1-10)反省会

 * * *


「ようやらかし大将、無事か」

 特視研究所室内に入ってすぐの天道の言葉は軽快だ。ただ、おそらく笑っていないのは鬼塚でも想像できた。細いつり目故に遠目には笑って見えがちな目元なのだが、存外近くで見る分にはいくらかの感情の見分けはつく。

 村山はデスクにいるため、隣にいる鬼塚と違い距離はある。それでも鬼塚と同じく見分けがつくのか、それとも心当たり故か、眉を下げて困ったように苦笑った。

「あああ的確に傷を抉ってきますね、痛いです」

「すみません」

「あっいえ痛くはないですよ怪我の方じゃなくて心の方っていうかあああ本当その、ほら私へらへらしてますし大丈夫そうでしょ!?」

 村山の言葉に鬼塚が深く腰を曲げた謝罪をすれば、村山は慌てたように声を上げた。自業自得だな、という天道の言葉にさらに鬼塚は顔をしかめるが、天道の言葉はどちらかというと村山に向いている。

「仕事で付き添ってもらっているとはいえ、アンタたちは一般人と大差ないんだ。まず自分の身を第一にっていっつも言ってんだろ。うちの新入りにトラウマ作る気か?」

「いやほんとね、はい、咄嗟とはいえこれはうん、わかります、わかりますよぉ」

 口角は大きく持ち上げているが、天道の物言いもその奥の瞳も確実に笑っていなかった。ひいん、と村山は声を上げるが、それでも明るい調子なのは気にしていないのではなく気にしている故の軽快さだろう。自身の至らなさに歯を食いしばった鬼塚を、村山はそっと伺い見る。そうしてから言い訳するように、天道を見上げた。

「神崎、ってあの神崎じゃないかって思ったら、つい。突き落とされたって言ってもあそこはただの傾斜で、一度鬼塚さんが下りてましたし、確保そちら優先しても大丈夫かと、思ったんですけど……」

「自分から降りるのと落とされるのは違います」

「はい! それはホントそうです! ちょっと意識が神崎に向かいすぎてました!」

 流石に差し込まれた鬼塚の言葉に、村山は背筋を伸ばしながら両手を上げた。肘を曲げたままなされる降参のポーズに、たく、と天道は息を吐いた。

「こちとら人命優先だからな。確保できなかったのは問題だが顔を見たのはでかい。……こんなとこでまたひっぱりだすはめになるとはな。とはいえどう罪状だすかって問題はまだ残っているが」

「『幸福の芽』の時も、あくまで「そういうものがある」って伝えただけですもんね、あの人」

 幸福の芽。その単語に、鬼塚は眉間の皺を深める。この部署に来る前、遺族による切実な叫びを鬼塚は聞いていた。

 母親が娘の目を見えるようにしたいと願い、自身の眼球を取り出し娘に埋めようとした。それは医療行為を用いたものではない。幸福の芽幹部が用いた道具は、清めたスプーン。母親の眼球をえぐり出し、同じく娘の眼球をえぐった。娘のぽかりと空いた眼孔に母親の眼球を入れた、というのがこの事件のあらましだ。

 母親は死亡、娘は命こそあるものの、現在は施設に入っている。残された遺族が逮捕されなかった幸福の芽信者の眼球を抉ろうとしたのを止め、喚く遺族は「治せるのなら」と叫んで最後の手段とばかりに今度は自身の眼球を抉ろうとした。

 止めることは出来たが、あまりに凄惨な強い感情が、胸に残っている。

 あの場所にあったのは、切実な叫びであり、狂気だ。

「実行犯によれば、目を抉り捧げれば使える、との話を神崎かんざきつとむと名乗る男から聞いたってことだった。神が叶えると妄信している様子から、実際にオカルトがあるというよりは勝手な思い込み――人間による加害行動に過ぎないというのが特捜室うちと特視研の見解だった。公安の方も関わって来たし結局そういうもの、でまとまって、一課のほうに引き継がれて、ってのが当時の状況だったが……現場で見た神崎がその神崎なら、そっちもまた洗い直す必要があるな」

「神崎は明確に分かっているようでした。幸福の芽とは手順が違いすぎているので、もし同一なら当時はわかっていなかったのがわかるようになったか、もしくはわざと間違った情報を与えた可能性もあります」

 村山の言葉に、天道は頷く。たった一年とは言え、儀式一つ調べることでいえば十分な時間だろう。故に真実を知った可能性は十分あり、しかしわざとだった場合はこの一年にまた違う意味も出来る。

 犠牲者を見えないところで増やしている可能性だってある。なんのためか、それがたとえば儀式による周期的なタイミングだったとしても、さまざまな可能性で考える必要があった。

「ま、そこらへんを洗うのはこっちの仕事だ。無茶はしないでくれよ。こっちだって逮捕だけに集中したい」

「いやはい、ホントすみません。十分肝に銘じますよ。刑事さんたちを頼ります」

「鬼塚も! 色々あるだろうがとりあえず無茶するなよ。三原則忘れんな」

「はい」

 粛々と頷いた鬼塚に、天道は息を吐いた。そうしたところで、こつ、と、机を鳴らす音が響く。

「御高説終わったかな? うちの若手をいじめないでくださいよ刑事さん」

「俺が言うのわかって待ってたでしょ海野さん。他部署に教育を任せんのどうなんすかね」

「あはは、僕はそういうの向いていないから。向き不向き。可愛がるのがいいの」

 白髪交じりの男、海野はそう言って笑った。コーヒーと共に着席すると、ちびり、とそのふちを舐めるように飲む。

「僕の情報が遅い段階で行かせちゃってごめんね村山さん。大事無くて良かったよ」

「あ、いえ。早くに見たかったのは私の都合ですし」

 海野の言葉に、村山はぱたぱたと手を振る。鬼塚が言うようにあのまま落ちていれば危なかっただろうが、確保よりも人命を鬼塚が優先した結果、怪我らしい怪我はしなかった。大柄故に抱え込むようにかばわれ、寧ろ鬼塚を案じたくらいである。

「目的はどうだった?」

「あまり成果らしい成果はありませんね。ただ、多分あの眼球は果実だった、んだと思います。そして誰かに渡すためのモノ。捧げものではなかった、とするために処置を少し、ですね。あとは一緒に燃えてくれれば十分。眼球を残しておくのは厳しいでしょうし、一緒に荼毘だびしていただいた形ですね」

「そう。お眠りになったのならよかったね」

 海野が穏やかに言う。村山は眉を下げて笑むと。少しだけ目を伏せた。

「検案書は出しましたが、あの方は摘むための土壌になったのだと、思います。「そのミを埋めて、ミを捧げ。」については、鬼塚さんが見てくださったことから考えても、目出度守を埋めることで土壌になると決まってしまった。……なぜ埋めたのか、まではわかりませんが」

「……傾斜の下、目出度守は土に埋もれていました。ですが、落ちた後土が被ったと考えることもありえます。被害者がハイキング中偶然あの場所に来て、足を滑らせたという可能性は十分です」

 村山の言葉を補うように、鬼塚が言葉を続けた。だとすると、と海野が指を立て、くるくると回す。

「勝手に捧げられたと考えられたか、捧げたことにしたか。どっちにしろそのとき神崎がいたかどうかだねえ。ただ、気なるのはメデトリさまだ」

「地名と同じ読みの神様なんざ、いたらもうちょい話題になるからな」

 まったく聞いたことねぇってのも考えもんだ、と天道が息を吐く。うんうんと海野は頷き、目を細める。

「ま、元からの神様とは限らないよ。次元違いのそれがずっとあるのか、突発性のものなのかはただの誤差でしかない。まあ対処法は変わるけどさ、僕等の仕事としてであり、天道さんたちはいつも通りってやつだ。正直ねぇ、オカルトを作ってる可能性だってあるし、今回の件は僕の方でもう少し掘るけど、あんま期待しないで」

 海野の言葉に、鬼塚が少し視線を下げた。その様子を拾い上げ、村山は口を開く。

「参考に昔の話を見たりその土地の生活を見たりしますけどね、言ったようにこういうのは災害みたいな部分があったり、それを利用しようとする個人の意図があったりするんです。そして個人の意図が関わる場合、だいたいにおいて、「うまく過去を使う」ケースと、「新たに作って通り道を増やす」ケースがあるので。色々と可能性を潰しつつ、現状を見て把握する――だから、特研究所なんですよ」

「……そうなんですね」

 静かに鬼塚が頷き、それに対し村山は笑んだ。二人の様子を見た天道は、面倒くさそうに一度伸びをする。

「ま、なんだかんだいったけどイレギュラーのおかげでとっかかりが増えた。一課とも話をしているところだ、あとはいつも通り。とはいえ、村山さん。あんた気をつけろよ」

 最後の言葉に、村山は瞬く。天道はその狐のような細い目の奥に険を乗せた。

「神崎が村山さんに言ったこと。アンタが次のターゲットになるとか、洒落にならないからな。今後もアンタには力貸してもらうんだ、外仕事が無理になるような状態がないように、気になることがあれば報・連・相」

「ああ、それはもちろん。仕事が出来なくなるのは商売あがったりですが、単純に他の事件でも出られなくなったら嫌ですしねぇ」

 けらけらと村山が笑う。天道は面倒くさそうに眉根を寄せると、鬼塚を見上げた。

「この人ちょいちょい自分に雑なとこあるからな、部署は違えどお前も多少は気にしてやってくれ」

「えっ私が気にされる側ですか? 新入りさんに過負荷はだめですよぉ」

 あんまりじゃないですか、と笑う表情はにたにたとした軽薄なものだ。鬼塚はそれをじっと見下ろすと、静かに口を開いた。

「……気にさせていただきます。よろしくお願いします」

「ああー、ホントそこまで真面目にとらえなくていいですからね! とはいえ、よろしくお願いします」

 参ったな、と言葉を続けると、村山は座ったまま鬼塚に頭を下げた。


第一話 了

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