機兵団長ブラック

 機兵団とスコーピオンの戦いは熾烈を極めている。その中で機兵団長ブラックは、敵集団の先頭で激しく攻撃を繰り返すアルマに目を向けた。光沢のない黒に塗装され、他のサソリより一回り大きいその機体は、ハサミを模した二本のアームを器用に使って機兵団の攻撃を捌き、更に人型アルマの足を払って体勢を崩してから砲撃を叩き込んでいる。


「『黒蠍のヴィクトール』か。盗賊のくせに名が知られているだけあって、なかなかの腕前だな」


「おおっと、世界最強のアルマ乗りと名高いブラック殿じゃーありませんか! 黒と黒の頂上決戦といきましょうや」


 そのヴィクトールがブラックの機体を見つけ、お道化どけた態度の通信を投げかけてきた。挑発だ。


 彼が言うように、世間ではブラックが最強の人間として語られている。世界最強の国家カエリテッラの最精鋭である機兵団の団長なのだから、単純に世界ランク一位であるというわけだ。黒蠍の操縦席で舌なめずりをする髭面の男が睨みつけるモニタの先には、操縦者の名前と同じ黒の塗装がされた人型のアルマがある。世界最高の軍人が駆る機体は、そこにつぎ込まれた技術と金も世界最高だ。『ビシャモン』と名付けられたその機体は、さながら黒い全身鎧に身を包んだ騎士である。その鈍重そうに見えるシルエットからは想像もつかない速度で攻撃を繰り出すアルマに、相対した者は驚愕に顔を歪める間もなく切り刻まれるのだ。


 機体名の由来は遥か昔の断片的な記録に残された武神の名である。ビシャモンという神が地球には存在したらしい、という理由から大天回教が大喜びで最強の機体にその名をつけた。ブラックにとっては機体の名前など何でも良かったが、長く乗っていれば愛着も湧く。


「それは間違いだな、私は世界最強などではない。少なくとも一人、私より強い男がいる」


 ブラックの操るビシャモンが手にした双刃棍そうじんこんを回転させ、飛来する砲弾を斬り落とした。これは棒の両端に刃の付いた武器だ。変幻自在に動き、攻撃と防御を同時にこなす。とはいえ長物の刃で飛ぶ弾を斬り落とすなど、人間の反応速度では考えられない神技である。


「へえ、じゃあ明日の朝には世界で三番目だ」


 そんな神技を見せつけられても何ら気後れすることなく、ヴィクトールの乗る黒蠍はブラックのビシャモン目掛けて突進をしかける。二本のハサミを繰り出し、双刃棍の斬撃を打ち払い、相手の腹部目掛けて砲を放つ。


「大した自信だ」


 ハサミに刃を打ち払われても、その勢いを利用し棍を回転させて刃の腹で敵の砲弾を弾き落とす。砂の地面に突き刺さった砲弾はそのまま沈んでいく。いつの日か地面の下から発掘されるだろうか。


 他の機兵団員やサソリ達は二人の戦いを邪魔しないように距離を取って、こちらもまたそれぞれの戦いを繰り広げていく。一対一の戦いを仕掛けようとするスコーピオンと、複数で敵を囲もうとする機兵団の戦闘は動きの激しさに比べて双方の被害がなかなか出ない。お互いに全力の攻撃を応酬しながら、膠着状態になりつつある。勝敗の行方は偏に大将同士の一騎打ちに委ねられた。


「へっ、お前ら機兵団は人型こそが最強だと思っているようだがな、アルマの強さを決めるのは操縦技術だ。如何に自分の操作とアルマの動作をシンクロさせるかにかかっているのさ」


 黒蠍が一段とスピードを上げ、ビシャモンの両足を二本のハサミで攻撃する。とっさに双刃棍を地面に突き立て、それを支点にして回転するように飛びあがって回避するビシャモンの姿に、黒蠍の操縦席で髭面がニタリと笑った。


「食らいな」


 サソリの主砲は尻尾部分だ。それが空中の敵に照準を合わせて大きく動く。サソリ型アルマの強さを決定づけるのが、この可動域が広い大砲である。地面から足を放し、宙を舞うアルマは空中で回避行動を取れない。狙いすました一撃が、ビシャモンの胴体目掛けて撃ち込まれる。


――白い肌のお前がブラックを名乗るって? じゃあ俺はホワイトだな。


 かつて、ブラックには無二の親友と呼べる相手がいた。白い肌と金色のストレートヘアに青い目を持つブラックと、黒い肌に黒い天然パーマ、黒い目の親友。彼は本当にその日からホワイトと名乗った。ブラックがアルマの模擬戦でただの一度も勝てなかった相手だ。かつての名を捨て、新しい人生を始めようと二人で決めたあの日、名をブラックに決めたのは彼の強さと生き方に憧れたからだった。


――俺の名はホワイト・サンダー! どうだ、かっこいいだろう。


――ノーコメント。


 軽口を叩き、無邪気に笑いあったあの日。なぜ今それを思い出したのかは分からない。あるいは、何かの予感だったのかもしれない。


「やるな、だが詰めが甘い!」


 ビシャモンは尻尾が向けられ砲弾が発射される瞬間、地面に突き刺した双刃棍をひねるように腕の力を入れて自分の軌道を変化させると、同時に尻尾を横から蹴って砲の向きをずらす。これでギリギリ直撃を免れた砲弾がビシャモンの胴体部分をかすめていった。


「これで終わりだ」


 着地すると流れるような動作で黒蠍の尻尾を斬り落とした。そのまま双刃棍を回転させ、胴体を両断せんと刃を振り下ろす。


「離脱!!」


 ヴィクトールが叫んだ。突然サソリが瞬間移動を思わせる動きでバックステップをし、刃をかわすとそのまま止まらずに後退していく。他のサソリ達もそれに倣って一斉に後退を始めた。


「いやー、さすがはカエリテッラの機兵団長どの。強いねえ。こっちに来て正解だったぜ」


「こっちに来て……だと? まさか!」


 止まらずに逃げていくスコーピオンの一団を追いかけようとする機兵団を停止させ、すぐに首都の本部へ通信を繋いだ。


◇◆◇


「ヴィクトールは上手くやったようだな」


 砂漠に数体のサソリ型アルマが並んでいる。眼前に広がる風景は世界最大の都市、そしてその中心で天を衝くようにそびえたつ大聖堂の尖塔だ。


「さあ、始めようか」


 覆面からグレーの瞳を覗かせる男が仲間達に向け発した低い声の合図が、サソリ達の脚を動かした。

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