第14話 新人女神、ブロンディ 2
時間は、少し前に遡る―――。
場所は、神々の住まう場所。女神協会の敷地内だった。
銀髪の老女神が、球体を睨んでいる。
女神は、外見と年齢が一致しない―――人間界の都合とは異なる。
ただ、精神によって決まる。長く生きた、老いたと感じた者は、そう信じている者はそのような精神を持つ―――精神と出で立ちはリンクして、外見に現れることが多い。
老女神が見つめる球体の水晶———そこには、とある世界の様子が映し出されていた。草原、城壁、町―――湖など、その場面、景色は何度か変化していく。
金髪の女神が、後ろから声をかけようとした。
カールがかった巨大なポニーテールを持つ女神である。この神の国、といえる場所の何もかもが、新奇でたまらないと言った様子である。ときたま、その場をきょろきょろと見回す。 彼女は神の中でも若く、いやいっそ未熟とさえ、いえる。
ケーオら他の女神は今ごろ神々の世界ではなく、どこかに飛んで活動しているはずだ。
だから今はひとり―――いや、一柱である。
ただ、声をかけようとしたまま、思いとどまる。
しばらく、そのまま静かに立っているだけの時間が続いた。
老女神カリヤが、何か思い詰めたような―――深く考え込んでいる、そんな横顔に見えたためだ。
ブロンディも神となり、世界がどのように管理されているかを知るようになった。
まだその全容を知ることなど出来ていないが、実際に見て、知識を蓄えている。
今まさしく、神のことを知っていく過程にある―――そんな、この異世界転生課の新神である。
神が世界を構築し、そこに様々な生命が生まれた。
人類も今、とても繁栄しているが、神が作った、創った、その生命の一つに過ぎない。
これはカリヤの
世界はそうやって、永遠ほどにも長い間続いている。
新神には老女の思考の内はわからなかった……しかし色々あるのだろう。また何かしら思い悩むことはあるのだろう。
異世界転生課では上司に当たるものである、神格化するではないにしろ、この銀髪女神を信じて付いていこう。そう考える金髪女神。
「ブロンディさん。でしたね……」
「えっ」
そばに近づいていた自分に気づいた、もしくは気づいていたらしい。新神は居住まいを正す。
一方で老女神は、陰鬱に押し黙り水晶を見つめたままだ。
「あなた。可能なら、素晴らしい世界で生きたいですよね……生きたかったわよね?」
カリヤは質問を投げかけた。
「……えっ、そ、それはもちろんその通り……」
カリヤが言った言葉の意図が最初はわからなかった新神であるが―――質問をしてくるとは。
―――素晴らしい世界?
そのようなものがあるなら確かに、そこで生きた方がいい―――のだろう、しかしそれはどのようなものか。
その世界は、今見つめていた水晶に、映っていたのか?
ようやく―――ではあるが、互いに目が合った。
「急がなければいけないわ」
少しも笑わず言ったカリヤ。言ったというか、呟いたというか。
結局ブロンディはその日、老女神の考えはわからなかった。
その真意、その神意———まだブロンディにとっては遠いのだろう。
ただ、なにか問題でも、障害でもあるのだろうか―――と考えただけだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「———障害は! わたくしが取り除けばいいだけですわ!」
彼を異世界に誘うこと。
それを最善と心得ていた女神———異世界転生課の役目は決まっている。
冠位長の表情を思い出していた彼女ではあるが、今やるべきことは一つ。目の前の『S級』黒瀬カゲヒサをまず、異世界に送る―――それに変わりはない。
神界で出会った老女神、憂いの中に、目的に向かう様な―――そんな想いが見えた。
自分は新神だが、力になりたい。なれるはずだ。
転生に対抗している人類。黒瀬の存在……!
これがカリヤの悩み―――か、心労に近いことは確かだ。
威勢のいい女神に対し、黒瀬は素早くワイヤーを展開した。射出された先端部が電柱にビシッと突き刺さり、トラックの届かない空中を、風を切りながら移動する。
「俺は今日も帰宅する―――だけだッ!」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
水晶を睨み、炎上頭のケーオは様子を窺っている。ブロンディの次なる手を。確かに彼女は、異世界転生課に配属になってから日が浅い。
ついこの前、説明を受けたばかり―――女神の役割については初心者そのものである。
「はっは、面白れぇ、ここまでは―――面白れぇ、見せてみろ!」
げらげらと笑う隣の炎上頭に対し、イライラの長袖女神。
「あなたの笑い声は下品!下品でありんす―――下水道に何かが流れ込む———そんなサウンドですわ」
「そこまで言う!?」
そこまで言ってから思案のフロスだった。
ブロンディは失敗するだろう、異世界転生に失敗するだろうが―――それはもういいだろう。様々な女神を出し抜いてきた黒瀬カゲヒサが相手である。それはいい―――。
神の連続敗北は面白くない。
ケーオはそうは思わないのだろうか―――室内で一番大きな声をあげていないと納得のいかない女よ。ユサユサと、髪型だけでやかましい女だ。
不必要に独り言まで大きくするのが下品だ、とフロスは想う。睨んだり反論したりしても、炎上頭には意味を為さない。さて、どうしたのだろう、目立ちたくて必死なのか?
グダグダと考え込むフロスに対し、ケーオは黒瀬の動作、動向に集中していく。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
空中をブランコ的に移動する黒瀬の眼下で、
トラックが視界でブレている。
「……?」
様子を窺いながら、少しばかり自宅方向へ移動できた、だがこれで終わると考えるのは都合がよすぎるだろう。
トラックが停止し、アイドリング状態にあった。
エンジンは動いている。そして―――。
「———いいっ!?」
黒瀬は空中ですっぽ抜けた。手元が―――すっぽ抜けた。
地面に近かったのでたたらを踏む程度で済んだが、着地した。ワイヤーが外れて落ちたようだ。
刺さりが浅かったか。
黒瀬の困惑———確かに令和忍者といえども人間だ、失敗はするが、失敗してからのリカバリーに移ることしか考えない。
逃げることに問題ないと彼は考える。逃げおおせれば成功だ。
追手は続くだろうが―――と、背後を振り返り、そういうことかと理解した。
黒瀬は軽蔑する。軽蔑する―――自分を。
アホか俺は。
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