失礼な幼馴染

「リートベルク嬢、僕と1曲ダンスを願いたい」

「ケーニヒスマルク嬢、私と1曲いかがかな?」

 その後、エマはしばらくユリアーナと話していたが、お互いダンスに誘われた。

「お誘いが来ましたね、ユリアーナ様」

「……左様でございますわね」

 ユリアーナの表情が少し曇ったように見える。そして自身を誘ってきた男性に目を向ける。

「貴方には婚約者はいらっしゃいますか?」

「いいえ、おりません」

 ユリアーナを誘った男性はそう答える。

「……承知いたしました。お受けいたします。それではエマ様、またお話ししましょうね」

 ユリアーナは後半エマに穏やかな笑みを向けた。

「ええ、是非またお話しいたしましょう」

 エマはユリアーナに明るい笑みを向けた。そしてエマもダンスの誘いを受け入れた。

(ユリアーナ様、お話ししていてとても楽しかったわ。だけどもしかして男性が苦手なのかしら?)

 エマはユリアーナと話せて満足しつつ、少し疑問も残った。

 それからエマは数人の令息とダンスをしたところで壁際で休憩することにした。

「相変わらず似合わないドレスを着て壁の花になっているのか、エマ」

 エマにそう話しかける者がいた。

 失礼な言葉にエマは軽くため息をつく。

「ヘルムフリートも来ていたのね」

 エマは微笑んだ。しかし淑女の笑みでもなく、太陽のような笑みでもない。無感情に見える冷たい笑みだ。かろうじて目は合わせていたが。

 ヘルムフリートと呼ばれた少年はシェイエルン伯爵家の長男で、エマの幼馴染だ。ダークブロンドの髪にグレーの目である。

「まあな。ちょっと色々あって今来たところだが」

 ヘルムフリートはフッと笑う。

「エマ、俺が1曲ダンスをやってもいいぞ。どうせお前とダンスしたい奴なんて誰もいないだろうし」

 エマはヘルムフリートの上から目線で失礼な言葉にカチンと来るが、我慢して冷たい笑みを崩さなかった。

「ダンスのお誘いなら既に何人かから来たわよ」

「ハッ、それは社交界の白百合と言われているリーゼロッテ嬢との繋がりを持つ為だろ。リーゼロッテ嬢の妹でなければ、お前のようなパッとしない見た目の女をダンスに誘う男なんて、俺くらいしかいない」

 意地悪そうな笑みのヘルムフリート。

 エマは冷たい笑みのままため息をつき、その場を立ち去ろうとする。すると、ヘルムフリートに手首を掴まれた。

「お、おいエマ、どこに行くんだよ?」

 焦った表情のヘルムフリート。エマは表情を変えずヘルムフリートの手を振り解く。

「疲れて休憩していたら邪魔が入ったから、静かな場所へ行こうと思うの」

 エマはヘルムフリートの方すら見ずにそのまま立ち去った。

(ヘルムフリートは昔から私に失礼なことを言うのよね。しかも見た目とか自分の力ではどうしようも出来ないことを揶揄からかってくるから、正直関わりたくないわ。しつこいのよねヘルムフリートは。初めて会った時からそうだったわ)

 エマは昔のことを思い出した。






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 エマがヘルムフリートと初めて会ったのは8年前。つまりエマが7歳の時。

 リートベルク伯爵領とシェイエルン伯爵領は隣接しており、お互いの両親も仲がよかった。よって、両親達は自然とお互いの子供を会わせてみようという話になった。エマの弟ヨハネスはまだ幼いので不参加だ。

「お初にお目にかかります。リートベルク伯爵家の次女、エマ・ジークリンデ・フォン・リートベルクでございます」

 リーゼロッテとディートリヒに続き、そう挨拶をしたエマ。まだ7歳で、少したどたどしさが残るが、立派な淑女の所作だ。そして、淑女としての品もありつつ、明るく太陽のような笑みだった。

 しかしヘルムフリートの反応はと言うと……。

「お、お前のような変な顔の女にしてやる挨拶なんてあるものか!」

 エマから目を逸らし、そう言ったのだ。

 そんなことを初めて言われたエマはとてもショックを受け、言葉が出てこなかった。

 ヘルムフリートの両親は慌ててヘルムフリートを叱ろうとしたが、リーゼロッテとディートリヒの方が先に動いた。

「貴方、その言い方は失礼でなくて? シェイエルン伯爵家では初対面の相手にそう振る舞えと教育を受けたのかしら?」

「姉上の言う通りだ。ヘルムフリート、今すぐエマに謝罪しろ」

 するとたじろぐヘルムフリート。

 そしてすぐにヘルムフリートの頭上から怒鳴り声が降ってくる。

「ヘルムフリート! この愚か者が! お前はエマ嬢に何てことを言うんだ! お前をそんな風に教育した覚えはない! 家庭教師からも他家のご令嬢にそのような挨拶をするようには教わっていないだろう!? 今すぐエマ嬢に誠心誠意謝罪しろ!」

 凄い剣幕のシェイエルン伯爵家当主、つまりヘルムフリートの父である。

 ヘルムフリートは父親の剣幕を前に震えて何も出来なかった。

 それからヘルムフリートの父とシェイエルン伯爵夫人、つまりヘルムフリートの母はエマの前にやって来て片膝をついて目線をエマに合わせる。

「エマ嬢、愚息が本当に申し訳ない」

「愚息に変わって謝罪いたしますわ」

 ヘルムフリートの両親はきちんとエマの目を見て謝罪した。

「……はい」

 エマは戸惑いながらも一旦謝罪を受け入れた。

「アロイス、リートベルク夫人このようなことになって本当にすまない」

 ヘルムフリートの父はエマ達の両親に謝罪した。

「ヴォルフガング……まあヘルムフリートくんはまだ8歳の子供だ。これからの成長に期待するとしよう。ただ……」

 エマ達の父親で、リートベルク伯爵家当主のアロイスはヘルムフリートの前までやって来る。ヘルムフリートは恐る恐るアロイスを見る。アロイスのアンバーの目は、真っ直ぐヘルムフリートを捉えていた。

「ヘルムフリートくん、エマは私達の大切な娘だ。君の言葉が仮に本心ではなかったとしても、大切な娘をそんなふうにか言われるのは親としてとても悲しい。それだけは分かっていてくれ」

「……はい」

 ヘルムフリートは俯いた。その後ヘルムフリートは父親でシェイエルン伯爵家当主であるヴォルフガングに促されてエマに謝罪する。

「……申し訳ありませんでした」

 エマも周囲が自分の為に怒ってくれたので、その謝罪を受け入れることが出来た。

わたくしの言いたいことはアロイス様が言ってくれましたし、とりあえず、気を取り直してお茶会を楽しみませんこと? シェイエルン伯爵閣下やアーデルハイト様が好きな焼き菓子も用意しておりましてよ」

「本当に色々と申し訳ございません、ジークリンデ様。それから、ありがとうございます」

 エマ達の母で、リートベルク伯爵夫人あるジークリンデが空気を変えるべく明るくそう言うと、ヘルムフリートの母で、シェイエルン伯爵夫人であるアーデルハイトが申し訳なさそうに頷いた。

 その後は何事もなく両家のお茶会は無事に終了した。

 しかし、その後ことあるごとにエマはヘルムフリートに揶揄からかわれたり、嫌がらせをされたりした。例えば初対面の時のように、見た目を揶揄われたり、ドレスや髪型が似合わないと言われたり、プレゼントに虫の死骸を送りつけられたり。最初はエマも言い返したり、嫌だと伝えたが、ヘルムフリートの態度は全く改善しなかった。ヘルムフリートの両親も、厳しく彼を叱りつけたのだが効果はなかった。

 そうしているうちに、エマは10歳になった。その頃にはエマはヘルムフリートが揶揄ってきたり嫌がらせをしてきたりしても反応しないようになった。現在冷たい笑みを浮かべたように。女子は男子より精神的な成長が早いので大人っぽくなるのだ。

 エマはこの時から既にヘルムフリートと話すのは時間の無駄だと感じていた。口にはしなかったが。






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 エマはバルコニーにそっともたれかかり、ふうっとため息をつく。

(昔のことを思い出したら余計に疲れたわ。もう少し休む必要があるわね)

 その時、心地よい風が吹いたので、エマはそっと目を閉じて風を感じることにした。

(一旦全て忘れて無心になりましょう)

 エマは深呼吸をした。

 一方、会場に残されたヘルムフリートはというと……。

(クソッ! 何で俺はエマにあんなことしか言えないんだ!?)

 1人で後悔していた。それは幾度もしたことがある後悔。

(俺はただ……エマともっと話がしたい。エマにもっと俺のことを見て欲しい。それだけなのに、何であんな言い方……)

 ヘルムフリートは悔しげに頭を抱える。

 初対面の時に見た、エマの太陽のような笑顔。ヘルムフリートはその時からエマに夢中になっていた。

(俺は……ただエマが好きなだけなんだ。でも……それを素直に言ったら負けな気がするし……)

 プライドが邪魔をして、素直になれずエマに捻くれたことを言ってしまうだけだったのだ。しかし、エマにとっては知ったことではないのであった。

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