魔界王女と第二十四話


 俺は八相の構え。


 ヴァンは霞の構え。


 ……次で勝負は決まる。


 待っていろローザ。

 絶対にコイツに勝って、お前との約束を守ってやるからな。


 闘技場が静まり返る。

 全身の力を抜き、相手の僅かな隙を待つ。


 視線がかち合う。

 ヴァンの口元には薄い笑み。


 良いだろう。

 その余裕な顔に吠え面を掻かせてやる。


 俺は集中する。

 ただ一撃を与える、そのためだけに存在するかのように。


 人剣一体。

 俺は聖剣と一つになった。


 ヴァンの切っ先が目に見えない程ほんの少し、動く。

 極度の集中状態だった俺は、その動きを捉えた。


 ここだッ!!


 俺は翼にため込んだ空気を、一気の後方へ吐き出す。


 加速。


 反転。


 俺とヴァンは位置を入れ替えた。


 残心。


 静寂。


 白いコートが破け、露わになった横腹に激痛が走る。

 背中の翼が砕け散り、髪と瞳が元の色に戻った。


 空が遠ざかり、地面へと堕落。


 未だ空に浮かぶヴァンの背中を見上げる。


 ……負けた。


 俺は負けた。


 ローザ。


 ごめん。


 お前との約束。

 どうやら破る事になりそうだ。


 ヴァンは背中を向けたまま、こう言った。


「……私の負けだよ」


 何を言って……?

 負けたのは俺じゃあ……。


 振り返るヴァン。

 その右頬には。


 一筋の赤い線が刻まれていた。


 聖剣による一撃が。


 一太刀入れた?

 ……じゃあ。


 俺の勝ち?

 ローザとの約束は守れる?


「……はは……俺の……勝ちだ……ッ」


 地面に仰向けになったまま、俺は天に向かって手を伸ばす。

 空に浮かぶ月を握り締める。


 これでローザは取り戻せた。

 ローザとの約束を守れる。


 ローザを俺のものに出来るんだ。


 突き上げていた手を下ろす。


「――ユウトッ!!」


 ローザの声。

 聞き慣れた声。


 下ろしかけた俺の手を、ローザはその小さくて温かい手で握った。


 ローザの温もり。


 涙で濡れる金の瞳は、本来の勝気な光を放っていた。

 如何やら催眠は解けたみたいだ。


 良かった。


 俺はローザの涙を拭ってやる。


「……泣くなよローザ」

「ぐすッ……うぅ……だって。……ユウトが……ユウトがッ!!」

「……心配掛けたな。……それにお前の事を忘れていてごめんな?」

「ううん。良いの。だって、こうして思い出してくれたんだもの」


 ローザは握った俺の手の甲を、自身の涙で濡れた頬に当てる。


「……温かい。ユウトの温もりだ。……もう一生離さないから。……アタシの王子様ユウト

「……あぁ。俺もだ」


 そして俺は改めて言う。


「……ローザ」

「なに?」

「俺はお前が好きだ。大好きだ。……そして迎えに来たぞ。俺のお姫様ローザ

「ッ!? ユウトッ!!」

「おわッ!?」


 ローザは俺に抱きつく。

 ぎゅっと抱き締められる。


 俺もローザを抱き締め返した。

 二度と離さないように。


 何処かに行ってしまわない様に。

 強く強く、抱き締めた。


「……アタシも好き。大好き。大好き大好き大好きッ! ず~っと大好きッ!!」


 ローザは耳元で何度も大好きと言う。

 俺もそれに答えた。


「……俺も好きだ。大好きだ。ず~っと大好きだッ!! ……だからローザ」

「……うん」


 俺とローザは身体を一度離し、向かい合う。

 そして近付く、互いの顔。いや、唇。

 ローザは目を閉じる。遅れてオレも目を閉じた。


 唇が……重なる。


 ローザの唇は、とても柔らかかった。





 ***





 俺は平穏で平凡な、普通の日常が好きだ。

 朝起きて飯食って学校行って。学校帰りに時折、友人と遊んだりして。


 そんな代り映えしない、普通の日常が好きだ。

 だと言うのに。


 目を覚ましたら、俺の身体を跨いで仁王立ちしている少女が居た。

 見知ったその少女は、俺が通っている高校のグレーのブレザーを着ている。

 そしてこの角度だと丁度――。


「やっと目が覚めたようね。ユウト」

「――黒、か……」


 赤いチェックのスカートから覗く、神秘の布が丸見えだった。

 見る見るうちに、熟したリンゴのようになっていく少女の顔。


「……ヘ、変態ッ!!」

「ふごッ!?」


 俺の顔を黒ニーソックス越しの足で踏みつけた来た。


「……って~な。何すんだよ。ローザ」

「な、何ってアンタがアタシの下着を覗いたからでしょッ!! この変態ッ!!」


 再び少女が踏みつけてくる。だが俺は片手でその足を掴んで押し返す。


「きゃッ!?」


 よろけた少女は布団に尻餅を付く。

 俺は起き上がり、まだ痛む鼻を擦った。


「痛ったいわねッ! 何するのよッ!」

「それはこっちの台詞だ。たかが下着を覗かれたからって、顔を踏む奴があるか」


 鼻が折れたらどうすんだよ。

 でも。そんな不器用な所が、ローザらしいっちゃローザらしいが。


「何がたかがよッ!? 私の下着にどれだけの価値があるか分かってんのッ!?」

「あーはいはい。ソウデスネ」

「ホントに分かってるんでしょうね? ……はぁ。まぁ、良いわ。それより、もうすぐで学校に遅刻しちゃうわよ?」

「なん……だと……ッ!?」


 枕元にあったスマホで時間を確認する。

 時刻はもうすぐで、始業の時間に差し掛かっていた。


「そう言う事ならもっと早く起こせよッ!?」

「アタシだってさっき起きたばかりなのよッ!!」


 そうだった。

 ローザをいつも起こしていたのは俺だったな。


 昨日の夜。夜更かしした所為もあって、こうして寝過ごしてしまった。

 と、こうして居る場合じゃ無かったな。


 早く制服に着替えないと。


 俺は寝間着を脱ぐ。


「ッ!? ちょ、ちょっと何脱いでんのよッ!? 変態ッ!!」

「何って、制服に着替えるんだよ。じゃないと学校に行けないだろう?」

「そ、そうだけどッ!! だからってアタシの目の前で脱ぐんじゃないわよッ!! ふんッ!! ……じゃ、じゃあアタシは家の外で待ってるからッ!!」


 本当。

 朝から元気だよなローザは。


 制服に着替えた俺は、家の外に出る。

 俺の身体を、刺すような冷たさが襲う。


「うぅ。さぶっ」

「何よこれくらいの寒さ。どうって事ないじゃない」


 などと申しているローザさん。

 その首元は、ベージュのマフラーに覆われていた。


 説得力無いですよローザさん?


「はぁー。……ん」


 ローザは両手に白い息を吹き掛け、片方の手を差し出す。

 俺は黒い毛糸の手袋が嵌まっていない方の手で、ローザの手を握る。


 互いの指を絡める恋人繋ぎ。


 俺達は手を繋いだまま駆ける。

 学校へと向かって。


 未来へと向かって。

 俺達は駆ける。


 ――俺は平穏で平凡な、普通の日常が好きだ。

 朝起きて飯食って学校行って。学校帰りに時折、友人と遊んだりして。


 そんな代り映えしない、普通の日常が好きだ。


 でもローザが来てからというもの、その日常は呆気なく瓦解した。


 環境が変わるのは怖い。

 とてつもなく怖い。


 ……でも。


 その一歩を踏み出せれば。


 決して、楽しい事ばかりじゃ無いかも知れない。

 寧ろ、嫌な事が起こるかも知れない。


 ……でも。


 その一歩を踏み出せれば。


 踏み出す勇気さえあれば。


 誰だって、世界を救う勇者になれる。


 そう、俺は思う。





 魔界王女と勇者の末裔――Fin.

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魔界王女と勇者の末裔 百鬼アスタ @onimaru623

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