夫の想い

「ただいま。髪型変えた?」


 久々に早めに帰宅すると、妻の髪型が変わっていることに気づく。整った容姿に、控え目な性格。家事もそつなくこなし、居心地のよい家を提供してくれる優しい妻に不満はない。

 すでに子供がいる同僚は、子が生まれてから妻がヒステリックになったなどと冗談まじりに愚痴をこぼすこともあったが、夫婦二人の生活は変わらず喧嘩をしたことがない。


「美容院行ったの、三日前だよ」

「ごめん。残業続きで気づかなかった」


 沙羅が少しすねたように笑う。


「あのね。私働くことにしたの。パートだし前ほど忙しくないから、家事も大丈夫」


 以前働いていた時は、残業も多く、体調を崩した沙羅は不妊治療のために辞めることを選択した。

沙羅が子供を望んでいるのはわかるが、まだ年齢的にはそう焦る必要もないと思う。このまま静かな暮らしを続けるのも悪くない。


「へぇ……いいんじゃない」


 家にずっといるより、気分転換にもなるだろう。不妊治療のことばかり考えていたら病んでしまう。暗い顔の沙羅を見たくない。

 そのまま風呂に向かうと、会社の部下である山口麗香からメッセージが来ていた。

 彼女と男女の仲になってから半年になる。お互い単なる火遊びだから本気になることはない。


[昨日は楽しかったです。来週はもう少し長く一緒にいたいな]


 以前は、人に知られてはまずい関係だからと家にいる間は連絡が来なかったけれど、最近寂しいのか連絡が増えた。よくない兆候だと思いつつ、一人暮らしで寂しいのかもしれない。


 スマホのポップアップを非表示にして、メッセージを沙羅に見られないように設定を変える。

 結婚も数年経つと、不倫をしている同僚も多少はいた。かつては軽蔑していた行為が、自分にとって多少なりとも必要なものになってくる。


 ──沙羅は素直だから、疑うようなことはないが、知られないのがマナーだ。


 知らなければ、ないのと同じ。

 息抜きすれば、沙羅にも優しくなれる。新鮮な気持ちにもなれる。

 皮肉にも沙羅への愛情に気づくことにもなった。それが不倫をやめる動機にならないところが自分も年を取り、社会の悪いところに染まってしまったのだと思う。

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