第23話 変わりゆく日常


 朝日に照らされて、黒瀬は歩く。

 あの妙な不審者おっさんの出会い、その翌日。

 並々ならぬ弛緩を感じるほどに慣れ親しんでいる灰色の校舎へと足を進める。生活は二年目へと突入している、公立天瀬井高校へ登校する黒瀬。

 しかしアレ、なんだなぁ―――学校のPTAから?降りてきた不審者の情報、会って話してみてから考えると、エモいな。


「それって、エモいの?」


 隣を歩く鈴蘭かすみは首を傾げる。

 実に絵になる女子というか、教室で自身の人気を確立している女ではあるが、彼女の本質を知る黒瀬にとっては、それほど嬉しくない。

 彼女は黒瀬の忍者活動———活動ではないか。特殊な訓練を受けていた事実を知るものであるし―――それと、黒瀬の父にもよく懐いていた。


 信頼感———まあ弱みを握られている、という感覚、その両方?

 ともかくそんな簡単に言えない関係ではある、なにせ保育園以前からの付き合いだ。

 そこはお互い様だろう、持ちつ持たれつ。そんな関係が続いている

 

 ―――不審者だっけ。

 エモくはないかもしれないがが……、なんだか込み上げてくるような感情はあるんだよ。


「―――ああ、本当にいるんだな不審者って。そんなことを思った」

 

 謎に感動する黒瀬―――妙な感動や、体温が上がったかのような心地がある。

 なんでだろうね。

 それまで不審者異常者など、ニュースの中にしかいないものだと思っていた彼である。


 小、中、高校生と、なんだかんだ言って一般的な学校生活を送ってきた黒瀬ではあるが、時折り先生から発表があり、注意を喚起される存在のことを、夢か幻のようにとらえていたのだった。

 不審者———実際にコンタクトを取ったのは初めてである。

 堂々と現れて、話しかけてきた。


「山でサルとかシカと出会った時のような……」


「動物扱いしてるじゃない……」


 そんな気分にはなる。

 レアリティの高いエンカウントである―――そんなことを思いつつの登校だった。

 蹴躓けつまずいてばかりの人生ではあるけれど、今回の登校は、女神との闘争には巻き込まれなかった。

 黒瀬に関しては、巻き込まれなかった。


 苦笑する鈴蘭だった。

 

 ちなみに彼女に対しても不審者注意をした。

「昨晩不審者を見かけた、近所にも来るだろうから近寄るな」という極めて健全な言い方、アドバイスだけはしている。

 手紙の件などはまだ言っていない。読んでもいない……。

 怪しい人物であることは確かなので、彼女を巻き込んでしまうことは忍びない、と考える忍びである。

 友人というには長く一緒に過ごしすぎた。


「……」


 少しばかり、鈴蘭を見つめる。

 彼女は穏やかに微笑んでいる―――おそらく心配はいらない。

 女神の撃退の件も協力、共闘の流れになった―――、彼女はただの女子生徒ではない。

 まあ、それを出すこと、陽の目を浴びることはメリットがないと思う陰キャである。

 


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 教室で、腕組み考えている男子がいた。

 法螺野ほらのという男子だ。


「気になるなぁ~」


 彼はクラスメイトの黒瀬について考えていた。

 いつも陰に隠れたような生き方。学校生活。

 取るに足らない、普通の男子———の、はずだが。

 独りぼっちでいることが実に、つまりさまになるというか。

 さまになるだけで、ざまあないわけでは、無い。



 鈴蘭と共に登下校することが、やたら黒瀬が視界に入り込む理由の一つであるかもしれなかった。

 ふたりは幼馴染らしい、家も近いらしい、ということはクラスメイトもだいたい把握したので、多くは聞く気を失ったのだが。

 鈴蘭かすみは男子の中でもすこぶる評判が良い生徒で―――知名度としては観光地のような女子、とは法螺野以外の誰かの言った笑い話である。


 彼女のことも気になるが、黒瀬のことをよく知らない。

 地味な男子———体育でも、まったく主役になれない男である。

 成績もそうだ、目立った成績を一度もあげていない、とは黒瀬本人の宣言である。


 あの細い目、眠たげな眼、眠っていても出来る、というような態度、眠っているように学生生活をこなしているような態度。

 周囲よりも低い声量、カゲを落とす―――なんだ。

 

 陰のような存在。

 陰を気になるというのも、変な感情だ。

 自分の気持ちがうまく言葉にならない。


「上手く言い表せない、この感情———これは一体!?」


「俺はお前の方が気になるけどな、気になるし」


 そんな法螺野に対し、眼鏡の奥から冷ややかな視線を投げかける縁川ふちかわだった。

 法螺野は声をあげる。


「お前なんか黒瀬について知らねー?お前とは遊ぶんじゃねえの」


「はあ? ……まあ……普通の、いいやつだとしか」


 眼鏡をかけた男子は考える前に面倒に思う。法螺野を面倒に思う者は、多い―――罵詈雑言の多い生徒だったのである―――。

 

 ただ一方で、黒瀬に対する心境だけはあった。

 気にかける者、生徒もいるのだろう。黒瀬カゲヒサの、全てを躱しているような学生生活に、視線を送ったりする女子も確かに目にしていた。

 もしやクールな魅力を持っているのではないだろうか、などと感じてしまった縁川である。



「どう、普通だっていうんだよー?」


 日頃から適当なことばかり言っている男子、素っ頓狂の法螺野ほらのは口をとがらせて声をあげる。

 詮索を永遠と続けるために生まれて来たような男子が、それが彼である。

 なお、詮索をするといっても上手だとは限らない―――その詮索のあと特に何か良いことがあるわけではなかった。


「どうって―――まあ」


 言葉を濁す縁川、視線を宙に回す。

 考え込んでいるのか。その様子を見て意外に思う法螺野―――教室では、何人かで集まって話している様子を見ていたからだ。

 テレビで見た話だとか、有名人とか、音楽とかゲームとか。他愛のない世間話をしていた覚えがある。

 どれも、あまり続かなかったが話題は広く、比較的なんでも通じる。

 ただ音楽などはヒットチャートのトップしか知らなかったりと、浅い感じはあった。


 縁川はそのうち飽きて、教室でいつもつるむ連中のところに紛れていった。


 元々、黒瀬とはちゃんと話をする間柄ではあった。ただそれでも、今日はもう少し黒瀬と話してみようという、気にはなった。

 なんだか最近、さらに俗臭失せたというか、教室の多くの連中とは、何かが違うという想いになった。

 


 本人は、「俺いんキャだから陰キャだから」———、とやたら言っていることが特徴というか、気になったが―――自分のことを、陰キャである、絶対にそうだ、それを目指し、それ以外の存在にはなってはいけないんだ、とむしろアピールする節すらあった。

 まあそういったギャグをも飛ばしてくれる男子ということで、考えている。



 ただ眼鏡男子はそんな黒瀬の常時明るい面と、詮索男のことも忘れてしまうこととなる―――朝の教室で、違和感、気づきはその時からあった。

 日常に忍び寄る非日常。

 黒瀬の何かしらを考えている場合ではなかったということに、ようやく気付くこととなる黒瀬のクラスメイトだった。

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