赤い川

春夏秋冬

赤い川

 あーいえいえ、これも何かの縁ですかね。こんな大衆がぎょうきょうとつまりにつまった、まるでソーセージの中のような人で埋め尽くされてかしましいこんな飲み屋によう来ましたねぇ。

 あっしは、まあまあ、見ての通り身なりも汚ねぇ。まるで家の無ぇ初老に見えただろうけど、そんなことはねぇ。ただねぇ、ここの飲み屋のやすーい酒をちまちま飲んではこうして隣になった兄さんみたいな人と身にもならねぇ話をするのがあっしのささやかな趣味ってことなんです。

 兄さんはどうしてこんなところに来たんで? こーんな店員も男だけ、客も男ばかりでクセェのなんの。こんな花のねぇ薄汚れた飲み屋に何のようで?

 はぁ。酒を飲みたかったから、てぇ? あっはっはっ……そりゃぁそうですな。あっしと同じですなぁ。

 ところで、兄さんは見かけねぇ顔だけど、どこから来やしたか?

 はあはあ。そりゃあまあ離れたところから。あー旅でぇ。そこでこんなところに来るとは、腹が痛くなりやす。もう少し歩いたらいい店なんか沢山ありやっせ?

 まあまあ。兄さんもあっしと変わらずおかしな人ですな。へえへえ。

 それじゃぁな兄さんせっかくこうして隣になったんでぇ、あっしのつまらない話でもきいてくださいませんかなぁ?

 あーありがとうございやす。こうして、つまみになる話になればいいんですがねぇ。

 あー、つまみですか? 奢ってくれるって本当ですかい? ありがたい。旦那、ありがとう。それじゃ、ここでしか食べられないとっておきを注文しやしょうか? あっしも一度しか食べたことないんですよ。それがまあ、なんといったらいいのかわからない、変わった味でしてね。

 へぇ。お肉の料理なんですがねぇ、ここは陸地の土地でありやすから、魚ではないとは思うのですが、もしよかったら、当てて見てくだせぇ。遠方からこうして尋ねて来てる旦那ならわかるかも知れねぇ。

 大将! 例の一丁! なになに、無理すんなって? 大丈夫大丈夫この旦那が奢ってくれるってことで。

 へえ。旦那失礼しやしたね。さてさて。つまみになればいいのですが。あっしのこのちょっとした小話を。

 先に言っておきますが、特に落ちとかは求めちゃぁいけないですぜ。そんな噺家のように口は上手くねぇ。

 これは、ここから少し離れた所でのお話なんですがねぇ。とある山村地帯にけったいな川が流れてるそうな。その川のなにがけったいか。そりゃ色です。

 普通川と言えば透明の澄んだ綺麗な物を想像しますやな? そこの川はなんと、赤ーく染まってるそうなんですよ。

 そう、赤色の川なんです。少し黒ずんで赤い色をした川が上のお山の方からつらつらつらつらと流れていってるそうなんですよ。

 噂ですとねぇ、その土地にいる神様の逆鱗に触れてしまったとかなんとか。神様の怒りが川を赤く染めてしまったとかなんとか。

 旦那ぁ笑いましたねぇ? 信じる方がおかしい? いやいや……案外そうでもねぇかもしれねぇですぜ?

 その村では昔から祟りというものがございまして、神隠し、天変地異、不作、大火事など、決まった周期でそれらが起こるんです。その……神様の名前は忘れちまいましたが。その神様を恐れるあまり、人柱なんかもやってたそうで。

 まあ、今じゃ考えられないでしょうがね。

 そこで、その川の正体が神様の逆鱗に触れてしまったから、なんです。

 そんな、おかると、信じない? あっはっはっ……さすが旦那。現実的ですなぁ。少しでも恐ろしい……と震え上がってくださればよかったんですが。

 そう、じつはそれはただの言い伝えなんです。そんな馬鹿なこと、あっしも信じない。ただね、真実は単純なんです。

 実は川上の方でえぐいことを行なっておりまして。屠殺場になってるという噂でしてなぁ。そう。そこで出た血などをそのまま川に流している、という話なんですよ。だから、川は真っ赤になって流れてる、そういう話になりやす。

 つまらない? 旦那もはっきり言いますなぁ。はっはっはっ……。

 へぇ、ところで何の肉かって? すまねぇですがあっし横文字だかそんなモノが疎くてぇただしい名前がなぁ。確か……あるみ、だとかなんとか。そうそう。羊の肉だそうですぜ。

 れすとらん、とかの特別な料理に使われてたり、注文が多い料理店だかに使用されている肉らしいですが……。あっしも詳しい話は知りませんがねぇ、さぞ高級肉何でしょうね。あー、ただねぇ、海を挟んだ向こう側の広い大陸の闇市かなんかで、安値で取引されてる、てのを聞いたことがありますねぇ。

 どんな味がするんでしょうかなぁ。

 旦那は……はぁ。やはり知らないですかね? あー、そういってる間にさっき注文したモノがきやしたでぇ。そうそう。これこれ。ほら、旦那も一口。ねぇ? 変わった味でさ?

 そうそう。こんな感じ…………はて、やはり何の肉でしょうかね? ん? ……あれ? ……ちょっと大将! 髪の毛料理に入ってまっせ! 自分の? 馬鹿言いなさんな。こんな、長くて女みてえなつややかなもの、こんなこじきのものなわけねぇ! なに……酒一杯くれる? じゃあ、それで良いことにしやすよ。

 あー、すみませんね、旦那。対してツマミになる話にならなくて。

 あ、楽しかった? そりゃありがてぇ。こんなじじぃの話しを聞いてくれてありがてぇ。

 ところで、旦那はこれがなんの肉かはわかりやしたか? ええ? ああ、やっぱしわかりゃしませんか。なに、旅のお方なら物知りかも知れねぇ思ったたんですがねぇ、まあ、これ、気に入ってくださったらそれでかまいませんがねぇ。

 えっと……さっき言った羊肉についでですか? もしかして、あみるすたん羊ではないかですって? あぁ……! たしか、そんな名前だったかも知れねぇです。そうそう。そうです。そんな感じです。

 それは、ただの羊肉とは違うんですか? はあ。その辺りに沢山いる……? 馬鹿いわねぇでくだせぇ。この辺りに牧場なんかありゃしねぇですや。

 あまり詮索しない方がいいんですかぇ? 旦那がそう言うなら酒飲んで忘れやす。横文字なんて苦手でもう朧げですから。

 あっはっはっ……。あら、旦那お帰りでぇ? そりゃあ、残念ですなぁ。

 まあ、また、機会があればまたここに来てくだせぇな?

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赤い川 春夏秋冬 @H-HAL

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