第16話 親を求めて幾千年

 天谷村を出発して三日。

 宗介さんと天河安雲都(アマカワアクモノミヤコ)で別れた後再び歩き始めて既に真っ暗になった天河村にようやく辿り着いた。

 疲弊した足腰を休めたい一心ではあったけど、表情を変えず雪道をいっぱい踏みしめるチホオオロさんを見ると休みたい心は消えて頑張ると言う心が強くなる。


 それから門の前で門番に会い私たちに気づくと咄嗟にチホサコマさんが待っている宮殿に案内してくれその後ろを着いていく。

 チホオオロさんは眠気に耐えているのか時折足下がふらつくけど反面ツボミさんは全く眠気を感じさせなかった。

 

 ツボミさんは私の視線に気づくと嬉しそうに手を合わせる。


 「あらマカ様。心配してくださるのですか?」 


 「いや、眠くないのかなって思いまして」


 「巫女の鍛錬は徹夜ですので。いつ雨を降らせるように寝る時は意外と少ないのですよ。ま、降ったのは一度だけですが!」


 ツボミさんは得意げに言うけど、今まで雨乞いの力がなかったことを考えると天人が来た時に助けれなかった時は私が思っている以上に心に傷をつけるに違いない。


 ——————。


 門番に案内されて高くそびえる宮殿に着く。

 宮殿を守る兵士たちに頭を下げられながら中に入り上に進んでいく。宮殿の中はかなり静かでツボミさんは初めてみる大きな建物に興味津々で歩きながらあたりをキョロキョロ見ている。

 最上階まで登ると大広間に着き上座にはチホサコマさんがただ一人座り、護衛の兵士が二人だけだ。


 しかし、チホサコマさんは背筋を伸ばしチホオオロさんだけを見つめるとゆっくり口を開いた。


 「チホオオロよ。来たな」


 「兄様。津翁を鎮める術ができました。マカ様。例の神器をお見せしてください」


 「はい」


 私は手を前に出すと勾玉が輝きこの場になかったはずの鷲杖(ワシツエ)が現れ、私はそれを握った。

 チホサコマさんはそれを興味深く見る。


 「マカよ。それはどう使うのだ?」


 「仕組みは分かりませんが、標的に杖の先端を向けると標的目掛けて飛んでそして掴みそ引き寄せることが出来るのです」


 「なるほど。では、天河の神がそれを渡されたのは津翁の中のものを引き出せと伝えたいのかも知れぬな」

 

 「その可能性もあります」


 チホサコマさんは満足そうに頷く。そして再びチホオオロに視線を移したが、その前にツボミさんを見る。


 「——そういえばなぜ天谷の狂い巫女が?」


 チホサコマさんの言葉にツボミさんは言葉を選びながら一言一言ゆっくり説明する。


 「先日、水神様に詫び、神託としてマカ様の臣下になることを決めたのです。天人を倒すまで共にしてそれ以後はご命令があるまで夫のそばにいる予定です」


 ツボミさんの言葉にチホサコマさんは私をチラチラ見て何かを言いたそうな視線を向けていたが諦める。


 「そうか。だが、戦うの邪魔はするなよ?」


 「もちろんでございます」


 ツボミさんは改めて深く頭を下げた。

 チホサコマさんはその覚悟を理解したのか少し頷きチホオオロさんに視線を向ける。


 「我が妹よ改めて大義であったな。では、いつほど挑むのだ?」


 「今日すぐにです。封印の祠の中であれば村には被害は出ません」


 「そうか。今からか。族長の責務、お主の使命がようやく果たせるな」


 チホサコマさんは優しい口調でそう言った。

 そういえばチホオオロさんはずっと助けられていたから津翁だけはせめて自分でなんとかしないといけないと口にしていた気がする。


 天谷の時は本当にチホオオロさんに助けられた。

 

 チホオオロさんを見ると何故かポロポロ涙を流すと啜り泣きながらしゃべった。

 

 「兄様。私では族長はなりません! ヒルコ姉様が、ヒルコ姉様が私より相応しいとこの度で気づいたんです……」


 チホオオロさんはさらに続けて話す。


 「この度では私がマカ様を導くべきなのに何も出来ず。人助けも誰かの悩みを晴らすのも全てマカ様が果たしたのです。結局、私一人ではできないのです」


 違う、天谷村はチホオオロさんがいないとうまくいく事はできなかった。チホオオロさんのおかげでコノワシさんのことを知れて悩みを晴らせた、チホオオロさんのおかげでシシハゼ様やツボミさん、カゲリさんに源氏と分かってもらえた。


 私だけだと多分小切谷村のように妖怪扱いか怪物の手先と間違えられた恐れもある。

 あの場でチホオオロさんがいたから、天河のような家柄の隣にいるのは源氏で間違いないと認識されたんだ!


 私はチホオオロさんの前に立つと両肩を優しく掴んだ。


 「チホオオロ様。私が今持っている神器だってチホオオロ様の導きが持つことさえ叶いませんでした。天人と今戦える、より有利に戦えるようになれたのはチホオオロ様だからです!」


 「——私、何もしていなかったでしょう? 祠に行った時でさえマカ様に迷惑をかけて——っ!」


 「例えばですけど、もし私が天谷村に一人で行ったら——。また妖怪扱いされてましたよ。怪物に襲われて憎悪が高まっている時に来たら笑い事ではないです。チホオオロ様がいたから皆が冷静に判断してくれたんですよ」


 チホオオロさんは小さな声で「そんなこと……」と口にするがその時先ほどまで静かにしていたツボミさんが少し微笑む。


 「そうですよチホオオロ様。もしマカ様だけでしたら意地でも怪物扱いして怒りの矛先にしていたのかも知れません。コノワシは優しいから止めようとするでしょうけど。あの時の私だと……最悪殺してました」


 ツボミさんの言葉を聞き思うところがあったのかチホオオロさんは泣くのをやめて袖で涙を拭き取る。

 そして顔を上げてチホサコマさん見るとチホサコマさんはゆっくり話す。


 「オトシロ我々に使えたきっかけはお前が族長で一人努力をしていたのを知ったからだ。村のものたちが必死に村のために働き村を発展したおかげで国造から一眼置かれるようになったのはお前が毎晩寝る時間を惜しんで皆を守ろうと見回りをしていたからだ。兵士たちも必死に剣術を学ぶお前を見てお前に支えたいと思ったからだ」


 そしてチホサコマさんは上座から立つと下座、私あっちと同じ場所に降りると上座に指をさした。


 「我が妹よ。お前は族長だ。天河の民を導く血族。それを忘れるな」


 「——」


 チホオオロさんはチホサコマさんを見て弱気だった顔は逞しくなり、上座に移ると私たちの方を向いて力強く座る。

 それから少し間を作りゆっくり話し始める。


 「私は誰かに支えられることが屈辱でした。だから津翁は己の手で助けたかった。だけど、よくよく一人では出来ません。結局だれかがいないと無理なのですね」


 チホオオロさんは何か重いものが外れたのがどんどん言葉を出す。


 「だけど、誰かに助けられる。それは私を信じてくれるからその思いに応えるものが族長です」


 チホオオロさんはチホサコマさんを見る。


 「兄様。ありがとうございます。そう言えば兄様が補佐をしているのも私を子供扱いではなく心配してくださっているからでしたね」


 「——」


 チホサコマさんは何も返さなかったが少し嬉しそうに見える。

 ツボミさんはそんな兄妹が羨ましいのかどこか悲しい顔をしていた。私が手を掴むとツボミさんは驚いた顔をしつつも私にしか聞こえない小声で「ありがとうございます」と涙を堪えてくれた。


 チホオオロさんは覚悟が決まった顔で私を見る。

 そして津翁を鎮めにいくと一言だけ言葉を発した。


 ——————。

 

 ツボミさんはチホコサマさんと話したいと口にして宮殿に残り、私はチホオオロさんと封印の祠に向かう。

 祠の入り口は神殿のような豪華な門があり屋根も漆を塗られている。

 チホオオロさんはそれを眺めると大きく息を吸い天河の秘宝である勾玉を力強く握った。


 「マカ様。津翁様はどのような姿かは知りません。だからこそ頼りにしてます」


 「はい、任せてください」


 するとチホオオさんは何か思うところがあるのか不満げな顔で私を睨む。


 「マカの望みは津翁様を鎮めたら勾玉を授けることです。それも天人を倒すために必要だからと言うので仕方がなく秘宝を渡すのです」


 「え、えーと……」


 「マカ様は私の本性について知りすぎたのでもう友人ですね? 何を相談しても気になりませんので敬語はなしで」


 「——分かった。じゃ敬語やめるね?」


 「——」


 唐突にチホオオロさんは驚いた顔を向けた。


 「えーとなに?」

 

 「いえ、急に敬語をやめられると幼く見えてつい。年齢は幾つ年ですか? 失礼だと思って聞いてなかったので」


 「14歳だけど」


 「——私より三つ年下ですか。同い年だと思っていたんですが……」


 「え? もしかしてチホオオロ様年上?」


 「さぁ、行きましょう。敬語は続けてなしでいいですよ」


 チホオオロさんは言葉に悩んだのか祠に入っていき、私も追うように祠の中に進んだ。


 ——。


  祠の中は単純にただ一直線に道が続いているだけ。

 水の滴る音と風が入る音がぼんやりと聞こえかなり不気味だ。

 チホオオロさんは怖がらず先に進み続けようやく大きく開いた祭壇のようなところに来た。

 中央を見ると地面から巨大なイソギンチャクのような何かが生えている。

 水気を感じさせる体で体色は青を基調としているため見ているだけで気分が悪くなる。


 息を飲むとチホオオロさんが小さな声で呟いた。


 「もしかしてあれが津翁でしょう。」


 「では、近づきますので下がってください」


 私の言葉にチホオオロさんは背を向けずにゆっくり後ろに下がる。

 一歩、また一歩と近づくと津翁は暴れ始めた。


 『うおーん!』


 赤子の鳴き声にも聞こえる見た目に似合わぬ声でかなり不気味だ。

 津翁は触手を駄々をこねる赤子のように地面にぶつけその衝撃で先が尖った岩が落ちてきた。私は咄嗟に後ろに下がりチホオオロさんを抱き上げると一旦離れた。


『知らない人がいる! 族長が捕まっている! 助ける!』


 津翁は言葉を発しながらこれでもかと言うぐらい暴れ時に鞭のようにしならせて私の足元に触手を叩きつけた。


 「チホオオロ様。これじゃ近づけない!」


 「まるで赤子のようですね……。子守唄を歌えばおとなしくなるのかも知れません」


 「子守唄!? ——いたっ!」


 津翁の触手が足にぶつかりその場にこける。右足に激しい痛みが走り見てみると足から血が滲み出て感覚がない。

 多分折れてる!


 『知らない人殺す! あの人との約束!』


 チホオオロさんは咄嗟に立ち上がると私を見えると声を上げた。


 「マカ様!」


 「来ないで!」


 『ああー! あああー! 怖い! 怒ったぁ!』


 津翁はさらに泣き叫んで触手をジタバタさせ私の周りに大岩が落ちる。

 するとチホオオロさんは私の盾をとるとそれを頭に被り私の覆い被さった。


 「な、何してるの!?」


 「マカ様だけは死なせません! ここで死なせたら——ダメなんです!」


 「それじゃ共倒れだ!」


 私は津翁を睨む。すると津翁の腹の中が若干赤黒く輝いていた。

 私は手を伸ばして鷲杖(ワシツエ)を勾玉から呼び手で強く握りワシの手を伸ばしその赤黒いものを掴んだ。


 『痛い! 怖い人! 怖い人!』


 すると津翁は急に大きな咆哮を上げた。それも激しい痛みにもがく声、もしくは憎悪が詰まった声にも聞こえた。

 津翁は体をばたつかせて私目掛けて触手を伸ばし鷲杖(ワシツエ)を持つ私の右腕を掴んだ。触手は私の右腕を握りつぶそうとしているのかどんどん力を強くする。

 痛い、今すぐにでも逃げ出したい。だけどそうしたらチホオオささんが!


 「津翁様やめてください! 私が悪いのです! 私がお連れしたのです!」


 チホオオロさんは子供のように泣きじゃくると津翁の触手にしがみついた。

 

 『——族長の知り合いなの?』


 「え?」


 チホオオロさんの声が聞こえたのか津翁は触手の力を弱めると私の剣と脚に触れると急に光を発した。

 その光は体から筋を作るように私の剣と叩き潰された足に届く。

 そしてつぐに足に感覚が戻ったかと思うと津翁の体の中にあった赤黒い何かが飛び出した。

 その何かは鷲杖(ワシツエ)に掴まれたままで心臓にように脈打っている。


 チホオオロさんはwクァ足しから離れると肉塊に優しく触れると静かに歌い始めた。


 「揺れる揺れる船のその上に、泣きじゃくって流されて。誰かが拾うと思えでも誰も来ず。我が身気付けば肉は溶け、臓は獣に食われ、骨は土に食われ。残すは我が無念の心のみ。我は愛を渇望する。親に愛でられたいとただ渇望する……」


 チホオオロさんの歌を聞いてか津翁は徐々に大人しくなった。足も気付けば感覚が戻っている。


 『あぁ、族長の歌声。癒される……癒される……』


 ゆっくり体を起こすと津翁は静かに地面に溶けて水となる。


 「え、えーと?」


 困惑しているとその水は中心に集まり中に浮くと次第に球となる。その球は青白く輝きやがて青い炎となった。


 『詫びたい。娘に詫びて剣に力を……』


 チホオオロさんは何かに気づいたのか私をみる。


 「マカ様。剣です。剣を構えてください!」


 「うん!」


 剣を抜くと青い炎は私の剣に向かって飛ぶと一瞬にして剣を包む。

 炎はやがて刃で燃え続けゆっくり消えていった。

 剣はどこも変わってはいないけど気のせいか以前より綺麗な翡翠色に輝いているように感じる。


 チホオオロさんと顔を合わせてお互い困惑した顔を向け合っていると剣から声が響き渡った。その声はまるで津翁と同じ声。


 『我、親に流され愛を望んだ。誰も見向きにしてくれなかった。だけどこの村のものは何度も何度も我に構ってくれた。嬉しかった。だけどその族長が涙を流した。いつも歌声を歌ってくれる族長が』


 チホオオロさんは何かに気づいたのか剣に向かって話す。


 「津翁様は一人が寂しかったのですか? 寂しかったから暴れていたのですか? 封印から解放されて、みんなと遊びたくて……」


 『——古の時に天河統彦尊(アマカワスメラヒコノミコト)と遊び疲れて眠っていた。だけど起きたら誰もいない。いるのは我に殺意を向ける人だったから怖く攻撃した』


 「——それは、申し訳ございませんでした」

 

 『だけどもういい。その娘は族長の大切な人というのが伝わった。足を潰してしまった詫びを兼ねて弱き神が宿る娘の剣に力を授けよう……。では、さらばだ』


 「え?」


 つい声に出してしまったらチホオオロさんに足を蹴られた。

 ごめんなさい。

 だけど津翁は気にせず私に一言言葉を残して静かになり犬も光を失った。


 私は残された赤黒い肉塊を見る。その肉塊は形が残ったまま脈動している。

 チホオオロさんは私の剣を下げた。


 「マカ様。これは残しましょう」


 「どうして? もしかしたら津翁が復活するよ? あれは無念の塊。残したままだと厄介なことになるよ」


 「——マカ様はどうしますか? 津翁様はずっと歌声を聞いてくれてました。そして癒されていた。私はそれを知らずに……」


 「——」


 チホオオロさんは下唇を噛み締めて考える。それも長く短いようだ。

 チホオオロさんは私の剣を見つめた。


 「津翁様はひとりぼっちだったのですよ? だからもしかしたら私がそばにいてあげることで何かが変わるのかもしれません。復活しても大丈夫なはずです」


 「——」


 「残念。それは無理ね」


 すると次の瞬間この場にいない、耳の奥を舐めるような女性の声が響き渡った時その肉塊は命が吹き込んだかのように動き始めた。三人衆はチホサコマさんの前にたち武器を構え、私はチホオオロさんの前に出る。


 肉塊は徐々に人型になり不気味なほど綺麗な女性の姿になった。

 女性は布一切れもまとわず胸元の双丘を揺らしながら振り返るとニヤリと笑う。


 「妾の名は阿波波(アハバ)。大源神(オホミナノカミ)、津翁の体に潜む我に気づくとはよくやるな」


 「——誰だ!」


 

 咄嗟に剣を構えると阿波波(アハバ)に向かって走り斬り捨てる。

 感触はない。


 「ふふふ、あははは!」


 阿波波(アハバ)の笑い声が後ろから聞こえる。振り返ると縦に体を切り分けられたまま笑っている。

 の片方の体が崩れたが私を向いていた体は最後の力を振り絞り口を開いた。


 「源氏よ。禍の神が天地(アメツチ)に振り撒いた祟りはいまだ続いていることを胸に刻めよ。虫を使って小切谷の猿神に寄生し、我が体の一部を飲ませた津翁を蘇らせ、人を食わせることで力を取り戻し復活を考えたが……死んでしまえばもう無理なようだ。悲しきことよ」


 阿波波(アハバ)の「死んだ」と言う言葉にチホオオロさんは絶句した。


 阿波波(アハバ)は残念そうに、笑う。

 不思議と体中に憎悪が走り回る。


 「待て!」


 阿波波(アハバ)は私の言葉にただ微笑むだけで体が崩れると地面に染み込むかのように跡形も無くなった。

 もしかして小切谷村の猿神と津翁の復活はこいつが仕込んでいた?

 それに禍の神ってどう言うこと? 禍の神は遠い昔に大王は封じたとイナメさんが話していたはずだ。


 「マカ様」


 「チホオオロ様?」


 チホオオロさんを見ると彼女は悲しい表情をしつつも力強く手を握っていた。

 た。


 「どっちにしても、その阿波波(アハバ)がいるからに津翁様は死んでいました。助けても無駄でした。えぇ、無駄でしたとも。きっと、きっときっと無駄でした絶対無駄でした」


 「チホオオロ様?」


 しかし、今のチホオオロ様には私の言葉が届かず発狂した。


 「気づかなかった! ただ遊び相手をしてあげればよかった! 何か別の方法があったはずでした! あの女だけを殺す術を見つけるのが先決でした!」


 「待ってください! 気づいたところでです! 阿波波(アハバ)の存在に辿り着くなんて難しく——」


 するとチホオオロ様は私を突き飛ばした。


 「気づけました! 私が津翁様のそばに言って話ができたのかもしれないじゃないですか! なのに津翁様を勝手に恐れ、封印することで頭がいっぱいで、偽善で動いた結果です!」


 そしてチホオオロさんは耳を塞いで大きな声を出して泣き叫んだ。


 「津翁様のことをもっと知っていれば! 津翁様のことを考えていれば! ただ村の守り神をただ無慈悲に殺した大馬鹿者なだけじゃないですか!」


 チホオオロさんはその場でジタバタして狂乱する。

 

 「私が憎い! 私が憎い! 私が憎い!」


 チホオオロさんは髪の毛を掴むとさらに大きな声で叫んだ。

 私はただその光景を眺めることしかできない、私のバカ。そんなことを言うな。


 私は発狂するチホオオロさんを強く抱きしめた。

 チホオオロさんは暴れて私を蹴ったり頭突きしたりするが諦めず抱きしめる。


 チホオオロさんはただ周りが見えていなかっただけ、津翁を倒すことに重きを置きすぎて何も考えられなかった。ただそれだけだ。

 チホオオロさんは私の着物を力強く掴むとただ泣き叫んだ。


 「津翁様はただ無邪気な子供のような神様だったんです! 一緒にいてあげればよかったのに私は! 私は——!」


 私はただ何も言わず、チホオオロさんを抱きしめ頭を撫でた。

 津翁を巡る短いようで長い旅はただ呆気なく一人の少女の村を助けたいという勇気を踏み躙っただけだった。

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