第15話 お酒はほどほどに(まさかのあの人の先祖返り!?)

社会人のオアシスと言えば何だろうか。


週末にかけて発生したデスマーチ、

それを乗り切った先に私の求めてやまないものがある。


「「乾ッ杯!!」」


ようやくデスマーチから抜け出して、

辿り付けた至福の時間。


今日は部署の全員で飲みに行こうとの話になり、

もれなく私も参加したというわけで。


え?シルラはどうしたのかって。

今日ばかりはホントにごめんと電話越しに謝っておいた。

聞けばシルラにも予定があったらしく、

リルラのところでお世話になるとのこと。


私が電話を切ろうとした瞬間、

シルラが「飲みすぎるんじゃないわよ」

なんて怖―い声で言ってきたことを思い出して背中が冷えた。


うん、今も背中が少し冷えてるのは季節のせいってことにしよう。

そうしよう。


それにしても、こうもこの季節はよく冷えるもんだ。

職場出た瞬間に冷たい風に吹かれて、

急ぎ足でここに駆け込んだんだもん。


ただいまはそこまで冷えてるわけじゃない。


何でかって?

それはね…


「ぬぁーに、てぇスリスリしれるんれすか?はらもりしゃぁん?

さむいんれすか?わらしらあっらめれあげらしょうか?」


べろべろによって意味不明な言葉を吐いている彼女がいるからだよ。


山下さん…あなたそんなにお酒強くないでしょ…

なのにカパかパ飲んじゃって…


「はいはい大丈夫だから。それよりお水飲もうね。」


お酒はほどほどに。

私も大学生の頃は何度先輩から言われたことか。


今度は私が言う立場になるなんてね…


普段、山下さんはほとんどお酒は飲まない。

というより飲めないと言った方が正しい。


下戸なんだよね、この子…


それが何のはずみか最初のアクセルを踏ませた奴がいて、

そこから彼女のブレーキはおろかアクセルすらもぶっ壊れて

エンジンだけがフル稼働状態。


暴走機関車もびっくりの荒れっぷりで

彼女は何処へ向かうのやら…


そして今に至るというわけさ。


私でもここまでの悪酔いはしない。

せいぜい少しホンネがこぼれ出す程度…


「今回は私は飲まないでおこうかな…」


山下さんの介抱に忙しくなりそうだし、

2人そろってベロンベロンなんてお話にもなりゃしない。


しかし、私がボソッと漏らしたその一言を聞き逃さなかったものが1人。


「ぬぁーにいっれるんれすか?

いつものんれるろり、なんれきょうはのまらいんれすか?」


顔真っ赤にして、まるで赤鬼だな…

そう思いながら、まじまじと彼女の顔を観察していた時だった。


「ん?」


山下さんの額に見えてはいけないものが見えたような気が…


目をこすって再び凝視するも、やはりソレはあった。

いや、あったというよりもソレは生えていた。


角が。


◇◇◇


よく見るとジョッキを掲げる彼女の手、

そこから生えている爪もいつものそれとは違い鋭くとがっていた。


そしてなにより、

彼女の顔の赤みが少し引いたような気が…


いや気のせいじゃない。

確実に顔の赤みが引いている。

今となってはいつも通りの山下さんに戻っていた。

…角と爪さえ除けば。


「山下さん、そんなに飲んで大丈夫なの?

ていうか飲めないんじゃないの?」


「ん?あぁ、全然平気ですよ。

なんだか今日の私はお酒に強いみたいです!!」


ンなわけあるかい、とツッコミを入れそうになって

ふと我に返る。


(さっきまでの山下さんとしゃべり方、変わってないか…)


今のいつも通りの山下さんは酔っていないと考えないとおかしい。

じゃあ、この一瞬で酔いが醒めたっていうのか!?


信じられない。

だってさっきまでの様子じゃ明日の職場で「頭、痛いぃぃーッ!!」って

転げまわるくらいの感じだったよね。


それが、一瞬で…


それに突如生えた額の角、とがった爪。

何かあるに違いないと私のエルフレーダーがビンビン反応している。


私は何のためらいもなく携帯を手に取った。

今の山下さんを置いていくのは少し心配だけど、

まぁ今のところよってなさそうだし大丈夫だろうと判断した。


「シルラ、シルラが元々いた世界にさ、お酒に強い奴とかいなかった?

角生えてて、とがった爪のある奴。」


シルラは電話越しに唸る。

どうやら心当たりがないようだった。


「ごめんなさい、私じゃ分かんないわ。」


「そっか、ありがとね。」


私と同じようなやつだと思ったんだけどなぁ…

だっていきなり角が生えるわけないし…


仕方ないと割り切って席に戻ろうとした時だった。

携帯に着信が届く。


見ると名前のところには「シルラ」の文字が。

何か思い出したのかな?


「もしもしシルラ?何か思いだ…」


「花森さん。私です、リルラです。」


そういえばシルラはリルラのところに行ってるんだった。

大方さっきの話を聞いたリルラに心当たりがあったんだろう。


それにしてもリルラには珍しく焦ったような声をしている。


「そんなに焦ってどうしたのさ?まずは息、整えなよ」


「そんなこと言ってる場合じゃないんです!!」


いつになく緊張感のあるリルラの声に

思わず背筋が伸びた。


「その、山下さん?と全く同じ特徴の奴がいるんです。

それは…」


ごくりと唾をのむ。

リルラの声色からして、そいつが中々にヤバい奴だということは理解していた。


つもりだった。


「その昔、東の都を恐怖のどん底に陥れた正真正銘の化け物。

酒呑です。」


「!?」


こんな私でも聞いたことくらいはある。

京都だっただろうか、どこかは忘れたが

ものすごい酒飲みの鬼がいて、その昔とある人間によって討伐された鬼。


その名は、酒呑童子。


「…ということは山下さんはどうなるの?」


「どうにもこうにも私たちは手が出せませんし、

被害が出ていないならなんとも…」


「うん、分かった。ありがと。」


そこまで聞くと電話を切った。

たしかにリルラの言うことが本当なら角や爪が生えたことも納得できる。


…これからどうすればいいんだ?


◇◇◇


席に戻ると山下さん以外は地に伏せていた。

その中でこんこんと飲み続ける山下さん。


リルラは「被害が出ていないなら」と言った。

まぁ今のところは大丈夫かな…?


これから飲みの席じゃ、私がこの子を見守ってないといけないかもしれない。


「そうすると当分は禁酒かなぁ。」


とほほ、つらい。


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エルフへの 先祖返りも ほどほどに かつをぶし @katuwobushi

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