教主とアーティファクト

 大聖堂の尖塔、その最上階に大天回教教主の部屋がある。この町で最も高い位置より、全てを見下ろす場所だ。足を踏み入れることが許されている者は教団でもごくわずかであり、歴代の教主がこの部屋でいつか来る回天の日のために多様な準備計画を進めているのだ。


「いったい何が起こっているんだ!」


 通信機に向かって怒鳴りつける老人がいる。金の刺繍があしらわれた法衣に身を包み、頭に太陽と船のシンボルが描かれた大きな帽子を被ったこの男こそ、大天回教の現教主ラザリアである。最大国家カエリテッラの国家元首でもあり、現在の世界で最も権力を持つ人物だ。


 その最高権威が、みっともないほど狼狽えている。当然だ。過去数百年に渡って敵軍の侵略を受けたことのないカエリテッラの首都が、正体不明の敵から砲撃を受けて火の手をあげている。いったい何が起こったのかと、誰だって言いたくなるだろう。


「決まっているだろう。お前達は『スコーピオン』の名に泥を塗った。報いを受けないと、本気で思っていたのか?」


 部外者は誰も入れないはずの教主室の入口から、低く腹に響くような、知らない男の声がした。振り返ると、いつの間にか入口の扉の前に立っていた黄土色のローブに身を包み覆面で顔を隠した人物が、覆面の隙間から覗くグレーの瞳でこちらを見つめている。胸の前で球状の機械を抱えるように持って。


「す、スコーピオンだと? そうか、ラトル家がスコーピオンを支援しているという噂は本当だったのか!」


「はっ、ラトレーグヌにそんな甲斐性があったら、今頃大天回教なんて宗教はこの星の歴史から退場しているだろうさ」


 覆面の男はラザリアの言葉を鼻で笑い、球状の機械を右手の上でクルクルと回してみせる。中は空洞にでもなっているのか、意外と軽いようだ。


「ではなぜそのアーティファクトを持っているのだ、お前達盗賊にそれの価値など分かるまい」


 男の手の上で回されるアーティファクトが落ちるのではないかと恐れ、差し出した両手を震わせながらラザリアが問う。自分の命が危険に晒されていることよりも、男の手にあるアーティファクトの安全が気になって仕方ない様子である。


「ふむ、確かにこの部屋は金銀財宝の山だ。そこの金ぴか調度品一つとっても、持ち帰って売りさばけば一生食うに困らないほどの値がつくだろう。さすがは悪徳宗教の親玉だ、世界中から富を吸い上げてブクブクと肥え太った財布をお持ちのようで……だが、このアーティファクトには部屋にある全ての財宝を合わせたよりもずっと大きな価値がある。なんたって、夢の永久機関だ。正しい心の持ち主が持っていたら、世界中の人間が貧困から解放されるだろう。正しい心の持ち主が持っていたら、な」


「愚かな……『エーテルナ』が生み出す無限のエネルギーを、たかが貧民の腹を満たすだけのものとしか考えられぬとは」


 どうやらアーティファクトを壊す気はないようだと安心したラザリアは、一転して冷静さを取り戻し覆面の男を心底見下すような態度でかぶりを振る。だがそんな教主の態度に気を悪くした様子もなく、男はアーティファクトをまた抱え込んだ。


「そうかい、愚か者で構わんよ。それだけ価値があるというのだから、お前達の今回の不始末はこれで手打ちにしてやろう」


「……サソリの名を他人に使われるのがそんなに不満か、盗賊風情が。お前達など砂漠で人から奪うことでしか生きていけぬ与太者にすぎぬだろうに」


「違うな。お前達の罪は『スコーピオン』を騙ったことではない。『スコーピオン』を騙りながら、素人のアルマ相手に無様な敗北を喫したことだ。宣教師のアルマごときに三人がかりで蹂躙されるような軟弱集団だと世間に喧伝したことだ。本当なら町を火の海に変えて、全てを奪ってやっても足りないほどの罪だが、このアーティファクトに免じて見逃してやろう」


 そこまで語ると、覆面の男は扉を開いて部屋を出ていく。ラザリアはそれを追うことも、人を呼ぶこともせずにただ見送った。


「ふん、あの小娘を始末し損ねたのが高くついたな。だが、しょせんは盗賊の浅知恵というものよ。『エーテルナ』さえ無事であれば、我等の計画に支障が出ることもない。いつかこの日の選択を後悔させてやろう」


 警備幹部に通信を繋ぎ、町への砲撃が収まったことを確認したラザリアは、帰還してくる機兵団に後の処理を任せる指示を出すと世界地図に向かって次の計画を練り始めるのだった。サソリ達の戦闘力は確かに脅威だった。だが、奪われたものは奪い返せばいい。陽動作戦も二度は通用しない。今回の襲撃で首都を滅ぼされなかったことで、もはやカエリテッラが外敵に脅かされることはないと判断したのである。


◇◆◇


 移動要塞に戻った盗賊達は、作戦の成功を祝って酒盛りをしていた。


「はっはっは、俺達の完全勝利だな!」


「ほう、ブラックに尻尾を斬り落とされた奴がずいぶんと強気じゃないか」


 隊商から奪った高い酒をあおって大笑いするヴィクトールを、覆面がからかう。だがそれでヴィクトールが気分を害することもない。


「あれは俺の趣味を優先させたからねぇ。奴を殺すのが目的だったら、やりようは幾らでもあらぁ」


 他の盗賊達も拍手喝采で盛り上げる。ヴィクトールの実力を疑う者はいないし、覆面が本気で彼を馬鹿にしているわけではないことを知っているのだ。


「それで、あのエタノールとかいうのは何に使うんで?」


「エタノールはお前がいま飲んでるやつだよ。エーテルナ、な。あの坊さんは思い上がって目が見えていないようだが、あれがあれば面白いことになるぞ!」


「わっはっは、世界でも制服しちまいますか!」


「ふっ、世界なんてもんで満足するかよ。見てな、誰も見たことのない奇跡を実現してやるぜ!」


「いえーい、おかしらー!」


「ぎゃははは!」


 賑やかな酒盛りは夜通し続き、スコーピオンの移動要塞は次の獲物を求めていずこへと消えていくのだった。

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