エスコートの申し出

 それから、孤児院だけでなくエマは夜会やお茶会で頻繁にパトリックと顔を合わせるようになった。

「パトリック様、最近孤児院以外でもよくお会いしますね」

 エマはふふっと笑う。

 この日の夜会でも、エマはパトリックから声をかけられ、ダンスをしている。

「ああ、そうだね。エマ嬢に会いたいからこうして夜会に参加しているんだよって言ったらどうする?」

 パトリックは真っ直ぐエマを見つめている。

「それは……冗談でございますよね?」

 エマの心臓はトクンと跳ねる。そして思わずパトリックから目を逸らしてしまうエマ。それでもエマはダンスのステップを間違えることはない。

「ご想像にお任せするよ」

 パトリックは悪戯っぽく笑う。

(何というか……最近パトリック様を見ると……心が騒ぐというか……でも、嫌な感情ではない。この感情は何かしら?)

 パトリックに笑みを向けられると、少し恥ずかしくて嬉しい。エマは最近芽生え始めた感情に戸惑っていた。

「ですが……もしパトリック様がそうお考えなのなら、嬉しく存じます」

 エマはほんのり頬を赤く染めて微笑んだ。

 パトリックはそんなエマの笑みにしばらく見惚れていた。そしてその後、エマから少し目を逸らす。

「その笑顔も反則だよ……エマ嬢」

 ポツリと小さな声で呟くパトリックだった。






−–−–−–−–−–−–−–−–−–−–−–−–






 数日後。リートベルク家の王都の屋敷タウンハウスにて。

 丁度エマはリーゼロッテ、ディートリヒ、ヨハネスと兄弟姉妹だけで紅茶を飲みながら談笑しているところだ。

 すると扉がノックされた。アロイスだ。

「エマ、先程ランツベルク辺境伯令息のパトリック卿から私宛てに手紙が届いたよ。次の王家主催の夜会でエマのエスコートをしたいと書かれてあった」

 穏やかに微笑むアロイス。

「まあ、パトリック様が……」

 エマはほんのり頬を染めた。

「どうするかはエマの自由だ。私はエマから聞いた返事をパトリック卿に送る。リートベルク家としては、ランツベルク家と繋がりが持てるのはいいことだが、エマにもどうするか選ぶ権利がある。私はエマの選択を尊重するよ」

 優しく見守るかのような笑みのアロイス。父親の笑みである。

 通常、父親が勝手に決めて返事を出してしまうのだが、アロイスはそうせずエマの意思に任せるのであった。ちなみに、リーゼロッテもレオンハルトからエスコートの申し出の手紙が届いた際に、アロイスからどうしたいか意思を確認された。

「……お受けいたします」

 エマは少し嬉しそうに微笑んだ。

「分かった。パトリック卿にはそう返事をしておこう」

 アロイスは優しく頷き、部屋を後にした。

「エマはパトリック卿とかなり仲を深めたのね」

 リーゼロッテはふふっと微笑む。社交界の白百合と言われるだけあって美しい笑みだ。

 ちなみに、パトリックはまだ社交界デビューしていないヨハネス以外のリートベルク伯爵家の者への挨拶は済ましてあるのだ。

「仲は……確かに男性の中では1番いいかと思いますわ」

 エマはほんのり頬を赤く染めている。

「エマのエスコート役はまだ私がするものかと思っていたが、ついにお役御免か」

 ディートリヒはフッと笑う。ほんの少し寂しそうである。

 今まではディートリヒがエマのエスコートをしていたのだ。

「お世話になりました、ディートリヒお兄様。お兄様も、どなたか他家のご令嬢にエスコートを申し込んでみてはいかがです? 琥珀の貴公子であるディートリヒお兄様からの申し出を断るご令嬢はいないと存じますわ」

 エマはクスッと笑う。

「いや、まずご令嬢のお父上に断られたら終わりだよ」

 ディートリヒは苦笑する。

「ユリアーナ様にエスコートを申し込んでみてはいかがです?」

 エマは悪戯っぽく笑う。

「あら、ディートリヒ、貴方ユリアーナ様と仲がよろしいの?」

 ふふっと微笑み会話に参加するリーゼロッテ。

「まあそこそこですね、姉上。ケーニヒスマルク嬢か……」

 ディートリヒは少し考え込む。

「ユリアーナ嬢という方は、ケーニヒスマルク伯爵家の方ですか?」

 ヨハネスがきょとんと首を傾げる。

「ええ、そうよ、ヨハネス」

 エマはふふっと優しく微笑む。

「ケーニヒスマルク伯爵領は、リートベルク領やその他ガーメニー王国西部の交通の要衝地です。もしケーニヒスマルク伯爵家との繋がりがあれば、通行税の面で優遇していただける可能性はあります」

 ヨハネスは少し考えながらそう言った。

「その着眼点は私にはなかったな。流石はヨハネス。まあ色々と考えてみるよ」

 ディートリヒは曖昧に微笑んだ。

「もしかして、この流れでディートリヒもエマも婚約者が決まるのかしら? エスコートの申し出ということは、きっとそういうことを考えているということよ。政略的なものだったとしても」

 おっとりと微笑むリーゼロッテ。

 未婚の令息が未婚の令嬢にエスコートを申し込むということは、婚約を考えているということでもある。しかし、恋愛的な意味ではなく、政略的な意味の方が多い。当初リーゼロッテはレオンハルトからエスコートの申し出があったが、それは家同士の結束の意味が強い。ビスマルク侯爵領は鉄鉱石などの資源が豊富なのだが農業には全く向いていない土地だ。そこで、領民達に食糧が行き渡るように、領地が乳製品の名産地であるリートベルク伯爵家と結び付きを強めたかったのだ。もちろんリートベルク家にとっても利点はある。ビスマルク侯爵家はかなり権力のある名門家で、王家とも繋がりがある。それ故にビスマルク家が王家にリートベルク伯爵領で生産される乳製品を紹介してくれたのだ。それにより、リートベルク伯爵領の乳製品は王家御用達となり、リートベルク伯爵家に莫大な利益があった。

「姉上、どうなるかはまだ分かりませんよ」

 ディートリヒは苦笑する。

「ええ、先のことは分かりませんわ。それに、エスコートの申し出の段階ですわ。婚姻を結ばないことだってございます。お父様だって、最初にエスコートの申し出をしたのはお母様ではなかったみたいですわ。それに、お母様も最初は別の男性にエスコートされていたみたいですし」

 エマはふふっと笑った。

 婚約を考えてはいるが、エスコートの申し出の段階ではまだ決定ではない。故に、複数の男性からのエスコートの申し出を受けることもあるのだ。

 そしてその傍らであることを考える。

(パトリック様に抱いている気持ち……この気持ちは一体何なのかしら……? もしパトリック様と結婚するとしたら……嫌ではないわ。政略だったとしても)

 エマはまだその感情の正体に気が付かなかった。

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