38.結論を見ない関係性
*****
今日も律儀に掃除当番を終えた。腹が減った。帰ろうかと思う――帰らないでやろうと思う。とりあえず、「ファイトクラブ」――その部室に顔を出してやろうと考える。俺はいい奴だ。いや、いい奴ではないのかもしれない。ただ、真面目な男だとは思う――目的地に向かう。
戸を開ける。
風間だけが向こうを――大きな窓のほうを向いて、仁王立ちしていた。
「よぅ神取くん、元気かね」
馬鹿みたいなセリフに聞こえた。
「桐敷はどうした? 香田は?」
「帰ってもらったよん。個人的に、きみに用があるからね」
「言ってみろ」
あっという間の勢いで、風間がこちらに向けてステップを踏んだ。いっぽうの俺は微動だにしない。左のトラースキックが顔面目掛けて飛んできた。だが、俺はやはり動かない。風間のキックは俺の眼前で止まった。凄まじい勢いを伴う蹴りをピタリと静止できるあたりに凄味を感じた。全身を正確に制御できるのだ。なかなかできることではない。こいつにできないことなどあるのだろうかと疑いたくもなる。
俺の目の前にいるのは、まごうことなく「最強」だ。
風間が足を後ろに引いた。
「やっぱり避けないか」
「敵意というものがまるで感じられない。殺気もな」
「パンツ、見えた?」
「白だ」
「黒なんですけど?」
「どうでもいい」
「うん。どうでもいいね」
風間は頭の回転が速いのだろう。
だから切り替えも早い。
話していてしばしば柔軟性を感じさせられる。
「あたしは最強だよ。誰もあたしには敵わない。……でも、弱い部分もあるんだなって、今回、思い知らされた」
俺は顎を持ち上げ、口元だけで笑った。
「『最強』はどうしたって相対的だ。『完全』ほどの絶対性はない」
「うん。それに気づかせてくれたのは、きみ……」
風間が近づいてきた。
近づいてきて、俺の目の前でぐいと顔を上げた。
「馬鹿やってるうちに大切なものを失うところだった」風間は涙を流した。「ありがとうね。ほんとうに、ありがとう」
俺は「礼には及ばん」と言い、首を横に振った。「俺はおまえたちの関係性は面白いものだと感じている。破綻してもらいたくはないのさ」
今度はにこりと笑った風間。
「あんた、いい格好だけして逃げるつもりでしょう? そんなの許さないから。あんたはもう、あたし、ううん、あたしたち三人のいいおもちゃなんだからね」
「御免被りたいんだが?」
「ダメ。逃がさない」
ややあってから、俺は「風間」と口を利いた。
「なに?」
「俺の人生は始まったばかりだ。おまえの人生も、また」
「うっは。いきなりじじくさいこと言い出した」
「俺はいままで、それはもう退屈だった。暇を繰り返し、持て余していたんだ」
「うん」
「正直、いまでもそうなる予感は消えない」
「うん」
「だが、おまえのそばにはいたいとは考える」
俺は風間とすれ違い、大きな窓の前に立った。
日はまだ高い。
「雅孝?」
「気安いぞ、改めろ」
「そう言わないでよ。いままでもたくさんのヒトが、親愛を込めて、あんたのことをそう呼んできたんじゃないの?」
それは否定できないなと思い、俺は苦笑し、右手で頭を掻いた。
「ダメなんだ。おまえに呼ばれるとどうにも心外に思えて、同時にくすぐったく感じられてしょうがないんだ」
後ろから勢い良く、バッと風間に抱きつかれた。
「誤解を恐れず正直に言うと、あんたが他の女としゃべるのを見るだけで嫉妬する。サキはおろか、リリのことすら死んじゃえって思う。ねぇ、そんなあたしどうしたらいい?」
「発想の転換だ。おまえ自身が死ねばいい。それで万事解決だ」
「ひどーい」
「ああ、そうだ。俺はひどいんだ」風間の拘束をやんわりと振りほどく。「さあ帰るぞ。俺は腹が減ったんだ」
待ってよと言って、風間が俺の前に回り込んだ。
チューしよと言って、悪戯っぽく笑う。
「しない」
「えー、どうしてぇ?」
「しないものはしないんだ」
俺は前に進む。
嫌なことがあっても困ったことがあっても、迷っても悲しくても、必ず前に進む。
廊下を歩いていると、風間が追いついてきた。
すがりつくようにして、左の腕にしなだれかかってくる。
「嬉しい。あんたがいてくれるから、あたしは女の子ができる」
「俺がいなくたって、おまえは女の子だよ」
「大好き、雅孝っ!」
「知っている」
強キャラDK、神取雅孝 @XI-01
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