第8話 最後通告
夜、狛村はいつも通りに日が落ちる前に飯を食らって皆眠りについていた。それは現在マカがいない間徳田神社に保護されているカグヤにも言えることで、カグヤはしばらく勾玉を握ってマカとの会話を待っていたが一歳声をかけてくれなかったことに腹を立てて乱暴に投げ捨てるとそのまま藁布団を被って眠りについた。
カグヤはマカが旅立つ前はマカと変わらない背丈だったのにも関わらず、天人の天の羽衣を纏った影響で6歳程の小さな背丈になってしまったが、今では14歳、マカと同じ背丈まで戻った。
ナビィは月の姫であるカグヤは無垢でなくなるほど体が成長するのかもしれないとしばし思うようになる。
そんなナビィは14歳の見た目に似合わず子供のように苛立ちを見せるカグヤを見てため息を吐きつつもカグヤの横に座り縁側から月を眺めた。
「今日も天人は来ないはずですが……。どこか嫌な感じがします」
ナビィの眼に映る月は幻想でなければ涙のような光の塊がこちらに向かってこぼれ落ちようとしているのだ。
それも今晩中に落ちてもおかしくない感じだった。
ナビィは部屋の壁に立てかけられている弓矢を持つと裸足のまま縁側から立ち上がり柵を飛び越えて地面に着地すると月に向かって弓を構えた。
「いつでも来てください。私が食い止めますよ」
「そうか」
「——っ!」
後ろから不気味な掠れた低い声が聞こえる。ナビィは視線を下ろし前を見るとそこには月を模した仮面を被った不気味な男がいた。
男は腰から剣を引き抜くとナビィに指を差す。
「戒めを受けたくなくば、カグヤ姫を今すぐに我々に引き渡せ」
「——嫌と言えば? それよりもその月を模した仮面。あなた、もしかするとですが月の使者ですね」
すると男はナビィの瞬きより早く動き、ナビィの前に来ると剣を振り下ろした。ナビィはそれを脇差で防ぎ後ろに飛んで避ける。
脇差はまだ震えている。
「中々やるな。では特別に私の名前だけを教えよう」
「名前ですか?」
「私は阿田辺(アタベ)。月の大神よりカグヤ姫を連れ帰るように命じられてここに来た」
「アタベですか……。先日の天人とは違うみたいですね」
「テレルイ様はお暇ではない」
アタベはそう言いながら再びナビィに剣を振る。ナビィは脇差でそれを防ぎながら避ける。
静寂の森の中に鋼がぶつかり合う音が鳴り響く。ナビィは負けじと脇差てアタベを切りつけようとするが全て外れる。
「私は月の都を守る者。たかだか地上の者に敗れるほど容易くない」
振り降ろされた剣はナビィの右腕を斬りつけ、着物に血が広がる。
「——っ!」
ナビィは脇差を落として右腕を押さえる。
「——終わりだ」
アタベはナビィに近づくと剣を振りかぶる。
「——穢れてるのは、あなたみたいですね」
ナビィはアタベの腕をしっかり掴むと胸ぐらを掴み、背中にアタベの体を乗せると転がすように地面に叩きつけた。アタベは苦しそうな声をあげる。
「ワタシはそんなに弱くは無いですよ?」
ナビィは地面に落ちた脇差を左手に持つとアタベの胸を突いたが着物に貫通しなかった。
「なんで!?」
ナビィは驚きの声をあげるもアタベは驚愕しているナビィを蹴り飛ばし腕を上げてそのまま振り下ろした。
「放て!」
「——そんなっ!」
ナビィの周りに弓を構えた天女が現れたと思うと一斉にナビィに向かって放つ。ナビィは全身を矢に刺され、着物を真っ赤に染めて血反吐を吐くと地面にゆっくり倒れた。
アタベはそのままナビィに近づくと背中に剣を突き刺した。
「——っ!」
ナビィは声を上げれず、憎しみと悲しみに溢れた顔をして少し上半身を起こそうとしたがそのままパタリと地面に倒れた。
「何事だ! ——ナビィ!? 見るなカグヤ!」
「ナビィ?」
物音を聞きつけてようやく縁側に寝巻き姿のイナメとカグヤが姿を見せるが、イナメはナビィの骸を見るとカグヤを抱きしめて視界に入らないようにした。
イナメはアタベを睨む。
「……お前が月の使者か?」
アタベはイナメを見る。
「以下にも。私は月からの使者。名はアタベと言う」
「なぜ、なぜナビィを殺した!」
「攻撃を仕掛けて来たからだ。私には交戦意欲はない」
イナメは激昂する。
周りの天女は弓を持ち、アタベに至っては剣をナビィに突き刺したままだからだ。
いくらなんでもこれは侮辱だとイナメは捉える。
「——っ!」
イナメはカグヤを離すとアタベに指を差した。
「お前の目的はなんだ?」
「カグヤ姫を渡せ。渡さねば近いうち……。そうだな、紅葉が全て落ちる時に軍勢を連れてカグヤ姫を迎えに行く。拒否すればお前を殺して我々は一度地上を去り軍勢を率いて戻るだけだ」
「——殺してみよ。この老婆をな?」
「分かった」
イナメはアタベから感じ取れる殺気を感じると懐からお札を取り出した。しかし、アタベの方が一歩早く、イナメの前に飛び方がぶれた瞬間イナメの腹から血が噴き出した。
「ぐっ!」
イナメは痛みに耐えて力を振り絞ってお札をアタベの顔に投げつける。
するとアタベの体に稲妻が走る。
「——何っ!」
アタベが身につけている甲冑が焦げ、隙間から光の粒が大量に吹き出した。
イナメは床に倒れると息も絶え絶えにアタベを睨む。
「——バカめ……」
「おばあちゃん!」
カグヤは我に帰ってイナメに駆け寄る。イナメはカグヤの顔を見ると少し微笑んだ後目をゆっくりと閉じた。
「おばあ……ちゃん……」
カグヤは絶望に染まった顔をする。
それを見たアタベはどこか嬉しそうに笑った。
「——カグヤ姫。これが感情を持つことの憎いところです。絶望、希望、幸福、不幸と言った対極の存在がある概念こそが感情なのです。なぜ嬉しいことのあった日に苦しまないといけないのか? なぜ幸せが長続きしないのか……。姫もお分かりでしょう? 姫、今すぐ我々の元にくればそんな憎い感情を持たなくても良い、幸せな時を悠久に味わえまする。さぁ、姫、こちらに」
アタベはカグヤに手を差し伸ばしたがカグヤはその手を払う。
「——」
カグヤは絶望の顔をしたまま、唖然とした顔をしていた。
アタベは諦めたのか少し後ろに下がった。
「まぁ良いでしょう。私の身は彼女らの血で汚れている。早く月に戻り禊をして清めねば我が身が危ないので。今回のところはここでおさらば——」
「待てい!」
アタベは後ろを見る。するとそこには狛村のものとは違ってかなり貧しくボロボロの甲冑を着た数人の男が立っていた。
そのうち一番年の若い童が前に出た。
「我こそは小切童子なり! 敵はそこにおわす月を模した面を被るものか!」
童の声を聞いたアタベは少し面倒臭そうに歩き、縁側から降りるとそのまま剣を鞘に戻した。
「お前たち、帰るぞ」
すると天女とアタベの体から光の粒が出ると体が白く発光する。
「待て!」
小切童子は太刀を持ってアタベに向かって走り斬りつける。すると太刀は見事にアタベの腕を切り落とした。
アタベは突然のことで理解はできなかったが、苦渋の声を漏らして肩を抑えた。
「なっ!」
アタベは驚きのあまり切り落とされた腕を見た。
すると骸となったナビィの体がピクリと動く。
天女の一人はそれに気づくと矢を放った。
「——」
ナビィは起き上がると天女が放った矢を掴み、一人の天女に投げ返した。
天女は頭に矢が刺さると瞬く間に光の粒を放出して消えた。
アタベはナビィの復活に驚愕する。
「まずい……」
アタベはそういうと光の球体の中に入り月に向かって光の筋を伸ばしながらこの場から飛び去った。
小切童子とその後ろの男たちは悔しそうな顔をする。
ナビィは小切童子に近づくと小切童子は驚きの顔をした。
「あ、あなたさまその怪我大丈夫ですか!?」
「私は大丈夫です。あなた方無謀すぎますよ。その服装で勝てるとでも?」
小切童子はナビィに指摘されると何も言えない困った顔になった。
そしてナビィは小切童子の持っている太刀を見ると破魔のお札がきっちり結ばれているのが見えた。
「う、うちの村は貧しいもので……。すいません」
「この太刀は何故お札を結んで……」
「あ、はい。このお札は我が村の長、ツバキ様が付けよと命じたので」
「なるほど」
ナビィは納得すると縁側を見た。すると縁側には血がこびりついていた。
「——血?」
ナビィは縁側が血で汚れていることに気づくと走ってそのまま中に入る。するとそこにイナメが横たわり、イナメの横で絶望に浸っているカグヤを見つけた。
カグヤはナビィに気づくと涙を流す。
「おばあちゃんが……おばあちゃんが……」
「これは……」
ナビィは剣で切り裂かれたイナメの腹を見る。見たかぎり傷は浅く、ナビィは少し安心した。
「——おばあちゃん、おばあちゃんっ!」
カグヤは涙を流す。
——まだ、助けれますね。
ナビィは胸を押さえる。すると後ろから小切童子たちが入ってきた。
彼らはイナメを見るとその悲惨な光景に目を逸らした。
——カグヤちゃんを泣かせたら、マカさんに殺されますね。でも幸にイナメさんにはまだ息があります。
ナビィはそういうと体に突き刺さった矢を全て抜き取る。カグヤと小切童子たちはどよめきがしたが不思議とナビィの矢が刺さっていた場所からは血が出なかった。
その時カグヤ含め周りはナビィが妖の類ではないかと薄々感じた。
ナビィは袖から勾玉を取り出す。
「カグヤさん。今からイナメ様を救います」
「——救えるの? 本当?」
「信じてください」
ナビィはそういうとイナメの胸に勾玉を置いた。
————————。
————。
——。
「走って! 早く!」
私は狛村の危機に大急ぎで峠を走る。天河村から狛村まで都を通らずほぼ獣道と言っても過言でないその後ろには天河村の兵士たちがいた。
その頭領は私の隣を走る天河村の代理の長、 チホサコマさんだ。
「チホサコマ様! 休憩入りますか?」
「要らぬ。我が人狼衆を舐めるな。むしろお前こそ大丈夫か?」
「あ、心配してくれるんですね。——なら、もっと飛ばします!」
私は勢いよく地面を蹴った。それに続くようにチホサコマさんも足の回転を上げた。
「分かった。者共! もっと早く足を回せ!」
私は一刻一刻迫る狛村と、イナメさんとナビィさん、カグヤの無事を願って足を回した。
それから日が昇り、南に傾こうとしている時に私たちは休憩なしで走りきり、ようやく狛村が見えた。
あの坂を登るだけだ。
「おい、マカよ」
チホサコマさんが息を荒くそして汗を流しながら私の肩を掴む。
「——休憩ですか?」
「それもあるが時間が経ちすぎなのと静かすぎぬか?」
「——確かに……。では水を飲んだらすぐに——っ!」
すると私の体は誰かに叩かれ背中に痛みが走る。後ろを振り返ると宗介さんが逞しい腕で私の背中を叩いたようだ。
「行きましょうぞ!」
宗介さんは尻尾を全力で振りながら大きな声を出す。
「えぇ!?」
「ご家族の危機でしょう、なら早く行きますぞ!」
「そうじゃそうじゃ!」
するとさっきまで疲れ果てていた兵士たちも尻尾を先までピンと立てて声を上げる。いや、休憩してないんですよ? するとチホサコマさんが私に近づいた。
その目には闘争心が見える。
「兵を舐めるな。行くぞ」
「分かりました」
私は後ろの兵士たちに向けて手を振った。
「あとこの坂を登れば狛村です! 行きましょう!」
「「「おぉ!」」」
私は兵士たちの勇敢な声に押される。えっと、これ行ってもいいんですよね?
横目でチホサコマさんを見ると私に会釈する。
——よし、ならいいか。
私は頬を叩くと全力で狛村に向けて走った。
————。
狛村に戻ると不気味なほどに何も変わってもいなかった。
子供たちは畑で手伝いをし、床に座って焼き物を作っている男女や畑や田んぼで野菜作りに勤しんでいる人しかいなかった。
チホサコマさんは私の隣に立つ。顔を見てみるとどこか穏やかなものだった。
「どうしたんですか?」
「いや、とても平和と思っただけだ。して、天人は何処に」
チヒサコマさんは武者振るいが止まらないのか声から早く戦いたいという闘志が伝わる。だけど本当に天人は現れたの?
カグヤの口調的に村一帯が戦になっている感じだったけど実際はどうなんだろう?
すると売り物を持っている中年ほどのおばさん——イコメさんが私の前を通る。おばさんは私をみると「あらまぁ! マカちゃんじゃない!」と言って嬉しそうに近づいてきた。
「マカちゃん旅大丈夫だった? 変な男に襲われなかったかしら?」
いや、急に何言ってるのよ。
私は最初はとりあえず否定から入ってこの村に何か変わったことがないかを質問した。
「って、そんな事はいいんです! イコメさん。この村に何か変わりはありませんでしたか!」
「変わったこと? えーと……。あぁ! イナメさんが大怪我を負ったのよ!」
「イナメさんが!? 詳しく!」
私はイコメさんに詰め寄る。
「何やら天人が本当に来たみたいで、ナビィさんと小切谷村の方々がなんとか追い払ったみたいなんです」
イナメさんが、イナメさんが。
私はヨロヨロと後ろに下がる。
「イナメさんはまだ生きてますよね?」
「え、えぇ。私がきた時には米をいっぱい食べてたけど……」
「——」
私はチヒサコマさんをみる。しかし、今の私の顔はとてもひどいのか目を合わせず、静かに会釈した。
イナメさんは私の記憶ではかなり傷の治りが早い。私が幼い頃にイナメさんは手に皮が爛れるぐらいの火傷をした時があったが三日で治ったぐらいに治りが早い。けど歳が歳だから心配だ。
「——こっちです……」
「我々はここに居る。君だけで行った方がいいだろう」
「ありがとうございます。……イコメさん。この方々が泊まれる場所に案内してくれますか?」
「え、えぇ、いいけど……てっ、いい男じゃな〜い! もしやマカちゃん夜這い——」
私はイコメさんを無視して徳田神社に向かって走った。
徳田神社に着いた私はそのままイナメさんが普段いる境内の外れにある少し大きめな家の扉をガサツに開け中に入ると右の部屋からナビィさんが顔を覗かせて驚いた顔で私を見た。
「マカさん!」
「ナビィさん。イナメさんは?」
「大丈夫です。こちらに来てください」
私は履物を脱ぐとすぐ右の部屋に入る。そこにはイナメさんがぐっすりと眠っていた。その枕元にはカグヤが座っていた。カグヤは旅に出る前の6歳の見た目とは打って変わり。私と変わらない背丈となり大人びた顔をしていた。
私はゆっくりと座る。
「マカ……」
「カグヤ……」
前を見ると目を赤くしたカグヤが私を見る。そういえば話すのをずっとサボっていたね。私は自分の膝を叩く。
カグヤは私の意図を察したのか私の隣に移動すると膝に頭を乗せた。私はカグヤの頭を撫でる。
「で、ナビィさん。何があったんですか? 天人であってますか?」
「——天人が来ました」
ナビィさんを見ると服装が以前と違ってイナメさんがいつも来ている巫女服だった。一体どうしたんだろう?
「衣、どうしたんですか?」
「天人との戦いでボロボロになったのでイナメさんのものを勝手に着させてもらってます。あと、小切谷村の人たちが援軍に来てくれましたよ」
「あ、そうそう。私も聞いて驚いちゃった。どういう事なの?」
「話を聞くとマカ様に村を救われたのでその恩返しとのことです。あの少年……えーと名前は確か小切童子でしたね」
「男の子……あーもしかし」
「心当たりが?」
「多少ですけどね」
ナビィさんは私を落ち着かせるためなのか、声色かなり優しくなっている。それにしても小切谷村の人たちには本当にお礼を言わないと。
私はイナメさんを見る。
「ナビィさん。イナメさんの怪我は?」
「——これはイナメさんが強かったからできたことです。腹を切られたのにまだしっかりと息をしていました」
すると私の隣に座っていたカグヤが会釈した。
「ナビィが治してくれたの」
「そうなの?」
カグヤはゆっくりと起き上がると私に顔を近づける。
「怪我の痕がないの」
「カグヤさん……」
ナビィさんはそういうと突然私の胸に触れた。
「普通であればあれは死んでます。イナメさんの怪我の治りが頭がおかしいぐらい早いだけです。さらに傷跡も残らないなんて妖怪かと疑っちゃいましたよ」
「そうですか……」
私は安堵の息をする。
その時カグヤが小声で「ナビィもおかしい」と口にしたけど気にしないでおこう。
私はイナメさんの頬に手を触れる。
イナメさんの頬はとても温かい。それと満足そうに寝ている。多分たらふく食べたからだろう。
——本当に生きてる。それだけで良かった。
するとイナメさんの瞼が震え、イナメさんは起き上がった。
「ふむ。だいぶ動けるようになったかの。最初に目覚めた時より痛みが和らいどるわい」
イナメさんはその老体に似合わず腕を回す。その様子をカグヤとナビィさんは少し引き気味に見ている。
「——イナメさん。本当に傷が治るの早すぎますからね。私が治そうとしている間で瘡蓋ができるなんて思ってもいなかったですよ」
ナビィさんは呆れたように言うと、イナメさんは私を見た。
「おぉ、マカよ。帰ってきたのか」
「——っ!」
私は目元から水を流しながらイナメさんに抱きついた。
「おとと……。全く、いつまで経っても子供もじゃな……」
「良かった……イナメさんが生きてくれて良かった……!」
「はいはい……。もう冬なのにちと暑苦しいわ」
イナメさんは文句を垂れながらも私の頭を優しく撫でてくれた。
私にとってはイナメさんは親代わりであり、おばあちゃんでもあった。
兄を失った後も私のことを大切にしてくれた、血は繋がっていなくとも私にとっては大好きなお婆ちゃん。
イナメさんから離れてカグヤを見るとカグヤは何故か頬を膨らませてどこか不機嫌だった。
「マカ。おばあちゃんはマカが来るまで普通に動いていたから痛みがあるのは嘘だと思う」
「あ」
「——おばあちゃん?」
「あーワシも歳だからもう少し寝るかの」
私が顔を上げるとイナメさんは布団にゆっくり寝転んだ。
「まぁ、気にしないことが一番じゃ。痛みは気にすると痛いからな」
「な、なるほど。——そういえば天人の名前はなんですか?」
私がそう聞くとナビィさんが教えてくれた。
「名前はアタベ。以前ワタシとマカ様がお会いした天人とは異なります。あれは本当に武人そのものです」
アタベってテレルイと違う人物よね。恐らく。
「あとアタベはまたやってくる可能性はありますか?」
「限りなく高いです。もしカグヤさんを引き渡さなければ戒めると告げたので。そして時期は紅葉が落ち始める頃と言ってましたね」
紅葉って——。
私は扉を開けて外を見ると神社に植えてある紅葉はほとんどがパラパラと地面に落ちていた。
「あの、これ来襲は明日とかではないですよね?」
「その可能性はありますね」
「よし」
先ほどふて寝をしたイナメさんはゆっくりと立ち上がると体を伸ばした。
「なら今から準備だ。してマカ。お主が一人で帰ったわけではないだろう?」
「——はい。天河村からの援軍もいます」
「ちょっと連れてきてくれ」
「分かりました!」
私はイナメさんの家から出るとチホサコマさんの元へと向かった。
神社の境内から出て坂を降って市に向かう。
市には大勢の人だかりができている。珍しい、いつもなら朝のこの時間にはみんな畑や工房にいるのに。
私は人だかりをかき分けてその元凶に近づく。
するとそこにはチホサコマさん含め兵士たちが村人たちが作った土器に模様を描いていた。
そして一つが出来上がり子供に渡すと子供は嬉しそうにはしゃいだ。
奥を見るとトベさんとヤトノスケも天河の兵士に模様を書いてもらっている。本当にあの親子は仲が良い。
これ邪魔してもいいのかな?
取り敢えず作業が終わるまで待とう。
そしてしばらくして太陽が一番高い位置に来たぐらいで人だかりはなくなり、チホサコマさんは私に近づくと呆れたように見てきた。
「マカよ。別に待たなくてもよかったのだぞ?」
「いえ、子供たちがとても楽しそうだったので邪魔したら悪いのかなと」
私がそういうとチホサコマさんは大笑いする。いや、気遣っているのを理解して欲しい。
「してどうした? 天人は?」
「この村の長……巫女というかイナメさんがお呼びなので来てくれますか?」
「ふむイナメ殿か。分かった。向かおう」
私はチホサコマさんを連れて徳田神社に戻った。
中に案内した後広い部屋でチホサコマさんとその愉快な仲間たち、私とナビィさんとカグヤ、最後に小切童子とその後ろには見覚えのある二人の男が床に座る。
「では、早速ですが。小切谷村と天河村から遠路はるばる誠にありがとうございます」
イナメさんはゆっくりと頭を下げた。
「いや、別に構わぬが、天人が襲撃したというのは真か? その姿は?」
「姿か……おいマカ。少しばかり絵を描いてくれ」
「え? あ、はい」
私はイナメさんから筆と墨、そして木板を渡された。
それから私はナビィさんに言われるがまま描き進め、それから少しして完成するとみんなに見せる。
——あれ? 何か腑に落ちないというか後悔してきたんだけど。
「あ、そういう感じでしたな」
小切童子は納得したように見る。
すると彼の後ろにいた二人は絵をじっと見る。
「マカ殿。これを持って村に来ればよかったのでは? ここまで絵が綺麗にかける妖はいても人懐っこいものばかりなので」
「あ」
確かに。描けばよかった。いや、結局持っていっても妖とされるのなら変わらない気もする。
「——まぁ、持ってきてもあの時は気が動転していたので、頭が回るのは無理かと……」
小切三人衆に対してするとナビィさんが弁明してくれた。
まぁ、あの時は私も気が動転してた方しょうがないしね本当に。
そんな時隣で小切村の方々が数人で議論を始める。内容はあまり分からないけどなにやら狛村に対ししてのお詫びの品についてみたいだ。
別にいいのに。て言うかお宅の村はまだ復興中だから復興に力を入れてほしい。
「マカよ。天河村の子供達に教えて欲しいほどの絵だな」
小切村の方々が懺悔に暮れる中、唯一チヒサコマさんだけは褒めてくれた。
まぁ、あれは確かに描けばよかった気がするかな。
「では、本題だ」
「——」
イナメさんの声でみんなは静かになる。
「——これより天人に対しての会合を始める」
こうして私たちは天人との戦いに向けての話し合いが始まった。
その話し合いで分かったのはきちんと神官の力が込められたお札を武器に括り付ければかなり効果が出るということ。次に山に潜んで奇襲を繰り返して天人を追い返す案が出た。
結果、会合は明日の襲来想定してすぐに打ち切った。
その後はお互いの自己紹介を始め、言い終えた後は戦へ向けた準備となった。
チヒサコマさんと宗介さんは二人で籠るのにふさわしい場所を探すと言って、カグヤとナビィは武器にお札をくくりつけた。
——あ、あの子に挨拶しないと。
私は小切童子に近づくと「ツバキ様は元気かな?」と聞いた。
すると急に童子は何故かアタフタして首を横に振った。
「いや、大丈夫です。とても元気に村を守ってくださっております。むしろ私についてきた男衆たちを労ってあげてください。マカ殿を牢獄に入れた挙句、大猿が来た時に手伝えなかったことをまだ後悔しておりますので」
「おい」
後ろからドスの効いた声が聞こえた。
振り向くとイナメさんが矛を持っていた。え、どうしたんだろう。
「貴様。我が村の大切な娘を傷物に? それに着物が村を出た時と異なっておるのぉ?」
「え……あ、イナメさん違うの」
私はとりあえずイナメさんに小切谷村でなにがあったのかを説明した。
別に牢獄での待遇は悪くなく、服は童子が連れてきた男から貰ったと伝えた。
イナメさんはため息を吐くと私を見る。
「だからマカよお前はもう毛が生えそろっているからそういう目に遭いやすいと言っただろう」
「——なっ! そういうことは言わないで結構です!」
私は念を押して一応イナメさんに言う。隣を見ると小切童子は後ろの連れてきた男衆を睨んでいた。男衆はお利口にも耳を塞いでいる。
私は小切童子に話しかけた。
「えっと、どうしたの?」
「いえ、そういうのは異性——年頃の男に聞かれたくないと思っていたので」
「う、うーん。ありがとね?」
君も異性なんだけどね? と口にしたくなったけどまだ子供だから許そう。
さて、私はなにをすればいいんだろう。
私は普段から一人で行動してきた。だから手段ではどうすればいいかって催事の時以外知らない……。
私は目の前で武器のお札を貼っているイナメさんに近づくと話しかけた。
「イナメさん。私なにをすればいいですか?」
「ん? お前か? ——おーい。カグヤちゃん。こっちに」
「ん?」
カグヤはイナメさんに呼ばれると作業を止めて私とイナメさんの間に入った。
「マカ。お前は連日動いていただろう。だから今日はカグヤと過ごしなさい」
「カグヤと?」
「そうだ。カグヤちゃんはお前がいなくてずっと寂しかった。記憶がなくても、この子の体にはマカとの思い出がいっぱいなのだろうな」
「——そうですか。カグヤ。今日は二人でいる?」
「——うん。一緒にいたい」
「分かった」
私はカグヤを抱きしめた。
「じゃ、イナメさん。お願いします」
「うむ任せろ」
私はイナメさんにそういうとカグヤと共に神社を後にした。
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