8

「はあ、つまり……」


 説明を聞いた先生が、腕を組む。


「呪いの竹人形に、カルト宗教で対抗する……ヤバいヤツには、よりヤバいヤツぶつけると倒せるって理論か」


「言ってしまえばそれです」


 僕と先生はリビングに入り、座卓についていた。僕はこの六日間のできごとを大まかに語った。

 眉唾物だと思われた竹人形は、改めて大家さんに聞いたら本物の呪いの人形だったこと。そして桧渡さんに教えてもらった呪いの解除方法、より強い霊力のあるものを探していること。それなのに交通手段が軒並み断たれ、決めた神社へ行けなかったこと。


「僕も最初は、呪いなんてないと思ってたので余裕こいてました。ですが、ここのところ不運が続いたんです。考えてみたら、先生も人形を手にしてから異様なほど原稿に没頭してました。やっぱり、人形は僕らを殺すつもりなんですよ」

 

「いや、私はむしろ筆が乗るばかりで、呪いなんか平気だった」


「それも傍から見たらおかしかったんですって。ともかく、僕はこれで呪いの存在を確信したんです」


 眉唾物ではないと分かったら、それ相応の対処をしなくてはならない。


「このまま死ぬわけにも、他の誰かに押しつけるわけにもいかないので、桧渡さんが教えてくれた対処法で乗り切るしかない。そしてその手段が、神様……カルト宗教」


「たしかに、呪いよりもヤバいヤツではあるな」


 先生が妙に納得する。


「君の言い分は分かった。しかしカルト宗教に近づくのは洒落にならないからやめてくれ。仮に命が助かったとしても、その後の人生がろくなことにならないぞ」


「じゃあどうしろって言うんです。神社へも行けなくなっちゃったし、今から別の神社を探したって、きっとまた竹人形に邪魔されます」


 ここまで悪い出来事が続いているのだ。僕がなにかアクションを起こしたところで、呪いに妨害されるに違いない。

 先生ははあ、とため息をついた。


「こんなことは言いたくなかったが……言うよ。あのね、小鳩くん。呪いなんてないんだよ」


 あれだけ呪いを楽しんでいた先生が、腹をくくったように言った。


「心霊現象なんか、大概が脳の処理による錯覚やら思い込み等の心理的要因やらで論破できる。大真面目に信じるものじゃない」


「ホラー作家がそれを言っちゃうんですか?」


「君になにかと悪い事柄が連続していて、不安になっているのは分かった。だがそれらは全て個別に起こっている事象であり、人形とはなんら関連づいていない。スピリチュアルやらホラーやらが好きな人、或いはまさにカルト宗教に嵌るタイプは関係ない物事を結びつけてしまう人が多いが、冷静に考えれば関係ないことくらい分かるだろう」


 先生の淡々とした語りを聞き、僕は目を伏せた。

 偶然にも悪いことが重なるのは、人形がなくてもそういうときくらいあるだろう。呪いのせいではないかと不安になれば散漫になり、余計に嫌な出来事が目につきやすくなる。先生の言うとおりかもしれない。


「先生……ホラー作家だし心霊検証も喜んで実行するのに、本当はそんなふうに思ってたんですね」


「まあ、本物の存在を百パーセント否定しているわけではないけれどね」


 先生が座卓に頬杖をつく。僕は先生の言葉を受け入れつつも、やはり呪いがないとは言い切れなかった。


「でも、大家さんも桧渡さんも、人が何人も亡くなってるって話してました。これを偶然だと言い切るのは、無理があるんじゃないでしょうか」


「関連づける確たる証拠もないわけだが、君が呪いを信じるには充分かもしれないね」


 先生はそう言って、僕に手を差し出した。


「では、私に竹人形を返してくれ」


「なんで!? だめですよ! そしたら先生、二十四時間以内に死んじゃうんですよ?」


 今の流れでどうして僕が先生に人形を渡すというのだ。先生は眉間に皺を作り、唇を尖らせた。


「呪いが本当にあるんだとしたら、君は今日中に死ぬんだろう? 私は呪いについて知りたいだけで、君に死んでもらおうとまでは思っていない。というか、死なれたら困る」


「僕だって先生に死なれたら困るんですよ。僕の代わりに先生が今日中に死ぬなんて、我慢なりません」


「自分も限界なのに、私に回すのも嫌なのか? それじゃ、どうしたいんだ」


「神様に助けてもらうんです」


 僕にも残された時間が短いが、ここで先生に渡せば爆弾がそちらに移るだけだ。これで先生が死んでしまったら、僕は呪い関係なく心を病んで首を括るかもしれない。

 僕がこんなに深く悩んでいるというのに、先生はいまいち緊張感がない。


「検証したいことがある。この人形がなくなってから、原稿が進まない。今ひとつに手をつける気が起こらないんだ。これがあったときは止まらないほどだったのに、不思議じゃないか?」


「……僕はむしろ、プロット進みませんでしたけど」


「もしもこれが竹人形と関連づいているなら、もう一度手に入れれば原稿がぐんぐん進むわけだ。そうなったら、私も呪いを信じよう。ということで、試しにもう一度持たせてくれないか」


 こんな状況だというのに、先生はどこかスリルを楽しんでいる。僕は竹人形を両手で握った。


「絶対にだめです。人形のせいで先生がああなったんだとしたら、あのまま倒れて死んじゃうかもしれないじゃないですか」


 ピリつく僕が神経質に声を鋭くさせると、先生は肩を竦めた。


「君の呪いも解けるし、一石二鳥じゃないか」


 そう言うと先生は、僕の手の中の人形を掴んだ。


「そもそもこれは君の鞄に紛れ込んでしまっただけで、君は『受け取ったつもりはない』と言ったし、私だってあげたつもりはない。だからこれは私のものであり、君が呪われてるはずがないんだよ」


 しかし僕だって渡すわけにはいかず、一層力を込めて人形を握りしめる。


「いいえ、これは僕のものです。たしかに受け取ったつもりはありませんでしたが、先生が手に入れてから七日経っても無事だったということは、即ち呪いが僕に転移している証拠です。僕に受け取った気がなくても、人形がそう判断している以上は、今の所有者は僕です」


 お互いに一歩も譲らず竹人形を引っ張り合う。


「そうだとしたら泥棒だぞ? 譲渡されてないものを君が勝手に持ち去った形だ」


「不可抗力です!」


 僕は力任せに、腕を振り上げた。ついに先生の手が離れる。

 そして急に軽くなったせいで勢いがついて、僕の腕は思い切り後ろに反り、手から竹人形がすっぽ抜けた。


「あっ!」


 声を上げたのは、僕だったのか先生だったのか分からない。竹人形を、真後ろに放り投げてしまった。

 人形は後ろの壁に直撃すると、パカンと音を立てて蓋が外れ、そして筒自体も縦に裂けた。


「あー! 壊れ……」


 青ざめて叫びかけ、途中で僕は絶句した。床に落ちた、真っぷたつに割れた竹。その、中心あたり。そこに落ちていたものを目の当たりにして、僕と先生は、竹人形が壊れたこと以上に衝撃を受けた。


 目玉だ。人間の、濁った黒い瞳を携えた目である。


「ひっ……!」


 僕は飛び退いて部屋の隅に逃げ、逆に先生は目玉に近づいた。


「すっかり干物だが、本物かな?」


「うっ……」


 出しかけた悲鳴すらも、声にならない。がくがく震える僕とは正反対に、先生は声を弾ませていた。


「素晴らしい。実に呪術的だ。この人形の制作者は、明らかに呪術的意図を持って、これを作っていたんだ」


 割れて二本になった竹を箸にして目玉を拾っている。その嬉々とする後ろ姿を眺めながら、僕はふっと意識を失った。

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