第15話 津翁に向けて

天の川大島から出発し、人同じ方向を船で進む。

 私は見た目が大きく変わったコノワシを見る。

 コノワシは最初にあった時は大柄で男のように鋼のように硬そうな筋肉を腕と脚や顔に浮かべていたけど今ではそれはない。

 私がじっとコノワシを見ていたせいか後ろで船を漕いでいた中年ぐらいの漁師がコノワシに話しかけた。


 「それにしてもコノワシよ。見た目がうんと変わったというより戻ったな〜。ツボミ様と何かあったのか?」


 漁師の言葉にコノワシは言葉を選びながら短く返す。


 「そんなとこ。何? 口が裂けて男みたいなガタイの方が良かった?」


 「えぇ、俺はどっちも好きなんだけどなぁ」


 漁師は残念そうに口にした。割と本気で。

 それを見てかチホオオロさんは嬉しそうに微笑む。


 「ですけどコノワシ様のあの口はツボミ様ではなく水神様の祟りだったんですよね?」


 コノワシは耳の先を下に向け頬を赤くする。


 「まぁ、そうね。だけど神様と和解したから戻してもらったんだよ。その代償にツボミは永久に源氏に仕えることを命じられたけど。て、源氏様には話したってツボミは言ってたんだけど?」


 コノワシの言葉にチホオオロさんと宗介さんが私の方に振り返った。そしてチホオオロさんはそれ早く教えろと言いたげな顔で私を見る。


 「あのマカ様」


 「はい」


 「そういう大事な話は早くしてください」


 「ごめんなさい」


 私は咄嗟にチホオオロさんに頭を下げた。そしてコノワシは思い出したかのように続けて話した。


 「あ、そうだ。天人との戦いが終わるまであの子、ツボミは天河方と源氏様に付いていくことになってるからよろしくね」


 「あ、うん。分かった。そういえばコノワシさんはシシハゼ様と婚儀をするんだよね?」


 コノワシは「あーあれか」と口にした。


 「大体合ってる。けどシシハゼ様はツボミと過ごしていくうちに恋心に芽生えたからいくらツボミが別れたいと言っても無理矢理連れ戻すよ。あんたたちからも言ってあげて。あの子本当は寂しがりでずっとそばにいてくれたシシハゼ様に恋しちゃってるから」


 なるほど。とりあえずツボミさんのあれは本心でもない可能性があるのか。

 私は先日シシハゼ様と別れると話したみたいだけど多分あれも嘘なのかな。

 私がツボミさんに想いを寄せているのと同時にチホオオロさんは顔を真っ赤に宗介さんに一度目を移した後恥ずかしそうに俯いていた。


 やがて大きな湖を潮風に煽られながら船で漕ぐと村が見えた。

 夕方ごろになってようやく天谷村に帰ってきた。

 道中の記憶はあまりの疲れで寝てしまったせいでない。私はまだボートする頭を勢いよく振って起こす。

 その後船から荷物を下ろしたりして私と宗介さん、それからチホオオロさんが降りるとシシハゼ様が改めて私たちの前に来た。


 「天河様と源氏様。この度は誠にありがとうございます。そしてその、宴の際は恥ずかしいところを見せてしまいました……は、ははは」


 チホオオロさんは思い出したのか少し笑う。


 「大丈夫ですよ叔父様。では、私たちは天河村に戻ります」


 「え、いや夕方ですので泊まってくれたら……」


 するとツボミさんが私たちの横にやってくると私を見て微笑んだ。


 「天河様方。どうかお泊まりくださいませ」


 チホオオロさんはツボミさんの言葉を聞き宗介さんを見る。

 あ、そうか。津翁を今すぐ倒しに行こうと考えているんだ。


 「チホオオロ様——」


  私が聞くと案の定チホオオロ様が早口で教えてくれた。


 「村の民たちを大音部に避難させたいのです。一応姉様に私が帰る辺りに避難させるようにお願いしているとは言え——」


 チホオオロさんはオロオロしそうになると宗介さんは腰を下げてチホオオロさんに目線を合わせた。


 「族長様。取り敢えず泊まりましょう。早くに越した事はないですが夜の山道は保証できません」


 宗介さんの言葉にしばらく悩んだいたが、チホオオロさんは諦めてシシハゼ様を見る。


 「分かりました。それでは叔父様。今晩は泊まらせていただきます」


 「えぇ、では我が屋敷にご案内しましょう」


 それから私とチホオオロさんと宗介さんは屋敷に案内された。

 寝床は宗介さんとは別で、私はチホオオロさんと寝ることとなった。空はまが夕日が輝いているけど早く出るのなら今寝た方がいい。

 

 チホオオロさんはやはり心配そうな顔で私にしきりに心配と口にする。

 少しは安心させた方が良いか。


 「大丈夫ですよチホオオロ様。なんなら私が起きておきますので」


 「いえ、そうだとしてもマカ様は天人との戦いがあるでしょう? それを考えたらもう日がありません。今すぐにでも行くべきだと——」


 なるほど。チホオオロさんが心配していたのはそれか。

 すると首にかけていたナビィの勾玉が青白く輝き熱を帯びる。それを手に取るとこの場にはいないはずのカグヤの声が聞こえた。


 『——マカ?』


 「あ、カグヤ……」


 カグヤの声を聞いた途端。脳内に相変わらず愛おしく、綺麗な藍色の髪を揺らしているカグヤが思い浮かぶ。

 隣に座っていたチホオオロさんは驚きのあまり声が出ず、口をパクパクさせていた。どうしよう、説明いるよね。

 しかし、カグヤには見えているわけがないためそのまま話を続けた。


 『よかった無事だったんだ』


 「う、うん。そこは大丈夫? 天人とかは来ていないよね?」


 『大丈夫。来てない。だけどイナメおばあちゃんが少し面倒ごとが起きそうだって話してた』


 「え、どういうこと?」


 そんな時チホオオロさんは飛び起きると私から勾玉を取り上げた。


 「あの、マカ様この勾玉はなんですか?」


 チホオオロさんは勾玉を怪しむ目で見る。すると勾玉から『誰?』とカグヤの声が聞こえた。

 やはり説明は大事か。


 「チホオオロ様。その勾玉は渡り巫女より頂いた勾玉なんです。不思議なことに同じ勾玉を持っている人となら話ができるようなんですよ」


 「——なるほど」


 チホオオロさんはまだ怪しみながら私に勾玉を返す。その時勾玉から一瞬『少し既視感があるのはなんでだろ』とカグヤの声が聞こえたけど無視しよう。

 一応チホサコマさんの妹だからしょうがない。


 私はカグヤとの話を再開した。


 「で、面倒ごとって?」


 『昨日ね国造クニノミヤツコの使いが馬っていう獣に乗ってやって来たの。その時マカがいないのをかなり怪しんでいたの』


 「え?」とチホオオロさんは声を出した。そしてチホオオロさんは勾玉に近づくと「えーと貴女のお名前は?」と聞いた。


 『カグヤ。貴女は?』


 「私は天河村の族長チホオオロです。その国造クニノミヤツコ様の話、偽りはありませんか?」


 『うん。その国造クニノミヤツコの使者が話していたんだけどなんかマカの宗家の次男がマカを探しているみたいで。その次男も来ていたの』


 「へ、へぇ〜」


 反応に困る私と反してチホオオロさんは続けて話した。


 「えっと、では今……宗家ということは大源の人ですか。で、その人はどこに?」


 『都に戻って天河の人から聞くみたい。使者はそのまま帰ったけど』


 「なるほど」


 チホオオロさんはしばらく考える。そして私を見る。


 「マカ様。大源の人は貴人なので確実に馬に乗っています。なので都で私たちの居場所を聞いてから向かうとしてかかる時間は——あ、カグヤ様。ところでいつ来たのですか?」


 『昼頃。急用だから泊まらないってすぐに馬を走らせてたよ』


 チホオオロさんは半笑いになり私を見ると口を抑えた。


 「マカ様」


 「どうかしたんですか?」


 「多分、時期に着きます——」


 チホオオロさんがそう言ったその時外から鈴と鐘が鳴り響いた。

 その音と同時に屋敷がドタドタと騒がしくなる。しばらくチホオオロさんと顔を合わせる、私は剣を手に取ると寝床から顔を出す。

 すると早歩きで宗介さんがこちらに向かってきた。


 「おぉ、マカ殿。起きておられましたか」


 「はい。あの、なんの騒ぎですか?」


 「先ほどシシハゼ殿に伝えに来ていた村の者は糸麻イトマより来た大源部オホミナベ熊襲クマソが次男、大源弓足オホミナノユミタレ来たようです」


 宗介さんの言葉に私の後ろにいたチホオオロさんが少し考えるそぶりをしながら話した。


 「なるほど。マカ様。行きますか」


 「え、少し面倒ごとみたいな感じではなかったですか?」


 私たちの反応を見てか宗介さんは困った顔でこちらを見る。


 「あの。お二方。どうかなされましたか?」


 そして私たちの表情を見て悟ったのか一人大笑いすると私たちの手を優しく握ってくれた。


 「ご安心くだされお二方。大源弓足オホミナノユミタレ殿とは先の戦より知り合いですので」


 「なら、良いです?」


 私はチホオオロさんと共に屋敷から出ると騒ぎが起きているところに向かった。

 屋敷の外はまた夕暮れ前のため明るいがいつもは静まる村人たちが騒ぎを見て何か話しているようだ。

 そして少し歩くと前から知っている顔の女性が走ってきた。

 よく見るとその女性は大柄に似合わない綺麗さを持ち始めた、訳でもなくどうやら元の姿に戻ったらしいコノワシが騒ぎの方向からやってきたのが見えた。


 コノワシは私の前に来るとじっと見てきた。


 「良かった。マカに客人が来てるんだ」


 「大源弓足オホミナノユミタレさんですよね?」


 私が名前を答えるとコノワシは驚く。


 「あ、やっぱり知っているんだね。ほら付いてきて。天河の方々も来る?」


 「えぇ、行きますよ」


 チホオオロさんの言葉にコノワシは「分かった。付いてきて」と口にすると歩き始め私たちはそれを追うようにして歩いた。

 騒ぎの元に着くとそこには馬に乗り腰に剣を携え、絹の着物を着て首に勾玉を掛け綺麗な黒髪をして耳元に角子を結ぶ私と同い年ぐらいの青年が村人たちとシシハゼ様、それからツボミさんを見下ろしていた。

そして青年の周りには私が持っている渦巻き模様の盾を持つ顔に刺青を入れている住人の男たちがいた。

 恐らくあの青年が大源弓足オホミナノユミタレに違いない。



 村人たちは松明を持ち、その隣でシシハゼ様とツボミ様が腰を下げ何やら話していた。

 シシハゼ様は冷や汗を流して青年に話す。


 「おぉ大源弓足オホミナノユミタレ様よ。ただ今マカ様を呼びに向かわせたのでしばしお待ちを」


 「すまぬな天谷の長よ。その言葉はありがたいが我はすぐに宇賀夜ウガヤに戻らなければならない」


 ユミタレさんの言葉にシシハゼ様が軽く微笑みながら頭をへこへこ下げている。私は宗介さんの後ろを歩き人混みを分けてシシハゼ様の後ろに着くと宗介さんが真っ先に声を出した。


 「久方ぶりですなぁ大源弓足オホミナノユミタレ様! 吉備の戦から何年ぶりでしょうか」


 ユミタレは宗介さんに気づくと馬から降りる。


 「宗介か。お前が三十歳の時であったから十八年ぶりだな」


 ユミタレは宗介を見る。


 「確か狛村の者より源氏がお前と共に——む、マカか」


 ユミタレさんの視線に背筋が伸びる。


 「は、はい!」


 ユミタレさんは私に近づく。そして私を見て軽く微笑んだ。


 「我の名は大源弓足オホミナノユミタレと申す。なに、名前ぐらいは聞いたことがあるだろう。我はお前の許嫁なのだからな」


 「ん?」


 つい反応してみたけどどういうこと?

 後ろに立っているシシハゼ様とツボミさんとコノワシは「え、本当に」と言いたそうな顔を向け、その隣にいるチホオオロさんは「は?」と口を開け宗介さんは特に反応を示さなかった。

 そんな私の反応を見てかユミタレさんは悲しそうな顔をする。


 「まぁ良い。4歳程の時にお主が我を許嫁にすると申したのだがな」


 「な、なんかごめんなさい」


 確かに私が4歳の時に兄さんには許嫁はいたけど確かその人はこの人の……あ、この人の妹だった。

 もしや兄が消えたせいでやっぱりおかしくなってる!

 ユミタレさんは私を置いて話を続ける。

 とりあえずそれは後回しにしよう。


 「——天人と戦っているのは誠か? 徳田イナメ、カグヤ。それから小切童子など近隣の村の村の者が総口を揃えたのだ」


 ——ありがとうカグヤ。


 私は詳細はユミタレに話した。

 ユミタレさんは否定も肯定もせずただ頷いた。そして私が話し終えると後ろを向く。


 「とりあえずだ。お前は天河村の秘宝を手にすべく彼らの味方をしたのだな?」


 「は、はい」


 「では、その秘宝を手にしたら一度機内に居られる大王の所に馳せ参じよ」


 「え?」


 ユミタレさんは腰に掛けていた袋を持ち上げると中から勾玉を取り出した。それは黄金色で綺麗な紋様がつけられている。

 ユミタレさんはその勾玉を私にくれた。


 「マカよ。その勾玉こそが王の勾玉。お前たちが古くから守り抜いてきた剣の力を目覚めさせるのに大切なものだ。良いな?」


 私はその勾玉を受け取る。


 「け、けどどうして?」


 「忌部と我が家、大源が占いをした所大凶が出たのだ。それもまつろわぬ神が現れる時の静けさだと大王が判断して先んじて勾玉を渡すように命じたのだ」


 「——」


 「そしてもしその占いが天人のことを指すのなら、畿内に来て欲しい。いや、機内にこい」


 ——なるほど。

 つまり大王は忌部と大源占いの結果から不吉な予感を感じユミタレさんをこっちに遣わした。そしてもしその不吉な結果の正体が天人なら畿内に来るようにとということか。

 だけどとにかく津翁を倒して約束を果たさないとダメか。


 すると先程まで蚊帳の外だったチホオオロさんがユミタレさんに近づくと頭を下げた。


 「ユミタレ様。その、大変申し訳ないお願いをしてもよろしいですか?」


 「む、天河の族長か」


 チホオオロさんは自身のことをすぐに気づかれ一瞬驚くが気にせず続けて話した。


 「国造様に我々は反乱を起こす気はないと話していただけませんか? 色々と兵をあちこちに動かしたせいでもしかして疑われているのかと心配で」


 チホオオロさんの言葉にユミタレさんは軽く頷いた。


 「話が長くなる。端的に言えば疑われている」


 「——っ!」


 「すまぬがこれ以上は長居はできぬ。だが、もし不安ならこれを持っていけ。宗介、これはお前が持つんだ。お前の方が信頼されるだろう。我と共に吉備で戦ったのだからな」


 ユミタレさんは宗介さんに腰に掛けていた歯が波打っている剣を渡した。宗介さんはギョッとした目になるとユミタレは再び馬に乗った。


 「ではさらばだ。行くぞお前たち——」


 ユミタレさんは馬を後ろに回し最後に私を見ると「我以外の男と寝るなよ?」と口にして臣下とともにこの場から走り去った。

 気づけば夕日も落ちて真っ暗だ。冬風が服とあたりにいた村人たちの体が震え上がる。村人たちは駆け足で帰っていった。


 チホオオロさんは宗介さんに近づくと宗介さんが手に持っている剣を覗き見る。


 「宗介、それは?」


 「これは蛇剣オロチノツルギですな。刃が蛇のように波打っているでしょう」


 「けどそれが国造様とどう関係で?」


 チホオオロさんがそう聞くと宗介さんは小声で笑う。


 「さぁ?」と宗介さんは首を傾げチホオオロさんも同じく首を傾げた。


 するとシシハゼ様とツボミさんはチホオオロさんと宗介さんの会話が終わるまで待っていたのか、間が空いた瞬間に私たちに近づいた。

 

 「とりあえず源氏様。今日は眠りましょう。もし反乱を疑われたら私どもが説得に向かいますよ」


 シシハゼ様の言葉にチホオオロさんはホッと安堵の息を漏らす。

 するとコノワシが前からゆっくりと歩いてきた。そしてユミタレさんが去っていった方向を見て悪態をつく。


 「ようやく帰ったか貴人様は」


 「もうコノワシ。あの方は悪い方ではありませんでしたよ?」


 「どうだか。上から目線で少しばかり嫌な感じだな」


 コノワシは静かにそう告げた。

 それから屋敷に戻る寝床に戻る。チホオオロさんは一度座るとゆっくり口を開いた。


 「津翁様をどうにかしたら国造様の所に向かいましょう」


 「え?」


 「いくら天人との戦いで援軍を求めても兵を無必要に集めたら余計に疑われて最悪死罪です」


 「そうですね。なら都に戻るついでに進言に行きますか?」


 私の言葉にチホオオロさんは少し考える。


 「そうしますか。だけどやはり村のものたちが心配です……」


 するとチホオオロさんは何かに気づいたのか一度立ち上がると部屋の隅にまとめてある自身の荷物を漁り藍色の勾玉を取るとそれを私に渡した。


 「マカ様。こちらが我が天河に伝わる宝玉です」


 ——源氏が持つ玉、王が持つ玉、天河が持つ玉。

 そして最後は翡翠の剣。三つが揃った!


 私はその宝玉をゆっくり手で握る。


 「なるほど。ですけどそうして私に?」


 「津翁様が眠る祠に入るための術はその勾玉を握れば中に入れます。握らなければ岩が塞いでいるように見えて通れません」


 「要するに心の目のようなものですか」


 「そうなります」


  そしてチホオオロさんはゆっくり立ち上がると私に背中を向けた。


 「取り敢えず、天河村に戻ったら私は兄と共に村の民を逃がします。マカ様は先に祠に入って祭壇で待っていたください」


 「チホオオロ様は入れるのですか?」


 「大丈夫です。中に誰かがいたら岩は消えますので」


 チホオオロさんは今までよりも明るい顔を私に向けた。

 これが終わればようやくカグヤを救う手立てが出来る——っ!


 

 ————。


 それから次の日の朝。

 この日は冬にも関わらず妙に暖かい。

 朝目覚めた後私はチホオオロさん、それから宗介さんとツボミさんはカゲリさんとシシハゼ様とコノワシに案内されて村の門まで見送られた。

 ツボミさんはシシハゼ様とコノワシに頭を下げる。


 「コノワシ、シシハゼ様をお願い致します」


 コノワシはその言葉に何も返さない。

 その時見かねたチホオオロさんがシシハゼ様にも聞こえる声でツボミさんに向かって話した。


 「ツボミ様は叔父様のことがお好きですからね。本当はもっとそばにいたいのではなくて」


 「——なっ!」


 チホオオロさんの言葉にツボミさんは顔を隼の如く顔を上げると真っ赤にする。それを見たシシハゼ様は大笑いした。


 「はははは! ツボミよ。安心したまえ。そもそもお前とは別れる気もせぬ」


 それに続くようにカゲリは向かって「それと、此奴もお前に構ってやれなかったことを後悔しておるしな」と言うと涙を堪えた顔で最後に叫ぶ。


 「皆お前を待っておるぞ。水神様からの名を執行し戻ってくるのだ」


 「——はいっ!」


 ツボミさんは気づけば涙を流していた。

 まるで今まで縛られていたものから解き放たれたように。

 ツボミさんはただ誰かの認められたかっただけ。それがようやく報われた。


 最後にコノワシはツボミに近づくと短剣を渡す。


 「私のだけどお守りに持っていって」


 「う、うん」


 ん?

 私はカゲリさんを見る。カゲリさんは何も言わずツボミさんを見ているだけだった。そもそもツボミさんがこうなったのはカゲリさんが少し真面目すぎてツボミさんのそばにいなかったからなのに。


 ——試しにカゲリさんに声をかける。


 「あの、カゲリさんはツボミさんに何も言わないのですか?」


 「——」


 カゲリさんはしばらく考えるとツボミに向かって一見冷淡に見える母性のこもった言葉を優しく投げた。


 「戻って来い。お前と過ごせなかった時を取り戻したい」


 謝りもなくただの上から目線の言葉にしか聞こえない。ツボミさんは怒らないのかな。

 横に立つツボミさんを見る。

 ——あれ?


 意外なことにツボミさんは嬉しそうに涙を流していた。

 いや、当たり前か。

 ずっと構ってもらえず一人にされていたら誰だってどんな言葉でも嬉しくなる。私も兄、ゼロにも同じことを言われたら嬉しくて泣くのかもしれないな。


 そして天谷村去り、村が見えなくなったあたりでチホオオロさんが思い出したかのように聞いてきた。


 「そう言えば天河統彦命アマカワノスメラヒコミコトの祠でマカ様が持っていた杖について聞いても良いですか」


 とりあえず津翁についてとこの杖についてを歩きながら話そう。

 あれは津翁と戦うのに重要な神器だから。


 それから私たちは三日ほどかけて歩き、宗介さんを国造様の元に向かわせて残りの三人は天河村に帰還した。

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