◾️話 ショウワル

『殲滅プログラムヲ発動シマス。』


——うるさい。


私の中に異物が入ってくる感覚がする。


——気持ち悪い。


段々と思考が何者かに塗り替えられるのを感じる。


——私が、私でなくなっていく。


体がいう事を聞かず、ただ攻めて来た人達を無慈悲に殺していく。


そして……


『このゲームに存在する人間は例外なく全て抹殺シマス。』


——っ。待って、あの子だけは……やめて。


「……に、逃げて……やまね。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「え…ここは……どこ?」


目を覚ますと、僕は見知らぬ場所にいた。ここ最近の記憶が全くない。ソファーから体だけ起こして、辺りを見渡した。


「図書…館?」


ただ本が沢山あるという理由で僕はそう判断した。でも本当は違うかもしれない。


「ゲームの中なのかな?」


インベントリやアイテム欄があるのに気づいた。内容を確認する。


(…最も優しき者?……何それ。)


そう思いながら僕は立ち上がり、辺りを散策する。すると、円卓の机で分厚い本を読んでいる20代程のミディアムロングの黒髪黒目の女性がいた。


「あの、すいません。」

「……。」


遠くから声をかけたせいか、あるいは本に集中しているからか、無視された。なのでもっと近づき、女性の肩を軽く叩いた。


「すいません!ここってどこでしょうか?」


女性はやまねの存在に気づき、分厚い本を閉じた。


「来たか。とりあえず座ってくれ…私の隣の席は空いてるよ。」

「あっ、はい。」


言われるがままに、やまねは七つの席の内の一つに座って改めて聞く。


「僕は佐藤やまねって言います。あのここはどこでしょうか?後、あなたは一体、誰ですか?」


「う〜ん。ここをどう定義するかにもよるけど……分かりやすく言えば、このゲーム内における死後の世界だよ。で私の名前か。私は、」


「えっ!?……死後の、世界?」


名前を聞く前にやまねは思わず声が出てしまった。


「驚くのも無理ない…か。貴君は、とあるデスゲームに巻き込まれて……色々あった結果、自身の姉に殺されたんだから。」

「僕は、姉さんに…」


全く覚えてないから、何も言えずにいると女性は意外そうな表情をしてこう言った。


「…殺された恨みとか、怒りとか…たとえ、何も覚えていなくても、何かしら感じるものはあるんじゃないかな?」


「……姉さんはすごいんですよ。」


「…?」


女性はやまねの唐突な発言に首を傾げた。


「…姉さんが、間違った判断をした場面を僕は人生で一度として見た事がないんです…だから僕が姉さんに殺されたんだったら、それが正しい判断だったと僕はそう断言します。」


「妄信ここに極まれり…か。」


「妄信じゃありませんよ…ただの尊敬です。」


それこそが妄信なんだよと、女性は苦笑いを浮かべる。


「貴君はまるでイカロスのようだな。」


「…イカロス?」


「太陽に近づいて…それに成ろうとして、結局は成れなかった所なんて…そっくりだ。」


「…??」


「まあこれは通説とは全く違う…あくまで私独自の考えだけどね。ギリシャ神話は…貴君もその内読んでみるといい。意外と面白く、興味深いものだから。」


「は、はい。」


「話を戻そうか。私の名前…だったね。」


女性は軽く咳払いをした。


「私は…『最も賢き者』。名前は…谷口 あきという。」

「谷口…?えっと、それって…」


やまねの言葉を露骨に無視して女性…菊は話を続ける。


「貴君には二つ、選択肢がある。」


「…二つ?え、選択肢……??」


「一つは『諦める』…これが1番手取り早く終わらせられる楽な方法だ。今や、あの人工知能が貴君の姉を乗っ取り、生きているプレイヤーもほぼ根絶やしにされたこの詰み盤面をひっくり返す事は…不可能に近いからね。それは貴君もよく知ってるだろう?」


「……。」


「そこで…二つ目の選択肢だ。それは…『やり直す』……だ。」


「…え、やり直す…ですか?」


戸惑うやまねを見ながら、菊は悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「私の固有スキル…『対象逆行』は、使った対象の時間…データを巻き戻す効果があるんだ。で、それを利用して最初から…は無理か。この能力である程度まで貴君を巻き戻す。あっちの私は出来なかったみたいだけど…ここでならタイムマシン的な使い方も理論上、可能だろう。」


「…つまりデスゲームを諦めるか、続けるか…ですか?」


「その通りだ………さあ、どうする?」


やまねは思考して……そして決めた。


「…続けます。それで誰かが救われるのなら。」

「それが正しい選択だ。ここで諦めていたら、君はここで死んでいたから…実質選択肢は一つだったな。」


ふと女性は上を見上げた。


「……うん、決めたのならさっさとやるとしようか。」

「…はい、ありがとうございます。」


やまねが菊にお辞儀をした。その姿を見て目を丸くする。


「あー礼なんてしなくていいよ…むしろ、私は貴君を修羅の道へと誘ったんだからね。」

「えっ、それって…どういう…?」


幾何学的な模様がやまねの周囲に展開する。


「あっちに戻ったら、貴君の記憶は戻るだろう。そこだけは安心してくれ。まあ…ここであった記憶は…うん、きっと忘れるのだろうな。」


「え、菊さんっ!」


「貴君に2つだけ教えておこう。感謝の礼だと思っていい……貴君はどこまで巻き戻ったかにもよるけど…誰も救えないよ。あの場で死んだ者は生き返らないんだ。ただ死因が変わるだけで。」


「な……それ、って…」


「でも無意味ではない。貴君がやるべき事はたった一つだ……それはーーー」


それを聞いて、ただやまねは絶句し…そして理解したとたん、意識が暗転して………



「行ったか……やれやれ。」


菊はまた椅子に座り、分厚い本をまた開こうとして…腕を見る。


「はぁ。この物語の結末を見たかったけど…ここまでか。」


腕や体が薄く、透明になっているのを見てそう呟く。


「もし、私の考え…あの嘘つきが言っていた事が正しいのなら……」


きっとやまねはそれを覚えてなくても無意識にやるべき事を遂行するだろう。


「…あははっ。あははははは!!!」


足をバタつかせながら、少女の様に無邪気に笑う。そうしていると、ふと脳裏にあの嘘つきの軽薄な顔がよぎって、足を止めた。


「…あ、でも…」


(結局、あの嘘つき…馨には最後まで謝れなかったなぁ。)


「ま、いいかっ♪…この一件の後処理とかは馨に任せるとしよう。今頃、この事態を収束する為に行動してるだろうし。」


まあ、多少は巻き戻るだろうから恐らくあっちの私もまだ生きているだろうしね…どの道死ぬけど。そう呟いてまた笑う。


…その姿が消えるまでずっとずっと。


——谷口 菊は佐藤 やまねが起こすであろう今後の展開に思いを馳せる。























































































































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