第9話 一所懸命

 恐らく天人たちによる襲撃を警戒し、戦の用意に取り掛かっている中、私はイナメさんより休むようにお達しをいただいた。

 小切童子たちはあの後イナメさんとともに天人と戦う人を集めに行き、私はカグヤと共に破壊された家に向かっていた。

 私の家は破壊された後色々あって見ることが出来なかった。


 確か家の壁ごと破壊されたのは覚えているけど今はどうなんだろう? そのまま天人と戦いになって山が燃えたりして、さらにナビィさんと出会いそれから祠に入って気がついたら神社で目を覚ましてツムグさんと出会って勾玉を探しにすぐ出ろという話になって今に至る。


 もし家が放置されていたら雨風にさらされてそうだけど雨は降っていない。だから獣に荒らされている危険性が高いのだ。


 けど私と手を繋いでいるカグヤはとてもご機嫌そうだった。

 ——今のカグヤには私と家で過ごした日々の記憶はないよね……。なんでついてきたんだろ。


 「カグヤは別に来なくて良かったんだよ? 神社で待っていればすぐに戻るのに」


 「良いの。マカは私のことをまた忘れるからこうして焼き付ける」


 カグヤは頬を膨らませて私をジトーとした目で見る。うん、私が何日も忘れていたことに対してかなりご立腹の様だった。


 ——あ、だからカグヤは今機嫌がいいんだ。


 カグヤは私をジトーとした目で見てるけど歩調はとても良い。


 寂しかったんだ。


 私はカグヤの手を握る力を少しあげる。するとカグヤは握り返した。


 「マカの家はどうなってるの?」


 「多分ぐちゃぐちゃじゃないかな?」


 「ふーん」

 

 カグヤは興味なさげな相槌を打つ。いや、少し傷つくよそれ。


 そしてしばらく歩いて山道を登り切ると綺麗な一軒家が見えてきた。

 あたりは綺麗に草は切り揃えられ、私の家だった場所には作りたてで新しい家ができていた。

 そして火を灯していない囲炉裏の近くには大きな袋が置いてあった。

 するとカグヤは私の手を振り解いて家に向かって走った。


 「ちょっとカグヤ!」


 カグヤは大人びた見た目に似合わず子供のようにドタドタと走って家の中に入った。私は追いかけて靴を脱いで家に入るとカグヤが囲炉裏をジーと見ていた。

 囲炉裏には使いたての炭が置いてある。


 「ここ私がおばあちゃんとおじさんたちの手伝いで一緒に立ててた家だったけど、マカの家だったんだ」


 「え?」


 「道も似ててあの家より奥にあるのが家かなって思ってたから」


 カグヤは興味津々で当たりをキョロキョロ見渡す。

 身長はもう私と変わらないぐらいだからぱっと見見た感じ幼馴染の友人にしか見えない。

 けど奥に家? なかったはずだけど。


 「ねぇ奥にある家ってなに? 此処しかないでしょ?」


 「ううん。あったの。それもおっきな家が」


 カグヤは身振り手振りで話してくれた。

 話を聞いてみるとどうやら私の家のずっと奥に道があって大きな家があったらしい。

 その家のことをイナメさんや友達に話すと言ったらダメだって念を押されていたようだ。

 

 いや、だからと言ってどうして私の家と思って——。


 「だって家主のいない家に入ったらダメだってナビィが言ったもん」


 「——そういうことか……」


 どうやら勘違いした要因にナビィさんもいたようだ。

 だけどその家なんて知らないし後で時間ができたら調べておこう。

 すると後ろから何か物音がした。


 カグヤは後ろを振り返ると驚いた顔をした。


 「——おっきな蛙さん」


 「なに?」


 カグヤは後ろに指を差しながら目を輝かせてそういった。

 私は後ろを見ると玄関にはアマさんが笑顔で立っていた。


 カグヤは初めてで怖かったのか私の後ろに隠れる。


 「マカ殿! お久しゅう!」


 「うん。久しぶりです。——あれ? 冬眠の時期じゃ?」


 確か蛙妖怪はもう冬眠するはず。何故ここに?


 「いや〜冬眠の時期ですが食料が思っていた以上に手に入りましてな。なんと量は食い切れないほどで腐らしては勿体無いと他の山の妖に渡そうとしましたが彼らも豊富でどうしようか悩んでいまして。狛村の方々に分けに行ったついでに挨拶に伺おうかとと思ったんですよ!」


 「あ、もしやこの囲炉裏の近くにある袋は君たちが?」


 「はい! あと、この家もイナメ殿と一緒に直しましたよ!」


 「あ、ありがとね」


 蛙は嬉しかったのか笑顔で私に近づく。けど工事に参加ってカグヤの言葉ではいなかったよね?


 「ねぇ、あなたは——」


 「おや? 工事をしているときに手伝ってくれた娘ですな」


 すると蛙はカグヤを見ながらそう言った。

 ——えっとどういうこと?

 するとカグヤは気が付いたのか驚きの声を出した。


 「もしかしておじさんたちに扮してたの?」

 

 「もちろんです! イナメ殿と男衆が子供が怖がると言っていたので人に化けておりました。いや〜私もこの村の人は私を見慣れているのに怖がる人なんて〜と思っていましたがね〜。会って理解しました! 確かに初めて見る顔!」


 「——面白い」


 カグヤは蛙の見た目と声の大きさで割と本気で面白がる素振りを見せた。私は最初幼い頃に見た時は怖かったのが馬鹿だったみたい、そう思いたいほどカグヤは触りたそうにウズウズしてるもん。

 だけど確かに慣れたら怖くないしむしろ将来を心配するほどお人好しだからねアマさん含め蛙人って。


「あ、すいません。私としたことが。——あ、私が言いたかったことは終わりですがマカ殿、何か悩んでません?」


  アマさんはカグヤが怖がっているのに気が付いたのかギョギョッ! と声をあげてアタフタして謝ると言いたいことがもう済んだのかキョトンとした顔で私を見る。


 「え、あ〜」


 私が考えているとアマさんは思い出したかのように喋り始めた。


 「何日か前には急に山が燃えて火を消すのが大変だったし、イナメ殿の家から血の匂いがしたり月がおかしかったり。今なにが起きておるのです?」


 「え〜と。信じてくれるかは分からないけど天人と呼ばれる人たちが来てね……」


 そう言うと蛙は考えるのを辞めた顔になる。

 だから言いたくなかったのに。絶対理解できないし。


 「なんと天人! 名前は長老から言い伝えられて知っていますがやはりやばそうな響き!」


 「えぇ、そうなんです。何か案はないですか? 抵抗しないとカグヤを攫われるんです」


 「な」


 「え?」


 すると蛙は大きく息を吸う。


 「なななんと〜っ! 我々の友が家族同然に見守っている娘が攫われるとは蛙も許せません! さぁ、マカ殿。確か天人は穢れを嫌うと長老はもうしていた。間違っていないのか?」


 「え、そ、そう見たいです」


 「なら少しお待ちを!」


 蛙はそういうとその場から走り去った。 

 カグヤは私の隣で目を輝かせちた。


 「——大丈夫?」


 「うん」


 すると森の中から何かの大群がこっち目掛けて走ってくる音が聞こえ、瞬きをする間もなく先程の蛙とその他のカエルがやって来た。


 「マカ殿! では我々の妖力が入ったこの石をお使いください!」


 「「「ゲロゲ〜ロっ!」」」


 後ろの蛙たちも大きな鳴き声であの蛙に賛同しているのか好意的な声を発する。


 「えっと。取り敢えずありがとう。大事に使うね」


 「はいっ! では私どもは冬眠に——」


 「待って」


 するとカグヤは蛙に声をかける。蛙はカグヤに気づくと嬉しそうに近づいた。


 「む? カグヤ殿どうしましたか? 安心してくださ——」


 「頭撫でても良い?」


 「か、カグヤ!?」


 幾ら何でも失礼じゃ……。あと足が震えてるけど大丈夫?


 「良いですともっ!」


 蛙はそういうとかぐやに頭を近づけ、カグヤは優しく撫でた。

 するとカグヤは最初は不安がっていたけど、徐々に嬉しそうになる。


 「どう? カグヤ」


 「ネバネバしてるのかと思ったら、人の肌みたいな感触でとっても不思議」


 カグヤは満足したのか手を離す。


 「フハハハそうでしょう! では、私どもは冬眠しますので。おやすみなっさーいっ!」


 蛙は嬉しそうに笑うとその場から大群で走り去った。

 大群で走り去ったおかげか、見えなくなっていた道がはっきりと見えた。

 私は視線を家に戻す。


 ——私とお兄ちゃんの思い出の場所、お兄ちゃんを待つ場所は完全に消えた。

 僅かに感じたお兄ちゃんと過ごした匂いはもう戻らない。

 記憶の中で思い返していた匂いはすぐに消える。

 

 するとカグヤは私の顔を覗き込んだ。


 「——マカ、泣いてるの?」


 「え?」


 目元を触れると指に水が付いた。

 ——私は、泣いていたんだ。


 気づけばカグヤは両手を広げ優しく包み込むように私に抱きつく。


 「大丈夫。おばあちゃんは言ってたよ。何年も過ごして来た家は家族。壊れたら家族を失った以上の悲しみを背負うことになる。だけど家はずっと大切にしてくれたことを感謝してくれてる。だから新しい家も自分と同じく愛して欲しがっているって」


 「——」


 何よそれ。だけど、イナメさんが言ったこととすれば納得する。

 あの人は私が小さい時からお兄ちゃんと同じように私を可愛がってくれた。父も母もいない私を可愛がってくれた。

 私は愛されたかった。そしてお兄ちゃんがいなくなった時のイナメさんの言葉は私を本当に抉った。


 ——お前に兄はいない。


 その言葉があってから私はイナメさんをおばあちゃんと呼ばなくなった。

 私が知っているおばあちゃんと違うと思ったから。

 


 もう新しくなったけど私が住んでいた家はおばあちゃんが思っている以上に大切な場所だった。だからこそ、今私に残されたのは——。


 カグヤだけなんだ。


 カグヤだけは絶対に守る。誰にも渡さない。


 カグヤは私の大切な宝なんだから。


 「カグヤだけは私を……私として見てくれる」

 

 「何か言った?」


 カグヤはキョトンと言った感じで上目遣いで私を見る。

 

 「ううん。独り言。で、カグヤはなにしたい? 今日夜まで時間があるけど」


 「釣り」


 「え?」


 「釣りしたい。竿は友達と作ったから。マカのもある」


 「そう。じゃ、釣りしよっか」


 その後カグヤは嬉しそうに沢に先に行ってと告げるとどこか走っていった。

 カグヤは普段無口だけどこうやって友達と楽しそうに遊んでいるのを感じると嬉しくなる。

 私はカグヤを本心ではどう思っているんだろう。妹? 家族の代わり? それかいなくなった兄が帰ってくるまでの代わり? 

 

 まぁ、先に行くか。


 私は沢に向かい、到着するとその場に座った。

 沢は草木が生えてとても綺麗で魚たちもたくさん泳いでる。


 多分カグヤが話した沢は私が水浴びしているところではなく、市手前にある大きめの沢だろう。

 しばらく待っているといカグヤが竿をトテトテと走りながらオケと共に持ってきた。

 カグヤは私の前で止まると桶を地面に置いた。


 「ん」


 「うん。ありがとう。じゃ、やろっか」


 私とカグヤはのんびりと糸を沢に垂らした。

 

 釣りは長い時間を使う。だけどこうのんびり過ごすのも悪くはない。

 最近妖怪や悪い神様を払ったりカグヤを救うための勾玉を集めに行った。だけどその勾玉の成果は乏しくなんのために行ったのか今でもわからなくなりそうだ。


 「あ、釣れた」


 カグヤは慣れた手つきで竿をあげると針に魚が掛かっていた。

 カグヤは魚を私に見せてきた。


 「マカ。これなんの魚かわかる?」


 「アユかな? 私滅多に釣りしないからわからないけど祭りの時に食べたりしたかな」


 「——正解。ねぇ、今日アユ食べたくなった」


 「良いんじゃない?」


 私がそう答えるとカグヤはアユを桶に入れた。

 アユはかなり暴れているのにカグヤは当たり前のように自針から取り外すと桶に入れる動作をするあたりかなり慣れてる。


 ——なんだろう。少し悔しい。


 「マカはどうして魚食べないの?」


 「私の家、かなり山奥だから野草の方が手に入りやすい。ただそれだけ」


 「——要するに面倒?」


 「そう、面倒だから」


 私はそう質素な答えを言ったけどこれでよかったのかな? 本当は魚は食べるし食べたくないのは釣りが下手だから。

 現に今日は一匹も釣れてない。


 「マカ。竿引いてる」


 「え、あっ!」


 つい勢いよく竿を引っ張ると糸がプツンと切れた。


 「——マカ。竿はすぐに引き上げれるように軽く持って。そして魚が来た瞬間に引っ張ったら楽」

 

 「そ、そう——」


 一応あとでアマさんに教えてもら——あ、冬眠か。


 それからカグヤは桶いっぱいにアユやオイカワを釣ったあとそれを持って市まで歩きに行き、私だけになった。

 カグヤに待ってと言われたから一応待っておこう。

 日はすでに傾き始めているし。


 すると後ろから誰かが近づく音がする。


 「——ここにいたか」


 「その声は……」


 振り返ると懐かしい人物がいた。その人は兄の師匠で私の師匠もでもある。貴縁のある顔で白く長い顎髭を生やしている老人。

 そして戦士らしく少ない口数で話すのは一人しか知らない。


 「師匠ですか」


 私は師匠——タキモトさんに視線を合わせた。


 タキモトさんはしばらく見ると私の隣に立った。


 「——釣り、芳しくないのか。昔はよく釣れていたと思うたがな」


 「——すみません」


 多分兄のことだろう。タキモトさんも兄のことは覚えていない。タキモトさんにとっては家の跡継ぎは最初から私だったんだ。

 

 「——チホサコマ殿や小切童子殿に聞けば剣の腕が上がったようだな。突然剣を振れないときはつい頬を叩いてしまったが、四年でここまで持ち直すとはとても誇らしいぞ」


 「——はい、ありがとうございます」


 「——」


 タキモトさんは急に静かになる。

 私の知っているタキモトさんとはもう違うんだ。イナメさんみたいに中身から変わってしまった。

 だって私の知っているタキモトさんはもっと優しかった。まるでお父さんのように。だけど今ではただ私を源氏の後継にしか見えていないのだろう。


 「マカ。大人になったな」


 「——なんですか?」


 「いや、ふと思っただけだ。某は今でも後悔している。お前が何かに思い悩んでいる時に、どうして叩いてしまったのか今になっても分からない。分かるのは失望したのではなく、師匠としてその程度かと思ってしまったのではないか。今でも思っている」


 「それで許せと言うんですか?」


 「いや、違う。だから、相談してくれぬかとな……」


 「もう解決しました。……大丈夫です」


 「——すまなかったな。マカ」


 タキモトさんはそう口にすると静かにその場から立ち去った。


 それから少ししてカグヤが両手に一杯のタケノコの皮を持って戻ってきた。皮の上には先程釣ったであろう魚の刺身と思われるものが盛られていた。

 

 「いつもお友達と魚釣ったあと魚釣りが上手いおばちゃんに切って貰ってるの」


 「おばちゃん……あぁ、神様に捧げる魚を釣ってる人ね」


 私が祭りの手伝いをしている時に魚を捌いていた刀多米(かたべ)って言うおばちゃんがいたけど多分その人だよね。

 村のはずれ、私の家がある場所と真反対に住んでいる人で家来らしき人と共に屋敷にいる。

 あの人は祭事用の服をよく編んでいる一族らしいけどしゃべったことはない……今度挨拶ぐらいはしておこう。


 「でね、魚一緒に食べよ」


 「ん?」


 カグヤはそう言うと刺身が盛られた竹皮を私に差し出す。

 ——まぁ、別に今日はのんびりする日だし気にしなくても良いか。


 私はカグヤを連れて木陰に来るとそこに座った。そして無言で刺身を食べた。

 美味しい。


 「カグヤはさ、私のことどう思ってるの?」


 「え?」


 カグヤはキョトンと首を傾げて私を見てきた。

 私こそなんでその質問をしたのか分からないけど、ただカグヤは私を私と見てくれるのかを聞きたいだけなのだ。


 「マカはマカだよ? 私はマカとどう過ごしたかは友達から聞いてとても優しい人だって言うのはわかるし、今日だってそのことがわかって嬉しかった。友達から聞いたらマカは私にとってのお姉さんって言われて幸せな気持ちになったもん」


 「そ、そうなんだ」


 まさかカグヤは私をお姉さんって言うとは思いもしなかった。

 私としてはカグヤから見れば私は親切な人程度だと思っていたし……。するとカグヤは記憶を失う前はしなかった不慣れなニヤリ顔を見せた。


 「マカはお姉さんやお姉ちゃんって言われるの嬉しい?」


 「——うん、嬉しいよ」


 「そう。なら、マカちゃんは?」


 「それはちょっとダメ」


 「ふーん」


 カグヤは小さな声で「小さい子みたいな扱いはダメなんだ」と口にした気がしたけど気にしないでおこう。


 カグヤはどこか満足そうに刺身をリスみたいにいっぱい口に頬張り始めた。

 なんだろう、幸せそうで良かった……。


 「おーい! マカ殿!」


 「ん? その声は……」


 立ち上がって声をした方を見ると市から走ってくる甲冑を纏った少し老けている頼りなさそうに見える人狼の人が私の名前を呼ぶ。よく見ると宗介さんだった。


 「宗介さん? どうしたんですか?」


 宗介さんは息を荒くしながら私の前に来ると少し休憩し、息を整えてから口を開いた。


 「マカ殿。チホサコマ様がお呼びです。どうか神社まで」


 「神社? 分かりました。あ、カグヤは……」


 「刺身食べる?」


 カグヤは宗介さんに刺身を差し出した。


 「刺身ですか? よろしくて?」


 「うん」


 「では、一つだけ」


 宗介さんはそう言うと一度お辞儀してから刺身をひとつつまむと口に入れすぐに飲み込んだ。


 「ありがとう。おいしかったです。では、お二人はついてきてください」


 「うん」


 私は宗介さんに着いて行き徳田神社に戻っていった。


 徳田神社に着くと本殿の前には先が鋭く複数本に分かれている熊手と剣と矛が置いてあった。それぞれの道具の絵の部分にはお札が丁寧に縛られていた。

 私は肩を回すイナメさんを見る。


 「これ全部ですか?」


 「あぁ。戦えるものどもを集めたが、狛村は人が足りずタキモトしかできない。なので天河村が二十二名、小切谷村が三人、狛村が二人の合計二十七人となった。一応指揮は一番人が多い天河チホサコマ殿で皆同意した」

 

 「チホサコマ様が?」


 「そうだ」


 後ろから?


 振り返るとそこにはチヒサコマさんが立っており、自身げな顔で私を見ていた。


 「——信頼しても大丈夫ですか?」


 「問題はない。今ここにいる天河の兵は吉備の大戦で機内の大王より武勇を称えられた戦士たちだ。少なくとも天人に敵うと見た」


 「吉備……」


 知るとイナメさんが前に出ると「マカは知らなかったか」と口にして教えてくれた。


 「吉備は度々安雲に珍しい品を持ってきたりする潤った国でな。何度も機内の大王と戦い続けながらも大きな力を持ち続けておる」


 イナメさんは真剣な顔でわざわざ私に説明してくれた。


 なるほど。吉備は初耳だけどイナメさんがそう言うってことは本当に力があるんだろう。と言うことはチホサコマさんが率いている兵は強いのかもしれない。


 今度はチホサコマさんの後ろから小切童子とその愉快な二人の仲間たちの後に続いて師匠——タキモトさんがやってきた。


 いや、タキモトさん一人しかいなかった。


 「え、イナメさん。師匠一人だけですか? 後三人は行けるはずですよ」


 「私も思っていたが、マカで苦戦すると言うことはマカ並みのものでは無いといけない。そこで選べばタキモトしかいないのだ」


 イナメさんはどこか悔しそうな顔をするがチホサコマさんは首を横に振った。


 「気になさるな。タキモト殿曰く今ほとんどの狛の兵たちは東国の諏訪にて、宇賀夜(ウガヤ)より国栖(くず)を率いて逃げた武王(タケルオウ)と戦をしているらしいな。なら仕方がない。かの王は戦上手だからな」


 ——また私の知らないこと。


 イナメはさんはそう言われると少し納得したようだが、顔はまだ悔しそうであるものの我慢して首を振った。


 「じゃ、策はどんな感じですか?」


 「この神社の裏の森の先に丘がありちょうど屋敷がある。そこに兵を率いて迎え撃つ」


 チホサコマがそう口にした瞬間、イナメさんは少し困った顔になった。


 「チホサコマ殿。あれはマカの家です」


 「む、そうだったのか」


 チホサコマさんは今知ったかのようなまるで狐に化かされたような顔になる。

 まぁ、あの家の場所確かに丘の上の見晴らしが割と良い方だから向いていると言えば向いている。


 「ナビィと遊んどく」


 カグヤは難しい話に飽きたのか、一度私に近づき「今日は楽しかった」と恥ずかしそうに告げるとそのまま母屋に向かって走っていった。

 カグヤをしばらく見届けたあと視線をチヒサコマさんに戻す。


 「なるほど。マカ殿の家であったか。なら人は別の場所が良いな」


 「いえ、別に構いません」


 私の言葉に驚いたのは他でもないイナメさんだった。


 「——なっ!?」


 それもかなり驚いている。


 「待てマカ。せっかくのお前の家が、焼けてしまうのかもしれないのだぞ?」


 「良いんです。——家族……家族が守れたら良いんです」


 「——そうか。分かった」


 イナメさんは諦めた顔でそう言った。

 その後話し合いで私の家が本陣でカグヤを中に匿うことになった。

 戦の流れとしては全員が丘の上に待機して月からやってきたのを確認したら矢尻に妖怪の血を付け、一斉に矢を放つ。

 その後地上に降りてきたのを確認した後はお札を付けた剣と矛を用いて戦い夜明けを待つ。


 これはもう一かバチだが、致し方ない。


 それから時間が経過して夜。冷たい風が私の家を包む。

 私は囲炉裏の前で気持ちよさそうに寝ているカグヤの前に弓を手に座っている

 家の外にはチホココマさんと小切童子が含め宗介さんやタキモトさんなど兵士たちが待機していた。

 

 丘自体はそこまで広くないが、二十人程度であればかなり余裕がある。

 私は戸から顔を出して小切童子に声をかけた。


 「今外はどうなってる? 天人は来てるかな?」


 「分かりませんが空がだんだん不気味な色合いになっています」


 「——空」


 空を見ると暗闇なのに緑色に輝いており確かに同時のように不気味な感じだった。童子は矛を握る。


 「マカ殿。もし何かあればカグヤ様をお連れして逃げてください、と、チホサコマ殿が先程おっしゃっていました」


 「——逃げない。みんな戦ってるのに逃げるなんて恥だし」

 

 「——分かりました。この戦い、勝ち抜きま——」


 風が強っくなってきた頃にチホサコマさんの声が聞こえた。


 「来るぞ! マカ殿!」


 「はい!」


 私は竪琴を持って外に出る。すると月が真っ白に輝き目を閉じたくなるほど明るくなった。

 私が知っている調べはナビィさんが弾いてくれた勇者(タケキヒト)の歌だけ。

 私は深呼吸をしながら震える手を抑えて竪琴を弾く。


 その調べを弾くと雷鳴が徐々に人の叫び声に変わり、地面が揺れ始める。目をゆっくり開けると雨も降っておらず、ただ空が異様な色を放ちその空を稲妻が走っていた。

 こんな神代の話みたいな光景は一生モノだろう。


 だけどおかしい、天人は神の力で……霊力で抑えられるはずなのにそんな気配はしない。徐々に揺れと音が激しくなる。

 

 童子を見ると体勢を崩して地面に四つん這いになっている。


 「来たぞー!」


 すると外にいる兵士の声が聞こえる。

 空を見ると雲に乗った天人たちの軍勢の姿があり、目の前には鎧を纏った月の者が私を見下ろしていた。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る