第27話 女神 ケーオ・フィラメント 3


「クララ様? 私は黒瀬カゲヒサなる少年を転生させようとしました」


 クララの髪をなんとなく、眺めながら話しかけるブロンディ。

 そうなの、と、努めて平静に声を返すクララ。

 目を合わせない。

 そのため雲のような霧のような、不思議な気分にさせられる白髪のみを金髪新神は眺め続けている。

 

 場所は光の回廊であった。

 次の異世界転生のための、現場へ向かうための、天界と人間の世界の通路に当たる部分であった。


「―――そして異世界に転生できませんでした」


「あら、そう―――あなた負けたのね」


 反射的に言ってから、何故か汗が滲む想いである。

 クララもまた、黒瀬カゲヒサと相対し―――雲に撒きつつ転生させようとしたが、あえなく失敗したためだった。

 あの令和忍者は煙に撒こうとしたが、その煙すら用意せず、神の襲撃による危機を乗り越えた。

轜雲じうん〟のクララの雲をつかった―――。


 クララは人生経験、いや神の経験において、言ってから後悔するような経験が多かった。敗北や失敗も多い。

 いい加減な、その場の感情を吐露したり、ありもしない感情を湧かせ、自己を鼓舞するような日々を送っている。

 そんな、波瀾万丈な人生ーーーいや神生じんせい


「失敗して―――それで?」


 新神がどのように考えているのか気になるクララだった。


「それだけですわ、難しいんですのね、S級を転生させるのって」


 話の意図がわからない。転生しにくいからS級認定されているんだよ。馬鹿なのか、この子。

 だんだん、勝手にイライラしてきたクララ。


 話を聞いてあげているクララもまた、黒瀬に撃退されている事実を、知らぬブロンディは知らないままに話しを続ける。

 黒瀬と直に転生やりあって敗北しただけ、クララに関して本当に何も知らないブロンディ。

 対して、もしかして私のことを馬鹿にしに来たのか……?それのみで頭がいっぱいになり始めるクララ。


「気になることがあるのです―――、カリヤ冠位長は、黒瀬カゲヒサをS級の指定?にしていましたが、あれはどういうモノなんです?」


 純粋な疑問であった。

 転生抵抗度。

 それがブロンディの意図、関心事だ。


 転生抵抗度が高い者は、女神たちにとって甚だ厄介な存在である。その分、地球上に現れた異端、特別たる彼ら彼女らが異世界に転生すれば、冠位長も肩の荷が降り、異世界で、そこにとって大きな影響を与えるだろう。というのが認識。

 手に入れるとでかい獲物だ。

だからこそ、何も知らずに向き合ったブロンディはただの愚か者とも言える。


「どうもこうも、そのまんまの意味なんじゃないの? 冠位長が決めてるわけじゃないし―――」


「え?」


「え?」


 互いに首を傾げ合う。


「違うんですの?」


「……」


 クララは考え込む―――彼女とて、冠位長のすべてを把握しているわけではない。

 ただ、以前から、上の正式な決定を待っている節が何度もあった。

 あとは、どの課の誰々が決めているらしいーーー、との憶測と噂。


 また、女神協会は多数の部署があって成り立っている。いくらなんでもカリヤが全ての権限を持っているわけはない。

 ただ―――。


「ただ、黒瀬カゲヒサもね」


 クララは、ますます不機嫌になる、本当は自分が転生させたかった。

 だがそれは叶わないだろう。

 もっとも、不機嫌な感情をニュートラルとし、眉を吊り上げているような女神であったが。

 何せ今ごろは、『一級』が向かっているから―――!



 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 黒瀬は空を舞っていた。

 制服の袖内より射出されたワイヤーでの移動中である―――逃亡中でもある。

 戦える可能性もあると思っていたのだが―――。


「くっ……!」


 黒瀬はいつもより高く、ワイヤーで飛行する。

 天に足を延ばし、地面を見下ろす。

 オレンジに燃える、わだちが見えた―――。


「走った跡が―――全部燃える!」


 ワイヤーを再び電柱へ飛ばす―――先ほどから、着地が出来ない。 


 敵との戦力差くらいは、冷静に把握している。出来てしまっている黒瀬。

 この使―――桁が違う、格が違う。

 髪型見た時点で、あ、こいつ頭ヤベェと思いはしたがーーー今までの連中より、これは遥かにーーー!


「どうだい! アタシの炎はよォ!」


「どうって―――」


 飛びまわりながら叫ぶ。


「どうって―――不思議だよ! どうして人を轢き殺すときに炎が必要いるのかがよぉ!」



 自分の命日は近い。近いうちだと知れている。

 そもそもに、正体がバレている時点で忍者にとっては分が悪いのだ。

 いつかは追い詰められる―――そんな恐れはある。

 恐れというか、現実というか。


 ―――ただ、君はこのままだと生き延びる可能性が低いんじゃないかな―――?


 あの男の言葉が脳内で再生する。フラッシュ・バック。

 他人事のように言いやがって。

 いやに、雑談臭い、平常な声色だった。


 神に負ける、人類への、謎の攻撃。

 これこそが―――これが人間の終わりだというのか。

 この世の中の終わりは、終末戦争とか、隕石落下だとか、いろんな説を読んできた黒瀬だが、こんな襲撃者がいるだなんて。

 どうやら―――連中も訳ありらしい、理由ありきでこんなことをやっている。

 そう仮定するしかない。

 ここまで人間を異世界に、全力で送るという意味はさっぱり理解できない。


 俺が死ぬ?

 生き延びれない?

 そんなことはわかっている、いるさ―――いつかは死ぬ人間は、でも抵抗したいだろう。


「……諦められるかよ!簡単に、こんなの!」



 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「———うろちょろとしやがって!」


 追うケーオ。

 いよいよ火達磨ひだるまになったトラックの天板に乗り、黒瀬を追いかけている。

 さしずめ灼熱地獄からの使い魔といった御姿であった。 


 黒瀬にとっての、これ以上ない苦戦。

 恐るべき火属性の転生女神、ケーオに、反撃などとてもできない様子に見えた。

 

 

 ただ、神にとっても想定外の要素はいくつかあった。

 空中の障害物が減っている。

 自身のトラックが発した轍の火炎により熱波が発生、電線があらかた焼き切れている。

 熱波を間近で受けた結果なのだろう、路上へと力無く落ちていく。

 それにより、黒瀬の空中移動にバリケートが消え、手加減速度加減がなくなっている。

 ケーオの転生技能、その異常の果てが、黒瀬の命を繋いである。

 あくまで推定ではあるが、クララ戦の際の倍の速度で飛行し続けている。



 それが計算外、思い違いだったらしく、ケーオは長期戦を考える。

 だが、この戦いの結末は意外な方向へと収束していく。

 いや、可能性はあった―――当然ながら、この世界に無数にあった。

 

 その可能性は、歩いていた。

 もっと言えば、下校中だった。


 黒瀬が逃げ飛ぶ―――電柱や民家屋根、古びた工場の側壁———アンカーをつけ旋回する。

 視界の先に、歩いている生徒が見えた。歩道を歩く、女子生徒の背中。

 ———その存在に気づいた黒瀬は顔をしかめて、前歯を風に晒した。


「……ッ空気読めよ! この世界!」

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