拾弐話 ネガイ

一年前のクリスマスイブ。主治医の人にこう言われた。


「あなたの余命は…おそらく来年の夏まででしょう。」

「…そうでしたか。」


私の体が段々と死に近づいている事なんてとっくの昔に分かっていた。


「驚きは…しませんか。最初から分かっていたのですか?」


「はい。むしろここまで長生きできるとは思っていませんでしたから。ここまで私を延命させてくれてありがとうございます。」


「…本当に相変わらずですね。感謝などしなくてもいいのに…これは僕の力不足の結果ですから。」


「やまねの誕生日までこの体が持つのなら十分です。」


「…薬はいつものを処方しておきます。その事を伝えるかどうかは…貴方に任せます。」


「いつも本当にありがとうございます。では、よいお年を。」


そう言って礼をしてから楓は診察者から出て行った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


決行前日。博士が指定した位置に辿りついた。事前に言われていた隠し階段を見つけて無言で降りて、照明のスイッチを押す。


「——綺麗。」


思わず声が漏れる。その広い地下空間には一面の白い花が咲き誇っていた。そこの中心部へ向かって歩く。


「…ふふっ。」


花を一つ摘んで匂いを嗅いだ。とてもいい匂いがした。そうしている内に中心部に到着する。


「確かここで…」


——中心部に行ったらそこにあるパソコンを破壊して欲しい……そうすれば私達の勝利だ。


「これ…ですよね?」


花園には相応しいない机とパソコンが置かれていた。


(早く来すぎてしまいましたし…どうしましょう?)


暇だったから花飾りを作り始めた。数時間後、花飾りが完成して、楓はそれを頭に被った。


「…手鏡が欲しいですね。」

『受諾。手鏡を生成シマス。』


脳裏にそう聞こえたと思ったら、手にはいつの間にか手鏡が握られていた。


「それです…うるさいだけだと思っていましたが、少しは評価を見直してもいいかも知れません。」


そう呟きながら手鏡で自分を見て…鞘から剣を抜き入口を見つめた。


「……あなたでしたか。ここにはいないと思っていたのですが。」


やまねと同じ学校の制服を着た、本来いるべきではない少年が赤黒く輝く剣を携えて、少しずつこちらへと向かってくる。


「…また私を倒しに来ましたか。」

「………ああ、そうだぜ。今日こそ決着をつけてやる。」


見知った顔の筈なのに、何故か楓には少しだけ大人びて見えた。


「少し見ない内に成長しましたね。」

「っ、行くぜ…楓さん!」


少年は一気に楓との距離を詰めてくる。


「…これが最期の機会です。全力でかかって来てください。」

「ハッ、言われなくても全力だ!!」


白き花園にて、二人は激突する。


……



「——来ましたか。やまね。」

「来たよ…姉さん。」


やまねは辺りを見渡した。四方の白い壁や天井の照明が斬撃で抉れ、元々白かったであろう花々は所々が赤く染まり、離れた所に剣だったものの残骸が見えた。


楓は無抵抗に両腕を広げる。腹部と胸の辺りが真っ赤に染まっていた。


「今なら私を簡単に殺せます……止めを刺して下さい。私が私でなくなる前に。」

「…うん。」


すぐに楓の目の前まで接近して、その脆そうな首を手刀で斬り落とそうとーーー


「…どうしましたか、やまね。」


「…やっぱり…っ…やりたく、ないよっ…姉さんの事を。」


「……。」


「ずっと…考えてたんだ。もっと他にいい方法があるんじゃないかって。」


思い悩むやまねを見て、楓は…


「ぇ。姉…さん?」


持っていた剣で自身の手を軽く刺して、力なく花園へと倒れた。


「待って!姉さんっ!」


「…博士さんから聞きましたが、私の固有スキルの効果は『4回ダメージを受けたら例外なく死ぬ』のだそうです。これで……3回。後はやまねが止めを刺してください。」


「何で…どうして……」


やまねは膝から崩れ落ち、泣き始めた。


「嫌…こんな……結末。僕は」


「ここで私を殺さないと、これから大勢の人が死にます……覚悟を決めて下さい…もう決めた事なのでしょう?」


「……っ。」


やまねは何とか泣き止んで無言で楓に跨って、首に狙いを定めた。少しでも痛みがないように。


「……。一度決めたらたとえどんな事でも最後までやり切れ…でしょ?小さい頃、母さんがよく僕に言ってた言葉だったから。」


「…懐かしいですね。あの頃のやまねもとても可愛らしくて……。」


「この空気感でからかわないでよ。姉さん。」


「すいません…私なりにやまねを慰めたくて…つい。」


「うん……1つだけ、聞いてもいい?」


「何なりと。」


「どうして僕を——殺さなかったの?」


楓は穏やかな表情で言った。


「私の愛しい、自慢の弟だからです。」


「……そっか。」


「ありがとう……私を殺してくれて…」



ーーー『警告、対処を排除するベキデス。』



さっきからずっと聞こえるそれを無視して、楓は今にもまた泣きそうなやまねを見て、微笑んだ。




「愛しています。」




首を斬り落とされたのだろう。楓の意識が暗転していく……



(私の願い…やまねの手で殺されて…偶然、あの方との決着もちゃんとつけれて…悔いはもうないですね。成すべき後も果たしました…あっ、クリスマスのあれを花形さん…忘れてないといいのですが……)



今までの人生を振り返り感傷に浸りながら、しかし満足気に楓の意識は闇へと消えて行った。









































































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