第33話 おじさん、魔法戦を実況解説する


「魔法は爆発だ!」



 ギルド長の叫びと共に【爆炎魔法エクスプロージョン】が放たれる。

 広場全体を包み込む無差別広範囲攻撃によって、目の前が紅蓮の炎に包まれた。



「ああーーとッ! ギルド長の先制【爆炎魔法エクスプロージョン】が炸裂したぁ!」



 シェルフィの実況は最初からヒートアップ。ガタリと席を立って広場を見つめる。



「初手から大魔法。解説のタクト殿、これをどう見ますか?」


「布石は置いていたからな。やると思ってた」



 ギルド長はエリカを挑発しながら、ちょこちょこと杖を動かしていた。

 あれで魔力を高めて【爆炎魔法エクスプロージョン】の起動準備をしていたのだろう。

 最初から大手を仕掛けることを見越して結界も張っていた。



「【エクスプロージョン】は高レベルの炎魔法だ。魔力の充填に時間を要する。そのための時間稼ぎをしてたんだ」


「なるほどであります。さすがのエリカ殿も、これにはひとたまりもありませんね」



 これにはギャラリーとして観戦をしていた騎士たちも、不安そうに様子を窺う。



「おいおい。死んだんじゃないか? あの魔法使い」


「いや。アレを見てみろ」



 騎士の一人が立ち上る煙を指差す。

 煙が晴れた先にいたのは、氷の壁で身を包むエリカの姿だった。

 その姿を見てギャラリーがどよめきをあげる。



「おおっ!? あれだけの爆発に巻き込まれて無傷だ!」


「ほほぅ、【アイスウォール】ですか。やるでありますね」



 エリカが出現させた氷の壁を見て、シェルフィが「さすがだなぁ」と唸りをあげた。



「私も盾の称号を持つ騎士の端くれ。あの分厚い氷が強固なのは見てわかるであります」


「ああ。氷魔法はエリカの十八番おはこだからな」



 俺は後方で腕を組みながら解説を行う。

 エリカが無傷だったことに驚いたのはギルド長も同じだった。

 杖の先端に灯る炎を息でかき消したあと、やれやれと肩をすくめる。



「いまの一瞬で防御魔法を展開するとは。思っていたよりやりますね」


「先輩こそ見事な不意打ちでした。まさか話の途中で【エクスプロージョン】を使うなんて」


「だまし討ちと不意打ちは魔法戦の基礎の基礎。先生に教わらなかったんですか?」


「教わりましたよ。だから先輩と同じように魔力を溜めて、【アイスウォール】を使う準備をしていたんです」


「ダマされたのは私の方でしたか。いきどおっていたように見えたのもブラフですか」


「憤っていたのは本当です」



 エリカは首を横に振ると氷の壁を解除する。

 それから魔法の杖をギルド長に向けた。



「売られた喧嘩は買え。それも先生の教えです! 【アイシクルランス】!」


「血の気の多い後輩ですね! 【プロミネンス】!」



 無数の【氷の槍アイシクルランス】を放つエリカに対して、ギルド長は【炎の鞭プロミネンス】を召喚して迎撃する。

 氷と炎の魔法がぶつかり合い、派手な爆発音と共に真っ白な蒸気が結界内を包み込んでいく。



「おおおーーー! いいぞやれやれーーー! もっと花火を打ち上げろー!」



 観戦モードのリリムは、った豆をパクパクと食べながら呑気に声援を送っていた。魔法戦を見て学べと伝えたんだが、本当に学習しているんだろうか。



膠着こうちゃく状態が続いていますね。解説のタクト殿。どう見るでありますか?」


「エリカとギルド長の手数は互角のようだ。ギルド長は最初の爆炎魔法で消耗している。だから技術で劣るエリカも善戦している……ように見える」


「技術で劣る……。タクト殿はエリカ殿の味方ではないのでありますか?」


「これでも人を教えていた立場なんでね。味方だろうが評価は正当に下す。魔法は素人だが、それでもギルド長の魔法技術が上なのはわかる」


「どのあたりが上回ってるでありますか?」


「エリカとギルド長の距離……間合いを見ろ」


「間合いでありますか?」



 俺は実況のシェルフィに伝わるよう、二人の間の距離を二本の指で測る。



「最初の攻撃を防いだことで、エリカは自分が押していると思ってる。氷の槍で積極的に攻めながら距離を詰めてるだろう?」


「た、確かに……! じわじわと前進してるであります」


「近接クラスと比べて魔法使いが有利な点は、遠距離から一方的に攻撃できることだ。だから、近づかれる前に相手を倒すのがセオリーだ」


「でしたら、近づいているエリカ殿が優勢では?」


のがギルド長の狙いだ。彼女も言ってただろう。だまし討ちと不意打ちは魔法戦の基礎だって」



 それを証明するように、一定の距離まで詰められたギルド長は杖を地面に向けた。



「【炎の地雷フレイムマイン】!」


「きゃああぁぁぁぁっ!」



 エリカの足下で大爆発が起こる。

 地雷魔法の爆発に巻き込まれたエリカは悲鳴をあげて、場外ギリギリまで吹き飛ばされた。



「おおっとここでトラップが発動! ギルド長はこれを狙っていたでありますか!?」


「ああ。わざとプロミネンスの威力を抑えて、押されてるフリをしていたんだ。エリカに悟られないよう火力を調整してたんだよ」



 力の限り剣を振り回したり、覚えた魔法をぶっ放すのは誰でも出来る。

 だが、手加減は己と相手の力量を正確に把握していないとできない。

 相手に気取られないよう、力を抜いて攻撃する。

 言葉にするのは簡単だが、やれと言われたら至難の業だ。


 しかし、ギルド長は涼しい顔でそれをやってのけた。

 激しい応戦の最中、地雷魔法フレイムマインを仕掛けてわざとエリカを誘い込んだのだ。



「立て! 立つのだエリカ! さっきまで押してたではないかーーー! このままではおぬしに賭けた金がすべてパァになってしまう!」


「おいこらそこ。なに賭け事をしてんだ」



 やけに人を集めて応援してると思ったら、リリムは裏で賭けをしていたらしい。

 リリムの声援を受けたわけではないだろうが、エリカは体をすすだらけにしながら立ち上がった。



「はぁはぁ……。ま、まだです……っ」


「もうやめなさい。結果は見えています」



 ギルド長は杖を下ろして、相手をねぎらうように拍手をする。



「この【爆炎のフィーレ】の攻撃によくぞここまで耐えました。それだけでも賞賛に値します。それで満足しなさい」



「【爆炎のフィーレ】だって……?」



 聞き覚えのある二つ名を耳にした俺は、ガタリと席を立った。

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