第4幕 おじさんのバグったパーティー戦

第23話 おじさんと最後のプレイヤーキャラ


「ワタシの名前は【夜渡よわたり 絵里香えりか】。この世界……ログドラシル・オンラインに取り残された【PCプレイヤーキャラ】です」



 エリカは空中に”ステータスウィンドウ”を表示させながら、そう言った。

 俺は葉巻煙草の煙を吐き出すのも忘れて、思いっきり咳き込む。



「ゴホッ! ゲホッ! ゴホッ! 世界に取り残された【PC】だって!?」



 半信半疑ではあったが、”ステータスウィンドウ”に表示されている内容は――



 ◇◇◇■ ステータス ■◇◇◇


【エリカ・ヨワタリ】


 元PC/ 18歳 / 女性 / ヒューマン


 ●冒険者レベル:15

  →冒険者クラス:魔法使い(クラスLV:15)


 ●冒険者ランク:銅(ブロンズ)

  →所属パーティー:なし


 ●近接スキル:なし

 ●魔法スキル:氷属性魔法(LV:10)、魔法操作(LV:3)、魔法防御(LV:1)、補助魔法(LV:1)


 ●能力値:【耐久力8】【技量12】【知覚18】【理知25】【幸運5】



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ――というものだった。



「間違いない。こいつは本物の”ステータスウィンドウ”だ」



 俺もリリムもサービス終了と同時にシステムにアクセスする権限を失った。

 俺に無銘を託した【上位権限NPC】のヴィヴィアンも同じはずだが……。



「このステータスウィンドウがPCだった証拠です。一般的なNPCはステータスウィンドウを表示できませんので」


「なるほどな」



 冒険者ギルドでクラス適性を調べるために使った、ステータスチェッカー。

 あのマジックアイテムを使えば、具体的なステータスが数字で表示される。

 けれど、NPCである俺やリリムに対しては上手く作動しなかった。

 誤作動かと思ったが、具体的なステータスが設定されているPCにだけ反応するようだ。



「目が覚めたときからワタシはステータスを表示できました。それで自分の名前と職業、置かれた立場を理解したのです」


「置かれた立場って、この【元PC】ってヤツか?」



 俺は表示されたままのステータス画面を指差す。

 【PC】ではなくて、【】という表記が気になっていたのだ。



「ワタシはログドラシル・オンラインの外側……現実世界にいるプレイヤーよって生み出されたPCです。サービス終了と同時にプレイヤーの操作を離れたワタシは、この世界の住民に生まれ変わったのです」


「話がややこしいが、中の人はいないってことか?」


「はい。仮に【Aさん】としますが、ワタシとAさんは別人です。ワタシの感覚だとAさんは親のような扱いになりますね」



 エリカは微笑を浮かべると、空中に表示させていたステータスウィンドウを消去した。



「Aさんとコンタクトを取れたりは?」


「何度か試みましたが現実世界にいるプレイヤーとの通信は不可能でした。運営とも連絡がつきません」



 エリカは月を見上げて寂しそうに目を細める。

 二度と逢うことが叶わない親をしのんでいるのだろう。



「タクトさんはここがゲームの世界だとわかっているんですね」


「そういう前提で話を進めてただろ? 俺はシステム側に寄ってた【上位権限NPC】なんだよ。何の因果か自由に動けるようになったんだ」


「やはりそうでしたか。タクトさんの名前を聞いて驚いたんです。サイショ村にいるはずの『チュートリアルおじさん』が、どうして外を出歩いているのかと」


「俺もあんたの正体を聞いて驚いたよ。サービスが終了した影響でPCは全員いなくなったものと思ってた」


「詳しい理由はわかりませんが、おそらくバグの影響かと」



 エリカはそう言うと、長い銀髪をかきあげてうなじを見せてきた。

 うなじには、魔術的な意味合いがあるっぽい小さな刻印が刻まれている。



「この刻印は罪人ざいにんの印……」


「罪人……?」


「Aさんはデータを改ざんしてPCのステータスを盛りまくっていた、チーターだったのです」


「おい。なにしてんだAさん」



 いきなり不穏な話になってきたぞ。



「Aさんはチートが運営にバレてPCをデリートされました。仕方なく最初からPCを育てようとして生み出されたのがワタシです」


「よくあっちゃいけないけど、よくある話だな」



 アカウントごとBANされなかっただけ温情だろう。



「罪人の娘もまた罪人……。二代目のワタシにも刻印が刻まれて、行く先々で石を投げられる始末。それが嫌になったAさんはログインするのを辞めたのです」


「災難で片付けるには辛い話だな。あんた自身には何の罪もないのに」


「ありがとうございます。そのように理解してくださる方がいるだけで救いになります」



 本当にこれまで辛い目に遭ってきたのだろう。

 エリカはどこか悟ったような、物寂しそうな笑みを浮かべる。



「刻印はシステム側が管理しているタグ付け。運営による呪いのようなものです。それが悪さをして、サービスが終わるのと同時にバグが生じたのでしょう。気がつけばワタシは、この世界を生きる一人の冒険者として目覚めたのです」


「そのあとステータスを見て、自分の置かれた状況を確認したわけか」


「はい。すべては神の思し召しだと思って贖罪しょくざいの旅に出ることにしたのです」


「贖罪の旅?」


「ワタシのような犠牲者をこれ以上増やさないために、チートやバグの根絶を目指しています。神もそのためにワタシをこの世界に残した。そう考えたのです」


「バグの根絶……」


「ここまで言えばお分かりですね?」


「無銘を渡せってか」


「話が早くて助かります。でも、早とちりですよ。最初に言ったでしょう」



 エリカはそこで右手を差し出してきた。



「タクトさん。ワタシとパーティーを組みませんか?」






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