夕日の沈まない山奥で
仏の山田
プロローグ
この場所では、夕陽が沈まない。
日本列島の中心、岐阜県の山奥にある小さな町からさらに奥の高原に、築40年以上になるホテルが佇んでいる。
夏は涼しく湿度が低いため、街から多くの人が涼みにやってきて、澄んだ空気、綺麗な水、虫取りやイワナのつかみ取り、温泉を楽しむ。
冬は豪雪地帯よりもさらに雪が多い特別豪雪地帯で雪質にも恵まれ、スキー客や外国から来た雪が降らない地域の人々で賑わっていた。
この高原を囲んでいる山々は、まだ明るく大地を照らす太陽を夕日になる前に隠してしまう。何気なく普段目にする、空を橙色に染める夕日の存在の無さが、ここでの滞在をより非日常的、さらにまるで夢物語であるかのように感じさせる要素の一つなのかもしれない。
そこに、ひとりの女性が悲しげに、何かを思い出すような表情でじっと遠くの山を見つめていた。都会を歩いていても出会えないであろう、白くてすらりと伸びた手足に、まるでファッションモデルかのように小さな顔。胸の下まで伸びた暗いベージュの髪は光が当たると更に透明感を増した。
彼女は桜子という名前だった。彼女がひとりで歩いていれば、誰も子供を3人持つ母親であるとは想像もつかなかった。箱入り娘で、素敵な両親に大切に育てられたと思われるような所作、人に不快感を与えない上品な装いをしていた。
さぞ幸せな人生を送ってきた、そしてこれからもそれが約束されているだろうと誰もが疑わない彼女の人生には、息が止まるほどの壮絶な過去が隠され、心には深い闇が広がっていた。
夕日の沈まない山奥で 仏の山田 @eriknmr110
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