第3話 おじさん、バグった聖剣?を手に入れる


「なんだこの剣は……」



 聖剣(たぶん)を引き抜いた俺は、剣を掲げてマジマジと刀身を見つめる。

【繧ォ繧ェ繧ケ繝悶Μ繝ウ繧ャ繝シ】だと頭がおかしくなりそうなので、【無銘むめい】と名付けた。



「名前がわかれば特殊効果もイメージしやすいんだが……。文字化けしてるから仕方ないか」



 無銘は両刃のロングソードで、柄の部分に魔法文字が刻まれている。

 刀身も静かな魔力を帯びており、生半可なまはんかな攻撃では折れそうになかった。

 欠けたロングソードは予備として鞘に収めたまま、抜き身で無銘を持ち歩く。



「バジリスクがダンジョンのボスだったとは」



 バジリスク以外にモンスターの気配はなく、レア(っぽい)武器をあっさりと手に入れてしまった。

 エクストラダンジョンとか言うから、難攻不落の高難易度な迷宮が広がっているかと思ったのだが。


 何はともあれダンジョンはクリアした。あとは元の森に戻るだけ。

 ……そう思っていた時期が俺にもありました。



「……出られねぇ」



 花畑が広がる丘を30分ほど回ってみたが、どこにも出口が見当たらなかった。



「なんでだよ!? あきらかにアイテムGETしてクリアの流れだっただろ!」



 誰にでもなく文句を言う。

 運営は死んだがクレームの窓口は生きているかもしれない。

 しかし、俺のクレームは空しく丘に響き渡るだけだった。


 冷静になれ……。俺もいい歳をしたおっさんだ。

 空に向かって文句を垂れても現状が変わらないことはわかっている。



(ダンジョンのクリア条件はボスを倒すことだ)



 それなのに脱出できない。

 つまり、バジリスクはボスではなかったという話になる。

 おそらく真のボスが森の何処かに隠れているんだろう。

 見つけ出すヒントは……。



「無銘か……!」



 貴重なレア武器がダンジョンをクリアする鍵になっているパターンだ。




「ひーかーりーよーーーー!」



 物は試しと無銘を天高く掲げる。

 すると丘のある一点に向かって陽光が差し込んだ。



「当たりだ!」



 無銘を見つけたときも、霧の中に陽光が差し込んでいた。

 無銘にはそういった道しるべの効果があるんだろう。

 ここまでの流れはすべて、無銘を使うためのチュートリアルだったのだ。


 光を頼りに丘を進むと――



「忘れられた神域にようこそ。選ばれし勇者よ……」



 丘の中腹にある小さな湖にて、ヒイラギの冠を付けた女神さまが俺を出迎えた。

 女神さまは水色の長髪をふわりと揺らしながら、俺に微笑みかけている。

 しかし、その神々しい笑みはムサイおっさんのヒゲづらを見てくもった。



「ゆう……しゃ……? ですよね?」


「人違いだ。俺は近くの森で道場を開いている、ただのおっさんだ」


「なんと……。ですがその【繧ォ繧ェ繧ケ繝悶Μ繝ウ繧ャ繝シ】は勇者にしか抜けないはず」


「あ、呼び名もやっぱりバグるんだ」


「失礼しました。おかしいですね。舌が上手く回りません」



 俺があきれ顔で突っ込むと、女神さまは恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせて自分の口を手で押さえていた。慌てても上品さが失われておらず、とても可愛らしかった。



「女神さまもこの剣の本当の名前を知らないのか?」


「そんなはずはありません。ですがこれは……おそらく、その剣がだった影響でしょう」


「未実装?」


「この世界がサービス終了したことはご存じですか?」


「ああ。だから俺は動けるようになったんだ」


「あなたも上位権限を持つ【NPCノンプレイヤーキャラ】でしたか。それなら説明の手間が省けます」



 女神さまは何やら納得したように頷くと、俺の持つ剣を指し示す。



「その剣はこれから先のアップデートで実装されるはずのレア装備だったのです。仮データだけは置いてあったのですが……」


「サービスが終了して本データが実装されなかったわけか」


「その通り。本当ならばこのエクストラダンジョンも、活気と殺意に溢れていたはずなのです」


「殺意って……」


「ですが、実装が間に合わずに【バジリスク】だけが召喚されました。他のダンジョンに出てくるモンスターを流用したわけですね」


「この女神さま。裏の事情、バンバン出してくるじゃん……」



 言われてみればモンスターの数が少なすぎた。モンスターの配備すらままならなかったのだろう。



「誰も訪れないままサービスが終了して、私も途方に暮れておりました。勇者……つまりはPCプレイヤーキャラ邂逅かいこうすることなく、このまま眠りにつくものと思っていたので」


「空気読まずに邪魔しちまったみたいで悪いな。この剣、元の場所に戻そうか?」


「その必要はありません。ボスを倒した勇者に褒美を渡すのが、ダンジョンマスターである私の役目でもあります」


「なんだ。やっぱりあいつがボスだったのか」


「【バジリスク】は蛇型モンスターの中でも上位に入る強敵。中途半端なレベルの勇者では太刀打ちできなかったでしょう」 


「そうなのか? いまいち、しっくりこないな」


「相手が実力を出す前に倒してしまったのですよ。それほどまでに、あなたの剣技は冴え渡っていたのです」


「う~ん。基本の技で倒しただけなんだが……」



 対人戦ではなかったので、自分の技量がどれほどなのか推し量れない。

 けど、これだけ褒めてくれるってことはもしかしたら俺、冒険者としてもやっていけるのかも。自信ついてきたな。



「その剣もタクトさんを気に入ったようです。旅のお供として外の世界へ連れていってあげてください」


「どうして俺の名前を……?」


「データを照合しました」


「あ、そういうこともできるんだ」



 どうやらこの女神さまは俺より上のシステム権限を有しているらしい。



運営とコンタクトを取れたりは?」


「残念ながら……。ヴァルハラの門は閉ざされました。地上に生きる私たちは神に見放されたのです」


「女神さまも追放されたってことか?」


「ふふっ。私は女神ではありませんよ。湖の精霊です」



 女神さま改め、湖の精霊さんは上品な笑みを浮かべる。

 ずっとひとりぼっちだったはずなのに、そんな寂しさを微塵も感じさせない。



「精霊さんも俺と一緒に来るか? 神はいないんだ。律儀に命令に従うことはない」


「いえ……。私はこの湖から出たら消滅する。そういう設定になっていますので」


「そうか……」


「ですので、その剣……無銘を連れていってください。そして私たちのような【NPC】を、タクトさんに導いてほしいのです」


「導く?」


「あなたの存在そのものが私たちのようなNPCにとって希望になります。いつか自分たちも己の意思で自由に動き回れるのではないか、と」


「希望だけ見せるのも酷だぜ。外に出たくても出られない連中の方が多いだろ」


「それでもよいのです。サービス終了の一報は、この世界がゲームであることを識る【上位権限NPC】にとって死の宣告に等しいもの……」



 精霊さんはそう語ると、少しずつ体の輪郭が溶け始めた。

 体の一部が水滴のように垂れ、足下の湖に流れていく。



「私はあなたと出会い、無銘を授けることで役目をまっとうできました。他にも未練を残したまま世界の終焉しゅうえんを迎えようとする【NPC】がいます。どうか彼らに生きる意味を与えてください」


「俺はただの剣士で勇者じゃないんだがな」


「ふふっ。もう手遅れですよ。その剣を手にした時点で、あなたも勇者の仲間入りです」



 精霊さんは最後の力を振り絞り、俺の持つ剣に魔力を注ぎ込む。



「湖の精霊【ヴィヴィアン】の名の下に、タクト・オーガンの旅路に祝福を」


「ヴィヴィアン――」



 最後の最後で名前を知った。湖の精霊ヴィヴィアン。

 その名はもう一人のチュートリアル役、魔法教師ヴィヴィアンと同じ名前で。



「私の分まで世界を楽しんでください」



 寂しそうな彼女の言葉と共に、俺の体は光に包まれた――





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