3-8)祠の扉


 人形に目を入れる。一つ目の事件は飛び出た目。まるで実った果実のようだった。人形に耳を与える。二つ目の事件は耳珠にできたできものだが、あれは解剖の時に転がり落ちた。百田の時ははじけ霧散した、まるで声の入った実。人形の口を塞ぐ。天道は零れ落ちる吐しゃ物を飲み込もうとしていた。あれはおそらく、口から出さないことを選んだものだ。本来なら、口から出るままにするのが想定されているだろうこと。

 佳巳宮かしみやの行事はそこで完結しているようだった、というが、それゆえに綺麗にまとまっていて、利用しやすい。手順を作るには便利で、そして成すことが逆故に可能性が出来ていた。おなりさまを成すものをバラバラにする手順。実った果実はおなりさまを作るために使える。けれども神崎はそれをオブジェ以上には使わなかった。だから、それが答えだと思ったのだ。

 目出度さまのおなりさま。目出度さまが訪れた先、入れ物の人間。旅人はただ召手取の外側なのに、おなりさまと村人が祀ったことでその人は内側になってしまった。

 目出度さまの果実を求めた、流行り病に苦しんだという人は、その意味をおなりさまで上書きされた。その果実を自身の望みに使うはずなのに、祠に意味を作ろうにも、おなりさまではなにもできやしない。だってそうだ、目出度さまは祝福するだけなのだから。

 神社を作ることは、目出度さまの場所を決めること。神社の人が行ってはならないのは、祠に目出度さまの意味を作らない為。

 神社が立ったから治ったのではない。祠を空にするため。別の神を呼ぶための器を残すための歪んだ形。

 だから、祠に目出度さまとのつながりを作ればよかった。目出度守を捨てるのではなく、それをないものとわざわざ定義するのではなく、これこそが答えなのだと形作れば――

 けれどもぽかりと空いたその虚は、まるで笑ったようで、

「村山さん!」

「……あ」

 ぱち、ぱち、ぱちと村山は瞬きを繰り返した。は、と吐き出した呼吸音で、突然体に酸素が巡る。浅く呼吸を繰り返す村山の腕――目出度守を掴んだ手を、大きな手が強く握って、そこだけ血流が止まる用だった。

 けれども先ほど虚に呑まれ失ったような虚無よりも、熱い。

「おに、づか、さ」

 すっぽりと覆い隠すように握る手が、震えている。覆う手の震えにじわりと四肢の感覚が戻る。確認するようにその手を眺めていると、ぎゅう、と、体が圧迫された。

 そこでようやく、思考が今に向いた。

「鬼塚さ、あの」

 心配されているのはわかる。とりあえず祠を確認して、あの虚がないのも見て取れる。なんとか体を動かして天道の方を見たいが、鬼塚の体で見えないというか動けず村山は唇を噛んだ。変な顔をしてはいけない。別の意味で心臓に悪い状況に、ええと、となんとか笑顔を作り出す。

「無事です、すみませんえっと、心配させまして、もう平気なので……」

 別の意味で平気ではない。以前落ちそうになったのを助けられたときよりもはっきりと抱きすくめられている状況にうろたえてしまう。とはいえ、その状況を作ったのは自分なのだ。

 それでも、ぎゅう、と、手をまだ握りしめられる。一人だけ先に我に返ってしまい、しかも変な反応をしてしまって罪悪感が半端ない。こうなってしまう理由はよくわかっているのに不謹慎だと自身に言い聞かせ、しかしとはいえ状況が不慣れで別の意味で息が止まりそうになる。

 とはいえ、優しい刑事の賢明さを無碍にもしたくなく、村山はできるだけ意識して穏やかな声を出した。

「揺らぎ、もう観測されてません。黒もないですし、たぶん天道さんも大丈夫っていうか天道さぁん声まだ駄目ですかぁ」

「声は戻った。別の意味で声が無くなるところだったがな」

 村山の声掛けに、飄々とした声が返った。飄々とした、といっても少し掠れてはいるが、しかし後半の言葉は村山のしでかしのことだろう。揶揄できるだけの状況ではある、と判断した。

「ほら天道さんも大丈夫、黒いのもないですよ。鬼塚さんのおかげです」

 村山の言葉に、鬼塚が力を緩めた。まだ手は握られたままだが、それでも言葉が届いたことに安堵する。後ろから抱きすくめられるような状況は本当に心臓に悪い。人命救助なんだからとはいえ、もう平気な状態の村山にとっては中々本当、申し訳ないとしか言いようがなかった。

 とりあえず動揺する内心はくるんでくるんでしまいこむ。体を離してくれたとはいえ、今度は祠に呑まれた側の手を掴んだままそちらを祈るように握る鬼塚の顔を村山は覗き込んだ。

「大丈夫ですよ」

 覆う鬼塚の手を、そっと撫でる。そうしてからゆっくり剝がすようにして、そうしてようやく解放された手を開き、目出度守を見せた。

「おしまいです」

 長い、長い呼気が押し出される。鬼塚のため息に、村山は眉を下げた。

 先日天道にされた念押しが浮かぶ。わかってはいたが、本当に心労をかけてしまった。

「……自分はまた、なにも出来ませんでした」

 沈痛な言葉に、村山は言葉を探してしまった。咄嗟に選んでしまったせいで落ちた沈黙を、後ろから響いたため息が吹き飛ばす。

「してるしてる。じゃなかったら頼んだ俺の判断がおかしくなるだろ。よく掴んだ。んで、神崎頼む。応援呼んでくる」

「あ、天道さん大丈夫ですか」

 慌てて鬼塚が天道の代わりに神崎を押さえる。とはいえ、最初に確保してから神崎は抵抗する意思を見せない。結局メデトリさまとやらが無理になれば、神崎自身に力はないのだろう。

「俺はおかげさまで問題なし。あったとしても現状の自覚はねーから詳細は俺たちまとめて検査ってなるだろうな。とりあえず、張り込んでるやつらに声かけてくる。電話して呼ぶよりはえーだろ」

「あ、本部から連絡してもらって下の方で待機するよう伝わっているはずですので、すぐだと思います」

「なら状況自体向こうも把握しているか。リョーカイ」

 とんとんと進む会話に、ようやく村山は息をついた。距離が出来たので冷静になれる。とりあえず改めて祠に向き直ると、おい、と天道が声を上げた。

「確認するなら待て、俺が行く前にやれ。終わったと思って喰われかけたのついさっきだぞ」

 は、と鬼塚が顔を険しくする。すこしだけ顔をゆがめた村山は、誤魔化しきれずに目を反らした。

「いやあ、はは。なんとかなると思ったんですけどねぇ」

「鬼塚、代わる。村山さんひっつかんどけ」

「犬猫みたいに言わないでくださいよぉ」

 ひぇ、と声を上げて村山が肩を落とす。とはいえ心配はもっともなので素直に鬼塚が近づくのを待った。とはいえ、いつもと違い近い距離にせっかく抜けた熱がまた戻りそうになる。

「とはいえ、もうあの黒いのもないですし、揺れもないです。揺らぎ、の観測なし。たぶん大丈夫じゃないかなって思います」

「多分」

 案じるような復唱に、たは、と村山は苦笑した。責めるように聞こえてしまうのは後ろめたさだろうが、同時に鬼塚なりの念押しだろうとも思う。

「ん-っと、怪異とかいっているものを次元違いって表現したりするんですけど。異層のもの。この世界と膜があって、普通は干渉せず、我々には理解できない高次元的存在として見ていて。その干渉をするために、穴というか――我々には理解できないゆえに、認識できないものができた結果の虚無。そういうのが出来るんですね。揺らぎ、揺れ。層を揺らして重ねてつなげる、つながった場所が揺らぎを見せる。揺らいで繋がってうろが怪異を呼ぶ。だからこう、見えないことが見えることになるんです」

「……それに手を入れたんですか」

「いやえっとまだ繋がってなかったので、揺らぎ段階を塞ぐためですね!」

 控えめな糾弾に村山は声を上げた。じと、と自身を見る三白眼に目を泳がせる。

 鋭く犯人を見据えるものではない。そういった強さではなく、しかし不満を確かに伝える目にはどうにも座りが悪くなる。なんというか、あれだ。拗ねた顔の犬に困惑する心地だ。

「おそらく、そこの神崎は条件付けをしていたんです。必要な、つなげられる場所を見つけて揺らぎを増やしていった。とはいえあの祠、目出度神社と縁がつなげやすくもあったので……それを否定するための目出度守廃棄と考えて、逆に目出度神社と繋げる、目出度さまと関連付けて余白を無くそうとしたんです。そのために祠に目出度守を捧げたんですけど」

「既にだいぶ繋がってたんだろうな。代わりに喰われかけたってわけだ」

「そこははい、見極めが甘かったですスミマセン」

 ごにょりと村山が濁したところに、天道が言葉を投げ入れた。否定できるわけもないどころか正しくその通りだったので謝罪した村山に、鬼塚が眉をしかめる。

 ほらみろ、とでもいうような天道の顔に、村山はううんと内心で唸った。理解はできるだろうよ。そう凄んだ天道の声が内心で復唱される。

「揺らぎって認識でしたが、思っていた以上に繋がってたみたいですね……そのままとは思いましたが、鬼塚さんのおかげで何とかなりました。たぶん、私の手を掴んだから目出度守の譲渡対象が変わったのかな? いやにしても目出度守、ただのお守りって話ですし目出度さまの話も民話以上ないと思ったんですけど、思った以上になんかありますねぇこれ」

 じ、と鬼塚が村山の手を見る。手を握ったり開いたりしてひらひらと振る村山に、鬼塚は小さく息を吐いた。

「……村山さんを危険な目に合わせましたが、村山さんのおかげです。有難うございます」

「いえ、本当なんというか無理矢理やったことが運よくうまくいっただけなのでハイ。とりあえずよかったです。……祠たぶん大丈夫です、確認お付き合い有難うございます」

 鬼塚の深い一礼に、村山も慌てて頭を下げ返す。最後の村山の言葉に浅く頷いた鬼塚は、すぐに天道のもとに戻った。入れ替わるように、天道が立ち上がる。

「まあどっちにしろお手柄だよ。俺がやらかしたのもあるし、感謝しておく。助かった」

「うわー含みを感じますねえ! まあ文句はたっぷりききますすみません!」

 明るく声を上げる村山に、天道は肩をすくめた。まあ俺はあんま言えねぇよ、と言う声は、少しだけ下を向いている。しかしそれを拾い上げるより早く、天道が鬼塚を見る。

「鬼塚、お前凹んでる暇ないぞ」

 天道の言葉に鬼塚が顔を上げる。問うような視線に、天道はにやりと顔を歪めて笑う。

「この人はやらかす割に人の心がわかる人だからな。たーっぷり苦言を浴びせておけ。反省は俺と、村山さんには文句でいい」

「ああー正しいですけどお手柔らかにお願いしまぁす」

 傷つけることはわかっていて選んだのだ。観念したように声を上げた村山だが、対する鬼塚はいえ、と短く答えた。

「私も、わかっていて選んだので」

 天道さんすみません、と鬼塚が頭を下げる。天道が瞬き、村山を見――それから、息を吐いた。

「逆に沁みるだろ村山さん」

「……ほんとすみません」

 降参した、とでもいうように村山は声を漏らし、天道が喉奥で笑った。




(明日(22日)の更新で最後です。

最終話とおまけの2エピソード連続となっています(時間差1分で更新予定))

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