第2話 おじさん、エクストラダンジョンに挑む


 雪を見た子犬のように庭を駆け回ったあと、俺は冷静になって道場へ戻った。


 道場の外に広がる森には、モンスターがうろついている。

 冒険ははじめての俺でも、手ぶらで旅に出たら野垂のたれ死ぬことくらいはわかる。


 そこで使い慣れたロングソードと革の鎧、1日分の食糧しょくりょうを革袋に詰めてから森を抜けることにした。

 道場から持ち出したのは、装備と食糧だけでなく……。



「かぁ~! 昼から飲む酒は最高だな~~~!」



 外に出られた喜びも相まって、俺は日が高いうちからブドウ酒を飲んでいた。

 どうせ世界が終わるんだ。誰がとがめるわけでもない。好きにやらせてもらおう。



木漏こもれ日が気持ちいい。これが外の世界か……」



 この森は、チュートリアルが終わってすぐのフィールドだ。

 トラップもない。出てくるモンスターもザコばかりだ。

 初心者にも優しい設計になっている。


 森の奥にあるウチの道場から【サイショ村】までは、徒歩で1時間ほどだ。

 森の奥に道場を建てた偏屈へんくつな元傭兵(俺のことだ)は、サイショ村で食糧や日用品を買っており日常的に交流がある。だから道に迷うことはない。


 ……と、まあそういう設定になっている。


 俺の頭の中にあるメタ的な知識がどこまで通用するかはわからないが、酔った頭でも道に迷わず進めているようだ。



「独りぼっちで酒飲むのにも慣れちまったなぁ……」



 外で飲む酒は美味いが、やっぱりどこか寂しさを覚える。

 神に言われて若者を指導し続けたが、ルーキーたちはすぐに巣立っていく。

 チュートリアルを行う最初の道場に戻ってくる物好きもいないので、俺はいつも独りで酒を飲んでいた。

 せっかく外に出たんだ。フレンド100人……いや、せめて10人くらいは欲しいなぁ。



「おっと、そろそろ分かれ道か」



 西に向かうと【サイショ村】。

 北に向かうと【禁域きんいき】があったはずだ。


 【禁域】とは、初心者お断りのエクストラダンジョンのことだ。

 入るのにも条件があり、後半のクエストをクリアすることで封印が解放される。

 最初の森に高難易度のダンジョンがあった、というマニア心をくすぐる仕様になっているらしい。



「用はないな。村へ行こう」



 俺が求めているのは世界各地を巡る冒険だ。

 なにより封印を解くための条件を満たしていない。

 俺は分かれ道を西に進み、サイショ村を目指すことにした。


 そう思っていたが……。



「…………迷った」



 道を進むにつれて森は深くなり、手入れのされてない鬱蒼うっそうとした緑が生い茂りはじめた。

 周囲には毒の沼地が広がり、魔物の死骸しがいらしき骨が散乱している。

 樹木の表面には、ニスのようなもので黒くて禍々まがまがしい文様もんようが描かれているのが確認できる。



「どう考えても禁域なんだよなぁ……」



 酒に酔って方向を間違えたのだろう。

 そう思って来た道を戻ろうとしたが、時すでに遅し。

 禁域は迷いの森になっているようで、俺は同じ場所をグルグルと回された。

 おそらく木々に描かれた文様の影響だろう。



「まずいな。一日分しか食糧を持ってないぞ」



 酒はすでに飲み干した。水を得ようにも毒の沼地しか辺りにない。

 食糧も干し肉に麦パンがひと欠片だけ。

 ここはゲームの中だが俺はこの世界で生きているNPC一般人なので、腹も減ればクソもするのだ。死んだら……たぶんそのままあの世逝きか。そうしたら神に会えるかもな。



(今はまだ神に会うつもりはない。ダンジョンで迷ったときの対処法方法は二つだ)



 ひとつ目は、その場から動かずに救援を待つこと。


 

(……却下だ。禁域である迷いの森に助けが来るとは思えない)



 それなら選ぶ方法はひとつだけ。



「ダンジョンのボスをとっちめよう!」



 ダンジョンには必ずボスがおり、ソイツが魔法的な結界を張ってダンジョンを維持している。

 エクストラダンジョンである【禁域】も仕組みは同じだろう。

 だからボスをぶっ倒して外に出る。出した答えは単純明快だった。



「奥に進もう」



 前進すると決めた途端、急に風景が変化して新しい道がひらかれた。

 来る者は拒まず、去る者は追いかける。それが迷いの森の特性らしい。


 そして、もちろん――。



「フシュゥゥゥ……っ」



 行く手をさえぎるようにして、頭に王冠を載せた巨大な蛇が鎌首かまくびをもたげた。



「そりゃあモンスターが出てくるよな」



 石化の邪眼を持つと言われる大蛇のモンスター【バジリスク】だ。

 雄牛を丸呑みしそうなほどのデカさで、まさに蛇系モンスターのキングオブキングだ。



「さすがエクストラダンジョン。初陣ういじんの相手がバジリスクとはね」



 俺は鞘からロングソードを引き抜き、両手で構える。

 バジリスクは目が合った相手を石化させる初見殺しの即死スキルを持っている。


 当然、俺はバジリスクの視線から顔を隠す。

 しかし、殺し合いにおいて相手から目を逸らすことは――



「シャアアアァアッァァ!!!!」



 ――死を意味する。

 

 当然、俺の隙を狙ってバジリスクが襲いかかってきた。

 巨体が一瞬で地面をい、俺を丸呑みしようと大きなあごを開いて――



「【ムーブ】」



 俺はバジリスクが攻撃を加えるより先に、移動系の初歩スキルを使用した。



【ムーブ】は、スタミナを消費せずに一定距離を瞬時に移動する歩行術だ。


 攻撃の際の間合いづめ、回避、ベクトルを上に向ければ跳躍ちょうやくにも使える。

 汎用的で実用性もあって覚えるのも簡単だ。基礎中の基礎として、これまで多くの初心者冒険者に学ばせてきた。


 教える側の技術がつたないと生徒に笑われてしまう。

 だから基礎訓練を欠かさなかった。

 素振りと同じように、【ムーブ】も毎日のように訓練を重ねてきた。


 その結果――



「ほいっと」



 俺はほぼ瞬間移動に近い速さで、バジリスクの背後に回った。



「……っ!?」



 一瞬の出来事に、バジリスクがきょを突かれる。

 当然、その隙を逃すわけもなく。



「せいっ!」



 裂帛れっぱくの気合いと共にロングソードで一閃いっせん

 バジリスクの頭部を輪切りにした。



 ――ズゥン。



 頭部を失った巨体が音を立てて地面に沈む。



「ふぅ……。実戦は初めてだったが何とかなったな」



 道場で新人PCとばかり相手していたから、モンスター相手だと勝手が違う。

 けれど、元傭兵で剣術師範という”設定”が”戦闘経験”に繋がり、俺の体を自然と動かした。

 矢を受けて負傷したはずの膝の痛みも感じない。隠居生活がいい療養になったのだろう。



「剣はバジリスクのウロコに耐えられなかったか」



 先ほどの一撃で、ロングソードは刃こぼれしてしまった。

 鈍器としては使えるが、切れ味は期待できない。



(この先の戦闘、どうしよう……)



 仕方なく剣を鞘にしまい、先に進む。

 後戻りはできないのだから前進あるのみだ。



「ピンチだけど、ちょっとワクワクしてきたな……」



 俺が欲していた冒険とはこういうものだ。

 道場で素振りをして過ごすだけの人生にサヨナラだ。

 師範の仕事にやり甲斐は感じていたが、物足りなさも覚えていた。

 こうして外に出てわかったが、どうやら俺はスリルを求めているらしい。



「エクストラダンジョンに迷い込んだのは正解だったかもな」



 自分を見つめ直すいい機会になった。

 後はこのまま無事に脱出できるといいんだが……。



「空気が変わったな……」



 しばらく森を進むと、ひんやりとした冷気が周囲を包み込んだ。

 体の芯を突き刺す夜の寒さ、墓場を漂う寂寥感せきりょうかん……。

 そういった負の空気を肌で感じられる。



「ここからがエクストラダンジョンの本番か」



 バジリスクは門番だったのだろう。気を引き締めながら前へ進む。

 冷気は黒い霧となって、俺や周囲の木々の姿を黒く染めていく。


 前も後ろもわからない。

 俺の体さえも見えなくなって、自分がどこにいるかわからなくなる。


 すると、暗く冷たい霧の世界に温かい光が差し込んだ。

 天から降り注ぐ一筋の光。

 他に道しるべはない。

 陽光を目標に道なき道を進むと――



「ここは……」



 やがて黒い霧が晴れた。


 森にいたはずなのに、そこは小高い丘になっていた。

 丘いっぱいに色とりどりの花が咲き乱れ、蝶々や妖精らしき小人がクリーム色の空を舞っていた。


 陽光は丘の中心に向かって差している。

 光が指し示す先には石碑せきひがあり、かたわらには一本の西洋剣が地面に突き刺さっていた。


 石碑に書かれているのは――



【繧ォ繧ェ繧ケ繝悶Μ繝ウ繧ャ繝シ】



…………だと…………!?」



 おじさんはエクストラダンジョンの奥に眠る聖剣【繧ォ繧ェ繧ケ繝悶Μ繝ウ繧ャ繝シ】を手に入れた!

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