第15話 新人女神、ブロンディ 3


 停止したトラックのタイヤが高速回転していた。

 それがトラック周辺の『ブレ』を生み出している。電柱の線がだんだんと、派手に波打っていった。ばちばちと、負担も相当だろう。


 黒瀬はワイヤーをゆっくりと引き寄せ、右手に握る。黒く金属質なアンカー部分を見るに、壊されてはいないようだ……。

 また、黒瀬は小柄な体格であり、体重も下手な女子よりも軽かったりする―――そう自認している令和忍者。

 

 ならばアンカー部分の刺さりが甘かったか。

 いや……甘くさせられた、のか。


 敵の観察に戻る黒瀬。

 停止したままのトラックから、なにか音がする。やっているな―――飛ばしているなということは予想がついた。

 神が物理法則に対してどのような考えで見ているか、知らないが……。

 天界から来た女神のことだ、人間界のあれこれを無視シカトすることも可能だろう―――黒瀬はもう、深く考えないことにした。


 わかっていることは、この周辺地帯がまるごと超振動しているということだ。

 振動というか、音波というか―――とにかくそれが近くの電柱にまで響き渡り、ワイヤーの刺さりに影響を与えたのだ。



「黒瀬カゲヒサ! まだ一緒の時間を過ごしていただけますわよね?」


 ブロンディは全てお見通しという態度で呼びかける。お見通しどころではない、どうやらこの女神によってワイヤー移動を封じられたらしい。

 天変地異。

 神の仕業か。


「ええい……」


 乗り気ではない黒瀬。トラックに乗る気もない。


「なあ、アンタ―――『神さま』なんだよな?」


「え……? そうですけど、あらあら、お耳に届いていません?」


 黒瀬からの突然の質問に、目を丸くする金髪女神。黒瀬少年が何を言い出すか、気になるところではある。


「神さまってのは―――何万年も生きてたりするのか?」


「それはもちろん―――人間と同じ尺度ではありませんわ―――神は長命ちょうめいです―――だからこそ、この世界のことがわかるのですわ」


 正直に答えつつ金髪女神は首を傾げてしまう。

 何だこの質問は―――意味があるのか、ないのか。どちらでもいいのか―――つまり、そうか、時間稼ぎだろうか?


「なら願い下げだぜ、逃げるわ」


 学生服の内側より、黒瀬は両手のひらを広げて出す。

 手品師のような仕草にも見えたが、忍者の末裔である―――ビー玉ほどのサイズのボールが指の間に挟まっていた。

 これが次なる手だ―――手であり、手段。


 力いっぱい地面にボールたちを叩きつける黒瀬。

 地面に衝突———炸裂して、灰色の煙が道いっぱいに広がる。

 民家も、掠れて見える有り様になる。


「うっ! ———おのれえ!」


 急激に膨らんだ煙幕を前に、手をかざすブロンディ―――ひるんだが、まだだ、まだ次の手はある―――。

 ぎゃぎゃぎゃ、とトラックが身震いした。発車して、公道を加速し始める。

 目を見開き、獲物を追いかけることに決めた。


「お待ちになって!」


「年上からの誘いには乗らねーよッ」


 普段通り地面を走りながら、黒瀬は捨て台詞を吐いた―――こちとら、ロリコンである。





 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「おい、おい———新神サンよォ―――?」


 大水晶前で、力なく笑うケーオ。

 新人が繰り出したのは、言ってみれば初歩のような『転生技能』エンジェルアビリティであった。地味な能力にも見える……。そのためか、未熟者を馬鹿にするような笑いがこぼれてしまったが―――。


「あらあら、意外ね、なかなかどうして、あのクロセ?くんには有効だったみたいね」


「お?」


 ケーオが椅子に座ったまま首だけを上げて目を丸くする。

 ずっと爪いじりの最中だった女神———ニイルも、さすがに興味を持ったらしい。


「そう―――みたいだな」


「飛び回って避けるクロセくんだからこそ、厳しいわね」


 〝鐘軤しょうこ〟の女神。ブロンディの戦法は機能したらしい―――ケーオは黙って様子を静観している。

 騒がしい炎上頭でも、話のをうしなう日もあるらしい。


 

 神は人間に勝てる。

 神は人間を管理する。

 だがそれは相手が常識の範囲内ならではの話だ。


 転生対抗度S級の人類———彼ら彼女らは存在する。

 極めて素晴らしい才を持っていて、高い身体能力か知能……またはその両方を持つ。

 そして時折、頭がおかしい。


 それが、その世界に執着する者の最高クラスである。

 この世界の最高峰―――それはすなわち、神界にとっては敵の中の敵。


「だからこそ……!」


 それだけを呟き、ケーオは再び黒瀬の行く先を追うことにした。続きを気にする。

 煙の中を走る黒瀬少年———空中移動が不可能となった彼だが、いまだ無キズである。

 ブロック塀にトラックが擦る―――ひび割れ、町破壊が続く。


 煙幕のこともあり、トラックはなかなかスピードを出せないでいた。ブロンディが有利になっているわけでもない。

 今、停車していた乗用車に衝突し、空に浮く。


 ガシャア―――、トラックはそのサイド・ボンネットを地面に擦った。

 だがそれとは違う道から、違うトラックが走ってくる―――。


 黒瀬少年は小回りのみで対抗する。

 転がるトラックを背にし、走っていく―――。




 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 トラックが轟音を鳴らしすぎていく―――電柱の影から、騒ぎを見つめる男がいた。

 

 細いあごにヒゲがわずかに生えている。

 紫の薄汚い服を着て着膨れしていた―――寒いから着ている様子ではなく、体型を隠そうとする意図が見えた。

 見ようによっては古着屋で揃えたお洒落なものにも見えるのかもしれない。

 ただ、黒瀬の住まう田舎町では目立つようだった。



 そうこうしている間にあたりは騒がしくなる。

 無遠慮な交通事故の方が、付近住民の目を引いたようだ

 いまもまた、集まってきたガヤ、野次馬の通行人が彼のことを一瞥していくが、トラックによる暴走の方が大事件だ。


「おやおや、空の移動を封じられてしまったかい」


 その男はサングラスで目を覆いつつ、驚いていた―――サングラスに映る高校生の様子。

 空中を飛び回っていた忍も、昔はただの縄などだったのだろうが、最新の忍者はやはり違うな、と。

 どうやら、戦いを初期から見ていた様子の男。


「時代も進んだなァ―――、今、ここでの時代は、だけど…」


「ちょいとアンタ! そんなところにいたら危ないよ!」


 女性が男に声をかけた。

 髪は赤みがかって染めていて、カラスの巣のごときパーマをかけている。恰幅かっぷくがいい体格である―――手にしたマイ・バッグからは大根の葉が飛び出していた。通りかかった主婦と思しき者である。


「あぁ……はぁ」


 言いつつ、まだ黒瀬を目で追う男。

 神と戦っている高校生。それを見てしまう、目で追ってしまうのはある意味仕方がないことではある―――あまりにも目を引く存在だ。

 目を引くことこそが、忍者の嫌悪するものの最上級ではあるが―――黒瀬が知れば顔をしかめるだろう。


 とにかく、神との対抗———そんな存在がいるとは、しかも高校生とは。

 一般人ならすべからく驚愕、するだろう。


 


 ぶつぶつと、電柱の影で呟いている……、暢気のんきに観察している男。

 通りかかった近所の主婦は、徐々に、不審者を見る目つきになっていく。


「カゲちゃーん!」


 ポニーテールの女子学生が、声を上げつつ通り過ぎ、駆けて行った。


「気になるところだね―――、絶体絶命は元々だったんだが、彼も相当厳しいぞ。このまま異世界転生してしまうのか、神の思惑に落ちてしまうのか」


 ザッ、と男の背後で、主婦が足音を鳴らした。

 男は主婦に、二の腕で頬っぺたを押しつけられて圧迫―――つまり締めあげられた!

 行なわれているのはスタンド式での顔面締めフェイスロックである。

 怒り顔の主婦。


「アンタ! 耳が聞こえないのかい~~~ッ! こんなところに突っ立ってたらかれて死んじまうよォ~~~ッ!?」


 男は全く意図せぬプロレスラーの出現に驚きを隠さない。呼吸を渇望した男。


「ぐぶふぇえ―――ッ!? 聞こえてます聞こえてます! わかったよオバサン!離れているから――!」


 

 おせっかい焼きな主婦から裏道のほうへ逃げる男。首を撫でながら、闇に進んでいく―――。


「黒瀬カゲヒサくん……ねぇ?」

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