祝・お題企画50回目

西野ゆう

お題は「50マイルの笑顔」らしいよ

 スマートフォンを手にしてからというもの、人々の朝というものがつまらなくなった。否定する者も多いかもしれない。だが、少なくとも私はそうだ。

 カーテンを開け、窓をほんの少し開いて外の空気を感じる。朝の光、夜露の匂い、風は肌を撫でるか刺すか。

 私より早く起きた家族の淹れる珈琲の香り。トーストの香ばしさと時に騒がしいテレビの声。

 一日の始まりは五感で感じていた。

 それが今は視覚のみ。

 手のひらに収まる小さな画面に並ぶ文字と画像。様々なアプリケーションを順番に開き、様々な情報に触れる。

 今朝知ったのは北朝鮮から発射されたミサイル。クロノヒョウさんの自主企画。

「50回目か」

 最近の彼女のお題は副詞と動詞、形容詞と名詞、修飾語と被修飾語の組み合わせが多い。その組み合わせ自体はごく普通なのだが、通常では組み合わされない修飾語があてられる。

 今回は「笑顔」に対して距離、あるいはポイントサービスの単位である「マイル」が組み合わされている。

「50マイルの笑顔」だ。


 ☆


「『50マイル』って聞いて何を思い浮かべる?」

 私は私と別の場所で小説を公開している娘に訊いた。

「なんも。50キロだったらフルマラソンより長いじゃん、ってくらい? マイルは、分からん。全然分からん」

「うん、分からんよな」

 冒頭でスマートフォンを否定しておいて、ここで使うのはスマートフォンだ。

「50マイル」を検索する。

「トレイルなあ。『グレートトラバース』とか見ちゃうよな」

「ああ、見ちゃうね」

 トレイルラン。多くが山岳地帯を走るレースだ。

 そのレースと笑顔を絡める。物語として平凡だ。50回目を飾るにはいささか寂しい。

「50マイル貯まったら何ができる?」

 コレはスマートフォンではなく直接「マイル」を貯めている娘に訊いた。

「50マイルからnanacoポイントに替えられるね」

「やっすい笑顔だ」

「きたねえ花火だ、みたいに言うな」

 娘はケタケタと笑っている。私と別の場所で。


 50マイル。

 この世と天国との距離が50マイル程度だったらどんなに良いだろう。

 朝日を浴び、空を見上げ、50マイル先。成層圏をほんの少し越えた先。そこに天国があれば、私の持つ小さな望遠鏡でも娘の笑顔が見えるかもしれない。

 スマートフォンで過去を見なくても笑顔に会えるかもしれない。


 ☆


 そんな物語を思い付いて、私はスマートフォンを操作した。

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祝・お題企画50回目 西野ゆう @ukizm

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