第25話 おじさんと魔法使いの弟子
「シチューができましたよ~」
「わーーーい!」
やがて日が暮れて、俺たちは馬車を止めて野営を行うことにした。
本日の料理当番はエリカだ。さっそく”交換条件”を果たそうとしてくれている。
「今晩のメニューは鶏肉のシチューです。お肉は商人さんが提供してくれました」
「冒険者さんたちには馬車を護衛してもらってるからね。これくらいしねぇと罰があたる」
商人はシチューが盛られたお椀をエリカから手渡されて恐縮していた。
エリカは美人だからな。話しかけられただけでも緊張するだろう。
「うーまーいーのーだーーー!」
一方、リリムは緊張した素振りなんて一切見せずにシチューをカッ喰らっていた。
すでに3杯目のおかわりに入っている。
「俺の分も残せよ」
「なんだ。歳くって胃が小さくなったのではないか」
「このシチューは特別だ。美味くていくらでも入る。黒胡椒が隠し味か」
「はい。黒胡椒を入れることでお肉の臭みを消せて、シチューのまろやかさにアクセントもつけられるんですよ」
そう言ってエリカは胡椒の入った小瓶を取り出す。
エリカは魔法の杖だけでなく、ローブの下におたまやヘラを隠し持っていた。
他にも薬草やポーション、それと調味料や固形の携帯食も忍ばせているらしい。
「魔法薬作りの延長でよく料理を作るんです。調味料は薬の苦みを和らげたりと、何かと重宝するんですよ。それでいつも持ち歩いているんです」
「へぇ~。料理を作ると自ら言い出すだけはあるな。おかわり」
「はい。ただいま」
俺がお椀を差し出すと、エリカは甲斐甲斐しくシチューを注いでくれた。
リリムも4杯目のシチューを食べ始め、その美味しさにむせび泣いている。
「うぉぉ……。エリカが作るメシはどれも美味いのぉ。最高だのぉ。ワシさまの専属コックに任命してやる。ありがたく思うがいいぞ」
「えっと……ありがとうございます……?」
「無理して付き合わなくていいぞ。こいつ、人に会うたび何かしらのポストに任命してるからな」
「馬鹿者。ワシさまとて人を選ぶ。ワシさまの役に立たん人間に興味はない」
「伯爵と同じようなことを言ってやがる……」
さすがは魔王の娘と言ったところか。
根っこの部分にブラックな思想が見え隠れしている。
「しかし、まさか交換条件に料理を持ち出されるとは」
「お気に召しませんでしたか?」
「いいや、大助かりだ。ウチには食べ盛りの子供がいるからな。特に今日みたいな野営だとメニューも単調になりがちだ」
「誰が子供だ!」
「こらっ、食べながら喋るな。頬にクリームついてるぞ」
「にゃあ~! 気安く触るでない~!」
リリムの頬についたクリームを手で拭ってやると、お子様大魔王(の娘)はうるさく喚いた。そんな俺たちをエリカが不思議そうに見つめてくる。
「どうした?」
「いえ……。まさかネットで宣伝をしていたバーチャルアイドルと旅をできるとは思わなくて。偽者ではないですよね?」
「本名で冒険者ギルドに登録したから偽アカウントは存在せぬぞ。ワシさまは正真正銘、リリム・メッチャボウクン・シュトロノーム18世なのだ」
リリムは胸を張ると、上着の襟につけた銀の
「冒険者ランクは銀。銅のおぬしより上だ。ふふんっ!」
「ギルドで聞きました。ノービスから異例の2階級特進だとか。すごいですね」
「はっはっはっはっ! もっと褒めろ!」
「馬車で運ばれていた奴隷も助けたんですよね。ワタシも手伝いたかったのですが」
「よいよい。宮殿の地下に囚われていた奴隷を解放したのはおぬしだろう? おかげで手柄が増えた。よい働きであったぞ」
「そう言っていただけて幸いです」
エリカはリリムをヨイショして、空いたお椀にシチューを注ぐ。
「ささ。どうぞリリムちゃん。もう一杯」
「おお、これはかたじけない。はっはっはっはっ! おい、タクト。この女、すごくいいヤツだぞ。誰だ認めないとか言ってたヤツは。アホなのか?」
「アホはおまえだよ」
エリカに接待されてリリムはご機嫌だった。エリカなりの処世術だろう。せっかくパーティーに入ったのに、リリムに邪魔されたら敵わないからな。
【トランスウォーター】に関する一連の事件は、ログドラシル・オンラインには存在しない未知のクエストだ。
ここからは自分たちの頭で考え、行動を決めなくてはならないのだから……。
◇◇◇◇◇◇
お腹がいっぱいになったリリムは、すぐに眠りについた。
馬車を野盗やモンスターから護る必要もある。俺は眠らずに火の番をしていた。
「タクトさん……」
「エリカか、どうした?」
「ちょっと眠れなくて」
俺が見張りをしていると、馬車の
エリカは俺の隣に座ると、
「あったかい……」
「夜は冷えるからな……」
バイデンより北の方角は、荒涼とした大地が広がっている。
風を遮るものもなく、夜風に吹かれたままでいると風邪を引いてしまうだろう。
「ワタシの申し出を受けてくださってありがとうございます」
「いいんだよ。俺もバグは見過ごせないからな。人の役に立つならこいつも本望だろう」
俺はそう言って、脇に置いてある無銘を鞘の上から撫でた。
「無銘は未実装だったエクストラダンジョンに眠っていたんですよね?」
「名前が文字化けした状態でな。それと魔法教師ヴィヴィアンにも会った」
「先生と……」
「エリカは元PCの魔法使いなんだよな。ということは……」
「魔法教師ヴィヴィアンに魔法のチュートリアルを受けました。先生はワタシの素質を見抜いて、氷属性の魔法を教えてくれたんです。この杖も卒業のお祝いとして頂いたもので」
エリカはそう言って懐から杖を出して、懐かしそうに持ち手を握った。
「バグの影響でしょうけど先生が住んでいた占いの館が消えちゃって。代わりに剣術道場が建っていました」
「あ~、それは俺んちだ。そういう仕様なんだよ。近接系だと俺が。魔法系だとヴィヴィアンがチュートリアルを行うことになってて」
「知っています。これでも元PCですから。だから余計に驚いたんです。チュートリアル役のタクトさんが道場にいなかったので」
「サービスが終わって新規のPCも現れなかったからさ。いい機会だから冒険に出ようと思って」
「タクトさんっていい歳なのにヤンチャですよね」
「何かを始めるのに年齢は関係ないさ。思い立ったが吉日。今日が人生で一番若い日、ってね」
「何かをはじめるのに年齢は関係ない……ですか。それって若い子にも適応されますか?」
「もちろんだ。もしかして人生経験が少ないからって、何かをはじめることに尻込みしてるのか? やり直しが許されるのは若者の特権だぞ。バンバン失敗すればいい」
「でも、失敗って怖くないですか?」
「怖ければ人を頼ればいいんだ。何も独りで抱え込むことはない。それに失敗も経験のうちだ。人に頼ったことも、また失敗したことも自分の糧になる。何かを為すために自ら考え、自分の意思で動いた。その事実の積み重ねが自信に繋がるんだ」
「自分の意思で動く……」
「っと、なんか説教臭くなったな。すまん、偉そうなことばかり言って」
「いえ。参考になりました。ありがとうございます」
俺が頬を掻いて苦笑を浮かべると、エリカは表情を緩めて笑った。
忘れそうになるがエリカは超絶美人なのだ。笑うだけで周囲の空気が華やぐ。
最初は気難しいお嬢さんかと思ったが、人に慣れると素の表情が出てくるらしい。
「あ、そういえば明日の準備なのですが……」
「待った」
俺は人差し指を自分の唇に当てて、黙るようにジェスチャーを飛ばす。
エリカも冒険者だ。それだけで緊急事態だと悟ってくれた。
「野盗ですか? モンスターですか?」
「モンスターだな。野盗なら近づいてくるときの足音で気がつく」
敵の気配はいきなり現れた。
しかし、周囲に隠れられそうな場所はない。見渡す限りの野原だ。
それなのに濃厚な敵意を向けられている。
気配の元は……。
「……っ! たき火から離れろっ!」
敵意の発生源。
それは目の前で揺れている、たき火の炎だった。
ボゥ――――。
炎が怪しく揺らめく。やがて炎の中から現れたのは。
「サラマンダー!?」
炎を身にまとう小竜、
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バーチャルアイドル リリムちゃんの宣伝コーナー
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リリム「シチュー美味いのだ! お腹いっぱいで寝てる間に大変なことになってるな。ま、いいか!(よくない)」
おはボウクン! ここでワシさまからの宣伝なのだ!
この作品は、カクヨムコン9に応募しておるぞ。読者の★がランキングに影響する。面白いと思ったら★をくれるとワシさま大感謝。作品のフォローも忘れずにな。
【ラブコメ】ポンコツ隠れ美少女なお嬢様の家事を手伝って毎日イチャイチャする話 ~コワメン男子の風馬くんとイモ子と呼ばれていた天城さん~
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