否定をしない時短法


「可愛い彼女さんですね」


「……はい、自慢の、ですよ」


 試着室に向かった女友達 (彼女ではない)を見た女性の店員さんが、そう声をかけてきた。

 男女でショップに入れば、まあカップルと勘違いされてもおかしくはないか。


 すると、閉まったばかりの試着室のカーテンが少しだけ開き、ちょいちょい、と手招かれた。

 なんだよ、と思いながら、店員さんに軽く会釈をして、カーテンの内側に顔を入れ込む。

 姿見の前には、着替えた同級生が…………いや、見慣れた制服姿である。


「着替え早――って、まだじゃん。なんで呼んだんだよ……」

「あんた……、なんで否定しないのよ……っ!」


 え、なにで怒られてるの?


「…………? なにが?」

「店員さんにっ、可愛い彼女さんですねって、言われてたでしょ!!」


「ああ……。え、それって……じゃあ『いえ、ブスですよ』って言った方が良かったの?」

「なんで『可愛い』を否定する!! 『彼女』じゃないんだからそこを否定しなさいよ!!」


 ああ……そういう……。


「でもさ……否定する理由あるか?」

「……なんか、だって嫌でしょ……」


 それは俺が彼氏だと……って意味か? ショックなんだけど……。

 まあいいや。

 切り替える。


「そうか? 勘違いさせておけばいいじゃん。別に、あの店員さんと毎日会うわけでもないし、俺たちが付き合ってるって誤解させたままでも特に困らないじゃん。周りに言いふらすような人じゃないでしょ。というか、俺たちとあの店員さんの人間関係はまったく別のところだし」


「それは……そうだけどぉ」


 不満はまだ消えていないようだ。


「それに、あの場で『違いますよ』って否定しても、店員さんに謝らせてしまうだけじゃないか。それは悪いし……、わざわざ違いますって言うのも……。無駄に文字数を使うだけだよ。人に言われて俺たちは付き合うのか? 違うだろ――俺たちが付き合っていないことを、俺たちが分かっていればそれで充分じゃんか……な? 否定する意味、ないだろ?」


「…………、理屈は、分かるけどぉ……」

「なのに納得いかないのかよ……」


「言われて、ちょっとは動揺しろって思ってんのよ……ッッ」



 ――可愛い彼女さんですね。


 ――ち、違いますよ!?(目が泳いで激しい動揺)



 もしかして、こういう反応を望んでいたのだろうか。

 こんな典型的な反応、逆にくさい気がするけどなあ……。


 俺は気にしないけど、どうやらこいつは気にするらしい……まあ、こだわりがない俺が合わせるべきなのか。分かった――次からはきちんと否定することにしようか……。


「あのー……、お客様?」

「え、はい?」


 長々と話し込んでしまったせいか、心配した店員さんが後ろから声をかけてきた。


 少ない試着室を独占しているのも、当然、良くはないか。


「あのですね……ここは、そういったことをする場ではないので…………イチャイチャするなら、外で、お願いしますね?」


 ……イチャイチャ?

 この体勢でできることなんか、あるか……?


 すると、店員さんが人差し指で唇を差した……なるほど。


 店員さんはどうやら、顔を突っ込んだ俺と彼女が、キスをしていると誤解したらしい。確かに、試着室に顔だけ入れていれば、そう取られてもおかしくはないか。

 しかも、言い合いをしていたから、ただの会話にしては動きもあった……後ろから見れば、えぐいキスをしている、なんて想像をしてしまったのかもしれない……。


 店員さんの頬が、少し赤かった。


「えっと……はい、分かりました。続きは外で、ですね!」



「――だから否定しろっつってんの! バカなの!?」



 カーテンの内側から、強めの蹴りが飛んできて――


 彼女の尖ったつま先が、見事に俺のみぞおちに入ったのだった。




 …了

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