拾漆話 アガナイ

気がついたら元いた場所に戻っていた。


(………。)


VRゴーグルを外して体を起こす。


「夢……だったのかな。」


1人、そうごちってみる。


——そんな訳がないのに。


「……」


両手で自身の首を絞めて死のうとしていた時、唐突に扉が開かれ、見知った人物が入ってきた。


「ぇ…谷口くん?」

「やあ、やまねちゃん。こんな場所で奇遇だね……もしかして、取り込み中だったかい?」


いつもの調子で制服姿の谷口くんはおどけたように言った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(…さて、これからどうしようかな。)


室内に入って来て、初手で何とかやまねの凶行を一時的に止める事は出来たが…


(会話での交渉は…無理か。)


やまねの表情や目を見たら分かる…あれはマジだ。


——本気で死のうとしている。


その理由は分かる。忌々しくもあの性悪が教えてくれたから。


「あのさ、」

「殺したんだ……沢山の人を。それに…姉さんも。」


谷口の話をやまねは遮った。


「…無実な人もいたのに……悲鳴も命乞いすらも無視して僕は殺した…違う。ちゃんと聞いた上で殺したんだ。」


「やまねちゃん、」


「…楽しかった。」


谷口は思わず口を噤んでしまった。やまねの表情が……あまりにも幸せそうだったから。


「人体を破壊して臓器を抉り出して命を奪うあの感触が心地いいんだ。血のエフェクトが飛び散るのがとっても綺麗でね、花火みたいなんだよ?悲鳴も命乞いも僕にとっては楽しさを引き立たせる要素でしかないんだ。」


「……」


「谷口くん…僕は人殺しなんだ。このゲームをする前までは何でか覚えていなかったけど、昔ね…先生をクラスメイトの前で殺した事があるの。」


麗華さんに言われてね。やまねはそう言ってはにかんだ。


(……知ってるよ。)


なんて言える訳がない。何せ、私もその場に居合わせていたのだから…それを知るよしもないのだろうけど。


「引いてるよね。ごめんなさい…僕は谷口くんや皆をずっと…騙してた。人殺しと一緒だなんて、普通に考えて嫌…だよね。」


やまねが私を説得して引き離そうとしている事はよく分かる。


「…だから、」

「話をしないかい?」


——でも、そんなのお断りだ。


「……え?」

「私はやまねちゃんを交渉して死なせない様に説得なんてカッコいい事は…悔しいけど出来ないのさ。だから死ぬ前にちょっとした話…言っちゃえば冥土の土産って奴?を渡してあげようって寸法なのだよ。分かるかい?」


「言ってる事はよく分かんないけど…なんで僕が死のうとしてるのが分かったの?」


少し戸惑いながらも、やまねは谷口に問いかけてくる。それを谷口はふざけ気味に答えた。


「伊達に4年…いや、3年間一緒にいるんだぜ?やまねちゃんの事はとうに知り尽くしてるのさ。あっ…勿論、美少女っていう事もね!」

「…こんな時でもからかわないでよ…もう。」


やまねがジト目で睨んでくるのを見ながら谷口はただ笑った。


「谷口くん…隣、座ってもいいよ。」


「ああいや…今日は立っていたい気分だから、これでいいよ。じゃあ…改めてだけど、話をしようか。」


「…うん。」


「やまねちゃんが人殺しCOしたんなら、折角だし私もCOするとね…実は私は——」


……



「——ていう感じで私からの冥土の土産話は終了だ。ご清聴ありがとさんってね。」

「……。」


1時間くらい語って、ようやく終わり谷口は息をつく。その話を終始、やまねは真面目に聞いてくれた。


「まあ、別に信じなくてもいいさ。与太話だとでも思ってくれていい。」


「…聖亜くんには話したの?」


「いんや…この話をしたのは、やまねちゃんと後、我らが先輩陛下だけかな。」


「花形先輩に…そっか。」


やまねは納得したように頷いた。


「…谷口くん。」


「何だい?やまねちゃん。」


「この部屋から出て行ってくれないかな。」


「…ん〜。やっぱりかい?」


「うん……もう、決めた事だから。それに、親しい人がこれから亡くなるのを見たくない…そうでしょ、谷口くん?」


「…あー痛い所突いてくるなぁ。やまねちゃんは。」


そう言って谷口はボリボリと頭を掻いた。


「…んー。じゃあ、最後に一つ頼まれてくれないかな?」

「えっ…僕に出来る事なら…いいけど。」


谷口はポケットからアレイから手渡された…拳銃を取り出す。


「それ…銃だよね?」


「うん。実弾が一発だけ入ってる。で、やまねちゃんに頼みたい事はただ一つ……やまねちゃんを私の手で死なせたいんだ。」


「……?えっと。」


「別に悩む必要もない。正に言葉通りの意味だよ。やまねちゃんを変えた…違うか、戻した元凶はこの私だからね。その責任を負いたいという気持ちが…」


「いいよ。」


「あるんだ……っえ、いいの?」



やまねの即答に谷口は少し驚く。



「…うん。じゃあやりにくそうだし目、瞑ってるね。」



そう言ってやまねは目を瞑った。その姿を見て谷口は思わず息を呑む。


(うわ、そのままキスして…押し倒したい。)


と本心でそう思いながらも、その欲望を何とか堪えて拳銃をやまねへと向けた。


「おほん…遺言はあるかい?」


「ない。僕にそんな資格ないよ。」


「…そっか。」


谷口はもう何も言わずに、安全装置を外し引き金を引く。


——その発砲音だけが白い部屋に虚しく響いた。


……


部屋から出ると、アレイが待っていた。


「…部屋で発砲音が聞こえたが。」


「撃ったよ…やまねちゃんに。」


「…405号室には誰もいなかった。」


「…っ、おいおいアレイ君。ここは私を慰めるとかねえ…もっと何かしらあるんじゃないのかい?」


アレイは谷口を一瞥してから言った。


「…慰める…?…嘘だな。」


「嘘って、はえー失礼なことを言うね。」


「後で謝罪する。だから…貸せ。」


谷口が持っていた拳銃を取り上げる。


「…実弾が入っている…じゃあ、あの発砲音は……主、また何かしたのか?」

「…あは。」


谷口は悪い笑みを浮かべた。それを見たアレイはすぐに思い当たって…動揺しながら言った。


「まさか『消失弾』…ですか。」

「…正解だ。まあ、あの時は確か…アレイ君も一緒にそれを見学してたからね。そりゃ分かっちゃうのも当然か。」


つい一週間前…谷口とアレイはある軍事施設に足を運び、その時に目にしていたのを思い出していた。


———消失弾。


文字通り、撃った対象の記憶を消失させる弾だがその最大の特徴は、肉体へのダメージが一切ないということ。


「…まだ試作段階の筈。」


(それが世に出回れば理論上は、戦場で誰も死ななくてもよくなる。そんな革新的な兵器を一体どこで……?)


「うん。実はこっそりね…取っちゃった☆」


いつも通りとはいえ、つい言葉を失った。


「…はい?」

「で、他の企業とかと連携して素材の成分とかも調べてさ…昨日ついに試作品が完成したんだ〜。」


一発だけ持ってきておいてよかったよと谷口は笑った。


「結果的に騙した形になっちゃったから、やまねちゃんには申し訳ないとは思うけどね。とりあえず見た感じ成功したっぽかったし、OKって事で!」


「……。」


「それに、私は親しい人が亡くなるのは大嫌いだから。たとえ人殺しでもついつい、救ってしまうのさ。」


「……俺を助けた時みたいに、ですか?」


「そうだよ。私はいい嘘つきだからね。」


アレイが黙り込んでいると、谷口のスマホが鳴った。


「…おっと、誰からだろ。もしもーし。」


『馨様、消失弾の件があっちにバレました!!』


「あっ、そうなの?…随分と早いね。」


『それで馨様の暗殺計画が、』


「いつ?」


『えっと……情報部によると明日だそうです。』


「了解、じゃあ…明日は皆休んでいいよ。その日は特別に有休にしとくからさ。なに、教えてくれたお礼だよ。いや別に何も企んでないって…とりあえず連絡サンキュー。またね☆」


電話を切って、谷口はスマホの画面を見る。


「時間的にそろそろ撤収するかー。明日には団体さんがわざわざ来てくれるらしいし…ちゃんともてなす準備をしなくちゃだ。」


「…放っておいてもいいのか。」


「うん、大丈夫だと思うよ…多分!地元の警察もそろそろ来そうだしね。明日の事を考えて…アレイ君は先に戻って休んでて。私はまだする事があるからさ。」


「…はい。」


拳銃をホルスターにしまい、谷口に礼をしてからアレイは廊下を足早に歩き、階段を降りて行った。



「…さて、皆にも撤収の指示を出すか。」



1人そう呟きながら、スマホで連絡を取る。その数分後、スマホをポケットにしまい軽く伸びをした。


「んーー!…あ〜流石に疲れるね。しんどいわ。そろそろ帰って休みたいんだけど…。」


脳裏にアレイの言葉が再生される。


——405号室には誰もいなかった。


「でも……そこはちゃんと確認しないとね。」


やまねがいる部屋の扉を一瞬だけ見て、谷口は面倒そうに、405号…楓がいる部屋へと向かう。

























































































































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