最終話 きみがいるべきだ

 塵の混じった煙に濛々と立ち込めている。以前、体験したことのあるにおいと、不快さだった。木が焦げたにおいもする。ショッピングモールは半分になっていた。もう半分は原型をとどめている。怪獣に自由に食われた感じがあった。

 絶えず、どこかで瓦礫が崩れ続けていた。木が弾ける音もした。派手に外壁が落ちることもあった。大きな音が鳴っているはずだが、小事のあとの大事のせいか、あまり驚くことはなかった。

 咳込みながら破壊後のなかを歩む。まだ、夕陽は空に残っていて、すべてが闇に覆われていない。だが、まもなく、闇が落ちて何も見えなくなる。ここに人工の光はなく、町の光りも届きそうにない。

 それでも、不思議とあまり労せず、怪獣が倒れた地点までたどり着けた。

 瓦礫の山の上に立っているリョウガの背中をみつけた。夕陽の方をみているため、表情はわからなかった。瓦礫の山の各所からは、濛々と砂と煙が混じり、使い立ての火薬のにおいがするものが立ち上り、それらは瓦礫の中腹に吹く風に持って行かれていた。

「おい」

 と、ヒメはリョウガへ向かって呼びかけた。

 すると、リョウガの背中がかすかに反応して、振り返った。そこから見下ろしてくる。その顔にあるのは汚れか、傷かは不明だった。スーツも靴もぼろぼろだった。

 ヒメは瓦礫の山を見上げた。つぎに斜面の状態を確認しながら、瓦礫の山を登る。

「気をつけろ」

 声をかけると「うん」と、返事をする。登る度に、ばらばらと瓦礫が些細に崩れた。

 リョウガの隣に立つ。瓦礫の山の頂上からは、怪獣が倒れた後が見渡せる。

 横に並ぶと、頭の半分の高さの差があった。ふたりとも、相手の顏ではなく、終わりかけの夕陽の色の覆われた光景へ目を向けていた。

「こんどは、わたしが助けようと思ってた。もし、ああいう壁とかの下敷きになってたら、ひっぱりだしてやろうって。で、わたしに助けられたあなたは、わたしの手を握って泣くの、どうぶつみたいに」

 ヒメは顔を前へ向けたままそう告げた。

「這い出たんだ」と、リョウガは答えた。

「じぶんだけで」

「どうだが」

 瓦礫のひとかけらを放り、はぐらかす。陽は沈みかけていた。まもなく夜になる。

 視線を変えないままヒメは報告する。「わたし、ショウに全力スライディングしてコカしてやろうかと思ったけどやめといた。人もいたし、みえない怪獣は、今日倒されたし」

 そこまでいって、一度、リョウガを見た。

「ねえ、いまここに現れたのがあなたの彼女じゃなくって、わたしでがっかりしてる? たとえば、最後にみた夢が、自分の欲しい夢じゃなかったとか、そう感じ、する?」

 問いかけてきたが、答えを求めている様子はない。いま思ったことを伝えようとしただけらしい。

「大人になってからきかれたことがある」

 リョウガは口を開いた。

「あなたの夢はなにか、って」

「………どう答えたの」

「いつかネコの一緒に住める家で暮らしたい」

 そう述べるとヒメは少し笑った。

「よし、わたしもそれにしとくよ」

 ヒメはため息を吐きながら腕を組んでみせた。

「ほかに、言っとくことある? いまならまだ怒らないかも、もう少し落ち着いたら、今世紀最大の大目玉を喰らわしそう、いいワケはいっさい受け付けないので怒りまくる」

 柔らかな口調で忠告すると、リョウガはわずかに斜め上を向いた。それから上着のポケットからスマートフォンを取り出す。画面には罅が入っていた。電源ボタンを押しても反応はない。

「ここに現れたのが、わたしでいいのかい」

 ヒメはもう一度訊ねた。

「きみがいるべきだ」

 言って、かすかに笑みかける。そして抑制した表情で見返し、また視線を戻す。

 陽が終わり、廃墟はもう夜に包まれ、何も見えなくなりはじめていた。

「ねえ、日がしずむ」

 いって、ヒメはスマートフォンを取り出す。

 ヒメの手によって灯された画面は、破壊後の闇のなかに唯一浮かぶ、小さな光となった。


                           了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

みえない怪獣 サカモト @gen-kaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画

同じコレクションの次の小説