11 山間牧場編4話:筆舌の一撃

 ”鉄剣”に跨ったスカーリーフが空を行く。風速冷却も相まって冬とは別の寒さが身に染みる。季節外れの防寒具が必須。

 低層の雲を避ける。少しかすって水気がつけば寒気が増す。

 ”鉄剣”は風の流れか気紛れか体を左右に揺らす。地面に描いた線に沿って飛んでいるわけではない。

 スカーリーフはまるで絞殺するようにドラゴンの首に回した縄を手綱にする。単なる落下防止だ。

「あれ!」

 風に負けぬ大声にて”鉄剣”へ生贄の祭壇上空への到達を告げる。そしてぐるりと旋回、自称”鉄”は不在。捧げ物も見当たらない。食い残し、乾いた生ごみが多少散乱する程度。

「おらんではないか」

「ねぐらじゃない!?」

「それは知っているか」

「人が使う道の反対側から這ってきてた!」

「這う? はっは! 地虫ごときがドラゴンのつもりか」

 ”鉄剣”は祭壇をわざと踏んで砕いて着地。

「ここで分かれる。それからそれは過信するな。はぐれは馬鹿だからな」

「うん」

 スカーリーフは返事してから降りて、それ、を開いて確認。エリクディスが”合奏”宛てに書いた手紙を、染料で塗り潰して再利用した物。丸めて背嚢の上、後頭部の後ろへ布団のように背負い直す。

 ”鉄剣”の飛翔を見送らず、スカーリーフは砦までの道を、自称”鉄”に一通目の手紙を渡した時のように駆けて、跳ねて戻る。汗を掻いて防寒具は途中で脱いだ。

 祭壇の最高峰より降りて、川沿いの渓谷へ入り、骨捨て場を通り、山中の盆地に入って川を目安に西へ。

 途中、放牧中のオーク達へ走りながら警告。

「空飛ぶドラゴン、地を這うドラゴンを抹殺に来た! 巻き添え、復讐、注意! 逃げろ!」

 オークの生存に然程の拘りは無いので返事は待たず、盆地から砦への下り坂を掛けて跳び、川が合流する地点のテュガオズゴン氏族砦に到着。

 門番がスカーリーフを認めて開門。

「戦乙女、その見習いスカーリーフ帰還!」

 門番の声で奥の長屋から族長チャルカンが駆け出て広場までやってくる。重鎮らも集まる。

「どうだった!?」

 スカーリーフは手持ちの水筒の中身を飲み干して、補充しろとオーク女に投げ渡して息を深呼吸で整えてから喋る。

「自称”鉄”のドラゴンは偽物。くそったれのはぐれ」

「なんと」

「”合奏”に問い合わせたら、そのはぐれは一族の名誉を汚す者として抹殺が決まって、正しい血統の古いドラゴン”鉄剣”が殺すために空から探してる最中。えーと”鉄剣”は、鱗が鉄の甲冑みたいな感じで、はぐれより大きくて、翼で雲の上まで飛べる。あととんでもなくでかい剣を持ってる。単純な見立てでも強さは戦士と子供ぐらい。で、えーと、なんだっけ」

 スカーリーフはエリクディスが書いた、手紙とは別の指示書を確認する。

「おっさんが、”鉄”が制裁を受けることを察したら八つ当たりしにくるかも、って書いてるから、逃げた方がいいって。放牧中の連中にも声掛けておいたけど。で、散り散りに逃げるか、集団でまとまって行くならヴェスタアレン領まで降りてはぐれをなすりつけに行くって手があるんだって。人間に討伐代行させて、盾にするってこと。まあ、とんでもなく恨まれるだろうから、おっさんは予後を考えるなら勧めないってさ」

「砦にいればまとめて終わりになるか……南に逃げるのも、道中危ういか。”合奏”は我等のことをなんと?」

「関知せず。保護されたいならあっちまで来いって。それって故郷に戻るってこと? ほとんどドラゴンに乗って移動してたからあれだけど、あの辺行くなら落伍しまくるよね」

「それは滅びるのと同じだ」

「で、これ。”鉄剣”から贈り物」

 スカーリーフ、再利用した手紙を地面に広げる。

「ドラゴンの……砦はこれで安全か?」

「熊が木ぃ引っ掻いたみたいなもんだから、おまじない程度じゃない?」

 これは絨毯手紙を再利用した旗である。紋様が描かれているわけではないが、”鉄剣”の左前半の歯形が刻まれ穴が開いている。大・顎・剣に相応しいか、過ぎたるものか。

 この族宝に相応しい旗は織物ではなくなめし革で、旗竿で風になびく軽さは無い。従って門の脇に吊るされた。嗅覚が鋭ければ本物の古いドラゴンの口臭もするだろう。


■■■


 峠を目指す足取りは重い。若い頃に大層積み上げてきた心算の筋肉が維持出来ない以上に、関節が明らかに弱ってきている。平野部ならばまだまだ旅慣れたものと己に自信を持ってみたりするが、山道は正直だ。少し賢しく考えると、若くても山道は辛いもの。

 直射日光は暑く、空気は冷たい。被ったつば付き三角帽子の角度を意識して日除けとし、暗い足元の影を注視し、明るい影の外を見ないよう意識。目の日焼けは身体に堪える。

 空気も薄くなってきた。エリクディスの呼吸が荒くなってきている。足腰より突く杖に体重を分散出来ないかと考え続ける。

 朝起床、昼前休憩、昼食事、昼前休憩、夕就寝の繰り返しに、また四つの休憩を追加で挟むようにした。いっそ丸一日休むべきかとも考え始める。

 エリクディス、遂に葬送の列の一角を成す白骨ロバに跨ろうかと考え始める。そもそもこれに騎乗して悪い理由があろうかと考え始める。

 ロバには鞍が無く、尻の皮が剥けそうだった。皮も肉も無い骨に跨れば鋸に股座が挽かれかねない。それから暴走しない保証が無い。暴走せぬようにと死神に祈祷? 歩けとお叱りを受けるやもしれない。くだらぬ質問をするなとも言われかねない。おそろしい。

 まもなく峠に至る。今は正面に上り坂と記念碑、そして空しか見えないが、その切れ間に到達すれば後は下り坂。フレースラント王国が頂きより見下ろせる。

 岩肌に金属が擦れる音が鳴る。光の反射が岩間を照らす。予兆にしては分かりやすく、忍ぶ心算は無いようだ。手遅れである。

 エリクディスは煙管に煙草を詰めて、火打石で点けて吹かす。十分に口の奥から鼻の間まで燻すように。

 峠を、浜に上がった鯨のような巨体が塞いだ。

「よくもやってくれたな人型め」

 自称”鉄”のドラゴン。鉄鱗と聞いたが隙間も多く、生皮に張り付く小札のごとし。せいぜい”薄片”。それに傷も多く、もしや軟鉄。

 立ち姿は四つ足。これが疾駆する形状ならともかく、鰐や蜥蜴の如き腹這い姿勢。翼も小さく腕としても使えぬ無用の長物。これは間違いなく出来損ないのはぐれである。

 もう一度煙草を吹かすエリクディス。最期の一服の心算でもある。

「神命の道を塞ぐとは覚悟が出来ていような」

「その死体の列は通す。お前は通さない」

「そんな都合良くいくか馬鹿者め。まつろわぬはぐれ、騙りの愚かな痴れ者。何が”合奏”の血族じゃこの醜い軟鉄ヤモリめが! 頭も身体も出来損ないなら捨てられて当然よな!」

 はぐれ、耳をつんざく金切り声を上げて地面を前足で一打、揺れる。砂利が散って、葬送の列に掛かる。エリクディスは頭を前に、つば付き三角帽子と外套の袖で防ぐ。まともに顔面に食らえば肌が裂ける勢い。

 断片的な情報を継ぎ合わせ、人の過去を類推して心に付いた傷を抉って挑発とする。今回は的中。

「冥府と地獄、魂を司る死神よ。神命害する者がおります。ご助勢を」

 武装する白骨の奴隷戦士五〇体とただの人一体、棺を置いてそれぞれ武器を手にはぐれへ吶喊する。

「足と目を狙え! 鱗も隙間があるぞ!」

 魔法使いエリクディス、ただ挑発したのではない。葬送の列に危害は加えぬという宣言を忘れさせ、諸共攻撃する意志を作り出し、これを可能にした。

「ロバや来い!」

 尻が骨に裂かれる危険など、ここに至っては些細なこと。エリクディスは白骨ロバに跨り、手綱代わりに肋骨を掴み、腰骨に足を絡ませた。

「はいよー!」

 掛け声だけは名騎手で、しがみ付く姿は出来損ない。白骨ロバは生前の枷も無く軽快に山道を駆け降り始めた。

 白骨奴隷の一隊、エリクディスの助言に従いはぐれの目、鱗の隙間を狙って剣、槍で刺す。弓弩で矢を射る。鱗は貫けず、分厚い皮を切っても皮下に至らず出血も無い。

 はぐれは白骨の群れに構わず走り出す。五一体、踏まれて砕ける。頭の振りで吹き飛ばされ、岩に激突、崖下に転落。骨は砕け、巻き付く靱帯が切れて動けなくなる。

 動きが良い白骨戦士、はぐれの鱗に短剣など突き立てよじ登り、背中に刺突。

 はぐれは乗られるのを嫌がり、首から頭に殺到して目を直接狙われそうになると身体を丸めて転がって、纏わりつく白骨戦士達を砕いた。そして勢いあまって崖から落ちて、途中で断崖を引っ掻いて持ち堪える。

「センザンコウかヤモリかはっきりせいはぐれめ!」

 更なる挑発を毒吐きながらエリクディス、煙草を火種に一つ魔法。

『そこらの草木に火を点けろ』

 初級精霊術使いのエリクディスにしては強い火勢を呼んで火の手を回す。何も無いところで火の精霊に語り掛けるより、煙草の火の粉程度でもあれば勢いが増す。

 魔法による放火は狼煙となって空に白煙を昇らす。正確な意図が誰かに伝わらずとも、何かあったと報せる。今日、この場で何かあったとなれば見る者は現状を察する。

 一方の愚かなはぐれに仲間などいない。仲間を作る知恵や性根が無い。オークを山羊ではなく牧犬のように使役出来れば今より繁栄しただろう。単独で如何に化け物の振る舞いをしようと、数に恃む知識が無ければ対応のしようがあるのだ。

 両者の距離が一時開いたが、流石の動ける巨体のドラゴン、早くも追い縋る。

 街道脇の奥まった所にはつきものの、葬られることも無い行き倒れが死んだまま動き出し、はぐれに襲い掛かって走る勢いに弾かれ、潰される。

 死んだ白骨山羊が走って頭突き。無力。

 死んだ猛禽が飛び掛かり、はぐれの目に集って嘴の突き、爪の引っ掻き、視界を塞いで追撃を緩めさせた。

 うるさく思ったはぐれが一暴れし、また崖から踏み外して、壁面に爪を立てて堪えてと足が一時止まる。

 死神の助勢、周囲の死体が集って攻め立てる奇跡で体現される。恐怖も損害も知らず、朽ち果てて行く者達が群れを成す。

 誰かが地面下に埋葬した死体も白骨、木乃伊、腐乱状態ではぐれに掛かる。

 腐乱の死人がはぐれの口内に飛び込みあえて食われ、酷い味と臭いで苦しめ、吐かせ咳き込ませてまた足を止める。

 川沿いの道に差し掛かれば魚の白骨、死骸が群れになってはぐれに飛び掛かる。傷つけるような顎はないが、目や口の中に飛び込めばうるさいことこの上無く、喉の奥へ入れば腹の中が気持ち悪い。肺に入れば咳き込み、溜まり、呼吸を困難にして体力を著しく奪う。

 そして胃腸の中で消化が済んでいないオークに山羊が暴れ出す。如何に鱗に皮、脂肪に筋肉が分厚かろうと内臓まで頑丈な生物は早々いない。

 はぐれ、おそろしい胸痛、腹痛に苛まれながら、嘔吐を繰り返してエリクディスを、気が遠くなりそうになりながら追った。

 死体集るはぐれから、それでもようやく背後に牙が立たないで済んでいる程度のエリクディスにまた助勢。

 喘いで開くはぐれの口に剣が投げ入れられて咳、否、喀出。喉に刺さった物を無理に吐く動作で苦しげに喉奥を鳴らし、そして喀血。

 剣を投げた者、族長チャルカンの息子である。騒動、狼煙を見て駆け付けたのだ。

「ドラゴンが入り辛い道!」

「かたじけない! あのオークの少年に続け」

 少年の手招きに従い、白骨ロバは走ってエリクディスを運ぶ。

 先導となった少年の健脚、流石は山の牧童といったところ。高低差も縦横無尽、平地では負けようがここの複雑な山地形では白骨ロバが負ける。時折先導役が振り返る余裕がある。

 涸れ川の隙間に入る。はぐれは隙間の入り口に巨体から入れず、手や顎を怨敵に届かせようものなら土手を掘らねばならず、掘っている間に走り去ってしまうのでまた追って、掘って、逃げられてと繰り返す。その間にも、人型の死体は見なくなったが鳥獣の死体は猛攻を仕掛け続ける。

 涸れ川にかつて水を供給していた本流に差し掛かる。

 木々が茂るようになり、はぐれは木を一々薙ぎ倒してからでないと進めなくなる。手の入った間伐林ではなく原生林で、縫う隙間も無い。

 ドラゴンの膂力ならばそれでも進んでくるが疲労が著しい。木を圧し折るのは難業で、頭や前足に打撲。鱗は圧し曲がり、にわかに剥げて出血。爪も折れて剥げる。

 血の通う生物相手なら数百屠って余裕でも、森林大地相手に無限に続くような相撲を取っては勝ち目無し。

 また森に住まう猪、熊、鹿のような大型の獣もはぐれを襲う群れに加わる。時にはぐれの大暴れに巻き込まれた、先程までは生きていた獣が加勢する。

 ネズミやリスも加わり、はぐれの無数についた傷口に齧りついて潜り込む。生前のような食欲ではない無限の害意が骨と腱が壊れるまで顎で抉る。大型の獣に隠れて襲うこの小さき者達が一番の出血を強いる。

 怒り心頭を通り越し、ほぼ忘我の殺意の塊となった自称”鉄”。明日を見ず、生き残ったとしても生涯癒えぬ手傷を負いながら諦めない。

 どうせ”合奏”の制裁が下るならば、原因になった者を仕留めるのが今生で出来る唯一の慰みである。ある種、死兵となった。死なば諸共。

 ドラゴンの骨にすらひびが入り、折れても構わずまるで生ける死体になったはぐれ、自称”鉄”の追撃は衰えない。森が薙ぎ倒され続ける。

「飛び降りる。泳げるか」

「海の男よ」

 森を作った川の先は、崖になっており滝になっていた。そこへ両者と一頭、躊躇せず飛び込み、滝壺へ入る。

 水流が渦巻く中、泳いで水面へ這い上がる。エリクディスなど、魔法使い印の三角帽子を脇に抱えて着衣水泳を余裕でこなした。ほぼ裸の少年が水中から引き揚げようとした手が止まる程度に余裕。海の男の名乗りに偽り無し。

「こっち」

「うむ」

 エリクディスは滝壺を見やるが、白骨ロバは浮いて来ない。川底を歩いて来る様子も無く、浅くなったところへ外れた骨が流れ着き始めたことを認めて少年に追従。

 また森の中を進み、岩が自然に削れて出来た天然橋を渡る。橋の下は川。川幅は広い。

 旅人程度の体力、防寒服が吸い込んだ重たい水、顔に出さないがドラゴンに負わされる恐怖からの緊張、悪路をひた走る苦行。息が上がって鈍足が更に遅くなっているエリクディスを見かねて少年が担いで走る。

 はぐれも滝壺に飛び込み、森を薙ぎ倒して迫る。

 既に盲目に近いか、はぐれは天然橋を踏み折って川に転落した。

 尋常の生物ならこれで落下死か行動不能だが、もう金切るような高音も出せない傷ついた喉で、太く荒れた息を無理やり吐き出す咆哮を上げて崖をよじ登ってくる。

 はぐれの自称”鉄”。軟鉄鱗は禿げ、曲がり、折れ、それが皮を引いて裂けて皮下の脂肪まで見える傷になる。

 傷跡には鳥類、齧歯類が集り、寄生虫のように中へ潜り込んで傷を深め、広げ続けている。運動の拍子に傷穴が閉まってそれらを潰し破壊することもあるが幾らでも後に続く。

 目は充血し、いくらか攻撃を受け血の涙を流す様相。鼻血を垂らし、涎と血と吐瀉物が混じって口の端から落ちる。舌も血豆、切り傷抉り傷が絶えない。

 ドラゴンの牙は流石の強度で傷も無いが、爪は木々相手にほぼ剥げて指先は肉と骨が見える程削れた。指も大体折れ曲がっている。

 太い骨にもガタがきている。興奮で痛みは麻痺していようが、関節ではない箇所で真っすぐになっていない。

 正に満身創痍。

「ここまでくると見事なものだ。腐ってもドラゴンよな」

 担がれるだけのエリクディス、はぐれを見て感想を言う余裕が生まれた。

 もう逃がさない距離だと、はぐれは喉の潰れた声を上げて一歩前へ。

 太陽が翳る。山の天気は変わりやすいが、今はそうではなかった。

 山で見える影は大きい。一面が暗くなる。その外が光で白んでおり、明暗が更に暗さを際立たす。

 あの不屈の精神を見せようとしたはぐれ、空を見上げてからなんと反射的に腹を向けて転がり見っともなく喚いて四つ足をジタバタさせた。殺意から正気を失っていたはずが、今度は別の理由で別方向に正気を失った。

「見敵……」

 逆光落とし、風が唸り、巨剣を上段構えで降りて来る大翼。

「成敗!」

 一刀両断。地面ごとはぐれを縦に股下まで刃が入る。

「お見事……」

 エリクディスが感嘆。少年は、伸びきっていない猪牙が生える口をぽかんと開けて瞬きも忘れた。

 絶命が確認された証拠に、ここまで追い縋ってきた死体達が一斉に動きを止めて崩れ落ちた。遠くでも駆けつけようとしていた獣が倒れ、鳥が落ちる姿が見える。

 尾を残して両断されたはぐれの傍に、二本脚で背筋と胸を張って顎も上がる凛とした姿の、明らかに年輪を重ねた古いドラゴンの剣士が立つ。鉄板鱗が陽光で乱反射して輝く。

 エリクディス、呆けている少年を軽く叩いて肩から降ろして貰う。そして濡れて、白骨ロバの背骨に擦られて服に傷がついて若干の血が滲んでいるが、一応佇まいを直す。

「魔法使いエリクディスである。この度のご助力に感謝申し上げる。ワシは今、死神と戦神の神命を帯びており、この死体達の働きは神の奇跡によるものである。そちらは”合奏”殿の血族であられるか?」

「その通り、私は”鉄剣”の名を御前様より頂いた者だ。そちらの火付けが良い目印になったぞ。この地虫を探す手間が省けた」

「”合奏”殿に手紙は届いただろうか。ドラゴン文字で、人間なら絨毯に使うような広さの物だ」

「ほう! あの見事な手紙を書いたのはお前か。御前様はご覧になって感心しておられたぞ」

「”焚火”殿の配下の者達から学んだ文だが、通じただろうか」

「博学なことだ。言い回しの違いは多少あるが問題無い。自信を持て」

 そう言って”鉄剣”ははぐれの首を剣で突いて切断して持ち上げ、その牙を一本抜いて落して飛び上がる。

「討伐協力の礼だ」

 大翼を羽ばたかせ、強風を巻いて輝く”鉄剣”は成敗の証拠を手に提げて去った。


■■■


 少年の放牧小屋で一行は合流した。

 スカーリーフはやや不機嫌であった。はぐれに一撃も入れられなかったからだ。しかし文句は言わず、状況説明くらいはした。当たり前のことが出来て、比較して殊勝である。

 エリクディスの地図通りに進んで道中”鉄剣”に出会い、手紙を”合奏”に届けた経緯から、冬の魔女なる存在と、砦前に自称”鉄”が現れて鉄剣の歯形の旗を見るなり峠へ向かって進んだまでを話す。

 それから白骨奴隷が全滅した後の対策を練る。重厚なイストルの棺と、”鉄剣”から貰ったドラゴンの牙の運送方法だ。

 牙は少年が小屋まで運んできてくれたが、その先である。放置したままの棺も問題。エリクディスが悠々担いで山道を行ける物ではないし、スカーリーフは常在戦場の心構えから重荷を嫌う。なのでオークを荷役として雇うことにした。

 雇うためには話を付けに行かねばならず、エリクディスは鈍足。少年は山羊の世話。健脚のスカーリーフがまた砦まで走ることになる。必要なこととはいえ不機嫌が重なる。

 ドラゴンへの伝令は命がけで、冒険でもあり名誉がある。人を呼んで来いとは使い走りも良いところで名誉が少ない。

 女のご機嫌取りは男の仕事であろうか? 若者に一仕事を任せる前に機嫌を取るくらいは年長の仕事である。

「スカちゃんや、この牙は売るに惜しい。フレースラントに良い鍛冶師、いや彫刻師がいれば新しい武器を用立てられるかもしれんぞ」

 新しい武器と聞いて、舌打ちを遠慮しないスカーリーフの顔色が変わる。戦士は得物に拘るもの。

「売らないで彫刻?」

「いくら金を出しても買えないものが世にある。これはその一つだ。牙をそのまま棍棒にして振り回すにしても使い易い形にするとなれば彫って貰わなければならん。金属でないでな、炉で融かすわけにもいかん」

「槍に?」

「うむ、どうだったかな? こう、刃を縦から半分に割ったような形の物を一組作る。それでただ割るのではなく、木組みは分かるか? 釘を使わない建築方法なんだが、こう、上手く噛み合うように段差を付けてな、組み合わせると一つになるんだが、むう、見本があれば説明し易いんだが、そうだな、手を鉤にして両手を組むだろ、こうすると引っ張っても取れん。これの精巧で良く考えたものをやる。そうして二つ合わせて刃にする。歯ってのはな、大体三層構造になってて一番表は硬いが中はそうでもないのだ。芯材が使えんのう、ドラゴンはどうだか流石に知らんが」

「で、切れんのそれ?」

「研ぎが上手くないとならんのう。ドラゴンの牙を彫って研いで、か。売るどころか財産が吹っ飛ぶ手間が掛かりそうだ。恩着せてオークにただ働きさせられればいいが、彫師はいたかな? 鍛冶はいたがな。どうじゃ少年?」

「細工物は、女達が飾りを作る程度にはやってた」

「そう簡単ではないか。フレースラントに着いたら巧神の神殿の鍛冶神官に相談だな」

「金は?」

「余った分をくれてやる程度で済ませたいが、額によっては売掛だな」

「うり何?」

「信用のツケ払いじゃ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る