第25話 女神 ケーオ・フィラメント 1
それを視界に入れた時から、黒瀬はすべて理解していた。
出払ったように人がいない道、神は人払いもするのやも、しれない。
「少年・黒瀬ッ! ―――貴様に用がある!」
天瀬井高校からの下校中に女に呼び止められる。
女というか女神。
―――その外見的特徴を観察する作業に入る黒瀬ーーー
今日び、堂々と存在はしないが、不良生徒を連想した。羽衣は今までの女神と変わらない白一色だが、暴走族の、レディースかよ。
ニワトリの頭って真っ赤だよな。
そんな印象を受ける。
もっとも、女神というのは外見よりもその行動に異常性があるので、髪を染めていようが衣類が派手だろうが、何だろうが、あまり関係ないと思う黒瀬だった。
本当にヤバい奴は内側がヤバいーーーそれが、黒瀬の考え方である。
「要件はわかっているって……、いつものアレだろ」
一応ではあるが、現れたというか待ち受けていた女神に対し、返事はする黒瀬カゲヒサ。
用があると来たか……なんともまあ、言い方次第だよな。
連中がなんの専門なのかは、もうハッキリしているのに。
にぃ、と嗤って白い歯を見せるケーオは、まるで作り物のようにも見えてくる美貌だ。AI製作を疑うレヴェルである。
トラックがアイドリングしていたーーー運転席前、中心線付近にその女神は腕組状態で仁王立ちしていた。
あまりにも、不安を覚える。
不安だ―――隠れ、潜むことを修行の一環で更正、修正された令和忍者は、絶対にあのような、人に強く見せつけるような―――仕草をしない。幼い頃から教えを乞うた教師というか修行者というか師匠というか―――その人物にそう教育されている。
目を地面に向けろ、相手を観察するとき以外は―――。
伏せがちに、遠慮しがちに過ごせ。影に隠れるような意識だ。できるならば誰かの人陰が良い。
回避行動に最速で移れるか考えろ心掛けよ。
それが最終的には、お前の優位に繋がる。
しかし回避不可能となれば相手をするしかない。この女神———新たなる、異世界への使者である。
一旦は死者にした黒瀬を、招待して生き返らせること。———が、連中の狙いだ。招待のつもりなのか?
本当にそんな感覚。
神の考える感覚と人間の感覚———そこに違いがあるのは当然のことだ。
「異世界転生課のケーオ・フィラメントだ」
「え……?」
「え、じゃねーよ! 名乗ってんだよこっちはよ!お前も名乗るんだ そこからが『決闘』だろうが! 黒瀬カゲヒサですって言うんだわかるだろ人間の男は!」
怯む黒瀬―――なんなんだ、こいつは。
女神協会の刺客。
これだけのことをしておいて、名乗り勝鬨、礼儀のようなものを押し付けるのか?
まさかとは思うが、連中に、常識という考え方はあるのか?
俺が何か、何か飲んでいたらこの場で盛大に吹き出していたところだ。
決闘ってなんだよ―――、それはトラックが絡むものなのか、本来なら?
「……なんなんだもう! トラックと決闘の組み合わせは初耳なんだよっ! 黒瀬カゲヒサだ! ーーー名乗ったぞ女神!]
これに何の意味があるのか知らないが―――黒瀬はもはや自暴自棄、やけくそだった。
おのれ女神―――おのれ異世界転生。
「ははッ そうだな! このアタシが来たからには少年・黒瀬———長い付き合いにはならないッ! 短くて熱い付き合いになるしかねーよなぁ!?」
ケーオは飛び上がる、跳躍だ―――空中を駆けあがり、黒瀬に対抗するのはトラックへと変わるようだ。
話し合いの時間は終わっただろう。
口先での勝負では埒が明かないから、決闘か。
少なくとも女神はそう思ったらしい。
「じゃあ、やるかねぇ!」
素敵な世界が待ってるぜぇ、という声、やや男っぽい声だ。
そもそもに声がでかい。
ただここからだ、いつもと違うのはーーー変えてみせる。黒瀬とて、命を失いたくない。
っていうか、こいつの仕業か、この目の前にいる女のせいだ。
だが、それでも―――!
「おい女神! 話がある!」
「んん~~っ!?」
宙空から見下ろしたまま、目を見開いて大仰にリアクションするケーオ。
見下ろしている―――逆光でよく見えないので身体の動きだけ。
だがそれでも、今までの連中より動いていることがはっきりする。
ケーオと名乗る女神が楽しげに見えたのが
「お、俺は―――異世界転生をする!」
黒瀬は神を睨みつける。
炎上髪の女神は、ぴたり、と身体が固まった。
夕暮れ時、陽が落ちかけているーーー炎上髪の赤色が、やや見えにくくなった。
ーーーさあ、交渉を開始しよう。
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