2人の友情は確固たるものに

「イルゼ・マルガレータ・フォン・ミュンヒハウゼン! 俺は君との婚約を破棄する!」

 何と、夜会でヴォルフラムはそう宣言してしまったのだ。

「ヴォルフラム様、何故なぜ婚約破棄などなさろうとするのですか!?」

 イルゼはショックを受けていた。

「イルゼ、君も気付いているのだろう? 俺は心から愛する人を見つけてしまったのだ! ユリアーナ・メビティルデ・ケーニヒスマルク嬢! 俺は貴女と結婚したいのです!」

 高らかにそう宣言してしまったヴォルフラム。

(そんな……どうして……。それに、エッケンハルディン卿と結婚なんて絶対に出来ないわよ)

 ユリアーナはヴォルフラムの宣言とイルゼの真っ青な顔を見て、頭が真っ白になってしまった。

 周囲は「何と愚かな」とヴォルフラムを白い目で見ている。そしてユリアーナとイルゼを好奇の目で見る者もいる。

 ガーメニー王国では上級貴族(公爵、侯爵、辺境伯、伯爵)と下級貴族(子爵、男爵)の結婚は認められていないのである。

「ユリアーナ嬢、俺はユリアーナ嬢でなければ」

 ヴォルフラムはユリアーナの手を握る。

「や、やめてください!」

 ユリアーナはヴォルフラムの手を強く払った。その後のことはよく覚えていない。

 その夜会での騒動は、貴族社会にあっという間に広まった。

 ヴォルフラムはエッケンハルディン子爵家当主、つまりヴォルフラムの父にこっ酷く叱られた末に、騒ぎを起こした罰として廃嫡になった。そして子爵家はミュンヒハウゼン男爵家への賠償もしっかりおこなった。しかし、新興貴族である男爵家と歴史ある子爵家では、歴史ある子爵家を支持する者が多い。よって、イルゼには全く非がないのだが、人前で婚約破棄されたことで傷物扱いである。それにより、イルゼの次の縁談は絶望的であった。縁談が全く来ないわけではないのだが、瑕疵のある令息だったり、一回り年上の男性の後妻としてだったりする。つまり、確実にイルゼが不幸になる縁談しかなかった。これにより、イルゼは自ら修道院に入ることを選んだのだ。そして、ユリアーナも社交界で好奇の目に晒されていた。

 ユリアーナに非があったわけではないが、せめて一言でもイルゼに謝りたいと思った。ミュンヒハウゼン男爵家へ行くと、丁度修道院に向かおうとするイルゼと会った。

「イルゼ様、わたくしは……」

 そこで言葉に詰まるユリアーナ。

「ユリアーナ様……私はもう……」

 イルゼは悲しそうに微笑み、そのまま何も言わず修道院に向かう馬車に乗り込むのであった。

 ユリアーナはその後、イルゼと連絡が取れていない。






−–−–−–−–−–−–−–−–−–−–−–−–






「以上がわたくしの過去でございます」

 ユリアーナは悲しげに微笑んだ。

「ユリアーナ様……そのようなことがございましたのね」

 エマは気付けばユリアーナの手を握っていた。

「だからユリアーナ様は男性からダンスに誘われた際に、婚約者がいるかを聞いたのですね」

 エマは夜会でのユリアーナの振る舞いを思い出した。

「ええ。もうあのようなことがないように、確認するようになりましたの。それに、男性も少し苦手になってしまいまして」

 ユリアーナは苦笑した。

「きっとわたくしが、もっとエッケンハルディン卿を突き放していれば、あの様なことにはならなかったと思って仕方がないのでございます」

 ユリアーナは俯いていた。

「ユリアーナ様が悪いわけではございませんわ。ミュンヒハウゼン男爵令嬢にも一切非はないでしょう」

「ありがとうございます、エマ様。そう仰っていただけると少し気が楽になりますわ。だけどイルゼは……」

 ユリアーナはため息をつく。

「私は、ユリアーナ様にどのような過去がございましょうと、一緒におりますわ」

 エマはユリアーナを優しく包み込むよに微笑む。

「エマ様……。わたくしは、エマ様に初めて会った時、救われたのでございます」

 そう言われ、エマはユリアーナがハッツフェルト伯爵令息にしつこくダンスに誘われていたことを思い出した。

「昨年のあの騒ぎの渦中にいて、誰もわたくしを助けようとしてくれなかった。ですが、エマ様だけはわたくしの過去を知らなかっただけかもしれませんが、わたくしを助けてくださいました。それがどれほど嬉しかったか」

 ユリアーナはヘーゼルの目に涙を浮かべていた。

「私は、過去など関係なく、ユリアーナ様を助けたいと思ったからあの時声をかけたのです。それに、ユリアーナ様と友人になれてとても嬉しいですわ。先程も、パトリック様とのことを聞いてくださいましたし」

 エマは完全にではないが、明るさを取り戻していた。

「エマ様……」

 ユリアーナは涙を浮かべたまま嬉しそうに微笑む。

「私達は、何があろうとずっと友人でございますわ」

 エマはユリアーナの手を強く握った。

「エマ様、嬉しいです。わたくしは、何があろうとエマ様の味方でございます」

 ユリアーナのヘーゼルの目は、力強くエマを見つめていた。

 こうして、2人の友情は確固たるものになったのだ。

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