第28話 おじさん、敵のアジトに乗り込む


 すべてのレッサーデーモンを人間に戻した俺たちは犠牲者を馬車の近くに運んだ。

 作戦が上手くいったこともあり、死者はゼロ。

 大きな怪我を負った人もいなかった。

 ただし、素体となった奴隷の中には衰弱している者もおり……。



「消耗が激しくて予断を許さない方もいます。一刻も早く施療院せりょういんに運ぶべきかと」


「そうだな……」



 エリカは薬草をせんじながら、心配そうに奴隷たちを見やる。

 その隣では、沸かしたお湯を運んだりと忙しく働いているリリムの姿もあった。

 俺も気絶している奴隷の額に浮かんだ汗を布で拭いたあと、商人に語りかけた。



「報酬は出す。村人をバイデンの街まで運んでくれるか?」


「もちろんだ。しかし、なんだってこんなことに……」


「うぅぅ……」



 俺が商人に話しかけていると、介抱していた奴隷の一人が目を覚ました。

 その顔を見た商人が驚いたように駆け寄ってくる。



「あんたは【モンムーン】の村にいた……!」


「いつも荷を運んでくれてた商人さんか……。よくしてくれてたのに済まない。村はもうおしまいだ……」


「盗賊に襲われたか」


「ああ……」



 俺の問いかけに村人は、掠れた声を出して頷く。



「ヤツら急に来て村人をさらったんだ。老人は殺されて、子供は売られちまった。残りの連中は近くの遺跡に連れていかれて」


「薬を飲まされたのか……」


「金持ち連中に薬を売るための”お試し”とか言ってな。途中で薬の効果に耐えられずに死んでいったヤツらも多い。俺は日頃、畑仕事で鍛えてたから……ゴホゴホッ!」


「貴重な情報をありがとよ。もう休んでくれ」


「薬草を煎じました。苦みがありますがすべて飲んでください。痛みが和らぎます」



 エリカはお茶に煎じた薬草を村人に飲ませる。

 重症を負った村人には高価なポーションを与え、体力回復に努めさせていた。



「エリカとリリムは馬車の護衛を頼む。夜の行軍だ。モンスターが出るかもしれない」


「タクト、おぬし……。一人でカチコミするつもりだな」


「無銘じゃないとバグモンスターに勝てないだろ?」


「申し訳ありません。タクトさんにばかり負担をかけて」


「元より俺を利用するつもりでいただろ? 顎で使ってくれてかまわない」



 俺は無銘を収めた鞘を肩に担いで苦笑を浮かべる。



「美味いシチューをたらふく食わせてもらったからな。報酬はそれで十分だ」


「タクトさん……」


「ワシさまのことを言えぬな。おぬしもメシに釣られてるではないか」


「あはは。そうかもな」



 サイショ村でも、温かい食事のお礼にと村長の護衛を申し出た。

 自分で思っているより、俺は人の温もりというのもに飢えているらしい。



「おっさんは寂しい生き物だからな。美味いメシひとつでコロっといくんだよ」




◇◇◇◇◇◇◇




 リリムたちと別れたあと、俺は単身で【モンムーン】の村に向かった。

 これでも鍛えているので半日は歩き続けられる。

 【ムーブ】を間に挟めば時短にもなる。


 村人によると、盗賊のアジトは村から北東へ進んだ場所にある遺跡にあるらしい。

 遺跡自体はよくあるミニダンジョンで、ログドラシル・オンラインでは定期的にモンスターとアイテムがポップアップする仕様だった。



 「ここが盗賊たちのアジトか……」



 遺跡は半壊した石造りの寺院だった。瓦礫の下に地下へ通じてる階段があり、ご丁寧にランプで明りまでつけられている。

 階段の周辺には無数の足跡があり、車輪やひづめの跡が残っていた。



「こりゃすでに、もぬけの殻だな」



 予想通り、レッサーデーモンの群れを放ったあと急いで逃げ出したのだろう。

 ランプの明りが点いたままなのは、脇目も振らずにこの場を後にしたからだ。


 遺跡の外は荒野だ。さすがに俺は空を飛べない。夜目も利かない。

 今から追いかけても密売人の行方はわからないだろう。



(遺跡を調べて、手がかりを手に入れよう)



 狭い階段を経て地下に進むと、講堂ほどの広い空間があった。

 古代の祭事場だったのかもしれない。

 俺は考古学に興味はない。興味があるのは密売人の手がかりだ。



「ビンゴだ」



 広場の壁には薬品棚や実験用の器具が置いてあった。

 トランスウォーターらしき紫色の液体が入った小瓶も残っている。




「金より命を優先させたか。あとは……壁画……?」



 壁には羽根が生えた昆虫の絵が描かれていた。

 文字も書かれているようだが、薄れて読めない。

 また壁の亀裂からは紫色の水が染み出しており、地面に垂れ広がっていた。



「紫色の水…………。トランスウォーターか!?」



 俺は慌てて水から離れる。触れただけでも何が起きるかわからない。



「ここでトランスウォーターの湧き水を集めていたのか」



 どうして壁から湧き出ているのかわからない。

 難しいことはエリカたちに任せよう。


 本来のトランスウォーターは、愛玩動物に変身できる無害なポーションだ。

 そいつがバグって、モンスターに変身できるようになってしまった。

 被害者の村人も、デモンストレーションを行っていたと言っていた。

 集めた液体を村人に飲ませて効果を試していたのだろう。



「檻はあるが……人はいないな」



 実用に耐えられた人間は、みんなレッサーデーモンに変身させられたのだろう。

 死体が見当たらないのは、薬に耐えられずに体が溶けてしまったか……。



『――――モンスターのリポップまで、残り5……,4……,』



「は……?」



 檻を覗き込んでいると、いきなり目の前に”メッセージウィンドウ”が浮かんだ。

 機械的な合成音声でカウントダウンがアナウンスされる。



「待て待て! モンスターのリポップはゲームの仕様だろ!」



 すでにサービスは終了している。

 それなのにどうしてシステムが動いてるんだ!?



『…………1』



 クソ運営に文句を言いたかったが、容赦なくカウントダウンは終わりを告げて。



『――――【縺ャ縺?】をリポップします』



 名前も姿もバグった謎のモンスターが目の前に現れた。





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