3-5)しごと
それは純然とした疑問だ。オカルトに興味があるから、だとか、研究の目的として、というにはそれだけに見えない。けれども犯人を捕まえるというような意思があるかというと、今の村山の発言はその自覚を持たないようでもある。
今回はレアケースだ、と聞いているが、それでも鬼塚が見ている範囲で、村山の仕事は危うく思えた。そもそも、死者から正者に呪いのような二次被害が出ないために、問題がないか確認して状況を把握するのだ。怪異検案書というのは、なにがあるのかわからないという
それでもこの業務を選んでいるのは、ただ自分が出来るからというには違うものが感じられた。
「……すみません」
「え? ああ、答え方に悩んじゃっただけです。聞かれて嫌だったわけではありませんよ」
鬼塚の謝罪に、村山は穏やかに返した。嫌だったら、と前置きするのも、こうして謝罪してしまうのも自身の狡猾さのようで、鬼塚は顔をしかめる。
さきほどの失言ですら失礼だっただろうに、今度の言葉は鬼塚のずるさがあった。
(駄目だな)
あの男に捕まっていた、村山の姿が消えない。そんなことはさせないために天道とこの場所にいるのに、できればあの場所に立たせたくないという自認が鬼塚のこめかみを押すようだった。あの場所に立つほどの理由がなければいいというのは身勝手で、同時にそんなことなどあり得ないだろうにとわかるから、ずるい侮蔑だとすら思う。謝罪したところで、その内側の淀みを懺悔できないのだから余計ずるい。
考えること自体が失礼だ。そして、そもそも考えたところで、自身にも天道にもこれから村山が見るものを読み解くことはできないとわかっている故不毛で、無意味で、ただいたずらに村山に対し不誠実な感情だ。
「とはいえ、私は鬼塚さんたちみたいに、確固たる意志でここにいるとは少し違うきがするんですよね。警察官を目指す、みたいな強烈さっていうよりは、縁が転がっていったというか」
鬼塚の罪悪感のようなものなど関係ないように、村山はいつもと変わらない語調で言葉を転がした。縁。オカルト的な事象に縁があるのだろうか、と、鬼塚はつい村山を見る。村山の視線は、鬼塚に向かない。
「元々は医者になろうと思っていたんですよね。でも、在学中に友人が亡くなって」
ぎくり、と鬼塚は身を強張らせた。先日百田の話をしたとき、百田は生きているのだから、と村山は言っていた。その端を見てしまうようで、そして見てしまっていいのかわからずただ体を硬くする。けれどもそれを止めるのは違うだろう。村山の声はあくまであっさりとしていたし――ざわつく心臓の圧迫を感じながら、鬼塚は呼吸すら潜めた。
「……それから葬儀場のアルバイトしたり、いろいろあって。大学の先生から研究所の話を聞いて、なんかこう、流れですねぇ。ご縁が転がっていった感じです」
恐らく、少し空いた間には言葉にしない事情があるのだろう。それを気にならないと言えば噓になるが、尋ねるのは違う。鬼塚の踏み込めない場所だというのはわかるゆえに、鬼塚は慎重に呼吸を二度繰り返した。
「そうですか」
静かに落とした声は、平時のものと同じだ。鬼塚の相槌に目を細めた村山は、顔を上げる。
「ま、中々面白いですよ。勉強になります。それに、なりたくてなったっていうのとちょっと違うところはありますけど、やりたいことははっきりしているんで」
「やりたいこと」
会話を続けるような復唱に、ええ、と村山は頷く。そうして鬼塚を見上げる三白眼は、らん、と日の光を取り込んでいた。
「言ったでしょう。私の仕事は『さいごの後始末』なんです。被害者のご家族だけでなく鬼塚さんたち警察の方々に危険がないようにすること。終わっているかどうか見ること、終わっていなければそれを隔離し、ピリオドをつける為に必要なものを探ることが私の業務で、必要なものだと思っています」
まっすぐとした言葉は眩しい。眩しさに目を細めるのではなく見開いた鬼塚は、小さく頷いた。
「凄いこと、だと思います」
神妙な鬼塚の言葉を受け、嬉しそうに村山が笑う。
「そう仰っていただけるのは、身に余る光栄ってかんじですね。とはいえ基本『間違いがないように』という形で、犯人逮捕とはまた別の仕事ですから」
村山は度々逮捕には関係ないようなことを言う。それは村山からしたら事実なのだろうが、先日百田を助けた情報も、こうして場所を見極めることも村山の知識だ。至らないのはこちらが多いくらいだろうに。
目を細めた村山が、するりと視線を外す。
「鬼塚さんたち、刑事さんが現場で見極めてくださるからこそ私はなにか出来たらと思うんです」
鬼塚の沈みかけた思考を拾い上げるような、ぽつりとした言葉が村山から落とされた。ゆる、と持ち上がった瞼を、村山は追いかけない。
「百田さんの時にも言いましたが、みなさんが賭けているその場所に、少しでも危険がなければいいと思っていますし――私がこうしてここに居られるのは、刑事さんたちがいれば大丈夫っていう安心感からなので」
最後の言葉と共に、村山が鬼塚を再度見上げた。鬼塚の後ろめたさを、村山は糾弾しない。そのくせ、まるで大丈夫というように言葉を向ける。
「今日も頼りにしていますよ、刑事さん」
「……、はい」
上りかかった熱に鬼塚は右手の腹で目じりをつい擦った。名前を知られてからつい、そちら、と認識しそうになる。あり得ないことだし、たとえ名前だったとしてもなにも問題はないのだが。ふ、と気づかれないように深呼吸を繰り返す。
「今回祠を見る、とのお話ですが、どういった観点から確認するのか伺っても大丈夫でしょうか」
自分の雑念を払うように、鬼塚はひとつの疑問を引っ張り出した。いや、雑念と言うほどのものはないのだが。どうにも内側で言い訳のようにしてしまうのは、百田の大げさな物言いがあったからなのかもしれない。ついぐるぐると考えてしまう鬼塚の内心を知らない様子で、村山は「ああ」と声を上げた。
「大丈夫ですよ。別にこれについては門外不出みたいなものじゃないですしねぇ。見るのに慣れがいるというか、見落としがないようにって私が直接見たいだけなんです。天道さんが私を連れて行くの渋ったのも、私が行けば早いけどそこまでもしなくてもってのがあるからなんで」
専門家としての確認ポイントはあるにはあるんですが、それは隠す必要があるものではなく可能なら共有できると便利ではあるんです。そう続けて、村山は携帯端末を取り出した。
「今回見るのは『揺らぎ』があるかどうかです揺れを作ることで揺らぎを作り、次元違いがこちらに干渉できるようにするって見方で怪異を捉えているものがあって――この揺れを起こすものが所謂儀式ですね。それで、場所が固定されると揺らぎとして症状がでることがあって、この揺らぎから揺れ……儀式の手順を見つけてみようって感じです」
携帯端末に表示されている画像を見ても、正直鬼塚にはさっぱりわからない。眉間にしわを寄せ画面を睨む鬼塚に、村山が笑む。
「なかなか、写真だけでは難しいことが多いんですよね。だから現場で見たいってのもあります。とはいえ、祠を開けたりするのはちょっと悩ましいところがあるんで、こうやって見に来させていただくんですけど」
危なそうな場所でそうぱかぱか何度も明ける羽目になりたくないですもんねぇという声を聞きながら、鬼塚は身をかがめた。拡大表示されて示されればようやく、なるほどなにかあるとは思う。しかし、確かにこれを正確に把握できる自信は持ちづらいだろう。
たとえば多言語の文字が記号のように見えるのと同じように、知識が情報の見せ方を変えることはそれなりにありえる話だ。
「手順については、なんらかの伝承で残っているケースもあれば、ここで見つかるものもあります。あとは、所謂王道系ですね。百田さんの時の返事とかも、しないほうがいいと言われやすいものです。オカルト的に有名なのだと、振り返ってはいけないとか。あとは供儀の話になると、たとえば白いものは神様の使いだったり神様のものと言われたり、あとは片目が傷ついたものが贄に選ばれるとか」
「片目……白は兎や鳥でありそうですが、片目のものなんてそうあるんでしょうか。それとも、ないから贄なんでしょうか」
つらつらと挙げられた条件に、ふと鬼塚は疑問を落とした。つい、あの日の村山を重ねてしまう。その眼球に触れるように、神崎は村山の顔を掴んでいた。
「神様への捧げものとして印をつけた、ってケースがあるとか聞きますね。もともと片目のものもあるでしょうが――こういう、なんらかのマークはある程度使い勝手が良くて、儀式に使いまわされやすいみたいです」
儀式で無理に揺らしたものを反故にさせるには、この王道とローカルの部分を組み合わせるのがあるんです。そう続けた村山が端末の画面を消した。端末という理由がなくなると距離が随分近く、鬼塚は大げさにならないようにしながらも村山との距離をひとつ分空けた。
「……天道さん、遅いですね」
浮いた空白に、村山が言葉を差し込む。確かにそれなりに話した気がすると、鬼塚も手首の時計を確認した。時間で考えれば既に連絡が来てもおかしくない時間だ。とはいえまだ誤差程度のもので、こちらから動くほどの理由にはならない。
「あと五分したら、連絡してみましょう」
確認する取り決めの時間を見、鬼塚は静かに返した。鬼塚たちは既に神崎に認識されているため、私服警官たちに直接話しかけるわけにはいかない。見晴らしのいい目出度神社を選んでいるのも神崎が村山に話しかけないようにするためで、潜んでいる彼らと鬼塚たちは相性が悪い状態だ。
「天道さん、おおざっぱに見えて細かいから確認に時間かかっている可能性は高いんですけど、つい気になっちゃって。すみません」
「いえ。場所が場所ですから」
何かあれば天道から連絡があるとは思うが、しかし神崎と遭遇した場所だ。念のため、で天道が一人向かったのだから、天道を案じるのも当然だと鬼塚は頷いた。村山のことを考えて天道が先に行ったので、出来るだけ天道を待つ形を選びたいが――口頭で確認しあうだけでも、不安は減るだろう。
「神崎が、あの時どこから来たのか気づけたら良かったんですけど」
物音が単純に風の音だとか、あったとしても鬼塚の音だと村山は当時考えていた。どこに立ち去ったかについては、突き落とされた村山の保護を優先したため鬼塚もわからない。今の今まで身を隠しているところから一種の不気味さを感じるが――鬼塚はその憂慮を宥めるように一度顔を伏せ、それからまっすぐと村山を見る。
「伝えてますし、落ちるといったことはないとは思います。万が一なにかあっても、天道さんならご連絡くださるでしょう」
オカルトという形になると、鬼塚は何が起きるか予想できない。それでもまだ約束の時間まである。慰めるように鬼塚が言うと、村山は笑った。
「そうですね。すみません、天道さんにバレたらきっと怒られちゃうから、心配していたのは秘密にしてください」
「はい、わかりました」
馬鹿にしてるのかって言われちゃう、と軽い調子で言う村山に、鬼塚は神妙に頷いた。
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