2 盗賊騎士編2話:酒と身の上話と

「今日はワシの奢りだ。節操を無くすでないぞ」

 村宿の二階、客室通路の窓際にやや肌寒い特等席が設けられた。そこから吹き抜けで見下ろせる一階、酒場へ向かって魔法使いが立って呼びかけた。

 武装解除された賊兵四〇名、笑顔は無くビールの入った杯を奢り主へ掲げる。

「我らの決闘代表者、我が庶兄フルンツに」

 盗賊騎士も立って二階より杯を掲げて、唯一の戦死者、”戦士の館”へ逝った者の名を挙げて飲み干す。

 人間の作法など知らんと既に喉を鳴らして飲んでいる一名を除き、無言の乾杯がされた。

 村宿の扉内側には、決闘代表者フルンツの頚骨を断った手斧が閂として掛けられている。酔って村をうろつき、あまつさえ娘に声掛けなどしようものなら断頭で応えるという脅し。あくまでも賊党は敗残の虜囚である。

 ここは祝宴の場ではない。奢りとはいえ、酒と古いパン、舐める程度の塩、肉野菜シチューだけ。放浪で空いた腹に沁みるが宴席には至らない。

 特等席には三人が座る。盗賊騎士の対面に魔法使い。魔法使いの隣に耳長の戦士、壁に短槍を掛ける。この場で唯一武装し、生殺与奪の権があるとの印。

「聞いた? ”兄”、さっきの」

 髪も肌も色が薄く、白い長耳の先が既に酒で赤い戦士は”あんちゃん”と呼んだ。それでも高貴の生まれの盗賊騎士に。

「自棄酒は許さんと言ったんだ」

 南洋人種程ではないが、日焼け以前に地黒の魔法使い、元より深い顔の皺をしかめて深くする。

「このおっさん、酒飲む時まで、かーっ、うっさいの」

「お前さんは言われるようなことばっかりしとるからだろが」

「え、何?」

「酔うとこやつ、手癖が悪いでな」

 魔法使いが耳長の戦士を指差す。

 盗癖ならば武術の達人であろうと尊敬できないな、と盗賊騎士は座り直して構える。押し込み強盗や略奪者と、スリにコソ泥では”屑”の世界でも格が違う。

「大したことないって!」

 耳長の戦士は膝でテーブルを下から蹴り上げる。この席にはまだ酒しかなく、それぞれの手にあったのが幸い。

「手癖、とは?」

「肩は外す、耳は千切る、挙句の果てに頭の皮を剥ぐわで、とんでもないわこの馬鹿者。力の加減がイカれとる」

「ほら大したことなーい」

「ほれこの通りじゃ仕様のない。で、さて、話をする前に自己紹介といこうか。そちらもそうだろうが、こちらも”訳あり”だ」

 魔法使いが席を立つ。盗賊騎士も応えて席を立った。

 魔法使いは、右の握り拳の親指側を三角帽子の鍔に付ける。南方で見られる着帽挙手礼をした。

「南洋に面し、四方と内と深みの海も統べる海神の本殿、その地上部生まれの旅人エリクディスだ。魔法使いもやっておる」

 エリクディスは年嵩で老い衰える寸前。若い頃から溜め込んだ筋骨と厚い皮膚量の峠が見えて来る頃合いだった。

「それで隣の…」

 耳長の戦士、自己紹介など知らぬ風にテーブルの下で足を動かしガタガタ鳴らして揺らす。遂には盗賊騎士の脛を蹴る。痛いとは言わなかったが、抱えたいぐらいに痛かった。

 そして遂には椅子を鳴らして床に傷をつけて引き、編み上げサンダル履きの両足をテーブルの端に置いた。捲れそうな腰巻スカートの裾をエリクディスが引っ張って見える脛を隠す。娘に手を掛けるような遠慮無さ。

「これ! おなごが股開いて足をかけるな、汚いはしたない。それに足の裏を人に向けるでない無礼者! 辺境のエルフとてそのぐらいの作法はあろうが!」

「だって膝当たんだもん」

 手長足長に指長、首長耳長に鼻長。エルフを枯れ木に例えれば、人間は痩せ豚と言い返される種族罵倒は定番。

 足長エルフにとって短足の食卓は狭い。

「全く、ほれ、名乗らんか」

「スカー」

「金エルフも名乗りの作法があろうが!」

「えぇ? だってあれメンドくさいんだもん。あーいーや、あれ極地のエルフ、あんたらの言う金ね、のスカーリーフ。あんたの仇」

 盗賊騎士、乾杯で少し回ったわずかな酔いも消えた。手が無い剣の柄を探った。

 戦士スカーリーフはその手を見て、目を離さず笑い、足の長い指でテーブルの端を握って爪で削り出す。癖の悪い人間が手と鉄でやる真似をする。

「これ」

 魔法使いエリクディス、手刀でスカーリーフの頭を叩く。

「よさんか馬鹿者。力自慢は結構だ」

「んぁーい」

 エリクディス、咳払いをして仕切り直し。

「この者、横断山脈より北、針葉樹の大森林地帯より来たエルフの一派、俗に毛色から言う金エルフ、そのフミル族のスカーリーフ。戦神に戦乙女見習いとして認められた戦士だ。よってすこぶる強い。後は礼儀作法から何からこの通り、本にこの通りでな。武芸以外の教育をせよと、ワシが預言で仰せつかっておる」

 村宿の給仕に酒を持って来いと、空になったワイン瓶を逆さにして揺らし、雫をこぼして催促するスカーリーフを見てエリクディスはため息をついた。

「お主の名を聞こう」

 盗賊騎士は指を揃えた右手の平を左胸に当てる、西方で見られる敬礼をする。

「フヴァルク城主フルードの息子イストル。叔父に父と兄を殺され、城を追われて庶兄フルンツと忠誠を誓う家臣等と放浪。復讐を誓い、軍を集めて再起を企図しておりました」

 盗賊騎士イストル、表情も声も仕草にも教育を受けた品があった。髭が無いので威厳に欠けるが、貴公子であった。

 エリクディスは手で着席をイストルに促し、二人は座る。

「大王亡き後では珍しくない話であるな」

 哀れな落ち武者は戦国乱世のどこにでもいた。それが元一城主の貴公子という話も珍しくない。

「はい。諸侯の法秩序が乱れてからというもの、人が変わったようなことばかりで」

「イストル殿の所業もそれに含まれるな」

「お恥ずかしい限りです」

 イストルは悪びれずに恥じた。本来は賊業に手を染める者ではなかった。エリクディス、目を細くする。

「フルンツ殿は妾腹であったかな。敬虔であったか」

「はい。庶兄は、戦神奉じる戦士として教育を受けてきました。戦神には毎朝礼拝しておりまして、”戦士の館”へ昇天出来るかを常に考えていました」

「戦神が地面にお印を刻まれたのを見て分かる。神官であったか」

「神殿へ留学には行っておりませんでした。ただ敬虔でした」

「左様か。その叔父殿はどうかな? 信者であれば、強制とは言わないが、決闘に背を向けることが出来ない」

「戦士の習いとして祈っていたと思いますが、庶兄のように昇天を目指して礼拝をするほどではなかったはずです」

「もし信者ならば逃さず挑めたな。イストル殿の信心は?」

「兄にもしものことがあった時、代わりに城を預かる者として、状況問わずに背を向けてはならないのは戦術に悖ると父に教えられましたので、その、程々というか」

「ふむふむ、それで継承権の無い庶兄を信者として神俗の均衡を保ったと。定番だがお父上は賢明な方針を取られたな」

 支配者一門、数多ければ跡取り、婿、嫁、神職と教育し分けるのが西方貴族の伝統。お家と一二神、合わせて子息を一三名揃えられれば三代安泰とも言われる。正妻一人では困難なので妾を三名用意出来れば、とも言われる。

「私は罪深い人間なんです!」

 イストルは真面目に、更に己を恥じた。

 エリクディス、顎髭を撫でる。スカーリーフ、そっぽを向きながら席を立って窓を開け、縁に座って全体を眺める位置へ。

「事のあらましを聞こうか」

「はい。先に、隣領と境界線の話で揉めたのです。川を境界線としていたのですが、洪水で流れが変わってしまいました。村一つが押し流されたのですが、父は洪水を予期していたので住民は事前に避難出来たのです」

「予期とは」

「はい。その隣領とはまた別の城主の土地なのですが、川の上流で戦用に禿山になる程の伐採が行われておりまして、次の大雨が来たら来るぞ、と」

「ほう、知見がある。それは亡くなられたのが惜しい方だったな」

「はい。それで流された村を復興しようと、流れの変わった川を跨ごうとしたら隣領の兵と移民が勝手に復興を始めていたのです。川で境界線を決めていたからだという言い分です」

「領国制下では川を境界線としていたのかな」

「その通りです」

「境界杭は」

「流されました」

「それにしても揉める話だ。紛争解決の手段は幾つかあるが、まずどうしたかな」

「父は買い取りを要求しました。流されたとはいえ村と畑の基礎はこちらが作ったものです。それであちらは価値が無いと支払いを拒否しました。財産の無い村一つの住民をただ抱えられる程にフヴァルクは豊かではありません。見放しては飢え死にするか奴隷になるか賊になるかでした」

「そうすれば権威も失墜して統治に歪みが出る。弱腰と見れば他の城主が襲ってくる。にわかに連合を始めたら一巻の終わり」

「はい。ですので軍を編制して強制退去をさせ、奪還しました」

「それはイストル殿の初陣かな」

「はい! あ、分かりましたか。その通りです」

 今まで顔を下に向けるように喋っていたイストルがようやく顎を上げる。手柄話は良い。

「戦果を聞こう」

「兄が正面を抑えている隙に、庶兄と私と手勢で川を渡って相手城主を捕縛しました」

「ほう! 初陣で大将を生け捕りとは、さぞやお父上も喜ばれただろう」

「はい! ほとんどは、庶兄の手柄だったのですが、譲ってくれました」

「戦は組織行動、個人芸ではない。足手纏いにはなっていなかったはずだ。最悪、戦いは目的地まで歩いて頭数を示すだけで勝ちになるでな。誇ると良い」

「はい、そう、そうですかね」

「結果が言っておる。その後はどうかな」

「捕縛で勝利として交渉、あちらの移民を受け入れた上で土地を失わずに済みました。それから兄とあちらの姫との婚約での和解、同盟となりました。共同で氾濫を防ぐ堤防を工事する計画も立ちました。今後騒動の種になるならばと、神殿に寄進して神官を招致しようという話もありました」

「随分と上手くいっていた」

「はい、しかし、あれは勝利、婚約に続く……あぁ、結局何を名目にした祝宴か分からないまま開かれた夜です。叔父から酒を父に持っていくように言われて手渡し、飲ませたところで、はい、毒です」

「その時に犯人は誰かと分かったのかな」

「いえ。誰が盛ったと騒ぐばかりで。料理番は牢に、手渡した私は庶兄の館に軟禁、犯人捜しの音頭は叔父が執っていました」

「兄君はどうされた」

「騒動の中ではっきりしません。分かっているのは軟禁中に、兄は城を枕に討ち死にしたという話と、館に叔父の軍が迫っているという報告があって何とか逃げ延びたのです」

「その後、叔父殿が城主になり、兄君の戦死が確定と。どのような噂が広まっていたかな」

「毒殺の犯人は私、兄を殺したのも私という話になっていました。城の者なら正しい情報を知っていたと思うのですが、戦死した、火事で亡くなったなど叔父に都合の良いように」

「正当性を民衆や家臣に訴えたか」

「追討部隊が出回っている中で訴えたり、投書などもしました。慰めも罵倒も様々でしたが、一番古い騎士からはこう言われました。事実はともかく、主君と仰ぐには若過ぎて頼れないと。叔父は城主を複数抱える領主ですから、強さだけなら確かに」

「乱世では弱いが罪だからな。さてその隣領、叔父と結託しておったか?」

「そこまでは分かりません。暗殺と実質の同盟破棄、先の敗北から弱体と見られたようで、今までの話には出なかった別の領主が攻め落として滅びました。占領ではなく、略奪のみで。叔父がその跡を接収したようです」

「徳の有無をさしおいたとしても、叔父殿は強い領国君主で間違いないな。イストル殿の癪に障るだろうがやり手と言える。機会を逃さない者だ。もしかしたら更に上手の、機会を作り出す者かもしれん。他人事であったら賛辞すらあるだろう」

「賊と傭兵をしながら食い繋いできた間、名君とすら噂されているのも聞きました。傘下に自ら入る城主も少なくないと」

「強いが正義になってしまったな。古く正しい正義が正義であった大王の治世、皇帝の末期はあれだが盛期だな。太平が惜しまれる話ばかりだ」

「その通りです」

 エリクディスは、あまり中身が減っていないイストルの杯に酒を注いで足し、促し飲ませ、語って乾いた喉を湿らせた。

「そちらの事情は分かった。こちらの事情も聞いて貰えるかな?」

「私で良ければ」

「それはありがたい」

 エリクディス、魔法使いの証である三角帽子を脱いだ。後退し始めた広い額をわざと見せたのは誠意か。

「我々二人は更に別の、とある神命を帯びている。完全にそちらの望み通りにとはいかんが、一つ取り引きをしてみないか」

「取り引き?」

「結論を言うと、魂と引き換えにイストル殿の仇討ちを成す、ということだ」

 命と引き換え、ではなく神命にてわざわざ魂の引き換えとなれば、畏ろしき奇跡の物語に踏み込めとの誘いである。

 過去現在、神々にまつわる物語は数多くある。良いこと、悪いこと、極端なこと、様々ある。

 スカーリーフがイストルの隣の椅子へ雑に座る。壊れまでしないがどこかに亀裂が入ってバキと鳴り、肩に肘乗せる打撃で貴公子に「ぐぬ」と言わせる。濡れた布団を乗せられているように外れず、若干足掻いた程度では逃れられない。

「皆殺しにすりゃあいいんでしょ。簡単じゃん!」

 浅はかな雄なら大体好意を抱く顔でスカーリーフは、上機嫌に笑って声色も楽し気。

 イストルが席を離れようとして、手に首の後ろを捕らえられた。喉笛にまで回り込んだ異形の長い指先が触れる。

「でもおっさんさ、誘拐の方がもっと簡単じゃん。お願い聞いたりご機嫌取ったりめーんどくさったらないっしょが」

「そんなやり方、喉が渇いたと泥水を啜るようなものだ。無理強いには思わぬ仕返しがある。最後の手というのは本当の最後になってからだ。悪しき手段でご不興を買えばどうなるのか分からんのだぞ。神への畏れを忘れるな」

「はいはい」

「畏れ多くも見習いになれたくせに未だに分からん奴だのう。道理を通さず天に唾吐くような真似をすればだな……」

「はい! って言ったでしょ、はーいって」

 手癖の悪いと言われるスカーリーフの握力の強さを時間と共に感じ、つままれた猫のように身体が固まり出したイストルは話を戻す。

「それで、取引の詳細は……」

「それはだな……」

 語り始めるエリクディスの杯、一滴も減っていない。

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