


「フン、二人共、それなりに良いところに落ち着いたみてえだな。

結構結構」


「あの……ちなみに、あんな感じの危険に、これから沢山巻き込まれていく……んでしょうか?」


「そうさな。

力の強い超能力者は、矜持が強く、広く、ケンカに発展するのなんか日常茶飯事だ。

そうでなくても、大陸には、魔法で自分の欲望を叶えるとんでもないヤツもいる。


ただまあ、安穏に過ごしたいてんなら、やり方が無いわけでもない。

お前たちが、お前たち同士を見捨てる事ができるなら、面倒事とは縁遠く居られるぜ。


隣りにいるソイツが死にかけた時、貶められた時。

お前らが見て見ぬふりをしてりゃあ、多少は平和に過ごせるぞ。

これ、わりと向こうじゃセオリーなんだぜ」


「……」


二人で顔をみやる。

互いに助け合った仲、互いの幸福を願い合える仲。

それを、あの戦いの中で感じた。

諦めた顔をした昊菟こうとと、困った顔をした月守つきもりだったが。

二人共、答えは決まっていた。


「結構。

おめえらはおんなじ方向を向けるんだな。


あ、このジジイの事は助けなくて良い。

ガキ共に手を貸す事は気分がいいが、手を貸されるのは気分が悪いからな!

いいいい、だあって聞いてろ。

これから、俺のことなんか気にできないくらい忙しくなるんだ。

困った事があったら、手を貸してやるから、連絡するこった」


「じゃあ、あんたが困ったら、俺も困ってやるよ。

そしたら、俺の悩み事に、力を貸してもらうぜ」


昊菟こうとはニンマリと悪い笑顔でそう返した。


「ッチ、可愛くねえったらよォまったく……。

投資分、ちゃんと返してくれよ。

俺がくたばる前にな!


じゃあな! 少年少女! 無駄にする時間なんてねえからな!」


そう言って、老兵は受付を通っていった。


「じゃあ、また向こうについたら連絡しますね、昊菟こうと君」


「ん、またな月守つきもり


月守つきもりも、歩いていった。

大陸に行くことに後ろ暗さのあった彼女だが、その歩みは、決して重たいものじゃなかった。


昊菟こうとは、あれだけ一緒に居ても、言葉を交わしても、気持ちは重いままだった。

なんども、昊菟こうとは人の縁を繋いでは、途切れてきた。

近くに誰も居なくても、止まれない事には変わりなかった。

殆どの人が昊菟こうとに付いてこれなかった。


だから、誰かがいなくなってもいいように。

孤独になる可能性を、頭で思い描き、少しでも傷まないように。

心を、鉄のように――。


「でも、俺は、諦めることを諦めるしかないんだ……。」


重い歩みを進める。

命の使い方を決めた少年は、最弱の能力を握りしめて、歩みを進める。

重く、苦しい背中に、覚悟を、"矜持"を背負って。



■調査書■

超能力:『月宙軌間ムーンルフト』ムーンルフト

保持者:月守つきもり未都みと

S級


[発生する現象と本人の説明]

通り抜け不可能な何もない、何も存在できない空間を作り出し、保存する能力。

運動エネルギーを消滅させ、摩擦を生まないため、『月宙軌間ムーンルフト』に触れると踏ん張りが効かないし、押し出す事も、押して離れる事もできない。


この現象は『月宙軌間ムーンルフト』との接地面だけで起きる。

触れている感覚は無く、足で踏むと永久に落下しているかのような肌感があり、磁石のような反発感もないので、床に平面に敷いた『月宙軌間ムーンルフト』に足を置くと、踏み出した足は摩擦を生まず、止まる事無く奥へと滑っていき、体勢を崩す。

永久に滑るわけではなく、高さの移動を無くした落下なので、いずれはその場にとどまり、動けなくなる。

月宙軌間ムーンルフト』を解除しても、落下する運動エネルギーは無いので、ただその場に着地できる。

角度や形次第で、『月宙軌間ムーンルフト』は落下エネルギーを使った移動が可能だ。


だが、『月宙軌間ムーンルフト』にぶつかるはずだったエネルギーは消滅するので、油を塗った滑り台よりは勢いは出ない。

低高度からの落下であれば、殆どの衝撃を無くす事も出来るが、高高度からの落下では、『月宙軌間ムーンルフト』に設置していない側からの体重とその勢いによる体の圧縮が少し発生する。

急に止まるので、内蔵や骨に少しだけ運動エネルギーの衝撃が伝わる。


本人が試しに使っていた当初、とても酔ったそうだ。


[本人が見出している応用]

落下速度を利用した高速移動、衛星跳躍。

落下の衝撃を殺す安全な落下。

錐体状に展開し、突進、落下してきた物体の運動エネルギーを一点にあつめ、多大な衝撃を与える軌道圧縮(サテライトプレス)。

相手の周囲を『月宙軌間ムーンルフト』で囲う事で捕縛する宙幽獄。

相手に『月宙軌間ムーンルフト』を踏ませ、踏ん張れなくして行動不能にする無動宙。

また、『月宙軌間ムーンルフト』で即席でイスやソファ等を好きなように作り出し、休憩する事も出来るのだが、魂魄消耗を余り負担に感じていない節があった。


[魂魄消耗について]

月宙軌間ムーンルフト』を発生させる時、魂魄は消耗しなかった。

月宙軌間ムーンルフト』にものがぶつかると大きく消耗し、その勢いが強いほど消耗は激しいものになった。

何もない場所に長時間『月宙軌間ムーンルフト』を展開すると微量に消耗した、ハウスダストや風が影響している事がわかった。

但し、本人の魂魄量が絶大で、大型機器が無かったこともあるが、彼女の魂魄量を計測する事はできなかった。


[プロファイリングと共に考察される矜持]

他者を無力化し、自由意志を残したまま止めたいという事が考察される。

あらゆる衝撃を無力化する事から、性格としての攻撃性は極めて低く、圧倒的でありながら存在感は控えめな他者に対する強制を感じられる。

視覚を通す空間を生成する事から、物事に蓋をしたり、なあなあに済ます性格ではないようだ。


圧倒的な守りの力が大きく、必要に応じ、相手の力による状態の変更を許さない頑固さがある。

彼女の矜持を探る一助として、彼女には争いや殺傷の忌避があると思われる事を進言する。

そして、そうした危害を加える者を、引き止める意思が強いのだろう。


但し、事態の収集を取ることは苦手なようで、決め手に欠ける思い切りのつかない性格のようだ。

自身と他人に対して、能力の挙動に大きな差も無いことから、自身は価値観の中心になってないし、贔屓することもないようだ。

自身に対しても、相手に対しても、静を強制するような能力でありながら、勢い全てを殺しきらない、自らの望む方向に他者の力を動かしたいらしい。


能力を発生させた後、そのまま動かしたり、殴りつけたりも出来ないように、他人に対し、強く当たる気は無いようだ。

常に決めた形を静かに保つ精神性を持っている。


誰も縛らない、誰かを引き止め、時には休ませてあげる、ただし、必要に応じ、断固たる態度で引き下がらない。

凶悪な相手にのみ、凶悪な反応を返せる能力。

心根の優しい能力者であると思われる。


[本人の精神状態]

極めて温厚、研究中も、研究員をねぎらい、気にかける事が珍しくない。

超能力を手に入れた事に浮かれている様子は無く、これだけ強大な力を持っているが、足らないと思っているようだ。

また、こうと決めたら譲れない事がまるで病気であるかのように思っており、他者との折り合いがつけられない事が大きなコンプレックスのようだ。

それでも、正しいと思うことの前で、彼女はいい塩梅になびく事ができないのだ。


[治安維持において]

犯罪性は無く、秩序を守る能力者であると考えられる。

ただし、大きなルールを前にして、個人が思う良しを譲らないため、集中した権威に対して抵抗する可能性は大きい。

要注意能力者である。

もしも彼女と敵対する事があれば、熱線による攻撃か、毒ガス等が有効だ。

こちらが勢いの大きい攻撃を行わなければ、さしたる脅威は無いだろう。

また、人道や善性を示す事が出来るならば、懐柔することも容易いかもしれない。

治安部隊加入のオファーは拒否されている、理由は、自分は輪を乱す悪者であると認識しているからのようだ。

そう伝えながらに、輪を乱したい意思を否定しなかった。

対抗策となる魔法の開発を急がせるべきだと進言。


月守つきもり未都みとは、今後も継続的な検査を続ける方針となりました。


報告は以上となります。


三神蓮菜より。

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超常の煌光 天鬼 創月 @amaki_sougetu

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