最終話 夜に咲く大輪花火

「蛍ちゃん、本当にそれでいいの?」


「わたしはシンプルなのが好きなの!」


今夜の花火大会に向けて、3人は萌木邸で浴衣を選んでいた。


「結衣ちゃんこそ、その浴衣でいいの?目がチカチカするよ」


「それはアンタだけでしょ」


蛍が選んだのは、結衣の浴衣とは対照的にシンプルだった。


無地の水色に、紺色の帯が巻かれたもの。


靴はもちろん下駄ではなく、普通のサンダル。


ある意味3人らしい個性的な浴衣を身にまとい、夜のお祭り街に出向いた。


橙色の光を放つ提灯が数多に吊るされた街は、いつになく美しい。


「りんご飴食べたい!あ、その前にあの銃も……!」


りんご飴や射的など、いかにもお祭りらしい屋台に興奮する蛍。


その時、大きな破裂音と共に、夜空は花火色に染まった。


「花火だー!」


「わ、びっくりした……」


突然始まった花火に、3人の声はほとんどかき消される。


ここで、りのの恐れていた事態が起こってしまう。


「蛍……!」


振り向いた時には、蛍はとっくに走り出していた。


無地の水色の浴衣の裾を咄嗟に掴むも、するりと簡単に手をすり抜ける。


「結衣、待って!」


「やばー、写真写真!」


あまりの人混みに、結衣はこちらに気づかない。


他のグループと合流してワイワイしている結衣に、この声は届きそうにない。


どうしようかと考えている最中にも、蛍との距離はどんどん遠くなっていくのが分かった。


蛍はひたすらに、音のしない方へと走った。


履いているサンダルが片方脱げたことにも気づかず。


ふと我に返り周りを見渡すと、そこは見たこともない知らない神社の裏だった。


二人もいない上にサンダルが片方脱げ、足に小さな傷が出来ている。


「りーちゃん……」


驚きのあまり止まらない涙をゴシゴシと拭う。


「あ、あの……もしかしてこの前の、?」


聞き覚えのある声にゆっくりと顔をあげると、そこにいたのは紛れもない、この前の黒髪の少年だった。


「あ……」


名も知らぬ少年にここまで安心感を覚えたのは初めてだった。


少年は初めて見る蛍の余裕のなさそうな表情に、動揺を隠せずにいる。


よく見れば少年の両手には、蛍が履いていたサンダルの片方が握られていた。


「これ、君のだよね?」


「うん……」


「あの……どう、したの?」


「花火ってこんなにうるさくて眩しいの、知らなかったから……びっくりして逃げちゃった」


そう呟いた途端、蛍は再び涙を流して泣き出す。


「な、泣かないで……」


蛍の華奢な体を、不器用で優しい体温が包み込む。


少年の肩のあたりに、じんわりと涙が滲んでゆく。


2人の心臓の鼓動が加速する。


「お願い、泣き止んで」


しばらくして泣き止んだ蛍は、小さく口を開いた。


「わたし今日ね、ふたりでお祭り来たの」


「2人?」


「昔の友達と、あたらしい友達。りーちゃんと結衣ちゃん」


蛍に友達がいたことにまず驚く少年。


「りーちゃんはわたしがこう言うの苦手って知ってるのに、行くのとめてくれなかった」


「それって……」


「どうして……?」


「僕には分かるよ。その、りーちゃん?はきっと」___


「いた!蛍ちゃん!」


「蛍!」


「りーちゃん、結衣ちゃん?」


「探したんだよ〜!突然いなくなったって聞いて!」


「だって、だって……!」


「ごめん蛍。分かってたのに止めなかった」


「りーちゃんの意地悪」


「あのね蛍。私、蛍に新しい友達ができてみんなで遊びに行くなんて初めてのことだったから、あえて止めなかった。だから、意地悪でやったんじゃないよ」


りのは申し訳なさそうに眉を下げ、鞄から絆創膏を取り出す。


「ほんと……?」


「蛍ちゃん、あたしこそごめん!蛍ちゃんが花火苦手なんて知らなくて」


「えへへ、実はわたしもさっき知ったんだ。でもわたし、お祭りって嫌いじゃない!また来たいなぁ〜」


蛍の可愛らしい顔に、大輪の花火よりまぶしい笑顔が浮かんだ。


「じゃあ、また行こうね!」


「やっぱりね」


純粋な彼女の友達のことだから、きっとそうに違いない。


少年の予感は見事に的中した。


「ところでキミ、なんて言うお名前なの?わたし、夢ノ瀬蛍!」


「え!?なにこのイケメン……」


ようやく少年の存在に気付いた結衣。


「ぼ、僕?」


少しの間のあと、少年は静かに微笑んだ。


「渚。佐藤渚」


これが後に天才として語り継がれる佐藤蛍の、世界一自分らしい馴れ初めであり、人生を変える出会いだった。


〜さいごに〜

夢ノ瀬蛍は、ASD(アスペルガー症候群)。見た目や食に強いこだわりを持ち、知識欲に貪欲。独特な方法でコミュニケーションを取り、周囲の音や光に敏感。蛍のような人があなたの周りにいれば、その人はアスペルガー症候群かも知れない。不思議なことに彼らは、ある特定の分野で強烈な才能を発揮したりすることがある。もちろん特性は人によって様々だが、蛍も例外ではなかった。蛍は国立大学を首席で卒業後、理数分野のプロとして活躍している。人と違うことで周囲から浮きがちな彼らも、いざ関わってみればきっと、刺激的で素晴らしい出会いをもたらしてくれる友人となるだろう。

                                ______END









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アスピーの花言葉 にしまき。 @nishimaki_8

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