第22話 ネットニュースと眼鏡女子

 それは、とあるネット記事だった。 


 今回はドキュメンタリー……実際にお会いしてお話を伺った、A氏の体験談となっています。


 「本当はカメラで撮ればよかったんだろうけど、映像は、なにもありません。証拠もありません。なにしろトラックがものすごい勢いで出てきたので」


 早口で答えたA氏。

 実際にお会いして話すと興奮と、やや混乱気味で話を続ける。

 身振り手振りで表現していたが―――何も伝わらないのでは、と悔しがった様子だった。


 「トラックが走ってきたんですが、それも、ちゃんと言うならというか―――?そもそも何を輸送するトラックだったんだろう、ロゴも―――ロゴは違うか、社名も積み荷の記載?それら何も本当になかったんです。ええ、カメラでしたか?スマホを出すような余裕は全くありませんでした」


 「そう、そこに落ちそうでした。虹色の、裂け目です―――虹色の丸というか楕円というか―――ええ、朝方で。いい天気でしたよ木漏れ日の合間に、ていうか囲まれてそれがぱっくりあいているんです。(場所は)道路から、林みたいなところにまで身体が飛びましたええ、全てが終わってからわかったんだけど、アレを通ったら、異世界に行くっていうところだったのか―――。私は極楽浄土に向かうところだったけれど、的が外れたんです。あの姉ちゃんの目的はそれだったんだ。謎の姉ちゃん。白い服の女だってことはわかったんだけど、ほとんど見る間もなかった」

 

「空中を跳んでいる間は不思議な気分だったんですよ。あんな飛んだことはなかったものだけど、でもガキの頃、ちょうどサッカーでフリーキックされた時のボールみたいだった、俺は。そう思うよ。しかしゴールに、つまり異世界への扉っていうの?それは外れちまったらしい。俺がそこに入ることは無くて―――あと、ぶつかった割には痛くないなあなんて思って。ええ、トラックには衝突!衝突ですよ、それで吹っ飛んだんですから―――背中に手を当てて掻いたりとか、すぐにしていて、あとは近くの民家の方に飛び込んだよ、ほとんど覚えていないけど。え?トラックを躱す―――躱せるかどうか?いや~無理じゃないかな、そんなこと出来たら人間やめてるよ。トラックを何とかしなきゃ……転生しちゃうね」


 ―――ネットには、突然出現するトラックの映像が溢れています。

 異次元の壁から出現していますが、A氏や他の皆さんの言う『女神』は確認できていません。




 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





 霧崎はスマートフォンをポケットにしまう。ネット上に溢れるニュースの類を見終わった。

 体験談のサイト、ブログも今では、枚挙にいとまがない。

 彼女がそれまで横断歩道で眺めていたネットの記事では、やはりその手の記事が溢れていた。


 いわく、女神と見かけた。女神と出会った。

 彼女らは存在する。トラックにおそわれた。間一髪、助かった。

 

 黒ブチの眼鏡をかけ、鎖骨あたりの長さの髪。―――目立つ点をあげるとするなら、低すぎると言ってもいい身長くらいだろうか。

 彼女は異世界転生に沸き立つ世間にうんざりしているようだ。世間が急激に、そうなっていくなかで教室でもその話題が流石に上がってきた。

 もともと騒がしかった教室が、『女神』事件があってからさらに騒がしくなった。


 

 あまりにも手加減なく人間界へ侵攻する女神の存在。

 近年急増している。

 隠そうともしない―――まったくそんな、隠す気もないように、異世界に誘う神。


 政府もしどろもどろ、という具合であり。流石に『神の襲来』に警察や国が出来ることなど限界があることは一般高校生にもよくよくわかっていた。

 大人しく異世界転生を願う、いわば投降するようなことも、願う生徒がいるだろう。


 霧崎きりさきわかち。

 天瀬井高校の女子生徒もその考えに理解は示した。

 考え方はわかる、だが当然、不満しかない。


「転生なんて、なんであんな楽しそうに話せるのかな」


 不機嫌そうではあるが、生まれ持った鈴のような声質で呟いた。生まれ変わり―――そんなもの。


「もし死んだら、死んだままでいい―――」


 それが一番、なんじゃないの―――そんなことを呟く小柄な少女。

 鋭く、そして幸薄そうな声色である。

 校舎が見える距離からは外れ、住宅もまばらになっていく風景。

 ただ歩いていく。


 それを、空中から見下ろす羽衣の女がいた。


「———『霧崎わかち』」


 少女の後頭部を見下ろして、女神は名前を呟く。


「今日は、この地区から取り掛かるわよ―――」


 女は―――いや、女神は呟く。

 次なる標的を物色しにきた、とろんとした目元が特徴的な女神だった。

 女神はいつだって、人類を狙っている。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る