8.格ゲーとしっぺ
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「ファイトクラブ」の部室にはテレビと各種据え置きゲーム機がある。四畳間の畳があり、そこで遊べるようになっている。「ゲームをやろう」という風間の発案――というかあらゆる意味で「最強」の彼女の案には従わざるを得ないのだが、とにかく畳の上に集まった。どっかりと尻を落ち着けた風間、しずしずと膝を崩した香田、「おっしゃおっしゃ。やってやるぜ!」と勢い良くあぐらをかいた桐敷。風間は制服、香田はバイクスーツ、桐敷は白い道着――まったくシュールな光景である。
「はーい、罰ゲーム決めまーす」風間が右手を上げたのである。「負けたヒトにはもれなくしっぺでーす」
「うげっ」と声を上げたのは桐敷だ。「ま、まじか? やっぱやんのか?」
「いいよ、嫌なら辞退して。サキってば弱虫だもんね」
瞬間湯沸かし器であるらしい。
桐敷は顔を真っ赤にして「やってやんよ、あっほんだらぁっ!」と叫んだ。
早速、風間VS桐敷が始まったのである。
*****
ゲームが始まるや否や、桐敷はいきなり連敗した。
風間にはもちろんのこと、香田にも余裕で負けたのである。
しっぺを食らい――ただのしっぺではない、強烈なそれを食らい、桐敷は「あぐっ」とか「ぅぐっ」とか「ふぇっ」とか苦しげな声を漏らした。まったく切ない限りである。少々見かねて、「次は俺が桐敷の相手をしよう」と申告した。当該格ゲーの知識もプレー経験もないのだが、だからこそ負けるのは簡単だ。
「ダメだよ、雅孝。あんたはちょっと黙ってな」
「待て、風間。俺にもやらせろ」
「だったらあたしとやったらいいじゃない」
「そこには理由がある」
「知らんがな」
「風間」
「知らんがなー」
次のゲームが始まった。
二本先取なのだが、やはり桐敷は一本も取れずに負け――。
香田に対しても、やはり同様の結果しか残せず――。
またしっぺ二連打の桐敷である。
彼女の左の手首はすでに真っ赤に染まっている。
風間が立ち上がった――香田もそれに倣う。
「じゃあね、サキ。明日もやるからね。しっぺされたくないならきちんと練習しなよ」
「な、なにを偉そうに。テメーなんかに言われるまでもねーよ」
「あたしはともかく、リリにも負けるようじゃね。見込みないなぁ」
桐敷が立ち上がり、風間に詰め寄った。
二人とも長身、背丈は同じくらいだ。
「風間ぁ、あたいはいつかおまえを超えてやんぞ。覚悟しときやがれ」
「いつかって、いつ?」
「えっ」
「だから、いつかっていつって訊いたの」
「そ、それは」
風間が桐敷に頭突きを浴びせた。
桐敷は後ずさり、右手で額を押さえた。
「風間、てめぇぇぇっ!」
「はい、また明日ね、サキちゃん」
おまえぇぇっ!
桐敷はそんなふうに怒鳴り、風間の背に突っかかろうとする。
俺は素早く立ち上がり、桐敷の道着――うなじらへんの生地を左手で掴むことで前進を止めた。桐敷は「放せ、放せっ!」と手足をばたつかせる。
「あたいを止めるなんておまえ、何様のつもりだ!」
「だったら訊くが、おまえは腕っぷしで風間に勝てるのか?」
「勝てる勝てないの話じゃねーよ! 勝つんだよ!!」
俺は口元を緩めた。
やはりかわいい奴ではないか。
「落ち着け、桐敷」
「だったらまずは手を放しやがれ、こんちくしょーっ」
「ほんとうだな? いきなり駆け出したりしないな?」
「しねーよ。つーか、したらどうだってんだよ」
「まあ、どうもしないな」
「けっ」
解放してやると桐敷はこちらを振り向き、それから裾を両手でビシッと引っ張ることで道着の乱れを正した。
「ちょうどいいよ、おまえ。ここであたいの相手しろよ」
「セックスか?」
「ばばばっ、馬鹿か、おまえわぁぁぁっ!!」
「なんの相手だ?」
「決まってんだろ。組手だ、組手。あたいだって知ってんだよ。おまえが序列上位をのしたってことくらいはよ」
不意打ちというか無作法に仕掛けてしまったのだが、そうか。しっかり勝ちにカウントされているのか。常在戦場。やはりそうか。
「あたいとやれよ。おまえに勝てば、あたいも一目置かれるってもんだ」
「桐敷、俺はおまえとはやらないぞ」
「ど、どうしてだよ」
「どうあれ同じ部なんだ。だったら仲間だろう?」
「そんな理由なのか?」
「悪いか?」
「悪かねーけど……」
俺は畳の上に座り直すと、「来い、桐敷」と幾分力強く声をかけた。
「こ、来いってなんだよ」
「明日もゲームをやるんだろう? 俺はまるで門外漢だが、勘はいいほうだと自覚している」
「あたいの練習相手になってくれるってことか?」
「そう言っている。だから座れ」
「う、うん」
――気づけば二十時。
都合、三時間もやっていたことになる。
「空中コンボというのか? ほら、だいぶん、堂に入ってきたじゃないか」
「そうか? っていうかおまえの上達速度が異常だよ。怖ろしいよ」
「なにぶん、器用貧乏なんでな」
「んなこたねーよ。喧嘩だってやっぱ強いんだろ?」
「それもこれも相対的な話でしかない」
「相対的の先に、絶対的があるんだと思うぜ?」
「そうなのかもしれないな。いいことを言うじゃないか、桐敷は」
「あ、あたいを褒めるな、照れっから。でも……」
「でも?」
「今日はありがとうな。練習、付き合ってくれて、ありがとうな」
桐敷はもう一度「ありがとうな、えっと、神取」と言うと、歯を見せて笑った。はっきり「神取」と呼んでもらえた。少しは認めてもらえたということだろうか。
*****
翌日の放課後。桐敷は両手を突き上げ、ぴょんぴょん跳ねながら、とてつもなく喜んでいた。本日五戦目にして、ついに風間に勝利したのである。もちろん、くだんのゲームの話である。桐敷、おまえはがんばった。偉いぞ、桐敷。自分自身、そんなことをするキャラだとは思っていなかったのだが、求められたから、ハイタッチに応じた。風間は「なに、あんたたち、もうそんなに仲良くなったの?」と眉間に皺を刻んだ。
「いいから風間、手首出しやがれ!」
「はいはい」
待っていましたとでも言わんばかりに、風間の左の手首に右のしっぺを浴びせた桐敷である。風間はいっさい、痛そうな素振りを見せなかった。結構強烈に見えたのだが、強がりなところがあるのだろうか。
俺という「男」がいるにもかかわらず、桐敷はロッカーの前に立つと、道着からセーラー服に着替えた――今日も下着は清潔感溢れる水色だ。
「神取、ついてこい! マック奢ってやんよ!」
桐敷。
なんてわかりやすい性格だろう。
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