〇〇〇〇〇〇〇

 パチンと部屋の電気が点く。


「うん、しょっと」


 ブルーシートを広げた業者はママを転がすように台車からおろした。


「さて……」


 業者は、ツナギを着た白髪のおじいさんだった。


 ポキッと鳴った腰を自分の拳でトントンと叩いて、顔を上げた瞬間、あたしたちに気がついて悲鳴をあげる。


「うわーっ!」


「いまだっ、ジュン、殴れ!」


「えーっ!?」


 視聴覚室は防音だ。すったもんだの大騒ぎを繰り広げ、あたしとジュンと業者の三人は、ぜえぜえと肩で息をしていた。


 業者は汗だくの額をこすって、ため息をついた。


「なるほどね、大事なママがいじめられないように、助けに来てくれたのか……」


 あたしは眉をひそめた。なんだか、業者がママの味方みたいに聞こえる。


「その……なんとかなりませんか、業者さん。僕たちのママには、別になにも落ち度はないんですよ」


 ジュンは大人みたいに揉み手して業者にすりよった。


 業者は苦笑いする。


「心配しなくてもスクラップしたりしないよ」


「エッ!」


「昔はそうしてたみたいだけど……今はもう、この型の代替機は無いからね。騙し騙しメンテナンスしながら使ってるんだ」


 ジュンはすっかり青ざめている。業者の言葉が本当なら、ジュンは前回のメンテナンスを単に邪魔したことになる。


「えっ、あの、ママはだいじょうぶなんですか?」


「ん? 前回のメンテナンスは、特に問題なかったみたいだけど……」


 あたしはため息をついた。撃退したつもりになっていただけのようだ。


 がくっと肩を落としたジュンに、業者はぱらぱらと資料をめくって言った。


「うん、動体制御も、記憶消去も、特に問題なく……」


「記憶消去っ? 記憶を消去してるの!?」


 思わず声を荒げたあたしに、業者はきょとんと目を丸くした。


「いや、記憶って言っても、不要なぶんだけね……この施設で預かるのは小学生まででしょう。中学に上がった子どもの記憶とかは順次消していかないと、新しい子のことを憶えられないから」


「……じゃ、去年中学に上がった先輩のこととか……」


「うん。それは消えるね」


「あたしたちのことも? いつかママは忘れちゃうってこと?」


「いや、そしたら、中学生の施設に新しいママがいるから……」


 違う。そんなの、ママじゃない。


「おいおい、そう殺気立たないでくれよ」


 無言でスパナを取り出したジュンに、業者は片手を振ってみせた。


「仕方ないじゃないか。人間のママだって永遠に子どものことを憶えていられるわけじゃない。長い目で見れば普通のことなんだよ。いや、むしろ小学生の間に関してだけなら、ママロボットはきみたちのことを片時も忘れない。そのほうがずっと尊くて稀なことなんだよ」


 それを聞いたあたしに、泣く以外、なにができただろう?

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