第18話 おじさん、謎の刺客と戦う


 警備の騎士を装って伯爵の部屋に入ると、謎の女魔法使いがいた。

 女魔法使いは杖もなしに無数の氷の刃を召喚して、エルメリッヒ伯爵を壁際に追い詰めている。よく見ると側近らしき騎士が氷漬けにされていた。



「……見られましたか」



 魔法使いは銀色に輝く艶のある長髪を揺らして、真っ赤な瞳をこちらに向ける。

 伯爵に向けてかざした手は微動だにせず、氷の刃は伯爵に向けられたままだった。


 部屋の明りは消されており、相手の顔は暗くてよくわからない。

 真っ黒なローブで身を包んでおり、氷の刃を召喚してなければ魔法使いだとわからなかっただろう。



「お、おい! そこのオマエ! 褒美を取らす。早くこの侵入者を殺せっ!」



 俺を警備だと勘違いしたのだろう。伯爵が助けを求めてくる。

 女魔法使いは忌々いまいましげに舌打ちをすると、右手に魔力をこめた。




「【アイスバインド】!」



 女魔法使いは伯爵の手足を氷漬けにして壁に貼り付けると、俺の方に向き直った。



「見られたからには仕方ありません。大人しくしてもらいます」


「待て。俺は……」


「【アイシクルランス】!」



 女魔法使いは空中に氷の刃を生み出すと、問答無用だと攻撃を仕掛けてきた。

 俺は【無銘むめい】を鞘から抜いて氷の刃を弾き返す。



「氷使いなのに血の気の多いヤツだ」


「【アイシクルランス】を防いだ!?」



 警備兵ごときに魔法攻撃を防がれるとは思わなかったのだろう。女魔法使いが驚愕の声をあげる。

 予想外だったのは伯爵も同じだったようで、俺の活躍を見て歓声をあげた。



「いいぞ! キサマは他の役立たずとは違うな。そのまま反撃だ!」


「うるさい。黙って見てろ」


「ひぃ! すみませんっ」



 俺が睨みつけると伯爵は顔を白くさせて謝った。

 氷漬けにされてるから体温が下がっているのだろう。

 別に助ける義理もない。むしろ捕まえに来たわけだが……。



「あんた、何者だ? 借金取りか?」



 そもそもの話。伯爵の宮殿を襲撃するクエストに、こんな魔法使いは登場しない。

 伯爵は配下の騎士を使って最後まで逃げ回り、最終的には奴隷に刺されて死ぬ。

 伯爵相手に奴隷の手を汚させるまでもない。

 だから、逃げ回る前に天誅てんちゅうを下しにきたのだが……。



(ここでもイレギュラー、ってね)



 サイショ村でリリムと遭遇した時と同じパターンだ。

 この女魔法使いも自由行動を行える【上位権限NPC】の可能性がある。



「アナタこそ何者ですか? こんなところで凄腕の剣士と戦うなんて聞いていません」



 女魔法使いは、油断なく右手を構えながら逆に問いかけてきた。



「まさか、アナタがここの”ボス”なの?」


「ボス……?」



 騎士団の団長とでも勘違いしているのだろうか。上手く話がかみ合わない。



「……まあいいです。どうせ全員無力化するつもりだったので」



 女魔法使いは雑念を払うかのように首を横に振ると、懐から小さな木の杖を取り出した。



「アナタもワタシの経験値になりなさい!」



 叫びと共に、女魔法使いの背後に魔法陣が浮かび上がる。

 すると長さ1メートルほどの氷の槍が数十本、空中に出現した。



「【アイシクルランス】!」



 手加減は無用だと判断したのだろう。

 白い冷気をまとった氷の槍が高速で降り注ぎ、急所を的確に狙ってくる。

 今までの攻撃は小手調べ。この攻撃が杖を媒介にブーストした本気の【アイシクルランス】なのだろう。


 宿舎で惰眠だみんをむさぼってる間抜けな騎士なら、この一撃で即死だ。

 シェルフィの大盾でも防ぎきれなかったかもしれない。

 だが――



「当たらなければ、ってね」



 俺は【ムーブ】を使って、瞬時に攻撃範囲から逃れる。

 そのまま女魔法使いの背後に回った。

 


「そうくるでしょうね」



 接近を許したはずの女魔法使いが、ニィと唇を釣り上げる。


 一度攻撃を防いだ際に俺の力量を見定めていたのだろう。

 今のアイシクルランスは囮。

 本命は――



「【アイスバインド】!」



 伯爵を壁に貼り付けていた氷がうごめき、死角から氷柱が突出してくる。

 氷の槍と氷柱による二段構えだ。俺は――




 ――――バガンッ!



 視線を魔法使いに向けたまま、迫り来る氷柱を粉々に砕いた。

 無意識でも反応できるカウンタースキル、【ソードカウンター】を発動させたのだ。



 【ソードカウンター】は文字通り、剣によるカウンター攻撃を行う防御スキルだ。

 カウンター系のスキルは相手の攻撃を受け流しつつ、一瞬の隙をついて致命傷を加える。

 不意打ちを食らっても無意識で反応できるように鍛錬を続けてきた。田舎の道場で新人冒険者を指導すること以外には、他にやれることもなかったからな。



「そんな……っ!?」



 最初の【ムーブ】で女魔法使いの背後には近づいている。

 俺はうろたえる女魔法使いの首元に剣の刃を突きつけた。



「いい子だから大人しくしな」


「くっ、殺しなさい……!」

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