3-6)焦り
「電話してみます」
天道からの連絡がまだ来ない。一言断ると、鬼塚は携帯端末を取り出した。しばらく、コール音が続く。落ち着かず、村山もついその手元を見る。
「もしもし、鬼塚です。今大丈夫でしょうか」
やや長く感じたが、鬼塚が声を出したことで村山は少しだけ息を吐いた。鬼塚から視線を反らし、微苦笑する。電話に出られるのなら問題ないだろう。天道は慎重なところがあるから、それで時間がかかっていたか、もしくは途中でだれか地元の人にあったのかもしれない。
気にしすぎだ。
「……誰だ」
自分を宥めるような村山の思考を、鬼塚の低い声が遮った。ぎくりと体を揺らした村山は再び鬼塚を見上げた。
睨みつけるような鋭い目は、村山とかち合わない。
「何をしている。……馬鹿を言うな。止めろ。…………逃げられると思うのか。…………おい、おい!」
最後は叫びだった。端末を仕舞うところで、ようやく鬼塚が村山を見下ろす。
「村山さんは、張り込みにいるチームと合流してください。あちらに、」
「神崎ですか」
鬼塚の言葉をさえぎって、村山は尋ねた。鬼塚の眉間のしわが深まる。
「私が行きます。応援を」
「天道さんに何かあったんですよね? 私も行きます」
「村山さんは駄目です。あの男は――」
「始まっているなら、私が適当です」
村山がはっきりと断じた。鬼塚の硬い表情を、村山の三白眼がまっすぐ捉える。
「単純にその男が加害行為をしているだけなら、私は不要です。ですが、それがもし特捜室の案件なら――
鬼塚の小さな黒目が、うろ、と彷徨う。しかしそれは一秒にも満たなかった。一度硬く目を閉じた鬼塚は、まっすぐと村山を見下ろす。
「神崎です。あの男は貴方も贄と考えている発言をしています。連れていけません。
天道さんの電話をあの男が取り、天道さんは会話が出来ない現状です。私はあの男を確保しに行きます。人質が増えるほうが危険です。張り込みの一人に貴方を預け、もう一人に協力を願い向かう方がいいでしょう」
「特捜室案件です」
静かに村山は断じた。対する鬼塚も、まっすぐその言葉を受け止める。お互いに、内にある逡巡を外に出すことはなかった。
「鬼塚刑事の判断を私は変えられません。その判断が悪いとも言えません。ですが特視研からお伝えします」
村山は思考を巡らすように数度瞬いた。そうしながらも、言葉を出すときは鬼塚をまっすぐ見据えている。強い意志を、鬼塚は黙して受ける。
「祠で始まっているのなら、急務です。私が見ます。他部署の方は神崎が逃げたときの為に周囲に配置してもらった方がいい。始まっているのなら、神崎を確保して終わりではないんです。聞いていますよね」
鬼塚の表情は硬い。ぴくり、と眉が痙攣するのが見て取れた。
聞いていないわけがない。特殊捜査室は、そういう事件と向き合うのだ。ただ同時に、最初に神崎と遭遇したことがある。警察官ではない村山を鬼塚が案じるのも当然だ。そして、おそらく天道が特に言い含めていただろうことも想像がつく。
それでも村山はまっすぐと鬼塚を見据えていた。ともすれば守るために傷つくことを覚悟した彼らを、ただ手放しに誉めることが村山にはできない。
勝手な感情だとわかっている。それでも。
「……彼らには連絡して待機してもらいます。村山さんは私に同行を」
言葉と同時に、鬼塚が端末を取り出し動き出す。通話しながらの移動に村山も後を追った。通話は短く終わる。鬼塚はもう村山を見なかった。
「自分は特視研の目を持ちません。もしわかることがあるのなら教えてください。すべきことがあれば従います」
「……有難うございます。天道さんの状況は」
「会話が出来ない状態だから代わりに出た、と神崎は言っていました。いいひとを呼んでくれてうれしいよ、と。おそらく利用されたのかと……押し付けられても捨てたり拒否することはないと思うのですが」
もし天道がこれまでのようなものに利用されたのなら、目出度守が関わるはずだ。けれどもその押しつけがましい理由が浮かばず言葉を吐く鬼塚に、村山は思考するように顔を一度伏せた。
「……天道さん、目出度守を触ったのは」
「私が祠で拾ったものと、朗に渡す前に購入したものを見てもらったくらいですね。祠で拾ったものは証拠として――いや」
は、としたように鬼塚が言葉を切る。それからぎり、と奥歯を噛み締めた。
「祠で拾ったものと合わせて、部署の方で証拠として購入し、提出したものがあります。購入作業をしたのは確か天道さんです。とはいえこれが使えるのなら証拠品の提出でしかないのにあまりに無理矢理とも思いますが」
「こじつけですがあり得なくもないですね。条件が一致しているなら、これまでと同様に考えられるでしょう。会話が出来ない、ということは、目・耳に合わせて今度は口。目については事前の症状がわかりませんが、百田さんの時は事前の傾向があり、そこから悪化していった。最初は特に目立った症状がなかったのが、発疹の増加が危険と考えられた。――今話せないほど、ということは、百田さんの時と違い発症から悪化の速度が急ですね。少なくとも、さきほどまで天道さんに自覚症状はありませんでした」
情報が少なすぎる中で、村山は思考を繰り返した。本来は祠を見て、これからを考えるために来ていたのだ。現時点で分かることがあるわけない。それでも会話すら難しいほどなら今考えなければならなかった。祠に行けばおそらく、時間はあまりない。時間があるのだったら神崎は身を隠したはずだ。人を呼べる程度にはもう、揺れ動いている。
それでも、揺らいだものはまだ繋がってはいないはずだ。繋がっていれば贄を増やそうとする必要などない。おそらく決定打が足りない。
目・耳・口。最初のご遺体から飛び出た眼球は二つ。耳珠にできた発疹は、片耳から零れ落ちた。百田は無事だったので、見えない被害者がいない限りもう片耳分は足りないはずだ。ただ、必須かどうかまではわからない。そうして今、天道が話せない状況であるということ。
話せない、にはいくらかパターンがある。百田の時にあった『聞こえなくなった単語』のように、言葉が使えなくなるオカルト的可能性。単純に天道を暴力で話せなくした物理的な可能性。なんらかの人質をとっていうことを聞かせている可能性。
とはいえ、人質の可能性は低い。天道がなにも伝えられずにその事態に陥っているとは考えづらいからだ。状況で言えば、オカルト。とはいえそのオカルトの内容がどのようなものかはわからない。
「予想ですが、天道さんは口の被害者となっているのではないでしょうか。それでいて死体を作る、ではなく、また贄をあの祠に近づけようとしているあたりが奇妙だとも思います。……恐らく、このままやりたいことがあるんでしょうが」
手順と状況を巡らせる。天道の症状は現場に入らなければわからない。今出来るのは、電話を神崎に取られる程度に天道が動けない、という予想までだ。
揺らぎがどこまで来ているのか。決定打はまだだ。しかし決定打を求めているはずだ。半端な完璧は何のためにあるのか。なんのためと定義できるか。
めでたいめでたい目出度さま。みなみな笑え。神社を作るように言ったのは、神社から祠に行ってはいけない意味は。可能性を考える。筋道を作る。おそらく神崎が既に作ったものが、結果を運ぶ。
先日教えられた、参考程度、というおなりさまを作る習慣は、目と耳と口。
人形に目を入れる。人形に耳を与える。人形の口を塞ぐ。
「鬼塚刑事」
「はい」
静かに名前を呼べば、返事が落とされる。先日天道に凄まれたことを思い出すが、しかしそれで選択を変える理由にはならない。
しないですめばいいが、する必要が出来たら選ぶのが村山で、多分それを、選ばせることが出来てしまう。
一瞬見えた画を、村山は唇を噛むことで飲み込んだ。
「――嫌なことを、させます」
それは、宣告だ。
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