第18話 はっぴょう

 日が沈む頃、鉄塔は予定通り歩行する怪獣によって次々に破壊されていった。

 西から東へ、一個ずつ足蹴にされ、曲がり、ゆがみ音をたてて倒されてゆく。絶妙な速度だった。夕陽を背景に巨大な見えない何かが山から町へと向かってゆく。

 映像も従来通りネットでライブ配信された。視聴者数は国内外を合わせ、これまで最大数を記録した。

 その数日後だった、鉄怪獣ショウに、はじめてアート市場が好意的な反応を示した。

 もとより、話題性の高まりから、そちら側も市場への展開を目論み、水面下で動いてはいた。だが、最も適した展開方法を模索している状態にあった。くわえて最近ではショウ本人への接触も不可能に近い状態が維持されていることも影響していた。ただし、アート市場関係者によるショウへ接触不可能状態は、取引開始時に価値を上げるためのショウ陣営側による、意図的なものであると、たいていの人間は思っていた。よくあることだと、関係者も理解していた。

 そして、あるギャラリーが独占取引の契約を獲得したと発表した。まず、ショウが描いた絵を売るのだという。その記念すべきはじまりの一枚の絵も発表された。絵、そのものの芸術性の評価は低いものだった。だが、ショウには世界的なロックスターのような人気があった。そのため、設定された初期価格は控えめとされたが、新人の作成した現代アートとしては標準より、やや上だった。予定では一か月後のオークションにかけられるという。

 同時に大量生産の商品も売り出されることになった。それは以前、誰もが冗談で言っていたような代物だった。みえない怪獣が破壊した廃墟の欠片を使用して作成された置物である。破壊された欠片で怪獣の像をつくる。怪獣はショウによってデザインされたものだった。怪獣好事家によれば、決して優れた造形の怪獣ではないという話だった。好事家以外には、その違いがわからなかった。決して安価ではない。先進国の一般的な年収を得ている者なら手が出せる価格が設定された。大量生産といっても百体のみ限定数の販売であり、予約を開始すると、またたく間に売り切れた。発送開始は三か月後だったが、転売サイトではすでに元値に金額を上乗せして、販売されているものがあり、それも売り切れになっていた。その各転売サイトで購入したものに対し、さらに価格を上乗せして、転売サイトで売られていた。そういった行為が何重かに渡って行われているためか、その種のサイト上の販売数を合わせると、百体という限定数を遥かに越えた数が売りに出されている状態だった。とうぜん、純粋に贋作や詐欺まがいの表示も混じっているように思われた。

 作品の高額な価値が数値によって可視化されると、ショウの評価数が増加した。ショウの作品には興味がないが、ショウが生み出す金額に対して、人々は興味を持った。

 そして、人の目に触れる母数が増えた。その増数による専門家の評価に変動はなかった。だが、数値の上では好意的な専門家以外の評価は急速にあがっていった。

 流れが生まれ、次第に収益を上げはじめた。だが、その金額を総計しても、これまでにみえない怪獣による廃墟の破壊を再現するための費用には遠く及ばないもとも計算されていた。その資金がどこからやってきているのか、その出どころは相変わらず作品以外の部分に注目する者たちにとって、好奇心の中心にあった。解けない謎が、好奇心を持続させた。

 一方で、点々とだが、各地で自分たちの町に残された廃墟を作品のために消費して欲しいという声があがりはじめる。あの廃墟を片づけて、町を大きく救って欲しい。なかには切実なものもあった。そうでないものも混じっていた。

 ネット上では、次にみえない怪獣に壊してもらいたいものを嬉々としてあげてゆく遊びも増えていた。廃墟以外の場所や、建造物以外にも、特定の人や、議論を含む文化や習慣があげられることも多々あった。いまの時代、みえない怪獣に破壊してもらうべきものはこれである。熱して論じられる場面もあった。

 そもそもみえない怪獣とは何を意味しているのか。何の化身なのか。祀るべきか、そうするべきではないものなのか。思考的な玩具と化していた。もしかすると、この時代に固定されたテーマを表現しているのでは。そう考えだす者は少なくなった。

 ショウは、自らは何も語ることをしなくなっていた。以前のようにインタビューも受けなくなった。そのため過去のショウの発言や作品を掘り起こし、再利用することでその存在について考察されてゆくようになった。ショウのかつての友人たちの発言も、その材料に使われた。ショウを悪く言う者は、誰もいなかった。光りしかなく、影がない。

 時を同じくして、最初にみえない怪獣が破壊した廃墟である繊維工場のその後の姿が公開された。長い間、放置されていた工場は怪獣に踏みつぶされ、破壊された後、すべて片づけられ更地になっていた。町に住む人のひとりが、ようやく古い時代から人間が土地を取り返した気分と言った。

 そして一か月後。オークションの開催前日に、競売にかけられる絵が発表された。

 巨大な人のカタチした黒い何かが鈍い輝きの惑星から、明るい輝きの惑星へ、飛び移る絵だった。巨大な人のカタチをした何かは、片手に真っ赤な林檎を持っていた。林檎には黒い手先から生えた爪が食い込んでみえる。

 絵の発表と同時にショウは発表した。

 次回の怪獣ショウの発表だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る