第34話 エリカ、レジェンドNPCと戦う


「【爆炎のフィーレ】だって……?」


「タクト殿もギルド長の異名をご存じでありましたか」


「これでも元傭兵なんでね。戦場で名を上げた英雄の名前は耳にしたことがある。シェルフィも知っていたのか」


「はいであります。私が騎士団長に就任したその日に、ご自分の過去を教えてくださいました」


「そうか……。まさかギルド長があの【爆炎のフィーレ】だったなんてな」



 ――――【爆炎のフィーレ】。


 彼女は数百年前に起きた国家間戦争で活躍した、戦略級魔法使いだ。

 超広範囲の遠距離爆撃魔法を使い、敵陣を一瞬にして壊滅に追い込んだという。

 ギルド長は伝説に名を残す英雄。言うなればだったのだ。



「戦争終結後、フィーレ殿は慈善事業に精を出すようになりました。彼女は長寿のエルフ族でありますからね。数百年という長い時をかけて贖罪しょくざいを続けているのでしょう」


「贖罪……か」


「冒険者ギルドの長をしているのも、国や法では救えない命を拾うためだとか。伯爵のように権力を笠に着て悪さをする輩も多いでありますからな」


「解放した奴隷を保護したのも慈善事業の一環か」


「そうであります。私はそんなギルド長のこころざしに感銘を受け、協力していたであります」



 シェルフィは目を輝かせながらギルド長を見やる。



「ギルド長は平和を愛するお方。そんな彼女が安い挑発でエリカ殿を誘い出した。おそらくこれは……」


「本当の意味で”試験”ってわけか」



 多くの人間を殺した罪を背負ったギルド長は、それ以上の数の人間を救おうとしているのかもしれない。

 罪の重さと中身に違いはあれど、エリカと立場は同じだ。

 ギルド長はエリカにかつての自分の姿を見て、実力を試そうとしているのかもしれない。



「降参してください。これ以上戦うとあなたの身がもちません」


「いいえ、諦めません……。【トランスウォーター】はワタシがこの手で回収します」


「なぜですか? どうしてそこまでこだわるのです。神への信仰心故にですか?」


「神の言葉は言い訳です……。プレイヤーが犯した罪のつぐない……。それもきっと言い訳で、ワタシの本心は別にあります」


「では、お訊きましょう。エリカ・ヨワタリさん。あなたの本心とは?」


「ワタシは……」



 ギルド長の問いかけにエリカは顔を上げて。



 PCを作るだけ作って放置するなんて、そんなのあんまりじゃないですか!」



【元PC】であるエリカの心からの叫び。それは俺の胸にも響いた。


 俺はチュートリアルNPCとして道場に縛り付けられて、行動の自由を奪われた。

 エリカも同じだ。プレイヤーの都合で人生を振り回され、サービスが終わるその瞬間まで暗い檻の中に閉じ込められて。



「モンムーンへ向かう馬車の中でタクトさんとリリムちゃん、二人と楽しくおしゃべりをして。一緒にご飯も食べて。たき火の前で語ったりして……。ワタシだってそういう冒険をもっとしたい! だから一人だけ置いてけぼりなんて嫌なんです!」


「エリカ……」



 エリカの独白に、それまで茶々をいれていたリリムも黙ってしまう。

 いや――



「よく言った! それでこそ暴君陛下の料理人。旅に出る理由なんてそれくらい単純でよいのだ!」


「だな。俺も美味いメシが食いたくて厄災を止めようと思ってたんだ」


「わかるー。美味いメシに勝る褒美なし。特にエリカのシチューは格別なのだ」



 俺とリリムはワイワイと盛り上がり、エリカに声をかけた。



「ってわけで、そんなメイジ☆爆裂BBAは早く倒せ。エリカがいないと美味しい冒険メシが喰えなくなる」


「リリムちゃん……」


「BBAは言い過ぎだが……。エリカが本気を出せばギルド長を倒せるはずだ」



 俺が後方で腕を組んでそう言うと、ギルド長がピクリと眉をひそめた。

 (BBA発言にムカついたわけではないだろう……)



「まさかこのに及んで全力を出していなかったのですか?」


「タクトさん。いったいなにを……?」



 エリカもわかっていない様子で、戸惑い気味に視線をこちらに向けてくる。



(天然なのか? いや、もしかして本当に知らないのか)



 手も口も出さないつもりでいたが、これだけ関わったらもういいだろう。

 俺はエリカに告げた。



「エリカ! 【】を押せ!」

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