第19話 知る俺、知らせるお前

 楽しい時間はすぐに過ぎる。これが相対性理論か……。いやいや、女子二人と戯れるのが楽しかったとかいうわけではない。雰囲気に飲まれただけだ。

 今は野外ステージのバンドの演奏を聴いている。知らない曲ばかりだが、賑やかなトークと騒がしい音楽で自然と心が躍る。

 それにしても、月宮はなんで俺と一緒にいようとするんだろうか。俺ほどつまらない人間もまずいないだろうが、月宮は俺のことを面白いなどという。理解不能だ。


「日野くん、今日はありがとね」

「俺なんかと一緒にいて楽しいか?」

「うん! すっごく楽しかった!」


 俺と月宮の出会いは変だった。こいつから話しかけてくるなんて今でも信じられない。

 月宮と出会わなければ土屋と出会うこともなかっただろう。出会いが出会いを呼ぶようだ。


「日野くん、音楽好き?」

「まあ、嫌いではないな」


 月宮はにっこりして俺に問いかける。俺は歯切れの悪い答え方をした。

 音楽。きっとこの個性的なバンドマンたちも、偶然の出会いの積み重なりで今の形になったのだろう。俺たちのように。


「あ、そうだ! 日野くん! この後、文化祭を回った記念に写真撮ろうよ!」

「俺写らないからな」

「えー、ノリ悪いよ」

「私が撮るわよ」

「優子ちゃんも写って!」


 月宮は場を盛り上げるのが本当に得意だ。今までも多くの人たちと楽しい思い出を経験してきたと想像がつく。俺たちはまだ半年。月宮の今までの人生のうち、たった半年の仲でしかない。俺にとっても同じ。だが、その半年の間にいろいろなことを経験してきた。正直に言うと、充実していたと思う。


「はい、チーズ!」


 写真には満面の笑顔の月宮、微笑む土屋、無理して笑顔を作ろうとする俺が並んでいた。


「やっぱり三人で写ったほうがいいね。日野くん、もう一回!」


 そう言うと月宮と土屋が俺の手を引っ張る。俺を中心にして……。


「おい、お前ら……」


 俺が止めようとするも、時すでに遅し。シャッター音が流れ、しっかりとスマホに収められた。


 ☆


 俺は家に帰った後、その写真をいつまでも眺めていた。土屋が撮ろうと言い、俺が止めようとし、月宮が俺を真ん中に配置した。

 しかし……、なぜ俺はこれを見ているんだろうか。本当にバカらしくなってしまう。あんなにも人間関係を疎かにしていた俺が、こんなにも充実している。

 俺は今までになく学校生活を楽しんでいた。もしかしたらこれが青春というやつなのかもしれない……とさえ錯覚してしまうほど。金田の言う青春も少し分かってきたような、分からないような。

 多くの人との関わりが生まれると、同時に面倒な関係も生まれる。それが嫌になったから俺は人を避けるようになったのに。

 小学生のときに悟った。俺は誰にも必要とされていない。これからもそうだ。

 俺は誰からも必要とされず、ずっと孤独で生きていくものだ……。そう思っていたのに……。


「あいつらって本当に……」


 いい奴らもいるものだな。月宮たちの中にならいてもいい、そんな気がした。いや、まだ信用できない面も多いが。


「まあ……これも青春ってやつかもな」


 俺はそんな独り言をこぼしながら布団に入った。


 ☆


 ある日のこと。その日は短縮授業で、早く帰ることができた。たまには一人の時間も欲しいから、さっさと帰ろうとカバンを背負ったとき、土屋に袖を引っ張られた。


「ちょっとこっち来て。光ちゃんは呼ばないでね」


 月宮に聞かれたくないようなこと? 想像もつかず不思議に思いながら土屋に付いて行く。呼び出しと言えば、いじめ。俺、今から土屋にボコボコに殴られるのかな。そんないじめ受けたことないけど。

 着いたのは例の空き教室。やはり誰もいない。文化祭のときに使った魔法少女の衣装がマネキンに着せられていて驚いた。


「あのね、そろそろ光ちゃんの誕生日があるから、サプライズパーティーをしようと思うの。私と光ちゃんと日野くんで」

「へえ。いいんじゃないか?」


 俺もサプライズに加担するのか……。しかし、月宮の喜びは土屋の喜びだろう。協力してやってもいい。


「そこで、日野くんには光ちゃんの好きなものを探ってもらうわ」


 土屋は黒髪をたなびかせ、自信満々に宣言した。


「めんどくせえ。お前と月宮、中学からの仲だろ? お前は知らねえのかよ」

「日野くんが自分で行動することに意味があるの。あなたが光ちゃんのために何ができるか、考えてほしいのよ」

「……俺が月宮のために、か……」


 俺は少し考えた後、口を開いた。


「できる範囲なら協力する」


 俺がそういうと、土屋は満足気な顔をしてにっこりと笑った。


「やっぱり光ちゃんのことが好きなのね」

「……違うし」

「ツンデレなのね」

「もういい、帰る」


 俺が歩き出そうとすると、土屋に袖を引っ張られた。


「好きってことでいい?」


 ウインクして可愛くしたって無駄だ。俺は土屋の方を全く見ずに教室を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る