心中しよう!


「準備はできた? 心の準備も……さ」


「うん…………、ほら、たっくさんの薬、持ってきたよ!

 これを一気に飲めば、二人で一緒に天国にいけるね……っ!」


 高校生のカップルだった。

 まだ命を捨てるには早い二人であるが……、心中という選択肢が思い浮かぶくらいには、追い詰められていた。……遊び半分なんかじゃない。大人に追い詰められ、自由を奪われた二人は、別れるくらいなら一緒に終わろうとしたのだ。


 彼 (彼女)がいない人生なんて考えられないと――、だから。


 生き地獄を味わうなら極楽浄土で構わない。


 二人は、それを望んだのだ……。


「……今頃、お母さんたちは私たちを探しているんだろうね……」

「だろうね」


「必死になって町中を駆け回ってるかも? ふふっ、いい気味だね」


「俺の方も、親父が人を使って探してるんだろうなあ……。

 でも、隣町どころか、電車で終点まできたんだ……さらに駅からかなり歩く旅館まで取って……。さすがに、ここまで追ってくることはないだろうよ」


 仮に居場所がばれても、連れ戻されるまでは時間があるだろう。

 その間に、大量の薬を飲んで死ぬことは、難しいことではない。


 引き金を引くよりも抵抗感はなく、簡単だ。

 人が死んで、旅館には迷惑がかかってしまうだろうけど……ごめんなさい、と、二人は謝罪の言葉を手紙に書いて残している。

 死んでも化けて出ませんよ――

 と言い切っても、やはり出るかどうかは死んでからでないと分からないことか。


「じゃあ、そろそろ……」


「うん……今日中に、死にたいよね――」


 明日が彼女の誕生日だった。

 明日まで待つのではなく、今日中に。それは、17歳になる前に、16歳の終了と共に命を絶ちたかったのだ……、だって、17歳になってから死ぬのは、なんだかもったいないと感じてしまうから。これは彼女にしか分からない気持ちの問題だろう。

 死ぬ方がよほどもったいない、という発想は、彼女にはないのだろう。


「ほら、風邪薬みたいにさ……、二錠ずつ飲むものなのに、最後に一錠だけ残っちゃって……。同じ薬で、瓶だけ新しくして……不足した一錠を補ってから死ぬのはもったいないじゃん? 丸々、ひとつの瓶が残っちゃうしさ……。でも最後の最後で、瓶の中を空っぽに、ぴったり0錠で使い切って死ぬのが、私的には気持ちのいい終わり方なんだよね……」


「分かるよ。ただ、心中するための薬を持っているのに、違う薬のたとえは気持ち悪……いや、モヤモヤするけど」


 そう? と小首を傾げる彼女の共感は得られなかったようだ。


「……じゃあ、もうそろそろ死のうか。覚悟はできた?」

「大丈夫――できてるよ!」


 大量の薬を手のひらに乗せる……。

 二人が見つめ合い、最後のキスをした――そして。


「せーので、飲もうか」

「うん」


 せーの――


 二人が手のひらにある薬を飲んだ……。


 ごくり、と、二人の喉が大きく動く。


 瞑ったまぶたが…………、数十秒後、ゆっくりと持ち上がり――




「「ふう」」



「「え、?」」



 二人とも生きていた。大量に薬を飲み込んだはずなのに……いや、確認はしていなかったけれど、彼氏 (彼女)が持っていた白い薬は、本当に薬なのか……?


 見た目だけなら、大粒のラムネでも誤魔化せる……。


 二人で心中しよう! と合意を得ておきながら、両方ともが、自分だけ生き残るつもりだった……?


「…………」

「…………」


 両者ともに、相手の不正を確信している。自分もしているのだから、ここから相手を責めるのは、そのまま自分にブーメランとして返ってくる。なのでお互いになにも言えなかった。


 手元に薬はもうない。

 だって死ぬつもりなんてなかったから。


 パートナーが死んだことを確認し、その後のことは考えていたけれど……、彼氏 (彼女)が生きているとなると、計画は破綻だ。ここから殺すことも、自殺を促すことも難しいし……。

 ――生きてしまった。

 ……死ねなかった。


 さて、どうしよう?



「…………明日の朝、帰ろっか……?」

「ああ……そうだね」


「お母さんたちには、私たちは『別れる』ことを、伝えましょう。

 だって、私たちはもう、愛し合っていないのだから」


「……だね」


 空気が重たい。

 仕方ないだろう……お互いに、殺人未遂のようなものだ。


「私たち、気だけは合うのかも」

「…………」


「この人と添い遂げる! と啖呵を切ったけど……意外と早く気持ちが冷めても、それを素直に言えなくて……。周りに心変わりしたことをばれないように、仕方のない別れを演出するって部分も――……まったく一緒だったわけね。こんなところまで気が合わなくてもいいのに……」


「そして、相手『だけ』を自殺させる裏切り行為まで同じ、だったのか……。不思議だよ、怒りなんて湧いてこないし、思えば『こうなるよね』、と納得もできる……」


 相手の薬を確かめなかったのは、自分の薬も確認されたら困るからだ。


 藪蛇にならないように触れなかったら、こんなことが起きてしまった……、二人からすれば自業自得である。



「「言ってなかったけど、別の、好きな人ができたんだよ(ね)」」


「「――やっぱり、気が合うんだな(ね)、俺(私)たちって」」




 …了

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