13 蛮寇北国編2話:冥婚

 中年男三人、部屋奥を頂点に三角形を作る。正装ではあるが、儀式用の飾りは無い。

 頂点に、骨のように痩せた禿頭の神官。年季が入れば白骨奴隷に似るのだろうか。

「死神に選ばれし汝ら二人、互いに冥婚契約を結び、その肉と骨が滅び、魂が転じるまで冥府へ滅私奉公し、夫婦として愛を誓い合うものか?」

 左手側、黒髭の魔法使いが顔の高さで手の平を上げる。正装としての仕立ての良い魔法使い装束は借り物。

「海神本殿のエリクディスは、フヴァルクのイストルの代理人としてフレースラントのヘレヤを妻とし、死神の神命に適うよう努め、愛を育むことを宣言する」

 右手側、赤髭の貴人男も顔の高さで手の平を上げる。頭脳と筋肉、双方に冴えが見られる。

「フレースラントのガルフリーは、フレースラントのヘレヤの代理人として……フヴァルクのイストルを夫とし、死神の神命に適うよう努め、愛を育むことを宣言する」

「それでは互いに契約の証として……」

「ちゅーしろー! ズボン脱げー!」

 金髪のエルフが下品な指笛を鳴らしながら、背もたれを腹の前にして座った椅子をガタガタ前後に揺らす。ヴェスタアレンで用意した戦乙女装束は満足が行く物として、白貂の毛皮外套だけを借りている。ケチにも贈与ではないのは歓迎の度合いによるもの。

「こやつは本番に置けませんな」

「であるが」

「酒でもたらふくくれて寝かせておきましょう」

「そうですな」

 この四名、フレースラント宮殿の空き部屋にて冥婚の儀式の練習を行っている。

 花婿花嫁の棺代わりの空箱二つを置き、参列者として不躾者も置いてしまっている。

「異議あり! ヘレヤ姫、この私が貰い受ける!」

 この空き部屋の扉が勢い良く開け放たれ、そこには甲冑姿で長柄の両刃斧を持った戦士がいた。用意した者ではない。

 そして一番手前、近くにいたエルフ、スカーリーフの背後へ脳天目掛けて両刃斧で掛かり、床を打つ。

 椅子に脚を掛けそれごと前転避けしたスカーリーフ、立ち上がり椅子を手に持ち戦士を殴る。防ぐ両刃斧を弾き、左右交互、兜がへこみ、面帽が外れ、歯が砕け、顎も外れ、頬肉削れて目玉が飛び出て倒れ、口内に椅子脚を突っ込んで片足で踏みつけ、乗り上がってもう片足で更に踏んで喉奥まで潰し、座る。

「おっさん、むっふふー」

 スカーリーフの微笑みの意は、一儲けしちゃった。

「略奪はならんぞ」

「え、なんで?」

 武具は殺した者の戦利品、そう主張するようにスカーリーフは足裏で倒れた戦士の胴鎧をカタカタ叩く。

「そういう戦いでないわ」

「は? 相続人まで族滅しろって?」

 獲物の横取りに近しいとなれば狩猟者の頭に血が昇りだす。

「待ちなさい。宰相殿、これも神命の一環であるが離反の襲撃は襲撃。彼我の力量明らかなれど命のやり取り。それなりの補償無くばなりませんぞ」

「……神命終了後に騎士首一つ分の報酬を追加する。今後、似たようなことがあれば加算する。戦場の倣いでよろしいか」

「大変結構。分かったらスカちゃんや、死体を辱めるのは止めにせい」

「はいはい」

 スカーリーフは立って、椅子を口から離す。

 エリクディスの言う通り、彼我の力量明らかなれど、乱入してきた者は短慮でしかし優れた戦士だった。あれこれ考えず直感で攻めかかれる勇者は国軍の、乱世の宝。平時ではこんな馬鹿が存在するのかと思われるが、条件が揃えば誘われ出でる。

 外国からやってきたわけの分からぬ若造に、皆が愛する姫を取られるとなれば頭に血が昇る。

 この最も単純で頭が熱い男が出て来たのが事の始まりだろう。これより思慮深い、陰謀家も出て来る予兆。

「宰相殿、その身もこの様子では危ういのでは」

「反対派閥は確かにあります。私も実を言えばそちらです。ヘレヤ殿下が半死ではなく全、であれば私が法に照らして継承二位で王。しかし融けた鉛であろうと飲まねばならない時はあるのです」

 大層不快な顔を作りながら宰相は疑問を一つ提示。

「一つ疑問があります。何故あの者は呪われなかったのですか」

 騒ぎに駆け付けた衛兵が戸口に集まってきており、宰相は片付けろと手振り一つで命令。

 神学者同士、顔を見合わせる。

 エリクディスから。

「冥婚は未だならず、はっきりと両者間にて合意形成するという儀式もしておりませんな。未だ候補を連れて来たのみ」

 神官から。

「この場には空箱のみでお二人はおりませんから実質、我々への個人的な攻撃になりますね」

 宰相から。

「では新候補が割り入る余地が?」

 エリクディスが否定。

「ならば南方でわざわざ探さずとも、最初からお国の名士に声を掛ければ良かった」

 神官も否定。

「魔法使い殿の尽力で死神の神殿はヴェスタアレンにて勢力を伸ばしました。これと関連があるはずです」

 宰相から。

「イストル卿の名であちらを?」

 フレースラントより東は未開の地。森林荒野がひたすら続き、開拓するにも蛮族と野生動物が襲ってきて割に合わない。

 ギムゼン街道を挟んで南方は豊穣の地。小領主でも自力で賄える豊かさが有り、それがかえって小邦乱立を生んでいる程。

「ヴェスタアレンにて、前領主を決闘で打ち破ったイストル卿の権威、良く通じるでしょう。都合によりこのエリクディスが軍頭領として采配して戦争に勝ったことで功績は純粋と言い難いですが、彼のために尽力したとの建て前は崩れておりません」

 ガルフリー宰相の、実務者としての算盤が脳内で動き始めた。

「公開するのは冥婚式ではなく披露宴として、契約自体は隠れてやってしまってもよいのでは?」

「隠れた契約後に畏れ知らずで集団的な反発があると一斉に予期しない人数が呪われるかもしれませんな。契約を公表した後で披露宴にするとしても、正々堂々としていないとして」

「正統性にかかわるか」

「日取りまで挑戦者、暗殺者に備え続けなければなりませんな」

 神学に興味が無い戦乙女見習い、椅子を爪で削って遊んでいた。

 時と場合によるが戦神は面倒な理屈を好まない。


■■■


 冥婚以前に婚約者でもないが歓迎されざる契約の相手、中々微妙なイストル卿の棺は宮殿の客室に置かれる。

 花婿の守りはエリクディスと神官が務める。国務で忙しい宰相はたまに見回りに来る。ある種、敵中孤立。

 ヘレヤ姫は王女の寝室、寝台で眠る。女の守りは女ということでスカーリーフが務める。無作法が気にかかるが背に腹は変えられぬ。ネズミのように足を齧るわけではないので容認。ちなみに、既に身体と衣服は洗われた後。臭くも無いし虫も跳ねていない。

 国の最高権威者とて渦中の花嫁。傷は付けられなくても時期が過ぎ去るまで隠されることは有り得る。また蛮族の特殊作戦の標的ということも有り得た。

 宮殿の中で宮殿の者を信じないという難しい番の任についたスカーリーフは面倒臭がる。

「後は勝手にさせときゃいいじゃん。弱いなら負けるだけだし」

「冥婚を見届けねば神命達したことにならぬ」

「おっさんどこまで付き合うの?」

「責任とは言わないが、筋を通すところまで」

 以後、事件が複数発生した。小案件等省略。


■■■


「神学者であるあなた方にお話がある!」

 貴族達がイストル卿の客室に押しかけ、床に座って頑として動かぬと姿勢を示した。顔に包帯を巻いて意識朦朧としている者が一名いるので、先にスカーリーフに殴られてきたらしい。首がついているとは幸運。

「継承順位! 男子優先で次に女子である。今は、代を遡って男系一家に移って存命男子へ移る。それが前王の甥であるガルフリー宰相。偽りの生を与えられ、人事不詳のヘレヤ姫を君主として仰ぐなど実務にも障る。我々は危急存亡の下にあり、強い指導者が必要だ。神官よ、魔法使いよ、神命を盾に国難を掻き回さないで欲しい」

 議論で事態を打開しようとは、両刃斧より理性のあることだった。

「花婿を選べとは死神の神命である。何も一人、姫が半死の寒さに凍えているのは可哀想だということではない。神の理において必要と言われたから連れて来たのだ。不要ならばこのような回りくどいことはしない。まずもって、それらを論じる以前に、死神に逆らう気のある者がいるならばこの場で手を上げてみよ。亡国の憂き目からお救い下さった神にだ。おるまいな? 神々にまず逆らおうなどと思わぬことだ。逆らえる力など我々のような矮小な者に存在しないのだからな。これだけを知るだけで大分、神理を理解したと言える」

「我等が矮小にして取るに足らぬというのならば何故神が直々に神業を成さぬ!」

「神々は一二柱いらっしゃる。名の通り、豊法夜竃海地の女神と、死戦天知商匠の男神が在って権能がある。手間がかかる事業を誰かに肩代わりさせた方が効率が良いとお考えの時はそうなさる」

「では何故そのまま任せると仰らないのか」

「基本的に神々から課されるのは試練である。裸の猿のようであった原初の時より徐々に成長してきた我々を見ていらっしゃる。我々の力をお試しになり、現時点での到達点を見極めつつ、小さな仕事を与えて乗り越えさせて経験を積ませる。お主も貴人であれば指導的な仕事をしてきただろう。何か仕事を任せたい時にいきなり立つことも覚束ない赤子に任せることなど無い。経験がある実力者に任せるか、猶予があれば未熟者を育ててから任せるもの。神々の試練はそういうことである。その小さな試練の後、次の大きな仕事が何時訪れるかは正に神のみぞ知るところ。それは数百年後に下るやもしれん。若木から大木へ成長するまで待つようにな」

「うぬぬ」

「そうそう、ギムゼン街道を北に下るときに見事な伐採林を見かけた。あの調子であるかな」


■■■


 冥婚式の日取りが決まった。関係各所から有力者が宮殿に訪れる日程が固まったのだ。後は待つだけ。

 そんなある日の、日常の中である。

 いつも通り、客室の掃除にと顔なじみの女中が現れてエリクディスと神官は退室した。スカーリーフなどそんな配慮はしないので、いつも在室で遠回しに邪魔だとは何度か世間話で聞いている。

 常識があって同情する二人は宮殿の中庭へ移動。日向ぼっこしながら神学論議。

 死神は率直で誠実で、一二の神々の中では大層人々に分かりやすく、誤解の無い預言を下すという話になる。過不足は認めずまた厳正で、一度道を誤れば地獄に堕とされ、他の神々より恐ろしい呪いをかけて来るとも言い、畏れ合った。

 今日もまた呪われずに済んだと今の無事を感謝しつつ、二人が部屋に戻ると女中姿の白骨奴隷が短剣を握りしめた姿で、イストル卿の棺の傍に立っていた。

 以後、イストル卿に凶刃を振るおうとした者として逆に警護役へ任じつつ、目せしめを兼ねて人目にも出された。


■■■


 棺番の三名を呼び出す宰相名義の招待状が各部屋に送付された。

 文面によれば暗殺どころではなく、政権転覆の共謀とのことでエリクディスは神官と白骨女中を見張りに置いて宰相邸へ急行した。場合によれば戦乙女見習いを前面に立て、またも戦である。大仕掛けの準備は早い程間に合う。

 そして邸宅を訪問したところ、本物の印章を用いた偽の手紙であると判明。また急いで宰相、衛兵等と共に寝室へ急行。

 イストル卿の客室、異常無し。

 ヘレヤ姫の寝室の前に、下手人七名が惨殺死体で転がっていた。

「弱かったから殺したのー! うへへっ」

 返り血で得意げに笑うスカーリーフにもその重大な手紙が送付されていたのだが、紙切れを渡されたからといってわざわざ読む習慣など無く、平常通りに番の務めを果たしていた。

 その後、泣き言を言いながら死体を掃除する女中に、うるさいっ、などと怒鳴って腰を抜かさせるなど傍若無人。


■■■


 騒動が終息に向かったのは、頭では分かっていても中々言い出せなかったガルフリー宰相がようやく決心を固めたことによる。それも蛮族による国境への小規模な侵入と戦闘が報告された後。

 有力者を謁見の間に集め、空の玉座の横に置かれた宰相の椅子に座って言った。

「各々方、昨今王女と南の小公子がごときに誰それの手の者がちょっかいを掛けているようだが諦められよ。伯父王が自らを捧げてまで勝ち取った勝利を無に帰す所業である。あくまで蛮寇防いでのフレースラントである。領土領民が保たれての国体である。あの規模の戦いがもう一度、二度と無い等と誰が断言出来るだろうか。無限のように広がる未開の蛮地に潜む蛮族の頭数管理など出来るはずもない。出来るというのなら策を聞かせて貰いたいところだ。あの最も古きドラゴン”合奏”が、不幸の始まりが、ここまで移動しないと誰が保障する? その時に神々のお力無くしてどうのしようがあるものか。特に目を掛けてくれるとなった死神に仇なすような振る舞いは愚かの極み。此度、白骨の呪いにかかった者は一名と聞く。この程度で済ませて頂けているのは、慈悲深くも我々に考える時間を与えてくれているからだろう。しかしもうその時間は終わったと考える。子供のわがままのごとく、苦くて臭い薬を吐こうとしてはならないぞ。飲み込め。国の病は砂糖菓子で治らぬのだ」

 最も宮中で理解がある宰相ですらこの言い様であった。


■■■


 冥婚式当日。

 式の場所は宮殿の謁見の間。この都の死神の神殿では手狭であった。

 参列者は着飾りも高貴ながら、見栄えを抑えた喪服での参列。国中で掲げる旗は慶弔を示す半旗。

 玉座を撤去した代わりに棺が二つ並べられる。半死の花嫁花婿共に蓋を開けた状態で参加している。ヘレネ姫はヴェールで顔を隠したまま。イストル卿は騎士の武装装束。

 二人の身体は冷たく、目だけは動いている。意識も曖昧か、何とか声を掛けても、寒い、の一言が限界。己の窮状を訴える以上の知性を発揮出来ていない。お祝い申し上げても返事も無い。

 死神の神官立ち合いの下、代理人エリクディス、ガルフリーは練習通りに契約の言葉を交わす。

 野次は飛ばず。下品なエルフは謁見の間の扉前で槍を手に封鎖中。

「異議ある者は名乗りでよ。賛同する者は棺に花を手向けよ」

 神官の案内で、参列者は二つに棺へ用意された花を一輪ずつ入れることによって賛同の意を示していった。事前協議で賛同を得た者のみの出席である。

 用意した分の花が無くなる。最後の仕上げとヴェールを開いての誓いの口づけも何も出来ないので別の契約の儀式に続く。

 ガルフリー宰相の手により前王の剣がイストル卿の胸の前で組まれた手に握らされた。同じく前王の杖がヘレネ姫の手にも同じく握らされた。そして二つの王冠が二人の頭に被せられる。

「ヘレネ女王、その婿イストル王に死神の祝福あれ」

 長寿を願う万歳の号令は無く、これにより成立。

 式の最中、静かに立っていた白骨女中が成立を見送ってからその口を開き、しわがれた男のものと聞こえる声を発した。

 次の預言、下る。

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